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No.2961 「8.31 ストップ川内再稼働!九州・鹿児島川内行動」

 「オール九州」のたたかいで原発再稼働を許さないと「原発いらない!九州実行委員会」は31日、九州電力川内(せんだい)原発が立地する鹿児島県薩摩川内市で「ストップ川内再稼働! 九州・鹿児島川内行動」を行いました。同市としては最大規模の1800人が参加しました。



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2014.09.01 | | Comments(51) | Trackback(0) | ・さよなら原発!

No.2960 障害のある人をどう見るのか・・・野球少年と障害当事者の話より



2014.08.28 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・未整理

NO.2959 核廃絶へ向け 世界に届け、広島平和宣言!

今日は8月6日。
広島における68回目の被爆記念日です。

あの日もこんなに暑かったことでしょうね。

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「私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。」

平和宣言で松井市長は、原爆による心身の傷や差別、偏見を乗り越えてきた被爆者5人の体験談を紹介。無差別に命を奪い、終生にわたり心身を苦しめる原爆を「非人道兵器の極みであり、絶対悪です」と非難した。日本政府には、核兵器廃絶を訴える国々との連携強化や、被爆者の実態に応じた支援策の充実を求めた。」


・・・被爆者の体験・声を紹介しながら核兵器を「絶対悪」とし、その廃絶と世界平和、被爆者援護を訴えた宣言は、心に響きました。

もちろん、原爆と原発は明確に違う」との立場から、昨年同様原発について正面から言及しなかったことや、政府が「核兵器の非人道性に関する共同声明」に賛同しなかったことについて批判しなかったり・・・限界を含むものではありましたが。

一方、安倍総理の棒読みは虚しいものでした。

アメリカの核の傘にしがみつき、「核兵器の非人道性に関する共同声明 」に署名しなかった国の首相が、「核廃絶に努力」と言ったところで・・・。
 ラジオで、被爆者の方が外国で被爆体験を語る時、「私たちに語るより、日本の人に語ったら」と言われたと残念そうに話していました。
とはいえ、そんな首相でも「核廃絶」を口にせざるを得ないということ、ここに世界の原水爆禁止運動の力が反映しているんだと思いたいです。

脅し=核抑止による平和はニセモノです。
対話と信頼に基づく平和こそ世界の流れ。

・・・・・・・・・・・・・・・
*核兵器の非人道性に関する共同声明
 2012年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の第1回準備委員会で、核兵器の非合法化を目指すスイスなど16カ国が提起した。同10月の国連総会第1委員会(軍縮)でも35カ国が賛同したが、日本は加わらなかった。今年4月のNPT再検討会議の第2回準備委員会では80カ国が同調したが、日本は「いかなる状況下でも、核兵器が再び使用されないことが、人類生存のためになる」という声明の「いかなる状況下でも」の削除を求め、賛同しなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・

以下、全文転載しておきます。
■平和宣言→https://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1110537278566/index.html

広島市は毎年8月6日に、原爆死没者への追悼とともに核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願って平和記念式典を行い、広島市長が「平和宣言」を世界に向けて発表しています。広島・長崎の悲惨な体験を再び世界の人々が経験することのないよう、核兵器をこの地球上からなくし、いつまでも続く平和な世界を確立しようと、これからも平和宣言は訴え続けていきます。

平和宣言


「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によりその全てを消し去られた家族がいます。「無事、男の子を出産して、家族みんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂(さくれつ)。無情にも喜びと希望が、新しい『生命(いのち)』とともに一瞬にして消え去ってしまいました。」

幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ家族を持てず、孤老となった被爆者。「生きていてよかったと思うことは一度もなかった。」と長年にわたる塗炭(とたん)の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消えることはありません。

生後8か月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。その女性は結婚はしたものの1か月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に「『あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出て行けー。』と離婚させられました。」放射線の恐怖は、時に、人間の醜さや残忍さを引き出し、謂(いわ)れのない風評によって、結婚や就職、出産という人生の節目節目で、多くの被爆者を苦しめてきました。

無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛(さいな)み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。

辛く厳しい境遇の中で、被爆者は、怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤(かっとう)し続けてきました。後障害に苦しみ、「健康が欲しい。人並みの健康を下さい。」と何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、ほかの誰も「私のような残酷な目にあわせてはならない。」と考えるようになってきました。被爆当時14歳の男性は訴えます。「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば戦争を避けることは決して夢ではない。」

被爆者は平均年齢が78歳を超えた今も、平和への思いを訴え続け、世界の人々が、その思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに応え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。

そのために、広島市は、平和市長会議を構成する5,700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して、2020年までの核兵器廃絶をめざし、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。

世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。

今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。そして、来年春に広島で開催される「軍縮・不拡散イニシアティブ」外相会合においては、NPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や「黒い雨降雨地域」の拡大を引き続き要請します。

この夏も、東日本では大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。復興の困難を知る広島市民は被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。そして、日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。

私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。

平成25年(2013年)8月6日
 広島市長 松井 一實






「原爆を許すまじ」
浅田石二作詞・木下航二作曲
-------------------------------------------------------------------------------

ふるさとの街やかれ
身よりの骨うめし焼土(やけつち)に
今は白い花咲く
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
われらの街に

ふるさとの海荒れて
黒き雨喜びの日はなく
今は舟に人もなし
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの海に

ふるさとの空重く
黒き雲今日も大地おおい
今は空に陽もささず
ああ許すまじ原爆を
三度許すまじ原爆を
われらの空に

はらからのたえまなき
労働にきずきあぐ富と幸
今はすべてついえ去らん
ああ許すまじ原爆を
三度(みたび)許すまじ原爆を
世界の上に




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2013.08.06 | | Comments(31) | Trackback(0) | ・核廃絶へ

NO.2958 麻生「ナチスの手口」と自民党改憲草案・・・見えてくる「人権抑圧と戦争への道」

 猛暑 お見舞い申し上げます。

水遊び0363


実に久しぶりです。
また、気軽にボチボチ行こうと思います。

突っ込みどころ満載!なんですが、
「悪しき例として」あげたものに「見習ってはどうか」とはどういうこと?

■動画・「麻生太郎副総理 「ナチス発言」と 撤回コメント」



麻生の講演会(国家基本問題研究所月例研究会)の音声です。
「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。」と言うくだりで聴衆がドッ湧きと笑いながら拍手。”ナチスネタ”はそんな軽いものだったのですね。


「ナチスの手口」とは何だったのか?
 1933年に国会放火事件をでっち上げて共産党を弾圧、「全権委任法」を成立させて、ワイマール憲法を敗戦まで機能停止に追い込んで独裁体制を完成させた。そして、外には侵略戦争を、うちにはホロコーストを・・・。

自民党改憲草案は、基本的人権を侵すことの出来ない永久の権利と謳った97条を削除し、「公益及び公の秩序」で国民の自由と権利を制限できるとしています。そして、「国防軍」を創設し海外で戦争できる国作りへ・・・、ついでに「徴兵を拒否したら死刑!」。

麻生副総理は「喧騒(けんそう)にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪(あ)しき例として」挙げたが、「この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい。」とした。

全く口先だけ!
望むべき例としてあげたのは明白、何も誤解など与えてはいないのです。
笑いも取ってご満足でしたが、特に海外からの批判が高まり、官邸も火消しに走った中で形だけ撤回したに過ぎませんね。

副総理罷免!安倍総理の任命責任の追及を!





☆麻生太郎副総理が「ナチスの手口…発言」を撤回したようです。
自民党の改憲の思惑、「誰も知らないうちに変えてやろう」・・・その本音は、発言を撤回したところで変わらないだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・
[憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪のなかで決めてほしくない。」(013年8月1日 朝日新聞)

発言撤回コメント全文
「 7月29日の国家基本問題研究所月例研究会における私のナチス政権に関する発言が、私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾である。

 私は、憲法改正については、落ち着いて議論することが極めて重要であると考えている。この点を強調する趣旨で、同研究会においては、喧騒(けんそう)にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪(あ)しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげたところである。私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。ただし、この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい。」
(2013年8月1日11時46分  朝日新聞)

▼[48時間監視中] 麻生太郎 「憲法は誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか」
http://illcomm.exblog.jp/19368779/


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2013.08.02 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・9条・平和Ⅱ

NO.2957 陶友通信 NO.137 を発行しました。

 福岡市の桜はもう散り始めました。
北海道は新雪が積もったとか・・・。
日本列島長いですねえ。

年度末で、いろいろ…ですが、しっかり締められるように行きたいものです。

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…ということで、
★陶友通信 NO.137 を発行しました。
障害について考える記事3本と2人の退任あいさつをアップします。
よろしければ、お読みください。

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[鬼瓦]

「仲間たちはイキイキ働いて普通の人と変わりませんね」と実習生たちが感心します。▼それは、作業所内では、仲間たちの能力や適性など障害の状況に合わせて参加できるように支援しているため、障害があまり顕在化しない(見えにくい)からなのです。▼ところが、病院に行く、外出する、旅行に行く…、私たちは作業所以外の活動場面で仲間たちの様々な「困難」を目にします。障害は、能力など個人の属性で見るのではなく、仲間たちの生き方や活動を取り巻く「環境」との相互作用の中で見なければならない、というのはそういうことです。▼段差、音や光…さまざまな物理的環境はもとより、人々の理解やまなざしという環境までが生き方に影響を及ぼすのです。白い目で見られると、生き辛いし、優しいまなざしがあると元気が出ますね。そういう意味で障害は環境との関係での「生き辛さ」の問題なのです。▼人間は社会的存在としてこの社会で生きて暮らしています。社会的環境、分けても制度政策はもっとも深くその生き方に作用します。▼「障害がある人もない人もわけへだてのない社会を」。私たちが制度の改善とそれを支える予算の増額を求める所以です。この社会が生き辛いか、生きやすいかは障害のある仲間達だけの問題ではありません。▼・・・桜も開花しいよいよ春本番。仲間たちの春を引き寄せるために力をお貸しください。(友)


★仲間が一歩作業所を出たら・・・
    病院から見えた社会の仕組み


「すべての会話を筆談する時間の余裕はない。大がかりな検査には、その分意思の疎通が必要になる。しかし聴覚障害を持っていてはそこに困難があるため検査ができない。」
聴覚障害の仲間が入院し、経過を観に行った時の医師の言葉です。

 病院は、不自由なく過ごせるように配慮してくれ、医師も毎日病室を訪れ体の調子を診てくれていました。しかし、心のケアや体の細部の検査は「意思疎通に困難があるためできない」というのです。
仲間たちが一歩作業所を出ると、たちまち障害は顕在化しさまざまな困難が立ちはだかります。その1つに「意思の疎通」があります。

 障害への十分な理解と支援がある場では、仲間たちは困難を感じずに活動することができます。
しかし世間はそういう訳にはいきません。病院でさえ、障害があるが故に他の人と同じ対応がなされないのが現実です。 これは「病院側の配慮が足りない」とか、「ひどい病院だ」という個別の次元の話ではなく、「社会の中で仲間たちがどのように捉えられているか」という問題だと思います。

 現在、社会のルールは健常者の生活を基盤に考えられているものではないでしょうか。いくら「障害者に優しくしよう」と唱えられても、社会のルールが変わらなければ仲間たちは隅に追いやられていくだけです。
例えば、障害者自立支援法の下での「移動支援」では、「通院支援は〝病院の前まで“」とされています。しかし病院に着いてから、受診するのに様々な支援が必要なのです。支援を受け、皆と変わらない診察が受けられると言う事は、決して「贅沢」ではなく「人間として当たり前の権利」なのです。
今回の医師の言葉は「障害があるが故に、人間として当たり前の権利保障がされていない」と言う事を感じざるを得ないものでした。


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★世の中おいてけぼり?
   ボクらにとっては”便利”が不便利やけんねえ


 クラブは社会体験が不足がちな仲間たちにとって、大切な余暇活動です。そんな活動だからこそ、陶友内では見られない新たな一面を知ることがあります。
 昼食のため定食屋さんに入った時のこと。そのお店は入り口にメニューを展示し、食券を買う仕組みです。食券機はタッチパネルでした。仲間たちは順番に食券を買い店内に入っていきます。そのうちにカゴさんに順番が回ってきました。ですが、なかなか買えません。操作が分からないのです。操作を教えると、無事選ぶことができました。
 一斉に注文して一番に来たのは「チキン南蛮」。カゴさんがおもむろに自分の前に置きます。次第に注文の商品が揃い、「肉野菜炒め」が運ばれてきました。ですが「肉野菜炒め」を注文した人が分かりません。確認するとカゴさんだという事が判りました。
 食券購入時、文字の苦手なカゴさんは自分が何を注文したのか分かっていなかったのです。タッチパネルという難しさも相まって。…チキン南蛮を食べようとしたのはそのためでした。
タッチパネルなど一般的に便利なものであっても、障害のある仲間には必ずしもそうではありません。世の中が高度化するにつれ仲間たちの「知的障害」は顕在化します。  
社会との関係の中に見えた「仲間の障害」の新たな一面でした。



★退任あいさつ

 ■深~い 第四の人生でした。

 初めて訪ねた陶友で出迎えてくれたのは、門番よろしく玄関脇にどっかと座った大脇さんでした。「ドキッ!」。それまでの活動を主に、片手間で事務の仕事をこなそうと思っていた目論見は、その日みごとに霧消。それから9年、苦手なパソコンに向かいながら、下から聞こえる仲間と職員の声に励まされての仕事でした。

 時には、街頭集会に向かう途中、自分の意に添わず自暴自棄になったHさんを一人で追いかけて、天神のど真ん中を1時間半走り回ったことも。怒りやら無力感やら後悔やら、その晩は眠れなかったことを憶えています。
高齢の母の介護で、陶友を辞めざるをえなくなりましたが、応援団ゆうゆうをはじめ、「声」だけでお付き合いくださった方、文書でお世話になった皆様、ありがとうございました。また、どこかで!(K)


 ■「あなたは あなたのままで」
    大切なキモチをありがとう・・・


  
 仲間の姿からたくさんのことを考えさせられた3年間でした。人間の生きる意味、働く意味。そして〝自分のまんまで物事にぶつかっていくこと〟が一番素敵な姿なのだと教えられた気がします。私はあまり頭がいいわけではないので、難しいことは言えません。しかし、人は生きる上で必ず誰かと繋がり、繋がることで自分を成長させることができる・・・と身を持って実感することができました。

 仲間たちや周囲の人と真っ向からの真剣勝負。嘘もごまかしもきかない、まさに〝まんまの自分〟でぶつかりあうことはとても苦しい事でした。しかしそれが今の自分の軸となっていると思います。

 これから結婚し、子どもができたとき、生まれてきた命に「あなたは、あなたのまんまでいいんだよ。」と胸を張って言えるかな・・・?それは、陶友を離れた後自分がどう生きていくかにかかっていると思います。陶友でもらった大切な気持ちをこれからも大事にしていこうと思います。
これまで本当にありがとうございました。(T)



テーマ:障害者の自立 - ジャンル:福祉・ボランティア

2013.03.26 | | Comments(5) | Trackback(17) | ・陶友通信

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軟弱オヤジの「硬派道場」へ、ようこそ。障害者作業所所長やってます。福祉や政治、日々の思いを気ままに…。
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なお、気が弱いので「道場破り」はお断り。
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