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NO.2058 はげしく学べるかな?「ワルネタ塾」始動!

 「よく学び、よく遊べ」とはいうが、「はげしく学び、はげしく遊ぶ」という人がいます。

     マルかじり

 なるほど、はげしくバイタリティーがあります。「マルクス主義的ワルモノ経済学者」を自称する神戸女学院大学の石川康宏先生です。
このたび先生の「許可」?をいただき、我が職場の若者の学習会を「ワルモノをネタに学ぶ塾」略称「ワルネタ塾」とすることとしました。

@oowakitomosan 2011.05.13 11:31
@walumono0328 我が職場の若者学習会をこの一年は「ワルモノ塾」にしようかなと?「激しく学ぶ」馬力があるかどうか不安ですが、「論文のページ」「授業の内容」なども多いに活用させていただきます。勿論本も買います(笑)。

@walumono0328 2011.05.13 14:36
ありがとうございます。「ワルモノ批判塾」とか「ワルモノをネタに学ぶ塾」くらいの気分がおすすめですね。 QT @oowakitomosan 我が職場の若者学習会をこの一年は「ワルモノ塾」にしようかなと?「激しく学ぶ」馬力があるかどうか不安ですが、「論文のページ」「授業の内容」なども


 きっかけは、上の本『マルクスのかじりかた』を、学習会に使ったことから。

「第Ⅰ章を読むと『ぼくはマルクスを見たことがある』というレベルに達し、

第Ⅱ章を読めば『私はマルクスを知ってるわよ』と言うことが許されるようになり(誰に?)

第Ⅲ章を読むと『ぼくも私もマルクスと直にしゃべってみたい』といった気分が高まる(きっと、たぶん)」(はじめに)

と紹介されている。

 最近の若者はマルクスの顔写真も知らない。
70年代に大学時代を過ごした我々世代は、どの程度かじったかはおいてもみんな革命家・マルクスの顔と名前ぐらいは知っているのは当たり前だった。

 福祉現場の若い労働者に何が必要か。
ずっと考えてきたことだ。

 私たちが目の前に関わる障害のある仲間たちは、一人ひとり違い様々な問題を抱えている。職員はその一つひとつに向き合い一緒に解決しながら、生きる権利を守り、より豊かな人生を切り開こうとしている。

 昨今の福祉教育で、不満な点がある。(よく知らないのに印象で言って恐縮だがお許しを)
学生や新人を見ていて、勉強してないのである。いや、したかもしれないがなにかが足りないのだ。
思うに、福祉教育が資格偏重と技術論に陥り、マニアル主義のハウツウ教育になっているのではないか?

 私は乱暴だが、「一人ひとり違うんだ。マニュアルあるなんてあるもんか。現実に向き合い自分の頭で創造的に考え出さないといかんのだ」と、えらそうに言ってきた。

 その大本になるものが欠けているのだ。
社会科学的な見地が必用なのではないか。
とは言え、実践の場で生起する時々の問題に対してその見地から断片的な話は出来ても、系統的に学習を組織するには、俺には能力が無い。

 そこに出会ったのがこの本。

 私がえらそうに言うのが、「対人関係の仕事は人格と人格の格闘技だ。」
要するに、福祉の仕事には自分自身の生き様が投影し、生き様が問われるんだ、と。

 自分の生き様をどうみがくか、実践し学ぶしかないのである。
何を学ぶか?世界をである。
世界・社会のありようを学ぶ。その社会とどう関わり生きていくのか。
個人の問題に還元されない、将に社会問題としての福祉現場の問題に対し、社会科学的な知見がなければ無力なのだ。

 いくら主観的に優しい気持ちで真面目にやったつもりでも、「生きることは自己責任」論を押し付け社会保障・社会福祉を切り捨てる政府のお先棒を担がされて終わるのだ。

 ・・・ま、色々吼える前に、石川先生のご教授を。

 「マルクスは、この社会を生き抜く自信を与えてくれる」
 少し説明がいりますね。

 いまの社会には、生きづらいところがたくさんあります。就職先が少なすぎる、あっても非正規で給料が安い、学費が高すぎる、家族や友人関係がうまくいかない等々。ぼくの大学の学生たちを見ても、ぼくの子どもたちを見ても、いまの若い人は大変だなあと思います。

 でも、そんな生きづらさがあるからといって、この社会に押しつぶされ、生きる元気を失ったのではつまりません。社会の水が少々汚くても、いやな魚がいたとしても、その中をうまく、したたかに泳いでいかねばなりません。

 では、そのしたたかさはどうやって身につければ良いのでしょう。

 「気の持ちよう」や「から元気」も少しは役に立ちますが、それだけでは力は続きません。もっと中身のあるものが必要です。それは「いまはこの生き方でいいんだ」という自分の生きる道に対する自信じゃないかと、ぼくは思ったのです。

 そして、その「自信」を身につけるためには、一つには、自分が生きている社会のしくみを知ること、二つには、社会と自分のかかわりを考えること、三つには、これからの自分の成長に希望を持つことが必要で、その三つをまとめてガツンと教えてくれるのが「マルクス」なのだと、そんなところに行き着ついたのです。

 そして、福祉の仕事は、自分の生き方と支援を必用とする人の生き方とのぶつかりあいから、新しい人生を創造する仕事である。若きマルクスの次のスタートライン福祉労働者にピッタリで大いに共感するものである。

「私」の生き方と「みんな」の生き方

 1835年に、マルクスが17歳で書いた文章の一部を紹介します。タイトルは「職業の選択にさいしての一青年の考察」です。

 「地位の選択にさいしてわれわれを導いてくれなければならぬ主要な導き手は、人類の幸福であり、われわれ自身の完成である」(『マルクス・エンゲルス全集』第40巻519ページ)。

 「地位」というのは、自分がつこうとする「職業」のことなのですが、それを少年マルクスは、「人類の幸福」と「われわれ自身の完成」を基準に決めねばならないというのです。

 そして「人間の本性というものは、彼が自分と同時代の人々の完成のため、その人々の幸福のために働くときにのみ、自己の完成を達成しうるようにできている」とも言っています(同前)。

 ここには「自分さえ良ければ」という、せまい個人主義が入り込むすきはありません。「自己」は「人々の幸福」のために働くときにだけ「完成」するのですから、許されるのは「私」の幸せを「みんな」の幸せに重ね合わせる生き方だけになるわけです。

 僕は、この少年マルクスの人生観は、みなさんが自信の持てる「生き方」を探すうえで、とても重要な問題提起を含んでいると思います。

 「私」の生き方を、「みんな」の幸せにつながるものにするのか、あるいは「みんな」の幸せを踏みにじるものにするのか、それは「私」の生き方への自信を大きく左右することになるでしょうから。ここは、ぜひよく考えてほしいところです。

 ・・・ちょっと、長々となりそうなので。
 このテキストがいい、若者向けの語り口が引き込んでくれる・・・、と決めて、新人職員を学習会に誘ったのだった。

 尻切れトンボですが、第一回のレポートのうち2本がここにアップされています。結構その気になってきているようです。
4~5回に分けてゆっくりいこうと思います。「はげしく学ぶ」自信はあまり無いので・・・。

 ・・・ということで、この一年は『マルかじり』から入り、先生の「論文のページ」などをタダでいただきかじりまがら、低賃福祉金労働者の生活防衛もしつつ、というところです。

 俺は歯が悪いからあんまりかじれないが、若者達よ、しっかりかじってくれ!
よかね、いしばしくん!



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2011.05.13 | | Comments(5) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.1860 代休なんかいくらでもくれてやる。

ご無沙汰です。
ツイッターで簡単につぶやく手抜きになじんでしまって、ブログの方がおろそかになりました。
ちょっとまとめて言っておきたいことを・・・。

 多少の誤解はあるかもしれないが、先日、休日出勤の調整の時に感じたこと。
イライラしてツイッターでつぶやいていたが、ここにまとめておく。


①代休?代休なんかいくらでもくれてやる。代休と引き換えに考えるような仕事なんかするな。そんなものやらされてやる仕事だ。給料だけの仕事をする奴はそういう風に仕事をするもんだ。障害のある人たちの作業所はな、給料の何倍も働くことによって作られ守られてきたんだ。

②給料の何倍も働くことでしか仲間たちも作業所も守れないんだ。それはやらされてやる仕事じゃないんだよ。自ら、障害のある仲間たちに向き合い、その必要を学び作り出してきた仕事なんだ。

③お上が「国の厄介者の世話だからその程度の給料で十分」なんていってる時に給料の分だけ働いていてどうするんだ。自ら学び、必要とする仕事を、給料のなんばいだってやるんだよ。そしてその仕事の値打ちを天下に認めさせなきゃ、いつまでもお上の言う通りで終わってしまうんじゃないか。

④俺たちが働くということはそういうことじゃないのか。給料のためと言う人は、先ず障害者施設には来ないね。「給料の分だけ働く」人はいずれやめてしまうね。目の前の仲間たちを守り作業所を守るためには給料の何倍だろうが、自ら働くんだ。そして福祉労働の社会的な価値を社会的に打ち立てるんだ。

⑤そのことによって、福祉労働者のこの低賃金構造をみんなで変えていくんだ。現状に甘んじて「給料の分だけ」働いていて何が変わるんだ!代休ならなんぼでもくれてやる。だから、代休と引き換えに考えるような仕事はするな。自分が必要だと考えた仕事を自分で決めてやるんだよ。そう思わないか?

⑥こんなことを言うと労働組合からお叱りを受けますね。経営者としては労働者の権利を尊重し守ります。民間福祉経営のビミョウなところです。国の責任を肩代わりさせられている民間福祉の特異性から来るもの。経営者も労働者も切ないものがある。現場は労働者の犠牲の上にかろうじて成り立っている。


 この仕事に対する考えが甘いんだよ!
反論は公開の場で受けます。

 以上、職員ブログにも同じことをアップしちゃった。




テーマ:福祉のお仕事 - ジャンル:福祉・ボランティア

2010.10.19 | | Comments(8) | Trackback(1) | ・実践的福祉労働論

NO.1566 「赤いノート」という交換日記

 窯詰めも終わり、昨日は飲みたい心境でしたが、
真面目に帰りました。

      さぶっ3260
      家でヒトリシズカに、チビチビと少しだけ・・・。

 ここ十数年、新人職員が入ってきたら交換ノートを作って、やり取りしてきました。
対象は若者だけで、そのノートが必要でないと思われた頃に役目は終わるのですが・・・。

このノートは、
時々私が課題を出したりしますが、
基本的には、
自由に、書きたいことを素直に書き、
いいたいことを言い、聞きたいことを聞くノートです。
誠実に正直に向き合うことが唯一の約束事です。


新人職員からすれば、最初は多少プレッシャーにはなったでしょうが、
書き進み、やり取りをするうちに、とても大切なものとして、活用してくれました。


 ここでわき道にそれますが・・・。
この3月で退職し、労働組合の専従になった”とくい”は、
送別会のとき、
この「赤いノート」に5年間の振り返りをまとめて、
それを大事そうに抱えて、最後の挨拶をしてくれました。

 こちらで頑張っていますので、
時々のぞいて応援してください!!

   →ブログとっと、とっととっと… 「団結は力!!」
 
 全国福祉保育労働組合の福岡地方本部で専従職員としてがんばりはじめました、とくいです。
 日々、感じたことを書き綴ります。
 修行中の奮闘をごらんください。
 好きな言葉は、「一人ひとりは微力だけど、無力じゃない」



 ・・・そんなこんなで、
「もうそろそろいいだろう」と思っていたら、
先輩職員に「赤いノート」の話を聞いた新人”たなか”が、
赤いノートならぬ”黒いノート”を自分で準備して書き込みをし、
交換日記を申し入れてきました。

 口下手だし、その場ですぐに思ったことが話せないから・・・、と。
自分のことをとてもほめてくれるけど、
内気で、気が利かないし、なかなか人には心を開けないし、
自分には自信がない。
たくさん足りないところがあるから、
いろいろ話したい(書きたい)・・・と。


話さなくても解る、ということもあります。
そんなわかり方も一つの魅力です。
私生活では、わたしはこちら派です。

でも、
思いを言葉に落として伝える、
ということはとても大事です。

しかも、私たちは、
福祉の現場で日々仲間たちに関わりあいながら、
たくさんのことを見聞きし、感じ、学びあいます。

私たちは、実践の事実から学んだ多くのことを言葉にして伝える使命があります。
言葉に落とす、「書く」という行為はとても大切な力を育てます。

・・・そんなこんなで、
また、「交換日記」を始めることになりました。



「あなたの心を開くには、私の方から語らなくっちゃ・・・」
劣等感にさいなまれていた学生時代の初期に出会った言葉です。

人と向き合うということは、そこに映しだされる自分に向き合うということです。

大丈夫です。
何も無理に張り切る必要はありません。
全ては、今のそのままの自身自身からしか始まりません。
先ずは、そのままの自分にしっかり向き合い、受け入れること。

自分から語りかけようとして、
”黒いノート”を自分で用意し、挑もうとしているその心のかまえが、
新しい自分との出会いを約束してくれるでしょう。
そして、あなたを新しいステキな自分へと高めてくれるでしょう。


・・・机の中にあった、赤いノートの1ページに、
”黒いノート”に書かれたたなかのメッセ-ジを貼り付けて、
お返しとして、上のようなことを書いて、渡しました。
先輩たちと同じ「赤いノート」のはじまりです。


なんだか、うれしいです。
所長なんて、
うるさくて面倒で、適当にやり過ごしたいとうのが相場だろうに・・・。

そういえば、
「『この仕事は格闘技だからな』という所長の言葉が、最近わかりかけてきました」といってた新人たなか。
つまりは、俺に正面から「格闘技」を申し込んできたということか。
いい度胸してるじゃないか!

・・・うれしいです。やっぱり。

では、良い休日を。


   
そのままの自分から始まる!

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2010.04.18 | | Comments(2) | Trackback(1) | ・実践的福祉労働論

NO.585 同じ人間として「一緒に生きる」という気持ち。

 思いを文字にする事は、苦手ですか?
書くことは好きですか?
福祉現場実習生が毎日悪戦苦闘をしています。
陶友 には、毎年十数名の実習生がやってきます。夏休みの8月頃から秋にかけてが、もっともにぎやかです。
毎日のミーティングでの発表と討論。そして日誌書き。
「今迄で一番勉強した」が実感のようです。

903実習1064

最終日には、食事をしながら(成人には酒も入ります)の総括発表会。
その中から、幾つかかいつまんで報告します。

 「実習に来る前は、障害者のことを一人の人間としてではなく『障害者』として見て来ていました。実習に来て『障害者』としてではなく、一人の人として関わる事を学びました。一人の人間として接する事で信頼関係も築いていけることを学びました。そして自分をさらけ出して向き合う中で信頼は生まれるということを学びました」

 「どんなに天気が悪くてもKさんはリヤカー販売に出かけます。『どうしてですか?』と聞くと、『お客さんが待っているから』と応えます。普通なら天気を理由に『今日は止めておこう』となるかも知れません。陶芸班のIさんは、『僕の作ったものをお客さんが買ってくれるから、嬉しくてがんばる』と。仲間たちは、お客さんに喜んでもらい、自分が人の役に立ち必要とされることで、仕事を生きがいとし誇りを持っているのだと思いました。」

 「私は障害者の方に『してあげる』という気持ちがあったと思います。中学の時にクラスに知的障害の子がいて、一緒に勉強したり遊んだりしていました。先生には『いつもありがとう』と点数をもらい、周りからは『優しいね』と言われるたびに、自分のイメージを良くするために利用しているという気持ちと、誰かそばにいてあげないと可哀そうだという同情の気持ちがありました。多分このころから『してあげる』と感じてしまうようになったのです。・・・こういう考えを変えてくれたのは仲間たちでした。毎日一緒に仕事をしながら、毎日必死に働き生きている姿を見て、『してあげる』という気持ちから、同じ人間として『一緒に生きる』という気持ちへと変わりました。」

 「憲法の学習会で一番大事なのが『個人の尊重』だということを知りました。個人の尊重とは、自分が大事、でも同じように目の前の人も大切にしなければならないという考え方で、人と人との関わりはこうであってほしいと思いました。そうすれば戦争など起きないのかも知れないと・・・」

 「今まで自分から物事について考えたりする事はありませんでした。実習を通して自立支援法のことを学習したり、仲間たちのいろいろな行動の意味を話し合う中で、これはどういうことだろうと考えるようになりました。私の中で一番変わったのは、自分で考えようとするようになったという事です。」

とりあえず以上、・・・いろいろです。

 実習で先ず大切にする事は、自分で考える事。

 正直なところ、今時こんな所には「優秀な」学生は来ません。受験教育の中では劣等生だった人たちが中心です。
彼らにとっては、あらかじめ決められた答え早くを探すのが勉強で、自信を持って「ハイ!」と応えた事などあまり無いんです。だから自分の考えを発表するなど一番苦手なのです。

 私は初めに言います。
 「それは君達が悪いんじゃあない、いつの間にかそうされてきたのだ。ここでは自分の考えをきちんと伝える事からはじめよう。あらかじめ決められた答えはここには無い。仲間たちとの関わりの中で、自分で答えは探すのだ。どんな考えでも先ずはそれが『あなたの正解』なのだ。人と人の関わりに答えが一つと決まっていたら、こんな貧しい事は無い。・・・しかしそれぞれの正解も独りよがりの狭いものかもしれない。だから発表しあって今度はみんなで話し合い、沢山の頭で考える。そうしてより正解に近づいていく・・・」と。


 沢山の話し合いと、自立支援法、障害とは何か、労働とは何か、憲法と人権などテーマを決めた学習会をします。
 大人が大事に付き合えば、若者達は変わるきっかけをつかみます。・・・日を追うごとに学生達の目つきが、顔つきが変わっていくのは、私たちにとっても希望です。

 
  
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よろしければお帰りに、シャターはこころで切れ!でおくつろぎ下さい。
友さんの写真ブログです。下手の横好きですが、どうぞごゆるりと。



いつもありがとうございます。
頑張れ、若者!
そうだと思われる方は、ランキングーポチッとよろしく。

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テーマ:障害者作業所 - ジャンル:日記

2008.09.04 | | Comments(2) | Trackback(2) | ・実践的福祉労働論

N.344 真面目に、仕事頑張ってますよ~~~。

 最近仕事の事、仲間のことについての記事が少ない・・・。
真面目に仕事頑張ってますよ~~~。

 だけど、頑張ればがんばるほど、書けないって事。
知的障害というのは、ただ単に、理解や表現が遅れているという事ではないし、私達の仕事はそういう仲間たちと、そのペースにあわせながら仕事をしていますなんていう単純な問題じゃないのです。
そうした障害を持ちながらの生育の過程で、様々な問題を抱え込む事になってしまっているのです。障害の様相は実に多岐多様で、一人ひとり違います。

 徘徊窃盗癖などの様々な問題行動、精神の不安定・・・。
しかもこれらは、年齢も行けば「固着」してしまい、なかなか変えることが出来ません。
貧困の問題や家庭環境の問題も深刻です。親が小さい時から障害を理解・受容できずにきてしまい、丁寧に養育できていない問題。親に悪意はなくとも深刻な結果を生んでいると見られます。

 知的障害ゆえに、自分で自分を変える力、立て直す力が弱い事とも関連しています。
例えば「意志」の力。これは言語能力と深い関係があります。言語はその抽象的な「意味の力」で、その人の行動を調整する機能をもっていますが、彼らの場合はこの力が非常に弱い。したがって、窃盗の場合でも、見つかって注意され、反省したつもりでもそれが自分をコントロールする力にはならずに、又繰り返すのです。

 こう言う場合は、先ず、金品など周囲を徹底的に管理し行動から目を離さずに、罪を犯さない環境をつくりますが・・・、外へ出れば・・・です。
 あわせて内面へのはたらきかけを息長く取り組みますが、なかなか変えることは難しいものです。繰り返し、繰り返すのです。
 では、どうしようもないから「切る」か?こういう人たちを丁寧に受け入れ矯正する社会資源はありませんね、今のところ。残念ながら。

 ひところ知的障害者の冤罪問題に関わり、知的障害者の犯罪についてちょと調べた事があります。
受刑者に占める明らかな知的障害者の割合は1%だそうで、国民あたりの比率からするとちょっと少ないかなというところです。しかし、受刑者の知能指数を調べると4割がIQ70以下だそうです。(知的障害がIQのみによって判定されるものではありませんが)ギリギリの人が沢山いるということです。
 丁寧な養育・教育から見放された子供たちがそのまま大きくなり、犯罪に手を染めたり巻きこまれた可能性が高い事がうかがえます。その多くは貧困を原因にするものだという事が、私がこれまでかかわってきた経験でもいえます。

 私たちが日々取り組んでいるのは、そういう問題。単純に知的に遅れているだけと言うなら、ゆっくり丁寧に関われば何とかなるものですが、この問題行動は常に繰り返され、一時も気が抜けずにさまざまな対応が求められる。

 福祉現場のナマの事実を明らかにし、これらの問題を解決するというのが私達の仕事。
施設や担当者が問題を抱え込みいくら頑張ったところで・・・限界があるのです。問題の社会化と社会的な取り組みこそが「社会福祉の仕事」なのです。

 そういう日常生起する様々な問題を正面からえぐりながら、これらを社会問題として共有し、解決のための共同を作り出す、そこに私たち現場の福祉労働者の任務があると思います。
そういう努力を続けていきたいと思います。

 ただし、ブログでは個人のそうした問題を書くことには限界がありますね。
そこを書けないと本当の仕事や思いは必然的に書けないということです。仲間たちのことを書いても、うわべのそこそこしか書けないとなると、書くこと自体がマイナスになるわけです。私にとっては。
ただのおしゃべりで終わりますから・・・。

 性格が貪欲だから、自分の気持ちや自分自身にピッタリでないと気がすまない。厄介なものです。この頃は、ブログの限界を受け入れました。とは言え、すべて諦めたわけではなく、可能な限りぎりぎりまで書き込み、この現場世界のナマの事実ときれいごとではない福祉労働について多くの人に知ってほしいと思います。

 これからも応援よろしくお願します。


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2008.03.22 | | Comments(7) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.286 比べられないこと、比べていけないこと。

障害を持つ人たちの作業所で働いていると、ついつい、
「みんな○○君みたいだったら、もう少しは楽なのに・・・」と考えてしまうことがあります。
「あの事業所は大変だ、あそこはまだまだ良いよな」とか。
ついつい、無意識のうちにどこかで比べてしまうのです。

一時も目が話せない仲間や、しょっちゅう関わる必要がある仲間・・・、障害の程度や様相によって関わり方は、違ってきます。
いきおい「手がかかる仲間」に、エネルギーが使われるのも、事実です。

ある障害児心理学者が、次のように言っています。
「人の悩みはさまざまで、小さな悩みだと思い『あなたは、まだまし』なんて言うと、『先生は解ってくれない』と相談してくれなくなります。違いはあっても、悩んでいる事実と、解決したいと願う気持ちは共通ですから」と。
若いころ、子供の教育相談を担当し、親たちと正面から向き合ってきた経験からのお話です。

そして、実践上大事なのは、
「個々の人間の悲しみ悩み喜びに相対評価はありえないと言う観点に立つこと」だと話しています。

ん~ん。
日々の大変さに、ついついと言い訳しながら、大切な物を削り落としているのかもしれないと反省させられました。
人間一人ひとりの命や人生の尊厳は、かけがえのないもので、比べるようなものではない、と頭でわかっているつもりでも、日々は、どんなに危ういか。

私たちは、暮らしの中で日常的に「比べる」ことに、慣れっこになっています。
比べることは、思考の始まりで、当たり前のことではありますが、
「比べられないこと、比べてはいけないこと」も、あります。



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2008.02.04 | | Comments(5) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.273 若者が希望を持てる、福祉・介護職場に! 

福祉介護労働者の半数は、ワーキングプアです。
以下、ひとつの例です。

非常勤職員の給料は交通費を含めて手取り約11万円~14万円程です。
日給制(1日6時間6150円~)で、その月の開所日数によって給料が異なり、ボーナスは年2回で各10万円程月の出勤日数を数え、給料がいくらになるかで考えなければなりません。
どう考えても年収は180万円以下です。正規職員の約半分です。
官製ワーキングプアというべき状況です。
男性にとっては特に将来を見通すことが出来ません。
 

私は一人暮らしをしています。
月の支出は、家賃5.4万円、公共料金(電気、ガス、水道)1万超、ケイタイ・パソコンに2万、(医療費5千)・・・手元に残るのは3万円~5万円ほどです。食費、交際費、雑費等でほとんど無くなります。
よほどでない限り、病院にもまともに行けません。簡単に洋服も買えません。
交際費もまずお金が気になる時もあるし、付き合いも十分に出来ません。
貯金も出来ないし、ありません。当然、車も買えませんし、今のままでは結婚も考えられません。
お盆や正月など、帰省するのにもお金を気にして帰らなかったりという有り様です


20代後半の年で60歳すぎの親に気遣われ、
「あんたは勉強もしてるし、今の仕事に誇りをもって十分運動も頑張って人間的にもいい男になってきてるよ。でも給料はね・・・・。あんたが悪いんじゃないんだけどね~」と言われ、仕送りや現金が送られてくる。
ありがたさと同時に自分の情けなさに号泣したのを覚えています。普通ならこっちが親孝行する年だろうに・・・。これを書きながらも生活の現実を見直すとが出ますこんな気持ちが伝わるでしょうか?・・・。

これは、陶友の非常勤職員クリが、福岡市との懇談会に向け、実態を資料集に載せるために書いた文章の一部です。原文は、思いも含め、まだ長いです。
よろしかったら、全文どうぞ。→ここをクリック!

こうした状況の中でも、日々の仕事から学び、自らの生き方の問題として、福祉の仕事をとらえて、現状を前向きに変革するための決意も固めています。

私たちの福祉の仕事は現場だけでなく、今までつながってきたの尊さや歴史を学び、労働を通して人と繋がり現代社会に改めて人間らしさを問う、誇り高き仕事だと思っています。
そして皆で、人間らしい社会を取り戻すために、今の社会を変革するために、創造するために行動(運動)する。人間らしく、自分らしく。

そして、私がワーキングプア並みの給料で未だに陶友で頑張って働けているのもソコに自分の存在意義や、そこに社会的価値を見い出しいるからで、【俺、生きてるんや!!】というのを感じられるからなんです。

しかし、それにも限界があります。



「しかしそれにも限界があります」
政府の責任において、若者にこういうことを言わせてはならないのです。

若者の、希望と頑張りを生かしきれない社会は、早晩衰退し、滅び行くしかないでしょう。
若者たちが、生活に見通しが持て人生に希望が持てる、福祉介護職場であってこそ、利用者が大事にされ、その人権が守られるでしょう。
自分の人生に希望が持てなくて、人の人生の希望や人権を支えることが出来ると思いますか?

今、福祉介護職場は人材難で、今後数十万も必要とされる人材を確保する見通しはありません。
このまま放置したら、日本の福祉介護は、現場から崩壊するしかないのです。
待ったなしです!
政府が、直ちに実効ある人材確保のために、必要な予算措置をとること切に求めるものです。

5兆円もの軍事費の無駄使いをせず、福祉予算を充実して欲しいものです。


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テーマ:ワーキングプア(働く貧困層) - ジャンル:政治・経済

2008.01.23 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.264 「タイシコン」=対市懇・・・福岡市との懇談会。

福岡ひかり福祉会グループは、10数年にわたり、作業所をめぐる問題解決のために、福岡市との懇談会を持ってきた。
グループの仲間、親、職員がそれぞれに要求をまとめ、市の関係部局の担当者と懇談するのである。

最初は「交渉」にしたかったのだが、市の方が受けてくれず「懇談」と言う形になっている。
それでも現場の生の声を、行政に聴いてもらうことは意義があることだ。

その第14回目が、1月30日に迫り、準備が進められている。
それぞれの要求をまとめ申し入れ、当日用に「発言集」も作る。
2時間と言う限られた時間なので、発言は絞込む。この間約3ヶ月、学習と話し合いを重ねてきた。

仲間の部で、カゴさんがどうしても発言したいと、発言者の1人に選ばれた。
この間、担当のとくいと相談し援助を受けながらながら、鉛筆をなめなめやっと文章化が出来たようだ。

文字も1人では満足にかけないのだが、・・・その努力ともども紹介したい。
   カゴさんについては→過去ログNO、144を是非参照ください。

はたらくのに おかねをはらうのは おかしいとおもいます。
くにのせいだけど じぶんたちのことをしって 福岡市のひとにも くににいってほしいとおもいます。
わたしは きゅりょうのなかから りようりょうを はらっています。

(手書き文字のほうがリアリティがありますが、器械の文字。しかも、読み易くするために、以下、漢字混じり文に「翻訳」します)

家は苦しいので、お金は払えないと言われました。だから自分で払っています。

家はお父さんとお母さんと弟2人と自分です。お父さんは入院しています。
お金はお父さんの恩給と、弟の給料と(1人は介護などもあり働いてない)自分の障害年金(2級7万弱)だけです。

国や市はお金が無いと言うけど、自分の生活を想像してみてください。
陶友をはやびきして帰って、お米を研いだり、お父さんのお世話で病院へ行きます。
休みの日は、お母さんが腰が悪いので一緒に買い物などに行っています。

自分はこづかいは貰っていません。
つらいことは、仲間のクラブや花見のときにお金の心配をしなくてはいけないこと。お金がいるとき、お母さんに言わなくてはいけないこと。親戚の子供に、お年玉を上げられないこと。他の仲間が、お年玉を上げたと話しているのを聞くのがつらいです。

陶友で1ヶ月はたらいて、利用料と給食代を8000円払うので、1500円しかもらってません。それは家に入れます。

仕事では、あつくてもさむくても毎日リヤカーで豆腐を売りに行っています。雨の日も行きます。

だいいち、普通の会社の人が勤めるのにお金を払っていますか。
仲間は、職員や他の仲間がいるから働けています。
働くために作業所は必要です。
普通の人が働きにいくように、自分たちも作業所に働きに行きたいんです。もちろんお金を払わずに。

しょうがいしゃやけんて ばかにしとる。
すきで しょうがいしゃに うまれたわけじゃないです。

おかしいとおもったら、市の人もみかたになって、国にうったえてください。」


高齢の両親を支えながら、自身も今年は還暦のカゴさん。
わずかな小遣いのことで切ない思いをしながら、それでも元気いっぱいに、作業所に通ってきます。手元の入る自由な金は1円も無いのに。
あの軽妙な元気さの奥には、カゴさんの悲しみがあるのです。
元気で、しゃべくりまくっていないと、やっていけないのです。
・・・時々、が出そうになるよ。

作業所は彼にとっては、生きていることを実感する場所、精一杯自分を表現する場所です。

これから、本番に向けて発言の練習がまた大変です。
字が自由に読めないから・・・。
それでも、張り切っています。・・・「生きてるんだ!」


皆さん。これが「私たちのことを私達抜きで決めないで!」と言う障害者の声を踏みにじり、自民・公明が強行した自立支援法が、「自立支援」の名前でやって来たことです。ここに政治があるのです。
どう思われますか?


今日は、仲間の生の声を聞いていただきました。
応益負担」撤廃、自立支援法の抜本改正まで闘います。
2つとも大変でしょうが、ポチッと元気を下さい。

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テーマ:障害者の自立 - ジャンル:福祉・ボランティア

2008.01.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.256 みんな頑張ってるんだ。

福岡は、どんよりと静かな日曜日です。
昨日、東北の大学の若い女性の助教授さんとお話しする機会があった。その方の叔父さんが、我が陶芸教室の熱心な生徒さんで、最近販売促進を手伝って下さったり、積極的に応援してくださる。
週末にご親戚の法事があり、その姪御さんが帰ってくるので、「現場を見なさい」とのことで、陶友を紹介したという訳。

何を話したらいいものやら・・・。
相手の方から、聞いてきてくれたので、その流れで1時間ほど話したろうか。
障害者自立支援法で、現場がどう変わったか。
仲間達の負担の問題、経営の困難な状況、・・・など。

女史は、ホームレスの自立支援のフィールドワークにも関西で熱心に関わったようで
、「自立論」についても、話が弾んだ。
簡単に言えば、ホームレスの場合は「経済的自立」が柱になるが、障害者の場合、経済的な要素だけで自立論を語るの、は無理があるだろうという話。

多くは真面目だが、この世界にも福祉を食い物にする「事業家」がいるようだ。
ホームレスに、貧弱な「住」を「提供」し、生活保護を受給させ、ピンハネしているとか。それが事業になっているのだとか。(住所が定まらないと、生活保護は受けられないから)

障害福祉分野も規制緩和で、営利目的企業の参入も出来るが、今のところは、金儲けの見通しがないのだろう、そんな話は寡聞にして聞かないが・・・。
いずれ、この世界も、経営の両極化が進むだろう。
だから、今このとき「福祉とはなんぞや」と言う理念問題は、しっかりと握って話さない姿勢が大事だと思う。
でないと、経営主義に陥り、経営のためには仕方ない、・・・が蔓延し、利用者は後回しになってしまう恐れがある。

話は戻るが、住所もなく、存在そのものが消されていく人たちがいる。
障害者も、「サービス利用は、自由契約で」とされたときから、行政は、障害者の実態すらつかむ必要が無くなり、学卒後は、「社会的に存在しない」障害者が増えるのではないかと思う。
以前の「措置制度」では、行政措置=行政処分という形で、行政が関与し責任を持つことになっていた。「契約制度」にして、この最大の行政責任(を果たす仕組み)を取り払ったと言うこと。
従って、社会資源や「サービス」と繋がらない人々は、「自己責任」で、彷徨うしかなくなる。
当該の福祉制度や「サービス」があることさえ知らない、貧困層が多いのだ。
近所の人や、民生委員さんが気を利かせてくれと言うのか?

・・・暗い話だが、でもこの若いオナゴ先生にあって、「みんな頑張ってるんだ」と思った。
俺って、学者先生は余り好きじゃなかったのに・・・、ははは。

ついでに、福祉現場の労働組合作り(若いとき福祉保育労福岡支部の結成に支部執行委員長としてささやかな役を担ったこともあるので)や、陶友を作り、運営する過程での応援団作りについてもさわりだけ話すと、深い関心を示してくれた。
・・・「そこは是非、ブログを読んで参考にしてください」なんてチャッカリ、宣伝したりして・・・。

現場に関わる人は、よく知っている。
百のご立派な講釈よりも、生身で人々とどう繋がるのか。
行動のための共同と連帯をどう作っていくのか・・・これが鍵であることを。
(あ、これって、今政治ブログで何たらいろいろ言っている人たちへの批判じゃないからね。ここに来る人たちは、何のことか解らないだろうけど。・・・政治ブログに登録してみたけど、ちょっとがっかりしてると言うだけ、しばらく様子を見て・・・)


あれ?なんか、ピントの定まらない、駄文になってしもうた。「頑張ってる人がいたよ」って事。
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2008.01.13 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.193 きょうは何の日?「トラ トラ トラ」?それと・・・。

1941年12月8日、旧帝国海軍航空隊は、ハワイ真珠湾に停泊するアメリカの主力艦隊に奇襲攻撃を仕掛けた。
これにより、満州事変以来、大陸への侵略を続けてきた日本帝国主義は、戦争を世界規模に拡大する事となった。第二次世界大戦へと突入するのである。

「ワレ奇襲ニ成功セリ」の電文の暗号が「トラトラトラ」。

以後、1945年のポツダム宣言受諾、敗戦まで、国民は丸ごと戦争に駆り出される事になった。

・・・きょうは戦争の話ではなく・・・!

陶友祭本番です!


寒いですが、天気はまずまず。

早朝から、展示、設営です。
回りだすと私はフリー。
フリーと言う事は、「自由に・・・です」

お世話になった沢山の人に会います。
愛想よくしたいと思います。
そのためには、潤滑油もいりますので、そのための「自由に・・・」です。

では、出撃

トラトラトラ」の暗号を、後で送る事はないと思います。
飲みすぎてトラが3頭なんて!

一応所長としての自覚を持って・・・。



読んでいただきありがとうございました。
陶友祭があったかい人のつながりを確かめる場として成功しますように・・・
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2007.12.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.188 陶友祭にお越しください!

陶友祭のご案内です。

いよいよです。12月8日(土) 10:00~16:00 場所はこちらです
どうぞ お越しください。

ついでにこちらも。




今準備中。
陶器の値段を付けたり、片付けたり・・・。

きょうされん全国統一行動「がんばるデー」のために、半分は街頭キャンペーンに参加中。
今頃、「自立支援法の見直しを!」「応益負担の撤回を!」と、寒風に負けずに頑張ってることでしょう。

寒風と言えば、今朝初霜。2度でした。
福岡市内でも、背振山の麓だから冷えるのよ。・・・余談でした。

今年の陶友祭は、一日限り。いつものように、作品の展示と即売。こっちがメインだったけど。最近かすんでる~!
ステージ企画に、美味しい食べ物飲み物、「不用品」のバザー・・・などなど。

来ていただいた皆さんとゆっくり交流できればいいかな。
ほんの小さなお祭りです。
「師走のホットタイム」って呼んでますが・・・。

ことしは、陶器は外に展示して、ゆっくり見てもらいながら・・・買って欲しい!
買わない人も観て欲しい、と思っています。
不景気で売り上げへってます~。
(景気回復って、大企業とその周辺だけでしょ。労働所得は減りっぱなしジャン!)

仲間たちも、だんだん盛り上がって来てますよ。
仲間たちの笑顔に愛に来てください。

せっかくでしたら、お一人ではなく、お誘いあわせで・・・。お待ちしています。
なお、差し入れは大歓迎です。
夕方5時からは、お疲れさんの飲み会しますので・・・。



読んでいただきありがとうございました。
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陶友祭まであと2日。がんばろう! 
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2007.12.06 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.176 ラブレター書いてみました。

先日のヒロコの件(こちら→「悪い心」の連鎖?)で、オサチンのお母さんにラブレターを書きました。

ヒロコのことをよく知っていただくためと、先日の件のお礼で手紙を差し上げていたのです。そしたら、今日返信が来ました。
ご自分の対応が優しさに欠けていて、後でヒロコが可哀そうになって落ち込んだことや、職員の奮闘へのエールがしたためられていました。

早速返信を書きました。

「お手紙有難うございました。
ヒロコの場合は、大変複雑で困難ですが、職員一同話し合いを重ねながら取り組んでいます。その点での不安は一切ありません。全力を尽くすのみです。
私たちのつたない努力を評価して頂いた事に、先ず感謝しています。それこそが私たちの力になり、やがてヒロコに還って行くことでしょう。ありがとうございました。

さて、オサ母さんの対応が悪くヒロコを傷つけたなんてことはありません。
あの対応の仕方は、私たちがお願いしたことであり、オサ母さんは、オサ母さんなりの、傷つけない優しい対応がきっと出来たと思っています。

しかし大切なのは、ばらばらな対応をしたのでは、本人を混乱におとしめるだけだと言う事です。ですからこちらの考えと、対処の方針を提起させていただいたのです。

オサ母さんには、心身ともに大変だったでしょうが、ご協力いただいたが故に、私たちも認識を新たにし新しい方針を立てることが出来ました。
そういう意味でご自分を責めることは、何らありません。むしろ、一生懸命に向き合ってくださり、新しい方向性と可能性を一緒に探して下さったのです。

あの時、あのようにお願い出来なければ、今の私たちの認識には至らなかったでしょう。
その意味でオサ母さんに感謝しています。
「自分が嫌になるくらいに反省」したい時は、私も多々あります。個人的には嫌だなあと思うことも。しかし、これが「方針」に基づく役回りなのです。
各々が必要な役回りに責任を果たし、全体として仲間たちを支えていくのです。

「職員の皆さんにいちいち電話で指示を仰ぎ・・・」
そうして頂いたからこそ良かったのです。ご自分の判断で対応されても、その場がとりあえず収まっても、長期的に観ればヒロコにとっては、何ら役に立たないマイナスのことだって起こりえたのです。

るる書きましたが、私たちにとっては、「ご協力有難うございました。お身体お大事にしてください」です。
ついでに言えば、私がこちらの現場にいて、相手がオサ母さんであったればこそお願いできたことでした。困難な中、一緒に作業所つくりをしてきたオサ母さんだからこそ、私も信頼して無理なお願いも率直に出来たのです。
本当に、ありがとうございました。
お身体お大事に、無理されませんように・・・



私は常々、仲間たちとの関わりは個人的な関わりではなく、集団的な関わりだと職員に言っています。
「集団的人格」とも「集団化した人格」とも表現したりしますが・・・。一人では、支えきれないのです。だからこそ、不断に話し合い、認識を共有することが不可欠です。
そうした視点に立ってこそ、一人ひとりの個性的な関わりが生きて行くのではないでしょうか?

それは可能であれば、職員と言う枠組みをも超えて、そうありたいものだと思った出来事でした。



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2007.11.30 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.165 「自立支援法」が出来てから・・・!

ある方のブログニ、あつかましくもコメントを書いてしまって・・・。
きっかけに考えちゃって・・・。こちらを参照→(くりっく)
以下、そのコメントの引用です。

「余暇支援の重要性をすごく感じました。その人が本当に楽しめること、好きなことを見つけてあげる。それって、大人になって働くことの意味にも繋がるし、生きる意味にも繋がる気がする。」

余暇に限らず、同感です。うちの重度の利用者は、転勤とかいろいろの事情で5回目の通所施設です。お父さんが「こんなに落ち着いたのは初めて」と喜んでくださいました。

実は弱小作業所なので、人手がなく付きっ切りの支援は出来ません。そのことを最初に断ってから通所が始まったのですが・・・。

実践的な感想としては、支援が支援者のための支援になっていて、本人が置き去りにされているということがあるのでは?と言うことです。この時はこうしなければならない、しかしそれが本人にとっての必要なのか?あらかじめ決められたことを求められれば、ストレスがたまるだけでしょう。
私は、基本的には自由にさせながら、声かけししたり観察しながら、本人の中に眠っている思いや意思を掴むことこそが、先ず大事だと思います。

木に竹は接げないのです。

重度の彼らに、押し付けて何かをやらせて(ちょっと言いすぎ)それが何になるでしょうか。
急がず、ゆっくり見つめることのほうがよっぽど、本人に近づく道だと思います。
無理に何かをさせて、その人を何処へ連れて行くというのでしょうか。
今そこにある、その時がその人の人生そのものだと思いますが如何でしょうか?

あ~、長くなってごめんなさい。
いつかも書いておられたと思いますが、風通し?外からの視点?重要だと思います。
私たちの作業所は兎に角普通の人の出入り、関わりが多いのですが、その普通の視点に気づかされることが一杯です。
中にいると、視点が固定してしまって、貧困な業界視点になることがある、なりやすい。
mackyさんの、問題提起や疑問が少しずつでも、受け入れられ皆で議論される職場になるといいですね。この仕事は、チーム力ですから。



これから本論なのだが・・・。手短に。

自立支援法が出来てから特に、工賃アップだの経営安定だの、なんか追いまくられてない?

この法律は、
「あんたらは世話になっているんだから、受益者だ、負担しなさい。
ちゃんと訓練して、かせげるようになって税金納める人になりなさい。
それが価値ある人間だ。
そうできない人は・・・、もう仕方ない、負担できる範囲で世話してやろう。
国の厄介になるなよなあ、ったく!」
ってな代物だよ。

危険なのは、この制度での生き残りレースに駆り立てられて、
福祉とは何ぞや?が、思想的・理念的にゆがめられること。


この国の安上がり「福祉政策」のために存在する人間が何処にいるのか。
そこにいる一人ひとり、生きている人間がいるからこそ、福祉がある。

ここだよ。いま一番重要なことは。


現場に答えが、行くべき道があるんだということを、
福祉労働者が深く自覚することが求められている。
と、思わない?



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勤労感謝の日に、勤労に感謝しつつ、一人寂しく窯詰めに励む友さんなのでした。
その間に、友を求め覗いたブログで・・、ああまた仕事が遅れる~!

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2007.11.23 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.135  受容はするが迎合はしない。

トノは本日も快調である。

作業モード全開か。ひっきりなしにさえずりながら、マグカップ作りに励んでいる。この間、「ジドウシャ」「ノウヒン」にこだわって来た。
職員が、車で外用に出かけようとすると、鋭く察知して、
私に「ジドウシャ!ノウヒン!」と、
「自動車で納品に行っていいですか?」と聞いてきた。

これまでは、ストレスを貯めないために、大目に見て、OKを出してきた。
ダメと言えば、最後には従うのだが、ストレスがたまり本人にはマイナスになるという状況判断から。

さて今日は、やはり出かける職員に「ジドウシャ!」と言って来たらしい。
「今日はマグカップでしょ!」と切り返すと、何も無かったかのように作業に戻ったそうだ。

2日前の彼と今日の彼は違う。そこを見抜き、
迎合せずに、きちんと要求することが必要なのだ。
そういう関係の中でこそ、学びはある。


どんなに障害が重くとも、辛抱強く観察しながら要求する。

これまで、外に出るとき私にきちんと断ることを要求してきた。
「コーヒー」「ラーメン」「ジドウシャ」・・・最近はほとんど言って来てくれる。
作業所に来た頃のように、いつの間にか居なくなり,あわてて探すということも無くなった。
そういう小さな積み重ねで、お互いが関わりやすくなっていくのである。
関わりが、気持ち良くなると言う事は、「生き辛さ」が和らぐことである。
ICFで言う、「環境との相互作用」で障害を観る時、
こういう人と人との関係=環境をどう築くのかという課題は、個々の狭い意味での能力を伸ばすことよりもはるかに重要だと思う。

例えば、トノは、「連絡帳を持ってきて。」というと、殆どの場合すぐに持ってきて、
「オネガイシマス」と両手で渡す。
最初の頃、持ってきてはそこら辺にポイッと置いた時、「仕方ないか」と思ったけど、
私にはどうしても違和感があった。
そこで、私は気をつけの姿勢で両手で受け取ることにした。
すると、トノも両手で差し出すようになった。それから「おねがいします」をつけるのは、まもなくだった。

本人がそういう関係の形の意味をどれだけ理解しているのか?そんな事に意味があるのか?
と言う考えもあるだろう。
しかし、私はそういう風に差し出されたほうが気持ちいい。
彼が、関わる人たちに気持ちよさをもたらすとすれば、それは、彼自身が「人環境」を変えているということだ。

自閉症だからとか、障害が重いからとか、そういう現実に迎合しては、世界は変わらないのだと思う。
障害ゆえの「生き辛さ」(上田敏は「生きるうえでの困難」と呼んでいるが←クリック!この本オススメ)は、
それを和らげるあらゆる可能性と方法を模索しなければならないと思う。
日々の関わりから政治闘争まで。




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いつか、ずっと前のシリーズで、金八先生が卒業する生徒の一人に「気持ちのいい人になりなさい」と言ったのを覚えている。私も、鬼瓦のような顔ばかりしてないで、気持ちのいい人になりたいと思う。
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2007.11.02 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.83 「この仕事のノルマあるんですか?」・・・・はあ?

 実習初日の学生が、仲間と窯出しした作品にペーパーかけをしながら聞いてきた。
「この仕事にノルマあるんですか?」
私は、はあ?・・・・。
ノルマという言葉は、しばらく聞いたことがなかった。私の中では死語である。

「ここではやるべきことをみんな精一杯やるだけ。仲間も職員の仕事も、やらされてやるのではなく、自ら主体的に、自らの課題、目標としてやる。俺の辞書にはノルマという言葉はない。」
と答えた。

果たして、あまりにも不思議な感覚に陥ったので、辞書を引いた。

「1)標準。基準2)各個人に割り当てられた労働の基準量」とあった
通常は2)の用法が使われる。私の理解は外れではなかった。
そして、ここで追求しているやり方、考え方も。

要は、やらされてやるか、自分のこととしてやるか。
その仕事の主人公になってるかどうかだ。

作業所の仕事は、みんなで話し合い課題や目標を共有する、そして一人一人の職員が、
その能力、特技、個性を発揮して精一杯がんばる。
日常の仕事も、署名運動や物品販売や、もろもろ。
そして成果を共有する。取り組みの中から教訓を引き出し、更なる前進に挑戦する。
その繰り返しだ。
仲間の仕事だって、基本は同じ。
そういう風に、職員も仲間も教育しているつもりだが・・・。

そんなやり取りがあった、作業室の一こま。
でした。

ノルマで仕事する職員とは、
「俺、やって行けないな。」

うちにはそんな職員はいないけど。

テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

2007.10.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.82 日本も捨てたもんじゃないな。・・・中学生の福祉職場体験の感想です。

先日福祉職場体験に来た原中3年生5人組から、お礼の感想文が届いた。
紹介します。

「リヤカーを引いていたTTさんの手は、マメだらけになっていたり、KTさんのTシャツが暑い中働いていたので汗でびしょびしょになっていた。一生懸命同じように働いているのに給料がもらえない・・・自立支援法をもっと知り、なくしていくべきだと思いました。」

「『お金をもらうためにだけ働いているんじゃない。働くことによって豊かな気持ちになれるし、何かをもっと学ばなければと思うんだよ』
めがねにたとえると見えにくい人はめがねをかける。同じように障害を持っている人には、私たちが手伝う。作業所はめがねのようなもの。ここはそんな場所。』
大脇さんのこの2つの話が特に心に残りました。
今まで大人になったら生活をするためにだけ働くと思っていました。
きっとこのことは大人になっても忘れないと思います。」

めがねの話を聞いて、日本に沢山のめがねを持てばいいと思いました。そして、いろんな人が使えるいろんなめがねを、みんなで作って行きたいと思います。」

「体験に行く前は、どんな人たちがいるんだろうと不安だったけど、一緒に作業して注意されたりアドバイスをもらったりしているうちに、初めの不安はなくなっていきました。職員の人が最初に言っていた通り、こころに壁を作らず普通に接すれば、向こうも心を開いてくれるんだと思いました。」

以上抜粋です。
いかがですか?日本もまだ捨てたもんじゃないでしょ?!

テーマ:中学生日記 - ジャンル:日記

2007.10.03 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.58 まなざしが人を育てる。

 また、最近ずーと思ってる
わけわからん話。

まなざしが人を育てる。

15年、陶友で働き、ささやかながら みんなで頑張ってきて
そう思う。

ここにくる仲間たちは、
最近養護学校を出てきた人たちはそれほどでもないが
みんな つらいいやな思いをしてきてる。
いわれなき偏見や無理解によって
学校でいじめられたり、職場で馬鹿にされたり。
地域や、ある場合は家庭においてすら
そのままの姿の自分を
受け止めてもらった思いがない。


常に否定的な視線を浴びながら生きてきた。
自分を大事に思ったり、だから頑張ろうとか言う
心の働きを、自分の中に感じた経験はきわめて希薄なのだ。

彼らは、
言葉巧みな、指導や援助やましてや「サービス」などは求めていない。

まずは、まなざしに触れたいのだと思う。
自分を、そこにそのままの姿で存在して良いと認めてくれるまなざしを。

肯定的なまなざしこそが
彼らの生きる希望を照らし、勇気を引き出してくれる。


この、肯定的なまなざしを
地域に、社会に、
と思う。


        今週は実習生やら見学者やらで超満員。
         あっぷあっぷだーっ。
   追記

 後で冷静に読むと、「私は時々、『なんばしよっとか!』というにらみを利かす。」という事実を付け加えるべきだと反省。
 俺が一番修行が足りなくやさしさにかけているんだな。

2007.09.11 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.57 空気が人を育てる。・・・?当たり前だろそんなこと?!

 空気が人を育てる。
そりゃ酸素が必要なの 当たり前だろ!?

いや、その、人々の関係が作り出す空気。
 雰囲気と言うよりも、やはり空気と呼びたい。
  教育学部で出てんだから
   それらしい専門用語があるだろうに、
    やはり空気と呼びたい。

陶友には
 そんな 人を育てる空気がある。

  だれでも ありのままを受け入れようとする空気。
   みとめあおうとする空気。
    はげましあおうとする空気。
     共感しあおうとする空気。
      助け合おうとする空気。

  まだ そうしあえてないかも知らないが
           そうしあおうとする空気。 

立派な理論で指導援助するよりも
 みんなで作り上げてきたこの空気が みんなを育てている。

その空気に触れると
 だれもが
  自分の中に眠っているもう一人の自分に気づき
   自分から
    もう一人の自分に会いに行こうとする。

そんな空気が
 ここにはある。

   そんな気がする。



           うん。数年前からそう思うようになって来た。
           時々、俺、この空気を汚してるな、と自戒しながら…。

 

2007.09.10 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.49 福祉の担い手はワーキングプア

 8.28付け「金のことを言うときたないが・・・」で
「日本の福祉現場はワーキングプアで支えられている」と書いたが
9.5付け「赤旗」新聞に、表題の記事があった。

 福祉人材研究会の「福祉保育労働者の労働と生活の実態調査」から。
いくつか紹介したい。

 福祉職場の6割が20,30代の若者。8割が女性。

 賃金(税込み)は、
正規職員で、
   15万~25万が35.9%。20~25万が25.6%。25万~30万が13.3%・・・10~15万(生活保護基準以下)が6%。
常勤パートでは、
   10~15万未満が7割近く。短時間パートは10万未満が9割。

 25歳~30歳未満の正規職員の4割、常勤パートの5割が
親兄弟世帯と同居の「パラサイトシングル」

 「人手不足」の「忙しすぎ」、「賃金の安さ」から、
「仕事をやめたいといつも思う」「時々思う」が61%。

 正規の55%、常勤パートの90%が「勤続10年未満」で、
短期離職者が多い。

 以上のデータが、アンケート調査の結果、明らかになっている。

現場を担う人たちの像が見えてくる。

それは、30歳未満の若者であり、圧倒適多くが女性。
彼らは、低賃金と仕事の大変さで、働き続けることが困難で、職場に定着せず、経験も未熟。
ひとり立ちした生活が見込めず、いわゆるパラサイトシングルが多い。

 やっぱりというか、残念ながらと言うべきか、
私が経験的、実感的に指摘してきたことが、調査数字で証明されることとなった

 しかも、この間の、社会福祉基礎構造改革(介護保険の導入や相次ぐ改悪、障害者自立支援法等)で、経営危機が進み、職場のパート化で、非常勤職員は4割を超えた。


 なんとも頼りないもので…。
これで国民は、安心して保育や介護や支援を受けられるだろうか?

 厚生労働省は、「他の分野に比べても適切な給与水準を」と、新しい「福祉人材確保基本指針」を定めたが、要は財源確保である。

日本の福祉を、安心して頼れるものにするために、「指針」の実効性を求め、大いに声を上げて行きたい。

  (財源論については、次の機会に触れたい。)



   最後までおつきあい、ありがとうございます。
   よろしければコメントお待ちしてます。






 
          

2007.09.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.45 「共感する」と言うこと。理解すること。

人と関わるこの仕事は、「共感すること」が大切だと言う。
 
 最近ふと、共感するって簡単に言っても、それは結構難しいことだと思うことがある。

 相手を知ろうとする時、その人の過去や生い立ち、障害の様相やその時々の状況など、出来るだけ多面的に総合的に、集団的な議論もしながら理解しようとしてきた。

 そうして、仲間たちが目の前で起こす問題行動や、勿論プラスの行動についても理解しようと勤めてきたが…。

 得てして、「とあるその件」に関して、かなり合理的に論理的に「解釈が出来た」というレベルの理解に終わってないか?
何十年もやっていると、経験主義的にも「上手く」やったり、処理したりすることがある。

 一人の仲間が何かの問題を起こす。それは多分こうこういうことだろう、と説明がつく。かなり相当な説得力を持って。

 最近、何かが違うと思う時や場合がある。
「しょうがないな」「なにやってんだろうな」という価値観がくっついた「説得力ある」解釈、説明がある。揶揄的であったり、諦め的であったり…。

 受容的になれなかったり、「そういうことじゃないかな」と言う程度の解釈であったり…。

 その基本、奥底に人間的ないとおしさへの共感がないような、そんな技術的な表面的な理解で、済ませてはいないだろうか。

 上手く表現できないが、自分をまな板に載せるとき、仲間たちときちんと向き合えていると言い切れない、軽い薄い自分が見え隠れする。

 抽象的だが・・・今日は、つぶやいておこう。

    

2007.09.03 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.41 くぼちゃんのコメントによせて・・・「人間らしさ」について考える。

 まじめな話。
 私たちの福祉労働は、人間らしく生きることを支える仕事です。

人間らしさとは何か?
つかみどころのないテーマでもあります。

 浅学な私のメノの中から、共感した先人たちの言を参考のために羅列してみます。

「明日がなければ、人間らしく生きることができない。」
「ひとりぽっちでは、人間らしく生きることができない。」・・・田中昌人

「人間らしさの核心は、希望。希望を育み、希望に向かって学び挑戦する。希望に向かって手をつなぐ。」・・・三上満

「人間らしさを構成しているのは、目的意識性と集団連帯性」・・・坂元忠芳

「国民の人格発達の問題点は『精神的・文化的その日暮らし』と『精神的文化的ひとり暮し』」
「人間らしさは、自然(対象)に働きかけ活動する主体=目的意識的存在と、人とつながり交流する社会的類的存在の統一の中にある」・・・二宮厚美

「発達保障がめざす「人間らしさ」の課題は、①目標、希望、展望 ②信頼、共感、連帯 」・・・加藤直樹

私の共感は、共通してタテとヨコの要素からなるところにあります。

 紹介したいエピソード。
きょうされんの前理事長立岡氏からお聞きしたものです。

 彼の作業所に、ずっと在宅だったある女性が通うようになったそうです。通い続けたある日、彼女が初めて発した言葉が、「マタ アッタ(また明日)」だったそうです。

 「明日も作業所に来るよ。」と、今日につながる明日を見つけ、それを伝える人を見つけた。

それは、まさに人間らしさを、手につかんだ瞬間ではないだろうか。
こんな話でした。ジーンときました。

くぼちゃんの「正直に生きる」話も、未来や希望への正直さであり、自分につながる人々への正直さではないでしょうか。

「人間らしさとは何か」・・・その答えをつかむ為に、つまずきながら生きているのかも知れないと思う。
 

2007.08.30 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO38 金のことを言うと汚いが・・・福祉労働者の賃金はその国の福祉のバロメーター

 今春大学を卒業して、あるメーカーの営業で働く長女に、「いくら貰ってる?」と聞く。大卒30年近い私(28万。これでも大分良くはなった。無認可の頃は8万だった。)と、4万程しか違わない。同じく短大卒で介護施設で働く次女に聞く。「夜勤手当を入れても14万。もう!おかしくない?」

 実におかしい。
 陶友では、大卒3年目で17万。非常勤は13万弱から、残業入れても15万。福祉現場は3分の2が非常勤。
 福祉現場はワーキングプアで支えられている。

 私は機会を見つけて、こんな話をする。金の話は嫌いだが・・・。
これは、私の甲斐性の話ではない。この国の甲斐性の問題。
要するに、福祉の仕事はこの国ではその程度の値打ちしかないのだ。だから沢山ある福祉系の大学を出ても、殆どの学生は一般企業への就職を希望する。人材が確保できない。

 政府は、貿易協定でフィリピンからの介護士を入れることを決めている。国内で人材が賄えないから、安く使えるアジアの労働力を入れるということだ。
アジアの同胞の名誉のために。フィリピン人がだめと言ってるのではない。一応語学研修も入れて入る。しかし、介護保険の点数が、お年寄りとゆっくり話しをすることは認めていないように、飯を食わせ、下の世話をすればいい、それが介護労働だとすることを、問題にしてるのである。

 要するにこの国では、福祉労働は、赤子の守であり、年寄りの世話であり、障害者の面倒見なのだ。関係の法律でどんな立派な文言を並べようとも、この人たちのために金をかけるのは、経済的に無駄ということ。
 現場から、私たちが、人間の尊厳だとか、人としての権利だとか言っても、この国の政策の実態はこれだ。

 大事なのは、福祉労働者の賃金問題は、その対象とする人々の命や暮らしに対する価値観の現れであるということ。

 80年代中頃、メザシの土光(経団連会長)が推し進めた「臨調行革」・・・時の財界の要求をうけた、時の総理大臣は「老人福祉に金を使うのは枯れ木に水をやるようなもの」と言い放ち、ときの厚生大臣は「牛も乳が出なくなったら賭殺場にいく」と言い、それまで国民の世論で作り上げた、老人医療無料制度を有料化した。健康保険もだだで医者にかかれていたたのに、有料化した。

 その流れの、今日版が小泉「構造改革」であり、選挙で審判されたのに安倍がしがみつく路線なのだ。「社会福祉基礎構造改革」その障害者版が、今度の障害者自立支援法なのだ。

 ちょっと話が広がりすぎた。
 
 今日は、金の話。
金欲しいよな。そしたら、職員の給料上げて、職員増やして、もっといい仕事ができて、「福祉の仕事って、ほんとに大事で価値ある」という、国民的共感をつくれる。

 福祉の仕事は、「勝手に情熱的な奴」とか「普通の企業ではやれない」変わった奴らの仕事にしてしまっては、国民の不幸なのだ。

 今日の終礼で、実習の学生に「金の話」をした。
家に帰り、次女とも少しだけ。
 次女は、家に入れるお金の話で「やっぱ、稼ぎの割合でいかんと」と言う。お前の言うことは一理ある、これは家族の話し合いで解決しよう。

 次女よ。私たちは、父娘であり、今や同志。福祉労働者。
福祉労働は、人間の明日を作る仕事。人間の未来を創造する仕事。
共に、誇り高くたたかおう。

 
 

 

2007.08.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.37 頼みます!福岡市は国民健康保険料を引き下げてください!

 Hさんは18歳。女子。中度の知的障害を持ち、高校を退学した弟と、中学生の弟と妹がいる。
母親を小5のときに亡くし、、父親に育てられてきた。
父親は、建築現場の日雇い。

 夏場になり、頭を痒がるので見ると、できものができている。風呂に入ったり、きちんと着替えをしたり、衛生的に身を保つことができていない。

 たまりかね、職員が病院に連れて行く。
保険証がないので、3000円ほど立て替えて後日清算することにした。
 ところが、お金がないから、保険料を払えず、国民健康保険証がないのだそうだ。

 そんな折、お父さんが現場で大事故に遭い、瀕死の重傷を負った。急遽、いくばくかの金を納め、短期の医療証を発行してもらった。

 いま福岡市では国民健康保険料が高すぎて払えず、保険証を取り上げられる事態が広がっている。
 市の保険料は、年所得200万(4人世帯)で37万円。介護保険料も合わせると、46万円。国保加入者は低所得者が多く、83%は、200万以下だそうだ。

 「40万も払うような病気はしないだろう。だったら、保険料は払わないほうが得だ。」と考えるだろうか。払えるものだったら、誰だって払って安心して生きていたいと思うだろう。

 払いたくても払えないのだ!

 滞納世帯は5万6千件(21%)、そのうち保険証取り上げは1万4千件(25%)。いずれも政令市最悪の水準だそうだ。

 お父さんの入院は3ヶ月を超えた。
職員が髪を洗ってやったり、薬を塗って上げていたHさんは、近頃、陶友に出て来れない日が多くなった。
 二重にも三重にも生きる上での困難が覆いかぶさっている。

 少なくとも、福岡市は、誰でも安心して医療を受けられるように、保険料の大幅な引き下げをすべきだ。

 もちろんそれで、彼女たちの生きづらさが解決するわけではない。

 私たちも、本人だけでなく、兄弟・家族の生活支援もふくめ、もっと踏み込んだ取り組みをしなければならない。

 腹をくくらんと!

 

2007.08.25 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.14 やさしい作業所職員は、すかんっちゃん。

今日は、私用で休み、夕方から陶芸教室もあるので、はやめに、職員終礼に間に合うように出てきた。

 一日の報告を聞く。
まあ、毎日毎日いろいろあるわ。
こんな時、決まって「俺がいるときは、こんな事ないんだが・・」という事がある。
 要するに、「たががゆるむ」のだ。
 
 「知的障害の人は、素直で心がきれい」と、よく聞く。
確かに、そういう人もいるし、そういう場合もある。
 現実は、人の顔色見たり、うそついたり、ずるかったり、強い者にへつらったり、陰日なたがあったり、弱いものを押さえつけようとしたり・・・およそ、世の中に転がっているいやな面も、それぞれに持ち合わせている。
いい悪いは別に、彼らなりに獲得した「生きる知恵」である。と、私は、見ています。

 彼らとて、この社会の現実の中で生きてきたのです。
美しい、無菌の「ハウス」で、純粋培養されて来た訳ではありません。

それらが、知的障害と複合するところに、単純には行かない難しさがあります。

 ・・・、ともあれ・・・。
 こんな時、そんな報告を聞くたび、
「なんや、おれはだだの怖い監視人か」
と、愕然としてしまう。
 「あーあ、いやな存在!こんな存在になりたくて作業所作ったんじゃないのになあ・・・」

 ま、一人ぐらい怖い人もいていいか、いやな役回りだ、などと言い聞かせて、諦めている。

俺、ほんとは、優しい作業所の職員は、あんまり、すかんっちゃん。と、ひがみつつ・・・。
 
 

2007.08.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.13 「どうせ俺は嫌われ者よ」・・・所長はつらいよ・・・。

 食品班の働き者、かごじい。
かごじいは、私が前に勤めていた施設時代からの付き合いだ。
そこをやめて一緒に陶友を始めた、20年近い腐れ縁の付き合いだ。得意技は、おしゃべり。
 
 陶芸班時代は、このおしゃべりが災いしたが、食品班に配属されてからは、本領発揮。気の利いた(時々間が抜けてるが)、いい商売人になっている。

 そのかごじいは、私が煙たいのだ。私がいじめるから。
車の横に乗ると、このおしゃべりが、スンとも言わない。そこで、「なんでかごじいは、俺には口もきかんとや?若い女子職員には、運転の邪魔になるぐらい喋るらしいじゃないか!?」という具合に。
 
 きょう、炎天下の豆腐の配達から帰り、遅い給食のテーブルについた。
 それは私の左となり。「あんた、なんで俺の隣に来るとや!俺が好かんちゃろうもん!」と、突っ込む。
「もう、またあ、そんなこという」

・・・その左となりには、給食ボランティアの岩田さんがいたのだ。
「ああ、分かった!俺を嫌いな分より、岩田さんを好きな分が勝っとるんか!?ああそうか!分かった!」

 みんな優しい人が、それも女性が好きなんです・わかってるが・・
いつもこのようにいじめるのだ。

「どうせ俺は嫌われ者よ、だけん、退職の日を、指折り数えとるんや!」「オシャベリが治らんで困っとった時、オシャベリを生かして仕事ができるごと、食品班を苦労して作った俺の優しさなんか、どうせあんたなんかに分かってたまるかい!」
・・・と、たたみかけていじめる。

「またあ、嫌いて、ゆうとらんじゃないですかあ」

来年は還暦。ますます盛ん。
炎天下にも、雨の中も、「お客さんが待っとるけんが」と、意気揚々配達に出かける。
 自分を、必要とし、待つってくれる人がいる。
 オシャベリ炸裂、ルンルンのかごじいの横で・・・。

「どうせ俺は嫌われ者よ。あんたたちが、幸せそうにしてると、自分の『相対的不幸感』が募るだけ。あんたたちの幸せを、俺の幸せにはできんなあ・・・人間、『共感的に生きる』なんて、むずかしい!」と、わざとため息ついてみせる。

 ニコニコ優しくできる柄でもない・・・。
これって、まるっきり作り物のセリフじゃなくて、ある程度の本音を含むので、
 結構「所長はつらいよ」

 
 

2007.08.08 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

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