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NO.2956 「どうぞ選挙権を行使して社会に参加してください。 堂々と胸を張って、いい人生を生きてください」 被後見人の選挙権を奪う不当な公選法を断罪。

 腹の立つことの多い政治周辺ですが、世の中にはいい話もあります。
社会はジグザグに進歩するものです。

「どうぞ選挙権を行使して社会に参加してください。 堂々と胸を張って、いい人生を生きてください」
・・・最後に定塚裁判長が語り掛けると会場は拍手に沸いたそうです。

 被後見人の選挙権を奪う不当な公選法が断罪されました。

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「被後見人に選挙権を認めない公職選挙法11条1項1号は、憲法15条1項および3項、43条並びに44条但し書きに違反するものであり無効である。

 そして、原告は衆議院議員および参議院議員の選挙権を有すると認められ、次回の衆議院議員の選挙および次回の参議院議員の選挙において投票することができる地位にあると認められる」

選挙権は、国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として議会制民主主義の根幹なすものであるから、制限は選挙の公正を確保し得ないようなやむを得ない場合でなければならない。

ところが、成年被後見人に選挙権を付与することによって、選挙の公正を確保することが事実上不可能ないし著しく困難である事態が生じると認められるべき根拠はない。

さらに、成年後見制度は、自己決定の尊重や残存能力の活用、ノーマライゼーションという理念と本人保護のために認められた制度であって、選挙能力についての審査もしていない、別物の制度である。

したがって、後見制度を借用して選挙権を剥奪することは憲法上許されない。
                                (杉浦 ひとみの瞳より)

■有田伸弘・関西福祉大社会福祉学部准教授(憲法学)の話

「日本は普通選挙を掲げながら、実際は障害者を排除した制限選挙だった。平等な社会に向けた判決で、評価できる。ただし、裁判所が能力による選挙権の制限を『合理的』と認めた点には懸念が残る。現在の日本で選挙権を行使するには、原則として候補者の名前を書く能力が必要だ。しかし、その能力がない人は選挙権を剥奪されてもよいのか。より多くの人に投票が可能になるような制度作りが必要だ」

■矢鋪(やしき)渉・宮崎産業経営大法学部教授(民法)の話

「福祉の現場では従来、被後見人の選挙権が剥奪されることを懸念し、成年後見制度の活用をためらう風潮もあった。今回の判決でそうした風潮の改善が期待できる。障害者の希望が政治に届くようになることも画期的だ。選挙権は国民の重要な権利であり、一律に被後見人の選挙権を剥奪してきた公職選挙法は乱暴だったと言わざるを得ない。今回の判決を、障害者の意思が反映される社会を実現するきっかけとすべきだ」

当然の判断 国は控訴するな!
「裁判所としては最初の判断で画期的ではあるが、世界の趨勢からすれば当然の判断」(元最高裁判事の泉徳治弁護士)なのです。

 匠さんが選挙権をきちんと行使できるようにするためには、国が控訴せず判決を速やかに確定することです。ご両親も高齢な中、匠さんは一緒に選挙に行くことを楽しみにしているそうです。 

 杉浦 ひとみ弁護士が次のように呼びかけています。

国には(法務省)控訴をしないでほしい
   (総務省)指摘された法律を削除しほしい

という要請を(電話、電報、手紙、HPなど意思を伝える手段で)していきます。
判決に共鳴していただける方は、ご協力お願いします。

法務省  「控訴しないでください」
法務大臣 谷垣禎一  
100-8977
千代田区霞が関1-1-1 法務省
03-3580-4111
http://www.moj.go.jp/mail.html (HP ご意見ご提案)

総務省 「公選法11条1項1号を削除してください」
総務大臣 新藤義孝
110-8926
千代田区霞が関2-1-2 中央合同庁舎第2号館
03-5253-5111
https://www.soumu.go.jp/common/opinions.html(HP ご意見ご提案)


 私も、「被後見人の選挙権行使は世界的にも当たり前、国は控訴しないでください」と法務大臣にツイッターで要請しました。

 ■谷垣禎一法務大臣ツイッター→https://twitter.com/Tanigaki_S

 以下、共産党・井上哲士議員のメルマガより。

 今日、東京地裁で画期的な違憲判決がありました。成年後見人を付けると選挙権
を喪失するとした公職選挙法の規定は違憲だとし、訴訟を起こした知的障害のある
茨城県の女性の選挙権を認めたものです。

 この問題について訴訟が提起された直後の2012年に法務委員会で取り上げました。
その中で法相も答弁していますが、成年後見制度とは、「障害者の自己決定権の尊
重と本人保護のため」の制度です。

 ところが、知的障害があってもこれまでずっと投票してこられた方でも、高齢に
なった親が将来の財産管理などのために成年後見人をつけたら、とたんに投票でき
なくなるのです。「自己決定権の尊重と本人保護」とはまったく逆のことが起きる
のです。余りにも不合理です。

 そもそも憲法は国民に平等に選挙権を付与しています。「能力」を問題にする
こと自体が、法の下の平等に反します。

 憲法に反する公選法の規定を見直すべきという私の質問に、総務省は「おっしゃ
ることもわからないではない」としつつ、現行制度に固執。一方、法相は、成年後
見制度と「投票の判断力は関係ない」と明解に答弁し、私の提起に対し、「重要な
指摘」だと述べました。

 その後、原告や支援の皆さんとも懇談し、訴訟を応援してきただけに本当に嬉し
い判決です。政府は控訴せず、すみやかに公選法の改選で選挙権を回復させるべき
です。

 これからも、一人ひとりの人権に光を当てて、地道に取り組んでいきます。

選挙権制限は違憲 成年後見制度で判決 東京地裁(しんぶん赤旗 2013年3月15日(金)

 成年後見人をつけると選挙権を失うとする公職選挙法の規定は憲法に違反するとして、知的障害のある茨城県牛久市の女性が選挙権の確認を国に求めた訴訟で、東京地裁(定塚誠裁判長)は14日、公選法の規定は「違憲で無効」とし、女性の選挙権を認める判決を言い渡しました。同規定についての司法判断は初。

 原告の名児耶匠(なごやたくみ)さん(50)は2007年2月、父親の清吉さん(81)を後見人としたところ選挙権を失い、訴えを起こしていました。

 判決は、「後見開始の審判で判断されるのは財産等を管理する能力の有無であり、選挙権を行使する能力とは異なる」として、同法の規定は、「国民に保障された選挙権に対する『やむを得ない』制限とはいえない」と判断しました。

 判決は、「不正な投票が行われる可能性がある」という国の主張を退け、選挙権の制限は、障害者の自己決定権を尊重し、社会の一員として普通に活動できる社会を築くという後見人制度の趣旨に反するとしました。

 原告側弁護団は判決後の声明で、「国会には選挙権という重要な権利についての司法の判断を尊重し、率先して同法(公選法)の削除に着手するように求める」としています。

井上議員が国会で提起
 日本共産党の井上哲士参院議員は11年の国会でこの裁判を紹介し、成年被後見人の選挙権を奪う規定を問題として公選法の改正を求めていました。
------------------------------------------------------------
 成年後見人制度 認知症や知的障害、精神障害を理由に判断能力が不十分な人を保護、支援する目的で導入された制度。「後見」を受けると公職選挙法の規定によって選挙権を失います。


成年後見制度で選挙権喪失 違憲判決(NHK3月14日 14時47分)

病気や障害などで判断力が十分でない人に代わって財産を管理する「成年後見制度」で、東京地方裁判所は「後見人がつくと選挙権を失う公職選挙法の規定は憲法に違反する」という初めての判決を言い渡しました。

茨城県牛久市の名兒耶匠さん(50)はダウン症で知的障害があるため6年前に父親と妹が判断力が十分でない人に代わって財産を管理する成年後見制度を利用して後見人となりました。
しかし、公職選挙法では後見人がつくと選挙権を失うと規定されているため、「障害者を守るはずの制度が逆に権利を奪うのはおかしい」と国を訴えていました。
判決で東京地方裁判所の定塚誠裁判長は「選挙権は憲法で保障された国民の基本的な権利で、これを奪うのは極めて例外的な場合に限られる。財産を管理する能力が十分でなくても選挙権を行使できる人はたくさんいるはずで、趣旨の違う制度を利用して一律に選挙権を制限するのは不当だ」と判断し公職選挙法の規定が憲法に違反するという判決を言い渡しました。

最後に裁判長は名兒耶さんに「どうぞ選挙権を行使して社会に参加してください。堂々と胸を張っていい人生を生きてください」と語りかけました。
成年後見制度の選挙権については全国のほかの裁判所でも同じような訴えが起きていますが、判決はこれが初めてです。

平成12年に始まった成年後見制度で後見人がついた人は最高裁判所のまとめで全国で13万6000人に上り、高齢化が進むなかで利用者は増え続けていて、判決は国に法律の見直しを迫るものとなりました。

原告の名兒耶さん支援者に喜びの声
判決のあと、裁判所の前で弁護士らが「勝訴」と書かれた紙を掲げると集まった支援者から大きな拍手と歓声が上がりました。

裁判所から出て来た原告の名兒耶匠さん(50)は「ありがとうございます」と述べ、笑顔で写真撮影に応じていました。
また、父親の清吉さん(81)は「うれしかったです。
裁判長にあそこまで言ってもらえるとは思わなかった」と話していました。
また、判決の後の会見で、名兒耶匠さんは「うれしいです」と話し、記者から「今度の選挙に行こうと思いますか」と聞かれると「思います」と答えていました。
父親の清吉さんは「それまで選挙に行けたものが成年後見制度を利用したとたんに行けなくなるというのは明らかにおかしいと思っていた。
判決で裁判長がきちんと述べてくれたのはわが意を得た思いだ」と述べました。

総務省
今回の判決について、公職選挙法を所管する総務省の米田耕一郎選挙部長は、NHKの取材に対し、「判決の内容を精査したうえで、法務省と協議して今後の対応を決めたい」と話しています。



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2013.03.16 | | Comments(0) | Trackback(4) | ・障害者福祉いろいろ

NO.2441 黙っていることは容認するということです。「あなたならどうする? ~スーパーの障害者差別~ 」

 見て見ぬふりをするか、
勇気をもって批判するか?

黙っていることは容認するということです。

8分ほどです。
「あなたならどうする? ~スーパーの障害者差別~ 」

アメリカのテレビ会社が実験をしてみました。
ゆっくり見てみてください。



我が家の娘も軽度知的障害があり、スーパーで働いています。
幸い、周囲の理解に恵まれて今のところは元気につとめていますが・・・。

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2013.03.01 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO.2433 「白杖(はくじょう)シグナル」ってご存知ですか?

今日の話題はこれ。
「白杖シグナル」、視覚障害の人が白い杖を頭上に掲げたら「困っちゃった!ヘルプ!」の合図です。

「どうしました?」・・・やさしく声を掛けてあげてください。

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これが案外と知られてないのですね。
友達がフェイスブックでお知らせしたら、二日間で6万人もシェアしてました。
びっくりです。

「白杖シグナル」広めよう 九州盲人大会で採択(西日本新聞2013年2月19日 00:17)

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 九州各県の視覚障害者団体の会員らが、福祉のあり方などについて話し合う九州盲人福祉大会が17、18日、福岡市であり、延べ約500人が参加した。大会では、視覚障害者が街角で困った際に白杖(はくじょう)を頭上に掲げて周囲に助けを求める「白杖シグナル運動」を盛り込んだ宣言を採択した。

 白杖シグナル運動は1970年代に提唱されたが、社会的には浸透しなかった。2011年の東日本大震災や昨年の九州豪雨災害で、視覚障害者が避難に困る事態があったことを踏まえ、災害弱者のSOSサインとして見直され、福岡県盲人協会(小西恭博会長)が昨秋に再提起していた。大会では「運動を広げ、障害者が積極的に社会活動へ参加できる環境を整えることが、共生社会の実現につながると信じる」とする宣言を採択した。今後、各県の団体で運動の進め方などを協議、6月の日本盲人会連合の全国大会にも提案される。

=2013/02/19付 西日本新聞朝刊=






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2013.02.23 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.2699 負けずに胸を張って生きていきましょう。「障害に対する差別と偏見にもとづく大阪地裁判決に対する抗議声明 」

 おはようございま~~~す。
久しぶりに雲ひとつない朝!

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久しぶりにピーカーンな朝!

 きょうされんが声明を出しました。
でるだろうと思いながら、遅いなと思いながら・・・。
遅くなりましたが、会議のサイクルの関係でしょうね。

負けずに、「負けずに胸を張って生きていこう」と呼びかけています。

障害に対する差別と偏見にもとづく大阪地裁判決に対する抗議声明

きょうされん常任理事会

 7月31日の朝刊は、「発達障害、求刑超え判決」、「再犯恐れ、長く刑務所収容を」などの見出しが躍った。それらは、昨年7月に姉を刺殺したとして、殺人罪に問われた42歳の被告に対する、7月30日の大阪地裁一審判決についての報道である。同判決は、犯行動機の形成にアスペルガー症候群が影響しているとしながらも、同症候群の影響によって、量刑を考慮することは相当でないとして、検察官の求刑の16年を超える懲役20年という判決を言い渡した。求刑を上回る量刑はきわめてまれではあるが、裁判員制度が始まってから増えているともいわれている。

 判決の要旨では、被告が「いまだ十分な反省に至っていない」原因についてもアスペルガー症候群の影響を認めながら、「いかに精神障害の影響があるとはいえ、十分な反省のないまま被告人が社会復帰」すると、同様の犯行に及ぶことが心配されるとともに、社会で被告のような「精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されておらず、その見込みもない」ため再犯の恐れがあることを理由に、「許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深め」ることが、「社会秩序の維持にも資する」とされた。そして、殺人罪の有期懲役刑の上限である20年という重い量刑が下された。

 この判決には3つの問題点がある。

 第一に、量刑を決定する大きな要因として障害を挙げたことである。しかも再犯防止と社会秩序の保全を理由とした、求刑を超える量刑は、偏見と差別に満ちた判決としかいいようがなく、怒りを禁じえない。現在、政府は、国連の障害者権利条約の批准を目標に、欧米諸国ではすでに立法化されている「差別禁止法」の制定の検討をすすめている最中にある。また千葉県をはじめ、熊本県、さいたま市、八王子市などでは「差別禁止条例」が制定され、他の自治体においても条例制定の動きをみせている。今回の大阪地裁の判決は、こうした流れに逆行するものといわざるを得ない。

 第二には、裁判の経過ならびにその結審としての判決要旨においても、アスペルガー症候群についての正しい理解や検討を加えた経過がみられない点である。発達障害の特徴やそれに対する必要な人的・社会的な支援、合理的な配慮のあり方などの視点から、被告とその家族に対する客観的な審理が行われた形跡もみられない。障害に対する専門的な理解を欠いたまま、事件の背景や真相を明らかにすることはできないはずである。被告とその家族を不幸な結果に追い詰めた根本的な原因は明らかにされたのか。また30年にも及ぶ在宅状態が社会的に放置されてしまった原因は明らかにされたのか。こうした審理を抜きにして、今回の事件の真相に迫ることはできないはずである。

 第三には、社会に受け皿がないということと、社会秩序の保全という時代錯誤の結論の問題である。受け皿がないという理由から、最大上限の懲役20年が課せられるということは、障害の有無や社会環境によって量刑が左右されるということになる。この判決理由に対して、厚労省がまったくコメントや反論を発表しないことも情けない限りである。発達障害者支援法を制定し、障害者自立支援法でさえも発達障害を対象とした。また罪を犯した障害のある人の社会復帰のための地域生活定着支援センターがすべての都道府県に設置されているが、今回の判決はこうした社会資源をまったく考慮していない。


 事件はきわめて痛ましい悲劇であり、二度と繰り返してはならない。だからこそ裁判所は、慎重な審理と専門的な知見からの原因究明に力を注ぐべきであった。今回の大阪地裁の判決に対して多くの障害団体が抗議声明を公表している。また日本弁護士連合会は、裁判の結論が出ていない8月10日に、きわめて厳しい「会長談話」を発表している(判決から2週間の控訴期限までに控訴がなければ判決が裁判の結論となる)。8月11日には、被告の弁護団は控訴の申立をおこなった。今度こそ、人権の砦たる司法の名にふさわしい慎重かつ科学的な審理がおこなわれることを期待して、注視していきたい。


 発達障害者支援法では「発達障害者の福祉について理解を深め」、「発達障害者が社会経済活動に参加しようとする努力に対し、協力する」ことを国民の責務と定めた。また、昨年改正された障害者基本法でも「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」の実現に寄与することが国民の責務とされている。

 この事件に、多くの障害のある当事者、家族、関係者がショックを受け、自分のことのように心を痛めている。しかし、今回の判決に疑問を投げかけている市民やマスメディアも少なくない。肩身の狭い思いに駆られることもあるだろうが、どうか胸を張って生活してもらいたい。きょうされんは引き続き、当事者を中心にしながら関係者がともに手をたずさえて、運動を推進していくことをここに表明する。




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2012.08.25 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO.2686 「障害者の要望をどのように客観化して、障害程度を判断し、支援内容、時間を決めているか?」・・・デンマークに学べ。

日本障害者協議会理事の薗部 英夫さんが、2012年「すべての人の社会」7月号に書いています。
福祉先進国デンマークと日本の違い。

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 日本ではおおよそ障害のある仲間たちの実態とはかけ離れた「障害程度区分判定」というものがあり、それによって、受けられる支援が決められている。

ところが、デンマークでは「査定のシステムはない。施設を利用していれば、そこで何が必要か、何が提供できるかを職員と施設長が決める。在宅ならば、支援の必要な時間を市が決める。問題は支援するスタッフの数だ」・・・だそうだ。

 私は日ごろからからいつも言ってるのですが、
「福祉現場の専門性を高め、現場の裁量に任せる。園に現実的に必要な支援を組み立てる。行政はその財政的な責任を持つ」べきだと。

 ところが、日本の場合お上が施策や支援の枠組を決め、そのなかに障害者をはめ込んでいく。だから、現場で必要な人に必要な支援が届かない。
お上の動機は、決して障害者のためなどではなく、「財政削減=障害福祉予算を減らす」にあるのだ。

 その例はここにも書きました。
   ■NO.2682 この馬鹿げた自立支援法が仲間の願いを阻む・・・。

 デンマークのことを、ぜひ参考に読んでください。

巻頭言 発想を変えたい

NPO法人日本障害者協議会理事・情報通信委員長 薗部 英夫                 


 ソノボーはドイツ国境に近い北欧・デンマークの人口7万人の田舎町。「障害者の要望をどのように客観化して、障害程度を判断し、支援内容、時間を決めているか?」「現場担当者の権限は?」。答えを現場で確認するのが冬の旅のミッションの一つだった。
 参加者には自立支援法訴訟原告補佐人の新井たかねさんもいる。区分認定の調査では涙がこぼれたそうだ。「娘のできること、願いや希望を積み上げてきたこれまでの歩みに対して、この法律は、"できないこと"を積み上げ、生きる希望を絶ってしまうものに思えました」。

 スティンは、施設長をつとめる重い障害のある子どもたちの様子を熱心に語ってくれていた。
先の事前質問をぶつけた。
 「査定のシステムはない。施設を利用していれば、そこで何が必要か、何が提供できるかを職員と施設長が決める。在宅ならば、支援の必要な時間を市が決める。問題は支援するスタッフの数だ」「一番最初は、誰が・必要度を・判断する・のか?」「出生直後に障害があるとわかれば、"親への支援が必要" など市に連絡が入る。保育所などの場でも困難なことはわかる」「障害者がサービスが欲しいとき、担当者は、どうジャッジするのか? そのシステムはどういうものなのか?!」「福祉機器なら、PTがどういうものが必要か判断し、機器は業者が届け、費用は自治体が払う」「一人で生活ができなければ、公は生活ができるよう補助すると法が定めている。それだけなのです」

 質問と答えのズレを帰国後も悶々と考えていた。ある日、ハッと思った。発想が違う。考え方が根本的に違うんだ!日本は何が「できないか」が問題で、それによって「してやる」。だから"自己負担"論につながる。デンマークは、「必要なことは何か(ニーズ)」が真っ先にある。同年齢の市民と同じスタートラインに立てるためには、ニーズに対してどんな支援ができるか。自治体はそれを行う責任がある。これは障害者団体が一つになってまとめあげた「骨格提言」が示した方向だ。

 発想を変えよう。
 今年の冬の旅で感じ、半年後、理不尽な名ばかり新法の可決・成立を国会前で目撃しながら決意している。




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2012.07.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.2194 「障害を乗り越えた」「明るい障害者」?・・・障害と環境を考える。

 障害があるということは、どういうことなのでしょうか?

     もくもく

 しんぶん赤旗の人欄で知りました。

     障害を受容する

 ペンネームは「友と輝く、友輝(ゆき)」さんだそうです。
作品は、以下のリンク先にテキストがあります。

 第46回NHK障害福祉賞優秀作品「『ただいま』」松永 香奈恵
 http://www.npwo.or.jp/library/award/2011/46_yusyu_matsunaga.html
 さわりの部分だけ転載しておきます。

 「障害」と言えばまるで枕詞ででもあるかのように「乗り越えて」とか「があっても明るく前向き」と続く気がします。けれど、私にはいまだに「障害を乗り越える」ということの意味がわかりません。「障害物を乗り越える」と言うならわかります。けれど、障害を乗り越えるとはどういうことなのでしょうか? はたして本当に乗り越えることなどできるのでしょうか? 「障害があっても明るく前向き」とは、言い換えれば「障害があれば暗くて後ろ向き」であるのが普通ということなのでしょうか? けれど、多くの人は障害者は「障害を乗り越え、明るく前向き」だと思っているように見えます。これはマスコミに取り上げられる障害者の多くがそう見えるからかもしれません。しかし、障害の有無に関わらず、よほど悲しい話をするとか、つらい経験を語る場合でなければ、見ず知らずの人に対しては失礼にならないように、たいてい誰でも明るく対するのではないかと思います。それが障害者だと、なぜか「障害を乗り越えて」とのフレーズになってしまうのですから不思議です。明るく振る舞うことと、その人の心が同じだとは誰にも言えません。たとえ暗く見えてもそれが障害のせいとも限らないのです。
あるとき電車の中で次の予定を考えていた私は、突如知らない人から声をかけられました。・・・

 よくわかる気がします。
陶友に初めて見えた方たちの感想の多くが、「皆さん明るいですね」です。私は、「そうですね。障害者は暗いですからね・・・」と、意地悪く答えます。

 ツイッターで紹介したら、フォロアーさんが朗読してツイキャストのアップしてくれたものです。
ご自身も難病の障害をお持ちのかたです。朗読しようと思い立ったその心持ちに思いをはせます。
・・・黙読したほうが早いでしょうが、この方の思いとともに聞いてみてください。

 ① http://ow.ly/8xA9t
 ② http://ow.ly/8xAaw

 ICF☆は、障害を個人の問題とするのではなく、「環境との相互関係」の中でとらえる考え方を提唱しました。
 目に見えない環境、例えば周りの人が障害をどう理解しているか、その人をどういう目で見るのかということも重要な環境因子なのです。

 周囲の理解が進めば、それだけ生きやすくなるという考え方です。私たちは直接かかわることはできなくても、そういうふうにつながりあい理解を深めることで障害者福祉の発展に寄与できるのだと思います。

 また、日本リハビリテーション医学会会長・国際同学会副会長などを歴任した上田 敏 (うえだ・さとし)さんは、主観的障害という考え方を提唱しました。

 自分が自分の障害や自分をどう見るのか、理解するのか・・・、その仕方によって当事者の「生きる困難」もまた変わってくるという考え方です。

 客観的に同じ身体・能力障害があっても、本人の受け止め方で違ってくるであろうことは、乙武さんの場合を考えて観ても理解できると思います。

 上記の、松永さんの作品はその辺に触れたものということもできると思います。その「主観」もまた周囲の人的関りという環境がもたらすのではないでしょうか。



 ☆ICFとは、2001年にWHO(世界保健機関)が提唱した、国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health)の略称。

 ■参考:「ICFの視点とは」

 ■過去ログ:NO.34 主観的障害の重さ。

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【“NO.2194 「障害を乗り越えた」「明るい障害者」?・・・障害と環境を考える。”の続きを読む】

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2012.01.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.2177 障害者福祉は黒字?バカ言ってんじゃないよ!!

 「私は、大脇様が「社会福祉法人経営者」とて、フェラーリやベンツやアウディS8などの高級外車を乗り回したり、身内で合法的で変な会計操作など、そんな事していない「社会福祉法人経営者」と思っています。」…こんなコメントが入りました。

貧困1

次のように返しておきましたが・・・。

>  ・・・フェラーリやベンツやアウディS8などの高級外車を乗り回したり、・・・

悲しいかな、一部にそういう福祉を食い物にする悪徳「福祉家」がいることは承知です。
40歳を前に月給10万円で作業所を立ち上げ、60を前に25万の手取りでは、どんな生活かは想像できるでしょう。4人の子どもの養育費や生活費は妻に依存してきた「ヒモ稼業」人生ですわ(笑)
ついでに言えば、若い頃、ご指摘のような悪徳福祉家とのたたかいが、私の仕事人生の始まりでもあります。

 貴ブログの、「共産党系社会福祉法人経営者が、従業員にはロクに給料を払わず(国が悪いんだ!自立支援法が悪いんだ!介護保険制度が悪いんだ!とか騒ぎつつ)裏ではこっそりゼニ沢山ため込んでいるのかな???」などは、許しがたい下劣な誹謗ですね。

 いくら「へタレ保守人間」とは言え、このレベルではまともな議論にはなりません。
以後、立ち入りはご遠慮願います。

 さて、「障害関連施設は儲けている」という報道がなされているようですね。

 去る11月13日、NHKニュースで「障害者施設、多くが黒字経営に」との見出しで、厚生労働省の調査結果では「2年前に報酬が引き上げられたことで、経営が赤字だった事業者の多くが黒字になった」と・・・。
「2011年度障害福祉サービス等経営実態調査」であるが、その概要は、全体の収支差率は9.7%で、2008年度の前回調査(6.1%)から3.6ポイント伸長し、介護給付の個別サービスでは、居宅介護(16.1%、前回はマイナス7.9%、以下同)、生活介護(12.2%、6.6%)などで改善された一方、短期入所(7.5%、9.6%)などでは悪化していた…そうです。

 きょうされんの「こめんTOMOは以下のように指摘しています。

  これは、11月11日より開始された2012年度の障害福祉サービスの報酬改定に向けた議論をすすめる「障害福祉サービス等報酬改定検討チーム」(主査=津田弥太郎政務官)の会合で、厚生労働省から公表されたものである。
 内閣が年末の予算編成過程で決める改定率を踏まえ、2012年1月をめどに障害福祉サービス事業ごとの報酬を設定し、その結果を厚労相が告示する予定であるために、まるで障害福祉サービス事業者が、福祉事業で儲けているとの印象を国民に与えかねないような、意図的な公表の仕方ではないのか。つまり、「福祉施設は儲けているのだから、報酬はこれ以上引き上げる必要がない」ということを、世論操作もしながら暗に示しているとしか思えないのである。

  社会福祉事業といえども、経営組織である以上、赤字ではなく黒字で決算する努力をするのは当たり前である。先行きの不透明な我が国の政治経済動向のなかで、とくに障害者自立支援法の施行(2006年)以降、設備整備費補助など公的な財政負担が削減されてきている限り、計画的な引当金繰入などを算定するのはごく当たり前の経営の姿であり、それは何よりも障害者の権利を守るための積極的な経営のありようであると考える。

  そして、その背景には、職員の賃金引下げや引き続く非正規化によって、どうにか経営を乗り切っているのが多くの実態であり、ことさら収支差率だけを取り出し、ワーキングプア化してきている福祉労働者の実態を無視した乱暴な報道だと、多くの関係者が気づいたことであろう。

 まったく同感です。


 陶友に通う仲間に、上掲写真の靴を履いている仲間がいます。
「 64才のkさんは90歳の母親と暮らしている。父親は長​期入院中。障害年金も一万円ほどのわずかな給料も全部家​計にくりこまれ、一月に千円の小遣いをもらうのも やっとこさだ。今日気がついたら、先が割れた靴にゴムを​巻いてはいてるじゃないか!!・・・なんとかしてやらな​・・・!!」
 こういう人から応益負担分の利用料を取れますか?その分を経営が持ち出しでかぶっているのです。

 貧困2
 なんとかひねり出して、こんな風に買ってあげることもしないといけないのです。ま、安物ですが・・・。

 フェラーリかベンツか・・・??!
 初公開しましょう。

所長コーナー

 「これが 零細作業所の所長室ならぬ所長コーナーです。作業室の2坪程の隅っこに机が置いてるだけ。
先日、障害者福祉施設は黒を経営だと報じられていた。
あのね、経営である以上、赤字にするわけにいかなでしょ​!職員の人件費を抑え、あらゆる経費を節約してやってる​のよ。今年はまだ暖房も一回も入れてないし・・・。
まるで財政が豊かで黒字のように言って、これ以上公費を​つぎ込む必要はないという世論作りをしているようで、腹​が立つわ!!!
福祉労働者はワーキングプアの集まりだわい。こんなんで​日本の福祉が担えるのかよ!ま、それでも俺たちは頑張るけどな。だって、目の前に支えを必要とする仲間たちが、それでも生きてるんだから・・・。」

 …そんなこんなの、クリスマスを迎えた今日この頃です。
 
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【“NO.2177 障害者福祉は黒字?バカ言ってんじゃないよ!!”の続きを読む】

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2011.12.24 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO.2112 戦争とともに障害者が消えた?

 障害と人間についての生成史については、ずいぶん前に以下の三部作で浪花節的に書きました。

     金魚4098

人間・福祉・社会を考える過去ログ三部作
NO.258 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(1)
NO.259 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(2)
NO.260 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(3)

 この3部作は、今日の新自由主義政策の福祉切捨てを概観し、考古学資料の人骨・重い障害を持った後期ネアンデルタール人と対話しながら、新自由主義の人間観を批判し、人間と福祉について考えたものです。
 とはいえ、学術的ではなく「浪花節的」ですが、最も自分らしい記事で、思想的原点ともクロスするものです。お読みいただければ、幸いです。

 今回は、その後の歴史の中での障害者について概観してみたいと思います。

縄文人と弥生人と障害者
 文字で記録がない有史以前のことは考古学の知見に頼るわけですが、日本でも、大腿骨骨折をしながら生き延びていた縄文人の骨が発見されています。
 ところが弥生人の中には障害者は発見されていないそうです。
(それはたまたまだと言えば考古学は成り立ちません。考古学は出土した遺品を例外としないで、当時の普通のこととして扱うのが基本だそうです。なるほど)

 縄文人は、狩猟と狩りを生業とした原始共同体の中で暮していました。そこでは基本的には「重い障害者とともにに生きた」後期ネアンデルタール人たちと同じような人間関係・・・相互扶助と連帯の関係の中にあったと思われます。

 弥生時代の遺跡から発見される鏃(ヤジリ)は、鋭く殺傷用のものだそうです。
農耕が始まり、食料に一定の余剰生産物が出来ると、それは人口の増加に寄与しつつも、一部の者がその富を支配しようとするようになる。部族内でも争いが起こり、他部族への略奪も行われる・・・、戦争が起こるようになっていきます。その武器としてそれまでもっぱら狩猟の道具として使われていた道具が武器に発展していったと考えられます。

 そうして、戦争が始まり武器が出現するとともに障害者は消えたというのです。
社会的な富を一部の者が独占しようとする階級社会は、奴隷制社会、封建制社会と引き継がれ、今日の資本主義社会へと発展してきました。

 障害者の存在と問題も、こうした社会発展の歴史の中でとらえることが重要だと思います。

蛭子は川に捨てた
さて、次は有史の中で障害者の姿を概観してみたいと思います。
ある古文書に「蛭子は川に捨てた」と記されているそうです。蛭子、手足が無いか、或いは奇形でしょうか。そうやって、人為的に淘汰した歴史がうかがえます。

 奈良時代に光明皇后が興福寺に悲田院、薬施院を作り、行き倒れや病人、老人や捨て子、障害者を保護したことは知られていますが、これが記録に残る最初の障害者保護でしょうか?

 江戸時代には、幕府が捨て子禁止令を出したり、五人組で保護体制を作らせたりしたそうです。また、寺子屋には5%のろう児がいたという記録もあるそうです。
 これらは、権利保障には程遠い取り組みですが、お上の温情で慈恵的な「福祉」が芽生えてきていたのでしょう。

 このように、人間の命の一部として生まれてくる障害者には、人類史とともに長い歴史があります。
「めくら蛇におじず」「めくらに提灯」「ばかと鋏は使いよう」などの、障害者を侮蔑した言葉が出来たのも江戸時代だという・・・。
 或いは路上に、あるいは見世物小屋で、また或いは・・・、社会の片隅にひっそりとではあるが確かに存在して来た障害者の歴史です。

「戦争とともに障害者が消えた?」と書きましたが、今日世界の障害者の圧倒的な数は、戦争による障害者です。

 生産力の爆発的な発展を遂げた今日の高度に発達した資本主義の社会。
まとまりなくなりましたが、この国での障害者問題を考える時、歴史は様々な示唆に富んでいると思います。

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2011.08.02 | | Comments(5) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1866 「きょうされん全国大会inふくおか」・・・尊厳を私たちの手に

 私は、故あって、きょうされん運動に直接関ることは卒業を決めました。
役立たぬ老兵は去るのみ・・・というところです。
 職員や関係者、特に若い世代の皆さんには、運動の発展のためにも自身の成長のためにも、大いに関り学んで欲しいと思っています。

 さて、「〝主役〟を、はじめよう。~尊厳をとりもどそう 私たちの時代に~」をテーマにしたきょうされん全国大会inふくおかが、去る2010年10月23日(土)~24日(日)福岡国際会議場ほかを会場に開催されました。

 大会は、全国から2400名の障害当事者や関係者が集まり、大きな成功を収めたようです。参加者、関係者の皆さん、本当にお疲れ様でした。

 ★報道記事→人権・命守れ 運動さらに 自立支援法 「延命」 化を批判 障害者新制度へ当事者議論 きょうされん大会 しんぶん赤旗 10/24 

 今後その成果が文書でもまとめられることになるでしょうが、地元紙に事前の実行委員の座談会記事が 載っていたので、参考のために転載し紹介しておきます。




きょうされん全国大会 福岡市で23、24日
 障害者問題の明日 実行委員が座談会 尊厳、私たちの手に
(西日本新聞2010年10月13日掲載)

 どんな障害があっても住み慣れた地域で生きがいを持って暮らしたい−。障害者の願いをかなえようと1960年代から全国で増えていった共同作業所が結成した「きょうされん」(旧・共同作業所全国連絡会)。その全国大会が23、24の両日、福岡市で開かれる。大会のテーマは「“主役”を、はじめよう。―尊厳をとりもどそう 私たちの時代に」。国の障がい者制度改革推進会議が、新たな「障がい者総合福祉法(仮称)」の検討を進めるなど、障害福祉政策の転換点にある中、共同作業所の担ってきた役割や大会の意義などについて、全国大会実行委メンバー3人に、障害当事者や家族、支援者という立場も踏まえて論議してもらった。(司会は編集委員・木下悟)
 

 ●古賀氏・「地域で生活」原点に戻れ 小峯氏・行政や市民の支え不可欠 石原氏・社会の一員となるために
 
 −共同作業所ができた背景は?

 小峯 子どもに障害があり全介助が必要だったが、小中高は養護学校(現・特別支援学校)で過ごした。卒業後は、重い障害があると行き場がなく、自宅で暮らすしかなかった。「親が病気になったり死んだりしたらどうなるの」「実情を知ってもらいたい」と、障害児の親が集まり、子どもたちと幾度も役場を訪ねた。行政や社会福祉協議会の理解が得られ、社会福祉センターの1室が開放された1982年、無認可作業所「福間サンテラス」を始めた。部屋は、センターのロビー前。住民が「何をしているのだろう」とのぞいてくれた。関心をもってもらい、説明するのが第一歩だった。
 
 石原 言語障害があるので筆談で発言する。脳性まひで身体に障害があるが、両親は、みんなと一緒のことをやらせてくれた。大学卒業後、トラックを運転して九州各地で注文を取って配送する仕事に就いた。体調を崩して辞めたが、福岡県田川市の社会福祉協議会に誘われ、作業所「つくしの里」開設に携わった。障害の種類や程度を入所条件にせず、送迎もする、当時としては新しい発想だった。名古屋市で誕生した最初の共同作業所は、柱1本から利用者、家族、職員など持ち寄り、互いを「仲間」と呼んだ。それが私には新鮮に響いた。
 
 古賀 かつて、障害がある大人の暮らしは、家族の責任で地域生活をすることだった。ただ、地域とのつながりは希薄だった。それが難しくなると施設入所し、山奥で社会と切り離されて暮らすしかなかった。障害者への教育が70年代から保障され、どんなに障害が重くても他人とのかかわりの中で喜びを見いだす姿が見えてきた。障害があっても働くことは生きがいとなり、社会ともつながる。そんな制度がないなら作ろうと、共同作業所が生まれた。
 
 −その後の展開や、運営はどうだったのか?
 
 古賀 80年代半ばに小規模作業所は全国で千カ所となった。通所施設がない、精神障害者は使えないなどの条件があったことから障害種別に関係なく働く場を提供したい、などの理由で、作業所が作られていった。制度に障害を合わせるのでなく、当事者に合った支援を目指したのだ。すべての障害者に働く場を、当事者が主人公、地域で共同事業をといった当初からの理念は、国が進める制度改革の基本となる、国連の障害者権利条約にも合致する。
 
 石原 つくしの里では、毎週のように地域イベントに仲間と行き、実情を訴えた。廃品回収をして町の家を1軒ずつノック、コンサートや映画上映会、バザーも企画した。毎日、掃除に来てくれる人や、バザーに合わせてゲートボール大会を開いてくれる方など「縁の下の力持ち」として多くの協力者も現れた。地元では、障害者施設というより、つくしの里という名前で知られている。
 
 小峯 サンテラスは23年間無認可で運営した。社会福祉法人化には、障害種別ごとの手続きや自前の土地・資金などが必要。障害の種別に関係なく受け入れられるようにするために無認可で続けた。重度の人は、断れば在宅しかないと分かるからこそ受け入れなければならなかった。当然、職員が必要となり、運営は厳しかったが、行政補助や地域の支えがあったからこそやれた。
 
 −政府が廃止決定した障害者自立支援法についてどう思うか?
 
 小峯 利用者の年齢が40―50代になって親も高齢化し、通所だけでなく暮らす場が必要と、グループホームなどをつくるために社会福祉法人にした。建設基金を集め、行政に土地を提供してもらい、通所施設を移転・オープンしたのが2005年11月1日。前日の10月31日、衆院で自立支援法が可決されていた。同法によって、それまでは利用人数に応じて月単位で一括支給されていた補助金が日割り計算となり減少、運営は厳しい。生活施設建設のめどは立っていない。
 
 石原 自立支援法は国の財政再建、規制緩和の観点から、介護保険制度との統合を念頭に創設されたと思う。障害者が受けた福祉サービスを原則1割負担とする応益負担や、作業所を訓練施設として位置付け、働いているのに応益負担を求めるのはおかしな話だ。障害があっても、社会の一員として暮らせる時代になることを期待する。
 
 古賀 自立支援法が登場する直前まで国は、障害者施設の制度の在り方を民間と考えてきた。財政再建という全く違う観点で、そうした議論が覆されたと感じる。利用者の応益負担も、障害程度区分の判定も介護保険制度がベース。障害のある人や家族が、地域でどう安心して暮らせるかという本来の切り口が、違う流れになった。その後、政府は自立支援法廃止を決め、制度改革では応益負担の廃止も共通認識になっている。新制度の議論に注目している。
 
 −大会の注目点は?
 
 小峯 佐賀市で知的障害者が警察に取り押さえられて死亡した事件で遺族の付審判請求を担当する弁護士やハンセン病、水俣病、薬害肝炎の関係者・当事者が「人権・いのち・尊厳そして運動」と題したシンポジウムを開く。一般市民にもかかわるテーマで、市民が障害問題について考える契機になればと思う。
 
 石原 交流会で、バリアフリーファッションショーをする。施設利用者のおしゃれをテーマにした分科会で、障害のある人に着やすい洋服を作り、利用者がモデルになって披露する。
 
 古賀 障害福祉の制度改革が論議される中、人権について考えたい。子ども、高齢者の環境や、若者の貧困問題を見ると、いずれも当事者が、世の中の流れに取り残されているように思う。障害者問題を考えることで、同時に社会のありようも見直してみたい。



 

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2010.10.25 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1856 「『障害=個性』は一度も口にしたことはない」(乙武洋匡さん) 

 「障害は個性だ」なんてごまかしだと思いながら、乙武さん好きになれないと思っていたが、誤解だったという話。と、ツイッター使えるかな、という感触。


 まだ、秋の夜長というほどではありませんが・・・。
昨日昼寝をしすぎたのと、今日が公休日だという二つの理由で夜更かしをしています。

      920彼岸花1265

 で、最近やりだしたツイッター。
イマイチ面白くないと思いながら、たまたま見かけた乙武 洋匡さんのツイート

■「障害は個性か?http://bit.ly/9Flzk5」――みなさんから続々とご意見が届いています。もちろん、正解の存在しない問いだから、人によって捉え方は様々。でも、障害を「個性」という耳ざわりのいい言葉に置き換えることで、改善すべき問題点から目が逸らされてしまうことが怖い。

 ・・・そこで、暇に任せて「検索」してみたら・・・、こういう使い方もあったのか!と。
キーワードは「障害」と「個性」
出るわ、出るわ!「障害と個性」について改めて考えるきっかけになりました。

 以下は、乙武さんの主なツイートから。

■h_ototake 「障害は個性」は、いちども口にしたことのない言葉です。 RT @J_A_Peazer: やっぱり、自分の言葉がゆがめられて報道されたりしたことがありましたか?

■h_ototake 「障害は個性か?http://bit.ly/9Flzk5」――みなさんから続々とご意見が届いています。もちろん、正解の存在しない問いだから、人によって捉え方は様々。でも、障害を「個性」という耳ざわりのいい言葉に置き換えることで、改善すべき問題点から目が逸らされてしまうことが怖い。


 次が関連する私のツイート。

●「障害は個性だ」とよく言う。善意の受容で使うのは歓迎するが、専門的には正しくない。障害は障害以外の何物でもない。乙武洋匡さんの説に賛成。http://bit.ly/9Flzk5

●「障害=個性」は障害を個人のレベルだけで見る見方。障害は環境因子も含めてとらえるのが世界の到達。個人レベルで問題視すると「障害自己責任論」,「応益負担論」・・・自立支援法擁護に行き着く。社会政策も含めた広義の環境との相互作用の中でとらえる時問題解決の方向性が見えてくる。

●「障害、個性」論争?http://bit.ly/9MddNm を覗いて考えた。客観的障害と主観的障害。本人が障害の事実をどうとらえているかは大きな要因。乙武さんと同じ客観的な身体の機能障害がある人がいても、それを主観的ににどうとらえるかで障害=「生きることの困難」は違ってくる。

●「障害、個性」論争?http://bit.ly/9MddNm を覗いて考えた。主観的障害。例えば顔のほくろ。機能・能力障害はなんらない。でも本人にはすごく気がかり。周りの目もある。これも立派な障害=「生きることの困難}になる。


 実は、私は、「障害は個性」という言葉と共にメディアに露出しだした頃の彼のことをあんまり好きになれなかったのです。これは誤解だったようです。
ご本人が次のように話しています。

「みんなちがって、みんないい」というメッセージです! RT @chamannsa: 乙武さんはテレビに出ることによって視聴者に何を伝えたいと思っているのですか?

 そう語る乙武さんは、「障害を個性で片付けるのは、似非ノーマライゼーション」という厳しい批判もある中、ブログ「障害」=「個性」?の中で、次のように穏やかに語っています。

・・・メディアに言葉を託したことによって、誤解が生まれ、
その言葉だけが独り歩きしてしまった最たる例があります。

「障害は個性です」と語る乙武さん――。

みなさんも、どこかで見聞きしたことのある文言かもしれません。
でも、じつは、僕は一度もこのセリフを口にしたことがないんです。

個性とは、「その人らしさを形成する上で、必要不可欠な要素」。
だから、本来の意味で言えば、障害も個性なのかもしれません。

でも、やはり日本で「個性」という言葉が使われるとき、そのほとんどが
肯定的な意味であることが多いように思うんです。

それでも、「障害=個性」と言えるのか?
ならば、障害という個性があこがれられたりもするのか?
たぶん、答えはNOだと思います。
だから、僕自身は「障害=個性」と言いきってしまうことに、
少なからず抵抗を感じてしまうのです。

Twitterでそんなことを書いていたら、こんなツイートをいただきました。

「じゃあ、乙武さんにとって障害とは?」

僕にとって障害とは、「二児の父」「メガネをかけている」――
そうした要素とならんで、乙武洋匡を形成する数ある特徴のひとつ。

そして。

性格や能力、そして障害も含めた僕自身を形成するすべての特徴を
振り返り、それらを生かして、「自分にしかできないこととは……」と
考えたとき、そこに初めて「個性」が生まれると思っているのです。

僕は、この手足がないという特徴を生かして、多くの人々に
「みんなちがって、みんないい」というメッセージを伝えていきたい。
それは、『五体不満足』から一貫して強く思っていることです。

そうした信念で活動していくことが、僕の「個性」だと思っているから。


 なるほど、よく知らないで印象だけでちょっと斜に見ていた自分を反省!です。伸び伸びした精神の持ち主でした。乙武さん、ゆがんだメディア情報による誤解と不理解でした。ごめんなさい。


 もうずんぶん前に 「NO.241 障害は個性か?」http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-254.html)エントリーを書きました。視点はちょっと違ったところからですが、再掲しておきます。よろしかったらどうぞ。

陶友に見学に来られた方が、仲間達の働く様子や作品を見て、
「障害も個性ですね。」と感想を述べたり、
「陶友では障害を個性としてとらえ、一人一人にあった取り組みをしている」と、紹介していただいたりすることが良くある。
善意で、いい意味で言っていただいているのだが・・・。

人は一人一人みんな違う。それは障害者も同じ。
体つきや、顔つき、身のこなし方など、外から見えるものも、
知的な発達や性格など見えにくいものでも、色々な違いがある。
そう言う意味においては、みんな、勿論障害者も個性がある存在だ。

しかし、「個性を発揮する」「個性を伸ばす」などと言うことがあっても、
「障害を発揮する」とか「障害を伸ばす」とは言わない。
「障害」と「個性」とは、明らかにレベル、質の違うものなのだ。

私たちの日常で使う「障害」という意味は極めて曖昧なものだ。
実習に来る学生に聴いても、「なにかが出来ない」面をとらえて言うことが多い。
この曖昧さ、不理解が「障害=個性」という考えに結びついているのではないだろうか。
日常的に善意で言う場合は、そう細かくやかましく言う必要もないのだが、
「個性尊重」論という価値の中に、「障害」が埋没すると成れば、実践的には極めて危険になる。
つまり、特別な教育や支援や配慮の必要性を過小評価し、これが昂じると「障害児教育」(今は特別支援教育と言うようだが)や、福祉の不要論まで出てくるのである。
実際、障害者運動の中にそう言う流れが悪影響を及ぼした時期もあった。

福祉や介護の勉強をしているはずの学生達が、「障害とは、何々が出来ないこと」ぐらいな認識のレベルにあるのを見ると、「おいおい、大丈夫かよ」「マジやばい」と思う。
うちでは、実習期間中に必ず「障害とはなにか」の特別講義を入れることになる。
障害とはなにか、科学的な認識がなければ、自分ががやっていることの意味がわからず、仕事が出来ないのである。
マニュアル化された事を、実務的にこなすことしかできない。
個別的・創造的な関わりや支援が出来ないのである。

福祉の仕事は、対象者一人一人の人間として生きる願い、その要求に、多様なあらゆる方法で応えることである。
(福祉分野でもコンプライアンス(顧客満足度)という言葉が大流行だが・・・私は好きじゃないが)
この「多様なあらゆる方法」を、個別的に創造する仕事なのだ。
事実・実態に即して、考える頭がなければ仕事にならないのだ。
そのためには、障害に関する科学的な理解が必要なのだ。


 長々とありがとうございました。
もう夜が明けそうです・・・。

 

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2010.09.27 | | Comments(1) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1846 お知らせ きょうされん全国大会 in ふくおか 

  きょうされん全国大会 in ふくおかのお知らせです。
 (詳しくはこちらを→http://kyosaren33.seesaa.net/

 10月23日(土)・24日(日)
 福岡国際会議場 福岡サンパレス 
をメイン会場にしての開催。


 毎年持ち回りのこの大会は、全国各地か2~3000人規模の共同作業所の関係者たちが集まって、学習や交流をおこないます。

 きょうされんの大会の特徴は、参加者の約3分の1が障害のある当事者だという事。
作業所の代表として分科会に出席し、発表・発言する人や、開催地域の“とっておき”を見て廻る観光の企画に参加する人など、みんなが全国大会での交流を楽しみにしています。

 今年の きょうされん全国大会 in ふくおか のテーマは、
「主役はじめよう。~尊厳をとりもどそう 私たちの時代に~」

 障害関連の新法づくりが内閣府で始まっている一方、民主党政権が障害者自立支援法廃止の約束をきちんと守らない中、今回、「主役」はわたしたちだ!!!と大きくアピールするテーマです。


 今回の注目企画を紹介します。

【特別企画】シンポジウム「人権・いのち・尊厳 そして運動」

 全国大会の二日目、10月24日(日)、“九州ならではの企画”を用意しました。

きょうされ大会チラシ


 九州を舞台に「人権といのち」を守る活動を展開する第一人者をお迎えしてのシンポジウムです。
 http://ksfukuoka.exblog.jp/14556336/#14556336_1

 ●水俣病問題と人権・いのち
  元熊本学園大学社会福祉学部教授の 原田正純 氏

 ●ハンセン病問題と人権・いのち
  ハンセン病裁判西日本弁護団代表の 徳田靖之 氏

 ●障害がある人のいのちと地域生活
  安永健太さんの死亡事件弁護団長の 河西龍太郎 氏

  ※安永さん事件については、「安永健太さんの死亡事件を考える会」参照
 佐賀市で「路上を自転車で蛇行運転していた知的障害者が、交差点でバイクにぶつかり逃げようとしたとして、警察官5人に取り押えられ心肺停止状態に」なり、死亡した事件。

 ●薬害肝炎問題と人権・いのち
  薬害肝炎裁判全国原告団長の 山口美智子 氏

 の4人のシンポジストからの発言をいただきながら、
 会場のみなさんと一緒に、あらためて「人権・いのち」について考えていきま
す。

 二日間のきょうされんの全国大会とは別に、この企画“のみ”の参加が可能です。
 ご案内は、以下のURLをご覧ください。
 http://ksfukuoka.exblog.jp/14556336/#14556336_1

 お近くの方、興味のある方は、ぜひご参加ください。


  ぴいえす:
遅まきながらtwitterはじめました。よろしく。
   こちらから→http://twitter.com/oowakitomosan

 

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2010.09.15 | | Comments(1) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1632 「仲間が主人公」を問う 

 大学を卒業し、知的障害者の通所施設で13年間働きました。

      テンバイ3401

そこで見たのは、国の貧しい施策のなか生きる自由の選択肢を極度に制限され、更には施設の都合の範囲でしか働き方さえも選べなかった仲間たち(利用者)の現実。

 「もし、自分がこんなだったら、とてもじゃないがいやだ!」という想いから、労働組合を作ったり様々な取り組みをしたが、職場を変える見通しの限界を感じ、じゃあ、「仲間が主人公」の作業所を自分たちで作ろうと一念発起して18年が過ぎました。

 福祉施策・・・施設やサービスは、お国や施設側のご都合のためにあるのではない。仲間たちの願いや要求に学びこれに応えることこそが福祉の本旨だ、と。障害者自立支援法に象徴される国の福祉切捨て政策に抗いながら、みんなで手を取り合って『仲間が主人公』の作業所つくりを目指してやってきたつもりだ。

 今、その初心はどこまで到達しただろうか。知的障害の仲間たちは、願いや不満を上手く言葉にできない。日本の福祉現場は、様々な矛盾と困難を抱えている。しかし、自立支援法廃止のたたかいに見られるように、全国的にも、そして様々な現場でも変革のための取り組みは続いています。

 国レベルでは、政府が新しい障害者総合福祉法に向けて障害当事者参加の話し合いのテーブルを用意するところまできました。しかし、現場は必ずしも当事者の声に耳をを傾けるようにはなっていない現実もあります。

 ぶじこれきにん からのコメントを、言葉にできない仲間たちに変わって告発する声として、自分自身への戒めとして、そして関係者への問いかけとして、更には多くの人に考えていただきたい問題として転載しておきます。

官房機密費と当事者の生活。

大脇さんへ、こんにちは
今、私の生活は、年金16万をグループホーム7万3000円の家賃・生活費(自立支援法施行のとき3万円の家賃を便乗値上げしました。) と1万2000円の借金、5000円の共済費に取られて四苦八苦しています。
バックアップ施設側が16万の年金が底を突いたときの最悪の事態のセーフティネットを用意しない新自由主義的支援方針でやっている。

 4万の小遣いでカツカツでやって、靴も寝巻きもプリンターインクも買えない。昼食代も105円の菓子だけで、それも削って昼食代を削って昼食をやめようと思うくらい節約している。
 生活苦にあえいでいます。
支援者はそんな私の生活に他人事か、あざ笑うか、冷血ぶりです。

 自分たちは自己責任取らない。安倍のような無責任な権力者が辞めると「お立場も大変だから・・・」と権力者に優しく、弱者に冷たい態度で君達の行動は自己責任とのたまう。
 作業の給料はマスクの梱包で2000円程度、上限で4000円で生活苦のたしにもならない。
 1万円~2万円ぐらいあれば何とかなりのだが、施設側は作業で働く側の事は考えていない。だから障がい当事者の貧困、生き憎さは想像しえない。グループホーム住人仲間は自分の生活で精一杯で私が苦しんでいる事を想像すらしない。

 バックアップ施設ははっきり言って利用者の事を考えていない。
 グループホームの家賃の値下げをして生活の負担を軽くしようとして、成年後見団体を介して申し出ても、施設側は家賃で稼ぎたいらしく値下げに応じない。成年後見団体側も向こうの言い分を言うだけで、私の気持ちにならない。

 この事例からいえるのは、支援とは当事者が本当に困ったときほど真価が問われる。正念場なのに、バックアップ施設や、成年後見団体といった支援機関はその認識が乏しい。

 しかし官房機密費14億6000万もあるなら、前にも言った障がい当事者の年金に回せばいいのに・・・・トヨタ・パナソニッククラスの大企業優遇税制.儲けているのに無税の宗教法人。儲かっているテレビ局の電波オークション値上げなどで日本の福祉・保育・介護・医療の財源まかなえるはずだが、強者に優しく、弱者に冷たい日本の税制は政権交代後も変わらない。なぜだ。
 これこそ事業仕分けするべきではないか??
 この国は税金の使い方を間違えている。

ちなみに発達障がい支援センターでの聞き取り調査に私は参加してますが、私のコメントをセンター長及びセンターは聞く姿勢がない。
 特定の当事者のコメントを自分たちの支援の参考になるのかえこひいきする。
 そして質問をしている。
バックアップ施設にいたってはお気に入りの当事者をかわいがってえこひいきしている。
福祉は本来公平でなくてはいけない。自立支援法施行後その精神・理念が崩れてきている。

 このブログをバックアップ施設側が見たとしても内部の情報を外部に漏らした程度にしか受け止めない。場合によってはグループホーム退去と言う暴力をふるいかねない。
 大脇さんだけが私の意見を聞いてくれる。内部告発と社会への疑問投稿掲載どうもありがとうございました。

2010-05-17 月 09:19:55 | URL | ぶじこれきにん #U9m.xr6A [ 編集]



 追記:ぶじこれきにんさんのその後の告発や主張も、このエントリーのコメント欄でお読みください。

         
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2010.05.17 | | Comments(6) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1620 「生きていくのにお金がかかるから自殺を私は考えている。」

 「生きていくのにお金がかかるから自殺を私は考えている。」と言う。

 日本の福祉の寂しさ、貧しさ。
まあ、関係者の方はぜひ耳を傾けてください。

      新緑3393

 私が障害者施設の経営に関わる身で、それを承知のふじこれきにんさんは、障害者グループホームの利用者です。利用者と支援者の関係、障害者福祉なかんずく自立支援法について利用者の立場からの告発です。
コメント欄から転載します。

NO.1605 「抑止力」・・・恥ずかしながら、私も「抑止力」。で、次のように書いた。

私が作業所を留守にすると、態度が変わる仲間たちがいて、誰かが力で支配しようとしたり、ワサワサしたりトラブルが起きたり・・・、なのだそうだ。そういう報告を聞く度に情けなく、「俺は、押さえつける力かよ。あんたたちにとってそんな存在ならこんな仕事辞めたいわ!」と嘆いて見せるのだ。

 しばし社会に出て、力関係で人間関係を経験してきた、知的には軽度障害の仲間たちに一般的に見られる傾向だ。自主的・自立(律)的に、行動したり自己表現することができないのだ。外部的な「何かの力」に依存して、その中で関係を作っていると言ってもいいだろう。

 さしずめ私は、仲間(利用者)集団内のトラブルを回避する「抑止力」なのだ。

 そのコメントから。

支援者は抑止力????

鳩山首相の迷言「海兵隊は抑止力」さしずめ福祉施設・作業所で支援者は自分で自分をコントロールできない当事者の抑止力。その辺をわきまえた大脇さんの本音に苦笑。
 でもそれが現実。我がグループホームの住人、施設利用者も4月の人事異動で抑止力の職員の異動にウォッチングして、異動の日に顔見せ、顔を売る人までいる。
 支援者に自分は作業を頑張ったとパフォーマンスする人までいる。抑止力に対する上下関係の気配り、気遣いは皆さんお上手なようで・・・・・。
 その分横の仲間のつながりは雑にする。
抑止力は人間関係にこそ必要だが、皆さん面白いのは、その抑止力を人間関係に利用しない。不思議だ。
 自分で自分をコントロールできないから、お金の面だとそれがモロに出るから支援者と言う抑止力が必要かもしれない。
 そう書いている間、日本のチェルノブイリもんじゅ運転再開のニュース。高速増殖炉は危険で安全性が保たれないのに、簡単に運転再開させたり、アジアに原発の売り込みに行ったり、民主党政権は原発推進の立場を取りすぎる。その辺の歯止め、抑止力に民主党批判のメディアはならない。
 抑止力尽くしのコメントでした。乱文で申し訳ありません。福祉の現場の抑止力。支援者は、当事者から見たらこんなものです。

2010-05-06 木 22:06:15 | URL | ぶじこれきにん #U9m.xr6A [ 編集]

ぶじこれきにん さんへ。
コメントありがとうございました。
苦笑しましたか?(ククク・・・笑)

なかなか読み応えのある「抑止力尽くしのコメント」・・・。

> 福祉の現場の抑止力。支援者は、当事者から見たらこんなものです。

そんなあ!ああ、寂しいなあ。


2010-05-07 金 13:07:18 | URL | 友さん #- [ 編集]



 次に、NO.1615 熊本県が障害者差別撤廃へ条例 障害者差別禁止法の制定をへのコメントから。

鈍い支援側の認識(障がい者差別禁止条約について)

熊本県が障がい差別禁止条例をやるのはいいことだ。日本でも障がい者差別禁止条約の批准が大事だが、そこまでいたらない。
 私は今、本を書いていて一応関心のある障がい者禁止条約の原稿も書いた。編集者や、支援者に送ったが、支援者側は原稿を読んだはずなのに反応がない。
 障がい者差別禁止条約は当事者ほど必要な条約だが、支援者の反応は鈍いのが気になる。一般の人に差別の無い啓蒙をするのに、この条約は大事で日本でも批准が大事だが、支援者は大事に思ってないようである。がっかりした。

2010-05-11 火 12:01:51 | URL | ぶじこれきにん #U9m.xr6A [ 編集]

ぶじこれきにんさんへ。
コメントありがとうございます。

>  障がい者差別禁止条約は当事者ほど必要な条約だが、支援者の反応は鈍いのが気になる。一般の人に差別の無い啓蒙をするのに、この条約は大事で日本でも批准が大事だが、支援者は大事に思ってないようである。がっかりした。

残念で、耳が痛い話です・・・。


2010-05-11 火 14:23:13 | URL | 友さん。 #- [ 編集]

批准前に自立支援法の廃止を・・・・・

批准も大事だが、自立支援法の廃止が前提だ。私はグループホームに住んでいるが、バックアップする成人施設は補助金の支払いなどで、グループホームの2,3月家賃請求を後回しにしている。成人施設側はそういう事務側の自分たちの都合で請求をしていることを棚に上げて、一応立て替えて、借金の負担を私に強いる。事務側が自分たちの都合で2,3月分の請求を後回しにした責任もわびもなし。
 おまけにこの4月から施設共済会費5000円の負担を成年後見団体は要求下が、負担する側への配慮が無い。自立支援法で施設は借金取りか、サラ金化した。
 16万の障がい福祉年金では暮らしていくのは節約しても無理。生きていくのにお金がかかるから自殺を私は考えている。
 民主党政権は何もしてくれない。施設はお金の請求だけで、金銭的支援はしてくれない。もう人生に絶望した。支えになる施設も冷たい。親亡き後の人生を生きる希望が見えない。努力しても無駄だ。誰も優しくしない。私が生きているうちに、障がい者権利条約を批准して欲しかった。それもかなわぬ夢か・・・・当事者から生きる希望を失う自立支援法の廃止をこの目で見る事無く死ぬのか・・・・自立支援法でわかったのは支援する側が当事者の苦しみを想像しない。他人事のように思っている。いざとなると支援は当てにならない。冷たいと言う事が自立支援法でわかった。

2010-05-12 水 19:03:18 | URL | ぶじこれきにん #U9m.xr6A [ 編集]

信用されない支援者たちと連帯できない。

自立支援法で金を取り立てるサラ金支援者たち(男も、女も男女差が無い)に障がい者が自立支援(阻害)法で貧困に苦しんでいる想像力も無い。思いも無い。金を取り立ててマニュアル支援しかしない支援者を信用も出来ない。信頼も出来ない。エラーメッセージのサインを私が出しても施設側は汲み取らない。
 障がい者権利条約が批准されたら、こういう支援者の態度は改善されるのだろうか・・・・
 それは支援者が見えない障がいを自分たちもあると言う自覚と切磋琢磨から生まれない。
 馴れ合いの職場の人間関係。抑止力としての利用者との関係からは生まれない。
 お互い学びあう関係も生まれない。
一応私の遺言と、愚痴だが・・・・支援者が21世紀前半、利用者OR当事者とよりよい人間関係を築く事を願ってひとまず筆を置く。

2010-05-12 水 19:19:35 | URL | ぶじこれきにん #U9m.xr6A [ 編集]

大脇さん、いつも支援者の批判、愚痴を載せてありがとうございます。

よ~く考えると、大脇さんに支援者の批判、当事者から見た支援者の見方を私は言っている。中には支援者から見たら、きつい愚痴、批判もある。それを正面に受け止めて、いつもつたないコメントを載せていただいてありがとうございます。
 こんな見方をするの??と思うでしょうが、これは福祉サービス利用者から見た支援OR支援者の本音です。がっかりする事もあるでしょうが、事実です。
 ありのまま受け入れてください。成人施設側に本音を言うと、自分たちが面倒見ている立場が前面に出て私の真意をきちんと受け止めないので、このブログに私は書いているのです。
 ご理解ください。

2010-05-12 水 19:52:57 | URL | ぶじこれきにん #U9m.xr6A [ 編集]

 いちいち論じません。
私は、障害者福祉制度が措置制度から契約制度に変わろうとするころから、それは形だけでなく福祉の中身を変質させるであろうと批判してきました。障害者福祉改悪は障害者自立支援法で完成することになりました。

 福祉がどう変わったか。それは事業になり商売になったということです。
利用者である障害者は商品でありお客様です。
今私たちはその過ちを国に認めさせ、これを乗り越えようとしているところですが・・・。

ぶじこれきにんさんは利用者の立場から、

 生きていくのにお金がかかるから自殺を私は考えている。
 民主党政権は何もしてくれない。施設はお金の請求だけで、金銭的支援はしてくれない。もう人生に絶望した。支えになる施設も冷たい。親亡き後の人生を生きる希望が見えない。努力しても無駄だ。誰も優しくしない。私が生きているうちに、障がい者権利条約を批准して欲しかった。それもかなわぬ夢か・・・・当事者から生きる希望を失う自立支援法の廃止をこの目で見る事無く死ぬのか・・・・自立支援法でわかったのは支援する側が当事者の苦しみを想像しない。他人事のように思っている。いざとなると支援は当てにならない。冷たいと言う事が自立支援法でわかった。

と告発する。

 福祉に携わる人がどれだけ読んでくれているかはわからないが・・・。
重い話です。

だが、私は宣言します。
現状に負けずにたたかうと。
現状を変革するためにたたかうと。
その輪を拡げるためにたたかうと。
人間が人間であるために。

         

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2010.05.13 | | Comments(2) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO1610 <障害者郵便>引受数9割減に 不正事件で審査厳格化 (記録)

不正のトバッチリ。
いずこも、・・・やっぱりね。
困ったもんだ。
「社会的な影響は・・・」って、罪は重くなるのかな?

      新緑3380


<障害者郵便>引受数9割減に 不正事件で審査厳格化(5月7日15時1分配信 毎日新聞)

 障害者団体が料金の安い低料第3種郵便制度を利用して郵送していた会員向け機関紙などの数が、09年度は前年度の1割程度にまで落ち込む見通しであることが分かった。制度を悪用して企業のダイレクトメールを発送した郵便法違反事件をきっかけに、郵便事業会社が審査を厳格化したことが原因。団体の中には機関紙の発行を取りやめたり、回数を減らすところも出ており、「要件が厳しすぎる」として見直しを求める声が上がっている。

 郵便事業会社によると、事件が発覚した08年秋以降、同制度での郵便引受件数が激減。08年度は7285万通で、前年度の1億2226万通から約4割減になった。09年6月に審査を厳格化したところ、09年4月~10年2月は計約816万通と前年同時期の1割強にまで落ち込んだ。

 薬害のスモン病患者でつくる「スモン連絡協議会」(事務局・愛知県犬山市)は機関紙約600部を毎月発行し、約30年間、低料第3種郵便制度を利用してきたが、今年4月に郵送を停止した。同制度利用には、「有料購読者の割合が8割以上」という要件があるが、同協議会は会員数が年々減少、購読者確保が難しくなったためだ。

 同制度利用には、年4回以上の定期発行▽500部以上--などの要件も満たす必要がある。適用されれば1通15円で郵送できるが、普通郵便では120円と費用がかさむため、同協議会は発送方法の変更を検討している。会長の前島光男さん(92)は「毎月の郵送はあきらめざるを得ない。弱者を救済するための制度ではないのか」と訴えている。

 関東地方を中心に約400団体が加盟する「障害者団体定期刊行物協会」(東京都)は「会費を納められない会員もいる。啓発のための無料配布も必要だ。実情が理解されていない」と指摘する。

 郵便事業会社は「(制度の利用数が)大きく減ったのは審査を厳しくした結果と考えている。購読率の要件が厳しいという声も聞いているが、制度を変えるかどうかも含めて総務省、厚生労働省と検討中」としている。【福島祥】

 【ことば】第3種郵便制度

 文化向上に貢献する定期刊行物の郵送料を安くして購読者の負担を減らし、入手しやすくすることを目的に設けられた。公共的な内容を報道し、広く販売され、年4回以上発行▽1回に500部以上発行▽発行部数のうち販売したものが8割以上--などの条件を満たした刊行物が対象だ。中でも料金が安く設定されている心身障害者用低料第3種郵便制度の適用を受けるには、心身障害者団体としての公的機関の証明が必要。視覚障害者向けの点字郵便物などは、別の第4種郵便物として扱われ、重さ3キロまでは無料になる。

 うち(工房陶友)は佐川のメール便に変えて年6回は発行しようと決めたんだが・・・。
1通75円。2000通だから・・・!月15万円の90万円?!
年4回に減らすか。それでも、60万円。
痛いよなあ。

 こういうのをこそ、目的と実情に合わせて「規制緩和」して欲しいものですね。
民営化し公共性を骨抜きにした郵便事業会社では・・・無理か。
厚生労働省、総務省がしっかり指導して欲しいものです。

それにしても早いところ、新年度号(?)を出さなきゃ!(汗)


  ★関連エントリーはこちらをどうぞ。


      
郵便事業の公共性を!

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2010.05.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1473 阿久根市の竹原信一市長 「生命の尊厳は平等」の筈なのだが・・・。

気になったニュースから、一言だけ。
「高度医療が障害者生き残らす」・・・。
ブログで市議の不人気投票をしたりして物議をかもしてきた阿久根市の竹原信一市長だが・・・。

      日本晴れ3077

阿久根市長、ブログで物議…障害者家族ら反発(2009年12月3日06時13分 読売新聞)

 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(50)が自身のブログ(日記形式のホームページ)に「高度医療が障害者を生き残らせている」などと、障害者の出生を否定するような独自の主張を展開している。


 障害者団体は反発、市議会でも追及の動きが出るなど波紋が広がっている。

 ブログは11月8日付。深刻化する医師不足への対応策として、勤務医の給料を引き上げるべきだとの議論に対し、「医者業界の金持ちが増えるだけのこと。医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全(すべ)ての医者に最高度の技術を求める必要はない」と批判。

 そして、「高度な医療技術のおかげ」で機能障害を持ち、昔の医療環境であれば生存が難しい障害児を「生き残らせている」などと述べ、「『生まれる事は喜びで、死は忌むべき事』というのは間違いだ」と主張している。

 知的障害者の家族でつくる「全日本手をつなぐ育成会」(本部・東京、約30万人)の大久保常明・常務理事は「人類繁栄のため、優れた子孫だけを残そうとするかつての優生思想そのもの。命の重さを踏みにじり、公人の意見とは思えない」と批判。

 阿久根市身体障害者協会(約1050人)の桑原祐示会長も「差別意識も甚だしい」と反発、役員会で対応を協議し始めた。

 同市議会の木下孝行市議も市長に説明と謝罪を求め、14日から始まる市議会一般質問で追及する。

 竹原市長は取材に対し、「養護学校に勤めている人から聞いた情報をそのまま書いた。事実と思う。障害者を死なせろとかいう話ではない」と説明している。

 医療の進歩が、障害のある人たちの命を救ってきたことは動かしがたい事実でしょう。

 しかし、「例えば昔、出産は産婆の仕事。高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている。結果 擁護施設に行く子供が増えてしまった。」という言動は、「養護学校に勤めている人から聞いた情報をそのまま書いた。事実と思う。障害者を死なせろとかいう話ではない」では説明がつかないのではないでしょうか。

 医療のみならず、あわせて、「全員就学」によって、平均寿命が大幅に延びました。
それまでの「就学猶予」という不当な扱いから解放され、障害児みんなが学校に行く(学校にけなくとも曲りなりに「訪問教育」とか・・・)ことが出来るようになったのは、ついこの間のことです。

 1973年の「養護お学よ校びに養おけ護る学就校学義の務設 置義務に関する部分の施行期日を定める政令」を受けて、1979年に養護学校義務制が実施されたのです。彼らは、それまでは憲法が謳う「教育を受ける権利」を、障害を理由に、戦後30年以上にわたって不当に奪われていたのです。
 学校に行くことで先ず変わったことが、「寿命が延びた」ことです。
朝起きる、昼間活動する、夜ぐっすり眠る・・・人間の当たり前の暮らしの基礎を獲得することによって、生命の活性化がもたらされたのです。

 医療的ケアと生活・教育支援・・・どちらも大変重要です。

 竹原信一市長のブログ 「さるさる日記 住民至上主義」■2009/11/08 (日) 医師不足の原因は医師会には以下のようにある。

医師不足が全国的な問題になっている。特に勤務医の不足は深刻だ。
医師が金儲けに走っている為だが、この体質を後押ししてきたのが医師会だった。
(中略)
勤務医師不足を解消する為に勤務医の給料を現在の1500万円程度から開業医(2500万円程度)に近づけるべきなどとの議論が出てきている。
しかしこんな事では問題は解決しない。医者業界の金持ちが増えるだけのこと。

医者を大量生産してしまえば問題は解決する。全ての医者に最高度の技術を求める必要はない。できてもいない。例えば昔、出産は産婆の仕事。高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている。結果 擁護施設に行く子供が増えてしまった。
「生まれる事は喜びで、死は忌むべき事」というのは間違いだ。個人的な欲でデタラメをするのはもっての外だが、センチメンタリズムで社会を作る責任を果たすことはできない。
社会は志を掲げ、意志を持って悲しみを引き受けなければならない。未来を作るために。


 次の日の日記「■2009/11/09 (月) 神の領域」では、
「・・・少なくとも機能障害を持った子の親に成られた方の心を支える魂を見せなければ成りません。・・・」というメールに答え、次のように書いている。

厳しい生活の中で喘いでいる方々には慎重さを欠く見解に見えたかもしれない。
高度医療が多くの人々に高い精神性を追求せざるを得ない機会を与えているのは現実だ。この世は生ばかりではなく死によっても支えられている。しかも人間は生と死の境目をコントロールする技術を手に入れつつある。
原子爆弾同様に、使い方を知らないままこれを乱用すれば多くの人々に高い精神性が必要な厳しい生活を強いる。これでは残酷な社会を作る事になる。

日本が人口減少で消滅しつつある過程でするべきことは、先ず人口を増やす事であって高度医療で儲ける医者と業界を増やす事ではない。精神的にも健康な子供達が増えれば障害を持った子供達、体の弱った高齢者をより良く支える社会を作ることができる。高度医療にかけるお金の一部で人口を増やす事ができる。先ずは健康な人々が多く居なければ心を支える社会作りもできはしない。社会作りは人工的に意図的にしなければならない。メディア等に煽られての情緒的、成り行き任せであってはいけない。理不尽さを神や悪魔のせいにもできない。社会作りの全てが神の領域に踏み込む技術を獲得した人類の責任だ。

 医師不足をどうするかという問題から派生した発言のようですが・・・。
障害児が「擁護施設」(ママ)に行くというはなはだしい誤解・認識不足(?)は論外として、ブログ日記を読むかぎり、どんな言い訳をしようと、少なくとも私には、命を尊重する姿勢は読み取れません。どう読んでも、障害者は「健康な人たちによって支えられる厄介な存在」、「自然に淘汰されて然り」としか聞こえませんが。生命の尊厳は平等であり、命に優劣は無いといえば、それはセンチメンタリズムなのでしょうか。

「志を掲げ、意志を持って悲しみを引き受け」て、彼が作ろうとする「未来」とは一体どういうものだろうか?
 こういう人が行政のトップにいるということは、不幸なことのように思います。

 ★追記(12.4):こちらのはてなブクマでも多くの方が真っ当に批判していますね。

 ★追記(12.7):
 お薦めブログ:■「阿久根市長「私自身も生きながらえている障害者」と激白」 (ボーガスニュース)

記者団の待つ市役所会見室に現れた市長は、開口一番「実は私自身も不治の病を宣告された障害者」と告白。高度医療による障害者支援を否定していると非難を呼んだ書き込みが、
「私も高度医療や保険制度の恩恵を受けて“生かされている”という感謝の気持ちを率直に表したもの」
と説明した。

同席した主治医によると市長は
「先天性デマゴギー症候群」
という重い障害に生まれたときから悩まされているという。同症候群を抱えた患者は脳の一部機能が阻害され、対人行動面で異常な行動を取るようになる。症例としては
ブログでニセ科学知識や差別発言をひけらかす
部下に給料を払わない
政治家の仕事は過激な言動でウケを狙うことだと思い込む
などがある。国指定難病で治療法は死ぬ以外にない。

 以上部分転載、是非ともリンク先へどうぞ!

   

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2009.12.03 | | Comments(7) | Trackback(6) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1285 「税金支払い機」以外は価値なし!という自民党政治に終止符を。

 今日は朝から雷。
落ちたんじゃなくて、落としてしまった!

        金魚2788
        クマゼミが泣き出すと、”炎天の夏”なのだが、いまだ梅雨明けず・・・。

 よくあることではありますが、殿が陶芸の時に口辺を仕上げる鹿皮をどこかに捨ててしまったのです。自閉症のこだわりがあるから、気に入らないものは目の前から何でもかんでも消さなければ気がすまない。これまでも、「小さい!」といっては小さいのが良いと、ちょうどよい大きさに切ってあるものを半分に切ってしまい使い物にならなくしてしまったことがあった・・・。

 おまけに数日前このことが分かっていてだれも私に報告もしない・・・!
「なんばしよっとか!」・・・雷落としても仕方ないんだけどね(涙)


 ところで、村野瀬玲奈さんが、麻生太郎氏にとって国民は、「税金支払い機械」なんだろうなあ。(怒)で、麻生総理の「(高齢者は)働くことしか才能がない」発言や柳澤伯夫元厚労相の「女性は(子供を産む)機械」発言に触れながら、以下のように書いています。

こうしてみると、自民党は国民をなんだと思っているかがよく見えてくるではありませんか。子どもを産んで将来の納税者を作る機械、死ぬまで働いて税金を納める機械と思っていると想像できます。国民に対して国家のために命を捧げるように仕向けたい言動をとる議員が少なくないことを考えると、国民は国家に従属する奴隷であるかのように自民党は考えているとも想像できます。

 ここまで国民をバカにした政治家を多数擁する自民党という政党は国民の敵としか言いようがないと私は考えます。(部分引用)

 同感です。
「お国のために血を流せ」
「天皇の為に身を捧げよ」と一緒ですね。


 ところで、障害のある人たちはどうでしょうか?
悪名高き障害者自立支援法について見てみましょう。

 報酬単価というものがあります。
平たく言えば、一人の障害者支援にかかるお金です。
施設の種類によって、1日いくらで計算され施設の運営費として月々に振り込まれてきます。

 例えば、生活訓練や生活介護をする比較的重い障害者が利用する施設では、障害の程度により1人につき1日約6000~1万3000円。(施設の定員に拠っても単価は違いますが、ここは目安ということで・・・)

働く施設はどうでしょうか。
「就労支援事業」といいますが、大きく分けて2つあります。
比較的障害が軽く、一般就労を目指して訓練することを目的にした「就労移行支援事業」(原則として2年間限定)と、一般就職は無理だろうから、ここを働く場として利用していいですという「就労継続支援事業」です。

 同じ働く場ではありますが、就職を目指す「移行支援」の報酬は一人1日8500円、方や一般就職は無理だろうという「継続支援」は、5900円です。
ちなみに、「陶友 」は後者です。

 ここでもお分かりでしょう。
障害者も、一般就労して「税金を払う身分になる」のが自立であり、より価値が高いから報酬単価も高くなるのです。

 ちょっと 余談ですが、「ここを働く場として利用していいですという『就労継続支援事業』」=仲間にとっては職場ですから、「なんで自分が働く会社にお金を払はないかんとね!」と、利用料の1割負担・応益負担に仲間たちは怒るわけです。

「人間の尊厳」踏みにじる政治
 そうです、麻生総理の発言は偶然ではなく、自民党政治の思想そのものなのです。
「老人医療にカネをかけるのは枯れ木に水をやるもんだ」
「牛も乳が出なくなった賭殺場に行く」

歴代の自民党の大臣の発言です。
これでいくと、
「税金も納める見込みの無い障害者に、お金をかけるのはムダだ」ということでしょう。・・・経済効率が第一で、そこに役立つものが人間として、いや国民としては社会的に価値がある。価値が無いものにお金うをかけるような政治はしない。


 社会保障2200億円カットも、後期高齢者医療制度も障害者自立支援法も、労働者派遣法も・・・すべてはこの思想に裏付けられているのではないでしょうか。「人間の尊厳」などという憲法の思想などは微塵も無いのです。

 だからこそ、歴代の自民党政治・自公政権を、力を合わせて終わらせなければならないのです。人間を大切にする政治を、主権者自身の手で始めようではありませんか。




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2009.07.30 | | Comments(2) | Trackback(3) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1274 第3種郵便制度の“弾力的な運用を”

 とにかく悪事のトバッチリを食らうのはいやですね。
その趣旨に沿って、弾力的に運用し、障害者や団体のためになるように運用して欲しいものです。

        金魚2772
        涼し~い、気持ちいいよ~ん

2009年7月24日(金)「しんぶん赤旗」
郵便割引
審査 利用しづらく
障害者団体が政府に要求 “弾力的な運用を”


 障害者団体でつくる全国障害者定期刊行物協会連合会(春田文夫、楠敏雄共同代表)と日本障害フォーラム(JDF・小川榮一代表)は23日、総務省内で、総務省、厚生労働省、郵便事業会社に要望書を提出しました。

 要望書には、(1)障害者団体向け郵便割引制度のあり方について総務省、厚労省、郵便事業会社と障害者団体との検討の場の設置(2)当面の間、現行制度を弾力的に運用し、障害者団体の活動に不利益が生じないよう、郵便局への指導の徹底―を求めています。

 障害者団体向け郵便割引制度を企業のダイレクトメール広告発送に悪用された事件後、制度利用の審査を郵便事業会社が強化。多くの障害者団体が、制度の利用がしづらくなっています。

 要望にあたって、日本障害フォーラムの三澤了副代表は「障害者団体が本当の意味で社会参加できるための新たな仕組みをつくってほしい」と訴えました。総務省の担当者は「要望をふまえつつ、他の2者と話し合っていく。また、(障害者団体には)制度の適正な利用を求める」と答えました。

 交渉後、春田代表は「まだ十分に当事者団体の実情が理解されていない。彼らの不正がわれわれにしわ寄せされている。今後とも団結してがんばりたい」と決意をのべました。

 全国各地の17団体から、車いすやつえなどを利用する人たち25人余りが、自分たちの声を届けようと集まりました。


 あれから、わが「陶友通信」も、休刊状態。
盆休み前までには、とりあえず一回、事情も知らせるために発行する予定ですが・・・。
 これまでは、15円×2500部で3万7500円で澄んだものが、メール便で、70円×2500部で17万5000円と約5倍化。いずれにせよ毎月発行は無理だから、隔月とか季刊とかにしなければ・・・。


関連過去ログ:
  ■NO,1212 厚労省障害保健福祉部ぐるみの第三種郵便物事件
     http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-1244.html

  ■NO.1213 障害者団体向け郵便割引制度は 障害者支援の立場で継続、条件緩和を。
     http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-1246.html

  ■NO.1214 困難に負けずに・・・!「陶友通信」の発行を続けます。
     http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-1247.html

  ■NO.1217 厚労省へ抗議文を送りました。(転載、紹介歓迎)
     http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-1249.html

  ■関連エントリーのページ
     http://toyugenki2.blog107.fc2.com/?q=%C2%E8%BB%B0%BC%EF%CD%B9%CA%D8



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2009.07.25 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1241 古代の障害児、見捨てられていなかった。

 その昔、人類の創生期に、障害をもつ人々はどのように生かされ、生きていたのか?
今日の障害者問題を考える上で、非常に重要な視点を示唆している、ということで、以下のエントリーをシリーズであげたことがある。

      NO.258 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(1)
             http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-271.html
      NO.259 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(2)
             http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-272.html
      NO.260 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(3)
             http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-273.html

        晴れ間2697
              焼き〆の行灯(あんどん)(高約30センチ)

 友人から、次のサイトを紹介してもらったので、ここに紹介しておきたい。
件の後期ネアンデルタール人よりも、数十万年前の人類の先輩の話である。

古代の障害児、見捨てられていなかった(ナショナルジオグラフィック ニュース )  

頭蓋が変形している最古の子どもの骨が発見された。この発見により、初期人類が障害児をすぐに見捨てたり、殺したりしていたという俗説が間違っている可能性が示された。

頭蓋骨

 多くの哺乳動物は、重度の奇形が見られる新生児の育児を放棄することが知られている。したがって科学者たちは、古代の人類も同じような行動を取っていただろうと考えていた。

 しかし、今回発見された53万年前の頭骨の化石は、まれな先天異常を持っていたにもかかわらず10才頃まで生きていた子どもの骨と判明した。頭蓋縫合早期癒合症(ずがいほうごうそうきゆごうしょう)という障害で、頭蓋を構成する複数の骨が早期に癒合し、脳の発達が妨げられてしまう病気である。

 2001年、スペイン北部のアタプエルカでホモ・ハイデルベルゲンシスの複数人分の化石が発見された。ホモ・ハイデルベルゲンシスは、ネアンデルタール人の直接の祖先と考えられている初期人類である。

 発見された骨をつなぎ合わせてみると、1人の子どもの頭骨に奇形の形跡が確認された。この奇形が原因で脳内の圧が高まり、学習能力や知能の発達に問題が起こっていた可能性がある。

 研究を率いたアナ・ガルシア氏は、「子どもはみな、世話を受けないと生きていけない」と話す。同氏は、スペインのマドリードにあるUCM-ISCIII人類進化・行動研究センター(Centro UCM-ISCIII de Evolucion y Comportamientos Humanos)に在籍している。

 しかし、この子どもが実際に10才頃まで生き抜くためには、おそらく特別な世話が必要だっただろうと同氏は考えている。また同氏は、「望まれない子を意図的に殺してしまう行為は哺乳類では珍しくない。人類と遺伝的に近い類人猿でもそれは同じだ」とも解説する。

 この習慣は現生人類の文化でも確認されており、例えばかつてイヌイットは重度の遺伝子異常を持つ赤ん坊を殺していた。また、中世イングランドの救貧院の墓地には、異常といえるほど多数の奇形児が埋葬されていたという。当時の救貧院は、望まれない子どもたちが捨てられる場所でもあったのである。

 しかし今回、化石として発見された子どもは奇形があったにもかかわらず、同じ中期更新世の子どもと同じように世話を受けていたことが判明した。

 この考古学資料から、何を学ぶのか、・・・それぞれだが。 




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2009.07.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1213 障害者団体向け郵便割引制度は 障害者支援の立場で継続、条件緩和を。

 大変困っています。
これまで低料金で郵送できていた「陶友」の機関紙とも言うべき「陶友 通信」の発送が困難になりました。どうすべきか、泣きたいです。

        天守閣2642
 
 全国的にも困ってしまったところがたくさんあるようです。
障害者郵便の審査「厳しくなりすぎ」 利用団体が悲鳴(朝日 2009年6月17日)

 障害者団体向けの特別な郵便割引制度が企業のダイレクトメール(DM)広告として悪用されていたことから、制度利用の審査を強めている郵便事業会社(JP日本郵便)に対し、障害者団体側から「厳しすぎる」などの不満の声があがっている。すでに、制度の趣旨に沿う団体の利用が出来なくなるケースが出ているという。

 これを受けて、中小規模の団体らで組織する「全国障害者団体定期刊行物協会連合会」は近く、総務省や日本郵便などに制度の運用や利用条件の見直しを求める方針だ。
・・・・・・・
 郵便料金が格安になる「心身障害者用低料第3種郵便物」の制度を利用するには、障害者団体の会報などの刊行物が「1回の発行部数で500部以上」「発行部数の8割以上が有償で購読されていること」などが条件だが、会議で最も問題とされたのは「8割以上が有償」の方だ。
・・・・・・・
 「8割以上」の条件について、日本郵便は「有償で広く購読されるだけの価値がある刊行物を対象とするために制度が設けられている」などと説明。制度を厳格に運用する方針だ。これに対して、協会側は「制度は、障害者団体の社会参加などを目的とする機関紙を発送するために郵便料金を安くすることがそもそもの目的のはずだ」と主張。制度の存続はもちろん、条件の見直しなどを求めていく構えだ。  (以上、部分引用)


 1977年、九州で 初めて誕生した障害者作業所「ひかり作業所」が、地域や多くの人々に支えられながらその取り組みを報告するために発行したのが「ひかりニュース」。「ひかりニュース」は、1988年5月第三種郵便物に認可され発行され続けてきました。

 「陶友通信」は、その「ひかりニュース」の陶友 版として、1992年7月より発行され120号に及んでいます。3000部印刷し、2400部をダイレクトメールで郵送、残りを地域配布や手渡しで届けてきました。

 認可のきっかけは、福岡市にお願いして障害者団体の証明と推薦を頂き、必用書類を提出し当時の郵便局が認可したものでした。

 第3種郵便物制度は1883年に創設され、これの拡大版として心身障害者用低料第3種郵便物制度(一通8円)が1971年より開始されましたが、「ひかり」が取得したのは通常第三種(一通15円)でした。

 今回の審査で、この認可が取り消され「再申請を」申し渡されましたが、「有料購読8割以上」などの基準をクリアできないので、再申請を断念せざるを得ません。

 当時の審査が「ゆるかった」といえばそれまでですが、そこには真面目に作業所作りに取り組む「ひかり」への障害者団体としての福岡市当局の評価と、制度の趣旨にのっとりこれを支援するという公的郵便事業の姿勢があったのだろうと思います。

 ところが、今回の不正事件を機に、「厳格な審査」をするというのです。
そこには、不正を機に「きちんと運用すべきだ」という当然の姿勢とともに、民営化され営利主義に走る日本郵便の姿も見て取れるのではないでしょうか。

 関係者が主張するように「制度は、障害者団体の社会参加などを目的とする機関紙を発送するために郵便料金を安くすることがそもそもの目的のはず」ですから、制度の存続は勿論、その条件も緩和して、障害者の社会参加と団体活動の支援に寄与できるものに改めて欲しい・・・。

 切にそう思います。(長くなりますので、つづきはまた書きます

 関連過去ログ:
     NO.1210 汚れた手で自立支援法を作り・・・(怒)!
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2009.06.19 | | Comments(6) | Trackback(3) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1196 先立つ子

 「杉浦 ひとみの瞳」というブログがある。 弁護士さんが「出会った人やできごとについて、感じたままに。」という。

        buru2414.jpg

 障害のある人や、犯罪に関わってしまった人たちへの優しいまなざしが感じられる。

・「障がいを持つ子の死は『複雑』」 の重さという記事をTBいただいた。

 ある施設に入居されていた知的障がいのある43才の男性が亡くなりました。病死でした。息子さんを亡くした75才になるお母さんが、施設の保護者会にこられ、ご挨拶されました。
 
************************************ 
わたしは、息子を先に逝かせて、見送ってから逝きたいと思っていましたが、実際に先立たれました。知り合いの障がいの子を持つ親御さんから「あなたが羨ましい」と言われて、それは本音だと思ったけど、でもとても複雑な思いでした。あの子は、自分の兄夫婦孝行をしていったのか、と思うと切ないです。・・・(以下、略)

 私が障害者作業所作りに関わりだした20年ぐらい前は、当たり前のようにあった話を紹介したい。

 ある知的障害の娘さんが40台半ばで亡くなった。ご両親は、70台半ばで、熱心に障害者運動に関わっておられる方だった。

 その葬式に集まられた親御さんたちは、その死を、口々に「親孝行だ」とささやき合ったという。親御さんは、「子どもより1日だけ長く生きたい」という。自分が死んだ後が心配だ。兄弟にも負担をかけたくない・・・、だから、先立つ子を「親孝行だ」と。

 世の中にそんなバカな話があるだろうか。「親に先立つのは最大の親不孝だ」というのがこの世の常ではないか。それなのに障害のある人たちの生死については、全く逆なのだ。

 そう思わざるをえない親の気持ちは分かりつつも、話を聞きながら「バカ親どもが!」とどうしようもない憤りを覚えたものだった。・・・若かったのかもしれない。

 果たして、あれから20年近い。
私も、その「障害者の親」になって16年。
まだ実感がない。娘より先に死んでもいいとか、1日も長く生きたいとか・・・。
ただ、「先に逝ってくれ」とは、思わない。今のところは。

 こういうことを考えなければならないこと自体が、今日の社会で障害者が生きることの困難、差別の集約的事実を示している。

 何で、障害者は親より先に死ぬことが喜ばれなければならないのだ。
 
 安心して生きることを託せる社会を、と思う。
障害があろうとなかろうと。




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2009.06.07 | | Comments(5) | Trackback(3) | ・障害者福祉いろいろ

NO.1113 特別支援学校の児童生徒数が増えているというが・・・。

 全ての子ども達に、その個性や能力、特性に配慮しながら、のびのびと成長できるように、行き届いた教育をして欲しいものだ。特に、障害のある子ども達には丁寧な取り組みが求められる。
 そこで、この記事・・・。

        buru1980.jpg

特別支援学校生が急増 教員・教室の不足深刻 (アサヒ・コム 2009年4月26日3時2分)

特別支援学校の児童生徒数
 障害のある子どもが通う特別支援学校(旧盲・ろう・養護学校)の児童生徒が全国で増え続けている。文部科学省のまとめでは、08年度は11万2334人で98年度から28.5%増加。厳しい予算の中で教員採用が追いつかず、公立校の教員数が法定の基準を満たせない自治体は07年度で36道県に達した。教室不足も深刻化している。

     児童数

 特別支援学校は、学校教育法改正で07年度にできた学校種。従来の盲・ろう学校、養護学校(知的障害、肢体不自由、病弱)に当たるが、法改正後は児童生徒を障害の種別で分けず、1校で複数の障害に対応できるようになった。

 文科省によると、児童生徒は90年代以降増え始めた。特に知的障害が対象の養護学校で生徒の増加が目立ち、98年度は5万3561人(全体の61.25%)だったのが06年度は7万1453人(同68.32%)に。08年度は他の障害との重複も含め、9万6924人に達している。

 一方、公立の特別支援学校の教員数は、生徒数や障害の程度などに応じ都道府県別に法で最低基準が定められている。文科省によると、07年度は36道県で計2656人不足。充足率が最も低いのは長野県の78%で、石川県の86%、群馬県90%が次いだ。

 児童生徒の増加について文科省特別支援教育課は「保護者が子どもの障害を受け入れ、就職も支援する専門教育を望むようになってきたためではないか」とみる。

 現場の教師には「注意欠陥・多動性障害(ADHD)など発達障害の子が増えている」との指摘も多い。普通学校で不登校になり特別支援学校を頼る例も目につくという。(杉浦幹治、太田康夫)

 別に、障害児が増えているわけではない。
潜在化していた障害児が、保護者や周囲の受容が進み顕在化したという面もあろうし、新しい発達障害への認識が広がったということもあろう。

 重要なのは、こういう子ども達の発達と教育をどう保障するか。
文科省の責任で、専門の教員を大幅に増員することを中心に教育の環境整備を早急に図ることが求められている。

 実際の現場は、専門も違い経験の無い教師が配置されていることがある。かつては国体前に大量に採用した体育系の教師が、知的障害の子ども達を怒鳴り上げているのを見たこともある。

 それと、現場に依拠しながら教育内容を見直し、全人的な教育をすることだろう。これは難しい話で即効性を求めるべきではないが・・・。

 娘が高等支援学校に通っているが、現在の、特に高等支援学校などは「就職予備校化」が顕著となっている印象だ。自立支援法が、その自立を第一義的に「職業的自立」として位置づけているために、「就職をさせること」が学校の第一の目標になっているようだ。果たして、これが子ども達にとって最良の教育といえるだろうかと、勝手に心配している。

 「就職できるように」は、確かに分かりやすい目標ではある。しかし、その発達段階にあったのびのびとゆっくりした教育があろうはずだと思う。

狭い
職員室も教室に変えてしまったため、教職員の机(右手前)も子どもたちの机と一緒に各教室内に並ぶ=長野養護学校、杉浦写す(同記事より)

 教育予算を切り縮め、このような現場を放置する政府の責任が問われている。


  
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2009.04.27 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.941 生活実態に沿ったきめ細かな支援を。

 こういう、生活実態に沿ったきめ細かな支援が必要なのだ。

大濠公園と梅 036

知的障害者の外出支援 品川区が全国初(東京新聞 2009年2月4日)

 東京都品川区は、知的障害者が買い物などに出かける際、送迎を除く付き添いサービスが障害者自立支援法の支援対象から外れているため、新年度から独自予算で送迎以外の“空白部分”をサポートする方針を決めた。障害者と家族らの要望が高く、全国初の試み。

 現在の制度では、知的障害者がショッピングセンターや映画館、病院などに出かける際、送り迎えのガイドヘルパーは、費用(一時間約1600百円)の一割を本人が負担することで利用できる。

 だが買い物中や映画鑑賞、診察待ちなどの付き添いサービスは、全額が本人負担となるため、外出しにくかった。

 計画では、障害者の家族らでつくる区知的障害者育成会が十月に特定非営利活動法人(NPO法人)を設立。

 同法人が自立支援法に基づく指定事業所になり、区から補助を受けながら、送迎のガイドヘルプと合わせ、買い物中などの付き添いサービスも低負担で引き受ける。

 区は新年度予算に必要経費として約250万円を計上し、新たな支援策で在宅障害者の外出を促したいとしている。


 自立支援法の枠組みの中で、自己負担は問題だが・・・。
生活実態に合ったきめ細かな施策を進めるという点では、大事なことだ。
その気になれば、わずかな予算でできる。国の施策として拡充が求められている。


 
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2009.02.08 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO.794 障害者施設で3割が身体拘束 ?

ん~~ん、難しい。
現場と、個々の障害と人を見ていないとなんとも言えませんね。
調査によって、「一つの」数字が出ている。

苔

障害者施設3割が身体拘束
京都府調査 入所者延べ976人に
Kyoto Shimbun 2008年12月3日(水)

 京都府内の障害者入所施設で、入所者をいすにベルトで縛るなどの身体拘束を行っている施設が約3割に上っていることが2日、府が初めて実施した調査で分かった。身体拘束は介護保険施設と同様、障害者施設でも原則禁止されている。拘束や行動制限を減らしていくことが課題となっており、府は本年度中に有識者会議を設置し、対策の検討に乗り出すことを決めた。(26面に関連記事)

 障害者施設を対象にした拘束調査は全国でも珍しく、府内の218施設にアンケートし、208施設(95・4%)が回答した。69施設で、延べ976人に身体拘束が行われていた。

  拘束方法は「いすから落ちたりしないようベルトをつける」が506人(51・8%)で最も多く、「自分で降りられないようベッドに柵」が222人(22・7%)、「居室に隔離」68人(7%)、「脱衣などを防ぐつなぎ服着用」25人(2・6%)、「落ち着かせる向精神薬の過剰服用」も15人(1・5%)あった。

 自傷行為や他人への加害を防ぐためなどの理由から、知的障害と障害児の施設では、いずれも8割以上で身体拘束が確認された。また、拘束廃止に取り組んでいる施設は約7割にとどまった。

 府健康福祉部は「無意識に動く体を止めるなどやむを得ない状況もあるが、身体拘束は人権侵害につながる。有識者会議で代替方法の普及などを検討したい」と話した。

 ■対策講じるべき

 小森猛・京都頸髄(けいずい)損傷者連絡会理事の話 施設は病院でなく、普通に生活するのに拘束されるのはおかしい。例えば人に危害を加えそうな人を隔離するにも、そうなった理由や背景があるはずで、府や国もそこを考え、対策を講じるべきだ。


 先ず、数字としては、こんなものかなあ?という印象。実態を反映しきれているんだろうかという疑問も。現場では考え方として「拘束して当然」ということは基本的には無いと思う。そういう中でアンケートが実態を、マイナス面も正直に書いているのだろうかと。

 「お前のところは絶対に無いか?」と問われれば、・・・今のところは無いが、「絶対に無い」とは言いがたい。

 「いすから落ちたりしないようベルトをつける」も拘束としてとらえている。微妙な選択肢だが、該当が一番多い。

 次に、「拘束するべきでない」ということが、現場で基本的に合意できているのかが問題だろう。その上で、拘束せざるをえないのはなぜか。・・・そうしてこそ何が問題かが明らかになってくるだろう。

 十把一絡げにされ抽象化された数字で考えることは危険だ。
該当の、一人ひとりに関して、その人の人権を守るにふさわしい関わり方はどうあるべきなのか・・・そういう視点から、具体的な問題を明らかにすべきだ。

 現場の人権意識の問題が問われそうだが、意識の問題に解消し、現場に責任をかぶせることだけは絶対に避けなければならない。

 当然予想されるのは、現場の人手不足。
障害のある人たちの人権と尊厳を守るにふさわしい人員配置がなされているのか。そこにこそ、最大の問題はあるように思う。

 そうした公正な見方によってこそ、人権感覚が希薄だという弱点も、現場が率直に向き合い解決のために努力することを促すだろう。逆に、そうした条件を無視し、人権感覚だけを問題にしたところで、現場がそれを素直に受け容れられるだろうか。

 有識者会議は、数字を議論するのではなく、現場の一つ一つの事実の調査に入り、事態の全体像を明らかにするなかで、何が問題か、解決策はどこにあるかを議論して欲しいものだ。府健康福祉部が言うような、「代替方法」を探し「普及」するという「処遇技術論」のレベル問題ではないと思うが・・・。

 福祉の職場は、その圧倒的多くが良心的に精一杯頑張っていると思う。
その頑張りが、利用者の人権を守るという目標に満足に届かないところにこそ、現場の苦悩がある。
そこに応え励ます議論を期待する。


  お付き合いついでにシャッターはこころで切れ!で、紅葉狩りでもどうぞ。 
 
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2008.12.03 | | Comments(0) | Trackback(3) | ・障害者福祉いろいろ

NO.565 「自由時間」という名の不自由。

 ノリがイマイチなので、花・髪切と思考の浮游空間さんの「余暇を考えるヒマ 」からネタを拝借し、知的障害のある人たちの余暇について書いてみます。

817ヘップバーン0827


日本生産性本部の「レジャー白書」によると、若者が携帯のメールやインターネットに時間を割き、余暇スタイルが大きく変化しているそうです。
 遊びの種類が少なくなり、かけるお金にも格差が表れ、若者のレジャーが「貧困化している」と報じられています。

若者レジャー「貧困化」 遊びの種類減少、支出に格差も(朝日)

 若者の余暇の過ごし方が「貧困化」していることが、社会経済生産性本部の08年版「レジャー白書」で分かった。余暇の楽しみ方の種類が、10代は10年間で3割近く減った。生産性本部は、将来のレジャー産業の市場規模を縮小させる可能性があると指摘している。

 調査は15歳以上の男女3千人を対象に実施。07年の1年間に旅行、ドライブ、カラオケ、外食など計91種類の代表的な余暇活動に何回参加、経験したか聞き、10年前の調査と比較した。

 10代の若者が、1年間に1回以上経験した余暇活動は15.6種類。10年前より6種類減った。減少傾向は全世代でみられたが、10代~30代が顕著だった。

 白書は、若者が携帯電話のメールやインターネットに時間を割き、「余暇スタイルに大きな変化が生じている」と分析。賃金の抑制によって可処分所得が増えず、親が子に様々な経験をさせていないことも、余暇の過ごし方の「貧困化」を招いた一因と指摘している。

 一方、07年は06年と比べると、国内観光旅行が伸び悩んだ。動物園、遊園地など近場の行楽は人気で、新型ハードが好調だったテレビゲームをして過ごす人も増えた。

 余暇の時間や費やすお金については、派遣やパート労働の増加や団塊世代の退職などを背景に、「ゆとり」が増える人と減る人の二極化がみられ、「格差が広がってきている状況がうかがわれる」としている。

 余暇時間が「増えた」とする人は16.3%で、前年より2.5ポイント増え、92年から続いた減少傾向に歯止めがかかった。一方、「減った」とする人も27.8%で前年より0.9ポイント増えた。余暇活動への支出も同じような二極化傾向がみられた。(久保智)


 この調査に乗った人たちは、まだ余暇と呼べるものを持っているほうだろうが、貧困と格差が広がる中、余暇をどう過ごそうかなど考えられない「その日暮し」の国民や若者が増えている事も想像に難くないでしょう。「人生のやせ細り」が深く進行しているように思います。

 私たちが生きて行く上で、「働く」事は生活費を稼ぐ事のみならず、人間的発達にとって重要な意義があることは、この間の作業所における実践で明らかにされてきました。

 一方、余暇もまた人間の発達にとっても重要である事は言うまでもないでしょう。
 働いて生きるだけで精一杯では、生活も人生もやせ細ったものになります。低賃金で働き詰めの「その日暮らし」を余儀なくされた多くの若者に心を寄せながら、仲間たちの余暇についても考えてしまいます。

 知的障害のある仲間たちの場合は、もちろん所得は最貧困である事は言うまでもありませんが、ここでは所得の問題はさておき、仲間たちには「時間はあるが自分では遊べない」という特有の問題があります。
 
 昼休みも自由にボーっとする事ができなくて作業をする仲間がいます。「自由な時間」という名の不自由に縛られてしまいます。

 普段は暇なときは一人でテレビを見るか、ゲームをするかCDを聞くか・・・。作業所では仲間がいても地域には友達がいない。仲間たちの余暇を支えるには「人」が必要なのだが、それはもっぱら家族のみという状態です。

 こうした中で、作業所でもクラブ活動を通して余暇の活用を経験し学ぶ取り組みを進めてきたところです。実態は少ない職員態勢の中で思うようには進みません。
 そもそも、働く時間帯を「余暇利用の練習」に割いているようなもので、ほんとの余暇に、仲間たち一人一人の希望に基づく多様な支援などは不可能です。

 働く事と、余暇を含む生活全体を見通して支援できたらどんなにか、効果的で豊かな支援が出来る事かと思い、日々ジレンマの中で、「次のクラブ活動はどうしようかなあ」と考え込んでしまうのです。
 深く考えずに、「仲間たちは主観的には楽しんでいるから良いじゃないか」と、時々合理化しながら・・・。



「大脇道場」消費税増税反対キャンペーン中!http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-588.html


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2008.08.19 | | Comments(2) | Trackback(3) | ・障害者福祉いろいろ

NO.424 おまけの命。

 生き物の中で、年寄りの世話をするのは人間だけです。
命の再生産は、命の本質の一つです。
動物の存在意味の一つは生殖能力にあり、生殖期間が過ぎれば存在の意味を失い、死が迎えに来ます。
シャケなどはその典型でしょう。
人間には生殖期間を終えてもなお、ながい命があります。

 いわば人間には、動物学的にいえばおまけの命が与えられているのです。
と言うより、その進化の歴史のなかで、人間がつくり獲得してきたものです。
この時期をどうとらえるか、どう生きるか、ここにこそ人間らしさの本質が表現されるとはいえないだろうか。

 そうして考えてくると、後期高齢者医療制度、社会の中で狭い意味での生産活動に参加できない役立たずは早く逝ってもらったほうが結構だと言う社会政策は、社会的な規模での人間放棄です。そこには人間の存在を狭く貧しくしかとらえられない哲学があるのです。

 障害を持つ人たちへの見方も共通です。
狭い意味で、役に立つかどうか。生産活動に参加し税金を払えるかどうか・・・、貧相な人間観がそこにあるのです。

 はっきりといった政治家もいます。
「老人医療に金を使うのは、枯れ木に水をやるようなものだ」
「牛も乳が出なくなれば堵殺場にいく・・・」
「子どもも産まなくなったババアが長生きして・・・」

 日本の福祉は、
いわばその程度の「哲学」のなかで、
「ま、ちっとはなんかしないと国際的にも格好がつかない」という程度です。
それを主権者たる国民が甘受していると言う事なんだが・・・。

 いま、問われているのは、負担が重過ぎるとか、医療が手抜きになるとか、それは現実的で深刻な問題ですが、それを超えた人間らしさに関わる深い問題を含んでいるんだと思います。

 障害を持つ人々の福祉の問題は常にそうでしたし、いまだにそうです。

 この話は間口が広く、キリがなくなります。
今日は時間が取れないのでまた書きたいと思います。
どうぞ、ご意見をお寄せ下さい。

 
おつきあいありがとうさんです。
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2008.05.10 | | Comments(0) | Trackback(8) | ・障害者福祉いろいろ

NO.315 バリアフリーについて考える。

 本日の福岡地方は黄砂に見舞われ、町はもやもや。通常20kの視界が5kまで下がったらしいです。朝方の雨で、木も町もほこりをかぶりました。

 今日は気楽な話題で・・・という事で。北欧に視察に行かれた新たなる地平を目指してさんが、北欧のバリアフリー事情について書いてるのを読んで、お題拝借ってとこです。お許しを頂き、以下引用して紹介します。

私たちのイメージとしては、北欧は福祉が進んでいるから、きっと街中がバリアフリーであふれているんだろうなぁという感じがしますよね。

ところが・・・。
私が観たスウェーデンのエスロブ市とデンマークのコペンハーゲンは、段差もたくさんあり、道路は石畳でデコボコ・・・。北欧の人たちは皆さん足が長いので、階段の段差も非常に高い!駅で、アナウンスがなかったり、ホームに点字ブロックがなかったり・・・。

あれ、これが世界の先端を行く北欧の福祉??ちょっと、意外!!!
そこで早速、北欧の人にお聞きしました。
「北欧では、バリアフリーがあまり進んでないようですね・・・?!」
すると北欧の人のお答えは・・・。

「私たちの街は、ご覧いただくとわかるように、歴史的な景観をとても大切に守っています。多くの建物は数百年前に建てられたものです。道路も多くの場所が歴史ある石畳です。私たちにとってのバリアフリーは、物理的バリアフリーよりも、むしろ心理的バリアフリーを大切にしています。街中に段差があっても、市民の心理的バリアフリーが進んでいれば、たとえ身障者の人が立ち往生しても、すぐに周りの人が手を差し伸べてくれるので、何ら困難はないのです。それが真のバリアフリーではないでしょうか。」

一本取られた!って感じです。

   以上、引用。

 10年以上も前に聞いた話だが、ある知的障害者施設の建設に当たり、利用者の中に全盲の方がいて、施設側は館内に点字ブロックを張り巡らすように要求した。しかし、建築家は頑として受け付けなかったということです。彼の言い分は、「点字ブロックがないほうが、施設内で助け合いが起こり、利用者の中に助け合う関係を作ることができる。施設においてはそういうことが大事じゃないか」というもの。

 出来上がってからの詳しい検証は、聞いていないが、特に困ったという話は聞かない。

 この建築家は、「家が人を作る」という。個室に仕切られ、家族の気遣いも交流もなくなった現代の家は本当に子供たちの育ちにいいのだろうかと。考えさせられる視点です。

 なんでも自分でできる・「参加」できるということが自立であり、そういう環境を整えることが福祉の課題だろうか?一方で、「北欧の人のお答え」もなるほどだが、助けてもらえば、「参加」できるんだから良いじゃないか、というものだろうか?なかなか、一筋縄では結論の出る問題でもなさそうだ。
 少なくとも、当事者に最大限の選択肢があることが大事だと思う。「助けてもらってありがたいけど、ちょっと気を使うから、今日は一人で・・・」という風に。

 当事者の気持ちにも関わってくるから、この議論はなかなかデリケートだと思う。

 物理的にバリアを排すれば可ではなく、心のバリアフリーを目指すということは、当然重要ではあるように見えるが、バリアを「物理的」なものと「心理的」なものとに、機械的に単純にわけて、対立させることは問題をあまりにも狭く捉える危険に陥るのではないか?

 別に大げさに考えないで、お気楽な話題をと思っていたが、ここまで来ると、ちょっと引っ込みがつかなくなってしもうた。

 ICFでは、障害を環境との相互関係で捉えることを重要視している。環境については以下のようにきわめて広義に捉えられた概念だ。
 主体・障害者と「環境」の間にあるバリア、という捉え方で考えていく必要があるのではないか、と言うにとどめておきます。間口が広がりすぎて、今日はもうギブアップ!
またいつかの機会に考えましょ!

 以下は、参考までにどうぞ。「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」(日本語版)の厚生労働省ホームページ より引用。

 環境因子(environmental factors)とは人々が生活し,人生を送っている物的な環境や社会的環境,人々の社会的な態度による環境を構成する因子のことである。この因子は個人の外部にあり,その人の社会の一員としての実行状況,課題や行為の遂行能力,心身機能・構造に対して,肯定的な影響または否定的な影響を及ぼしうる。

(1) 環境因子は,この分類の中では,次の2つの異なるレベルに焦点を当てて整理されている。
(a)個人的:家庭や職場,学校などの場面を含む個人にとって身近な環境。人が直接接触するような物的・物質的な環境や,家族,知人,仲間,よく知らない人などの他者との直接的な接触を含む。
(b)社会的:コミュニティーや社会における公式または非公式な社会構造,サービス,全般的なアプローチ,または制度であり,個人に影響を与えるもの。これは就労環境,地域活動,政府機関,コミュニケーションと交通のサービス,非公式な社会ネットワーク,更に法律,規定,公式・非公式な規則,人々の態度,イデオロギーなどに関連する組織やサービスを含む。




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2008.03.03 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.299 こんなひどい事が!・・・「奴隷生活」の知的障害者。

ちょっと手抜きですが・・・。
陶友職員ブログ(リンクにあり)にコメントいただいた、かんさんのサイトから紹介します。
今時と言ってはなんだが、知的障害者が「奴隷」として働かされていたということ。
http://www.stv.ne.jp/news/item/20080213191011/
※会見の模様は動画配信されています。

◆「刑務所以下」障害者が訴え

 食事は残り物のソバ、満足に銭湯にいくことも出来ないーこんな職場があるのでしょうか?
札幌市内の食堂で働いていた知的障害者が、運営会社などを相手取って裁判を起こしました。弁護士の記者会見では、耳を疑うような悲惨な仕事の実態が明らかになりました。

(西村武彦弁護士)「立ったまま、厨房で残り物のソバを食べさせてられていただけ」「もちろん給料をもらったこともない、いくらなのか説明も受けていないー」
労働時間は1日12時間、休みは月に2日だけー裁判を起こした知的障害者の弁護士は、「刑務所以下」だと語りました。
(長田記者)「裁判所に訴えた知的障害者たちが働いていた食堂はこの空き地に立っていました。去年11月に取り壊されて何も残っていません。訴えでは、ここで長時間劣悪な環境の中で働かされていたと主張しています」
裁判を起こした4人の知的障害者は、白石区内の食堂で住み込みで働いていました。給料も支払われず、お金は持たされていなかったといいます。
(西村武彦弁護士)「女性たち3人は390円をその都度もらうが、390円で風呂に入るとジュースが飲めないので2人入って1人は入らないと390円残るーその金でジュースを買う」
少なくとも6600万円にのぼる給料が支払われず、障害者年金2600万円を社長が横領していたと障害者側は主張しています。
実態を把握した弁護士が社長と交渉しましたが解決には至らず、損害賠償を求める裁判になりました。弁護士に対して社長は給料を払わなかった理由をこう話しているといいます。
(西村武彦弁護士)「この子たちは大変な子で24時間面倒見てきたんだからと言っていた」「でもはっきり言っていた、年金は渡していませんと」
いま、食堂の社長は連絡がつきません。食堂で何が起きていたのか、1か月後に始まる裁判で明らかになります。

(2008年2月13日(水)「どさんこワイド180」)

以上、引用。

 なんとも、言葉がありません。
行政は、早くから事実をつかんでいたようですが・・・。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000000802140004

障害者奴隷生活」 札幌市、対応に遅れ
2008年02月14日

■06年秋に面談調査

 「無報酬のまま奴隷のように食堂で働かされた」として知的障害がある4人が札幌地裁に提訴した問題で、札幌市が06年10月の時点でこの人たちを面談し、すでに身なりの異様さに気づいていたことが13日わかった。しかし、その後も対応は遅々として進まず、実際に経営者を呼んで給与未払いの実態が把握できたのは8カ月後の07年6月。すでに弁護士が4人を保護しようとしていた時だった。
                      ◇

 札幌市によると、市の知的障害者更生相談所が06年10月、障害者の手帳の更新にあたって面談を実施。その中で、今回原告になった人たちに会った。古びた服を着て、つめの汚れ方も尋常ではなく「給料をもらっていないのでは」「生活環境はきちんと保たれているのか」との疑念を抱いたという。

 同相談所はその後、市役所本庁の障がい福祉課や食堂がある地元の白石区役所に連絡をとったというが、文書で報告を上げたのは3カ月後の07年1月。さらに、市障がい福祉課などが実際に経営者の話が聞けたのは6月4日だったという。

 経営者は「服などの小遣い程度の実費を除き、給料は払っていなかった」「4人に支払われた障害基礎年金は店の運営資金に流用していた」と不正を認めたという。

 ここに至って事態の深刻さに気付いた市側は翌日、年金が振り込まれていた通帳を差し押さえた。その後、生活場所の移動についても検討を始めようとしたというが、それに先んじて同月22日、今回の訴訟の代理人にもなった西村武彦弁護士(札幌弁護士会)が知的障害者施設に4人を保護した。その後、ほどなく食堂は廃業し、経営者らは行方がわからなくなっているという。

 市障がい福祉課は「就労支援に力を入れていかなければならない時にこうした問題が起きた。もう少し踏み込んで実態調査をすべきだった。反省すべきこともあった」としている。

 これに対し、西村弁護士は「札幌市には何度も問題を指摘したが、全く動こうとしなかった。こうした行政の対応を何とかしない限り、知的障害者の労働搾取虐待の問題をなくすことはできない」と批判している。

 保護された4人は現在は健康状態が良くなり、女性たちは化粧を楽しんで笑顔を見せるようになったという。

 今回の訴訟で4人は、食堂を経営していた会社「商事洋光」(札幌市白石区)のほか、本人確認をすることなく障害基礎年金の振り込み口座の開設を認めたとして北門信用金庫(滝川市)を、劣悪な環境を見逃したとして障害者支援団体「札幌市知的障害者職親会」をそれぞれ訴えている。

以上、引用。

 極めて悪質な人権侵害である。食堂の社長は「知的障害者職親会」を通じて、この人たちを「雇用」していたようだ。なんとも、「確信犯」である。行政の対応も厳しく問われる。

 社長の「この子たちは大変な子で24時間面倒見てきたんだから」と言う認識は、知的障害のある人が一人の人間として、その尊厳にふさわしく存在し、生活することが出来ていない、今日の社会状況を反映しているのではないだろうか。

「在日米軍は日本を守ってやってるんだ、少々の事でガタガタ言うな!」
「そこのけそこのけ、軍艦が通ってるんだ!」
「面倒見てもらう身分で、不平をを言うな!」

共通する根っこがあるような・・・。
そんな気がするのは、私だけでしょうか?

 ・・・かんさん、ありがとうございました。


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2008.02.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.282 ぜひ紹介したい記事、・・・他人のフンドシですみませんが。

他人のフンドシで恐縮なんですが、ぜひ紹介したい記事があります。

ちよ便り~いとうちよ子の議員日記 です。
そのまま全文を引用し紹介します。

ううっ、寒い
冷凍庫の中にいるような厳しい寒さの中を、さっき自転車で帰ってきた。
もう夜の10時すぎ。

今日、昼間、知的障害のあるA子さんは、3年間住んだプレハブの倉庫を出て、隣町の施設に引っ越した。社協の職員さんや親類が手伝ってくれたようで、ほんとによかった。

それにしても、
火の気のないわずか二畳の物置で、よく3年間がまんできたね。
「あたしなら、二日でまいってしまうよ」と、彼女を私のところへ連れてきた人たちが言った。

ちょうど1週間前。寒い雨が降り続く日の朝、
三人の市民に連れられてきた彼女は、障害者手帳を見せてから、今いる倉庫を出て施設に入りたいといった。

「トイレはどうしてたんですか」ときくと、くったくのない笑顔で、
公園で」
お風呂は?」
「(電車で15分の隣町の)○○湯に週2,3回行ってました」

身内のいるアパ―トに帰りたくない。だからそこをでて倉庫暮しを始めたが、さすがに3年間の倉庫暮しに疲れたようで、なんとかここを出たいと思った。
自分で不動産屋を回ってアパートを探したが、保証人のなり手がいない。やっぱり施設にいれてもらうしかない、と思いつめ…。

「あなたは、身ぎれいにして小さな仕事見つけては一生懸命働いている。立派よ。それに根が楽天的でしょ。たんたんと笑顔で涙を見せないから、つらく見えない。障害があっても、周りの人が手を差し伸べにくかったのかもしれないね。
でも、これ以上、あそこには住み続けられない、助けてほしいとはっきり言いましょう。そうすれば、きっとわかってくれるよ」

これまで彼女に関わってきた市の職員や社会福祉協議会の職員にも話して、行き先を見つけてもらうよう頼んだ。直接担当していた人たちも心配して、どうすれば一番いいのかを考えてあったようだ。

とにかく、たくさんの人の善意のおかで、なんとか民間のグループホームに入ることになった。いろいろ事情もある中、引き受けてくださった施設には、感謝感謝である。
(軽度の障害になると、認定が下りず、施設に入れない場合もあるから)

引っ越しが決まった日。
気丈で明るい彼女が、帰りの車の中で顔をそむけるように涙を流した。
やはり、これまでの暮しは耐え難かったのだろう。
運のいいことに、彼女の周りにはいい人がいっぱいいる。ひとつひとつ相談して、解決しながら、楽しく生き生き暮らしてほしい。

それにしても、家庭にも通常の施設にも居場所のない障害者はどうしたらいいのだろう?
親なきあとは?

憲法に保障された基本的人権の尊重という言葉が胸に迫る。
すべての障害者が、人間らしい文化的な生活ができるように、多くの人が努力している。その願いがかなうように。その善意が報われるように。



知的障害を持ちながら、一人で、誰にも相談することも出来ずに、3年にわたってホームレス生活をしていたなんて・・・。
いとうさんは、私が誇りにする友人で、大学時代のなんと後輩です。
共産党の前原市議会議員です。
地道な生活相談活動にも、全力で取り組んでいます。
2期目、3期目、トップ当選したのもうなずけます。
皆さん、ブログにも訪問して、ぜひとも応援よろしくお願いします。

いとうさん。
持ち前の優しさと、粘りと賢さで頑張ってくださいね。
からだ大事に!



私も穏やかにやさしく、心に届く記事が書けるようになりたいものです。
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2008.02.02 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.266 「ひまわり~!」・・・知的障害者の子育て。

知的障害者による子育てをテーマにしたテレビドラマが始まった。
ありがとう」だったっけ?
ひまわり~!」と、嬉しそうに赤ちゃんを呼ぶ姿が印象的で、タイトルは不確かだが・・・。

知的障害の若い娘さんに、子どもができる。相手は死んでしまい・・・、さて子どもを産むか?産ませるか?
初回は、出産し、育児の初期を駆け足で描きながら、ドラマの舞台の全貌を紹介するものだった。
全体的には、暖かく前向きで好感が持てた。

私が1番、感じた場面。
さて産ませるべきか、母親が悩み、冷静さを失って、弟が付き合っていたと知っていた事を、どうして知らせなかったのかと詰問する場面の弟のセリフ。
「嬉しかったんだ。お姉ちゃんは小さいころからバカにされてばかり・・・、そして、家とセンターの往復ばかりの日々。そんなお姉ちゃんに好きな人が出来て、楽しそうにしているのを見て、嬉しかったんだ」
と言うシーン。なんか、このドラマを象徴するセリフだったかも。

今日は、ドラマ評ではありません。


前号の記事のコメント欄に、まりもさんから以下の質問がありました。

本当に素朴な質問、いいですか?
>いわゆる知的ボーダー両親
とは、どのような意味合いですか?


以下、私のコメント返し。1部、表現を変えていますが・・・。

もうお母さんは10年近く前に亡くなってるので、お父さんと関わっての印象だけですが・・・。
私の経験上、お父さんは明らかに、軽度の知的な障害があるのではないかと思われます。色々な理解や対応の仕方を見て。
これにはあくまで、責任ある「判定」や「診断」に基づく根拠はありませんが、多分、間違いなく・・・と言うところです。

社会生活を営むこと、特に子育ては、複雑な理解や判断、関係の調整・・・とにかく、高度な知的能力が必要です。昔のように、飯さえ食わせれば育つだろうと言う風には、ますます行かなくなって来ています。

お父さんは、とても真面目で大人しく優しい感じの人です。「どうしたらいいか分かりません、よろしくお願いします」と言ってます。だから、悪意は無いし、なかったのです。
しかし、先日も、家に職員が話を聞きに来ても、テレビ見ながらしか話には入れないし、次の日に娘2人を夜に送っていったときも、パチンコに行っていて10時に帰ったぐらいです。

そういう知的に障害があるか無いかの、ぎりぎりの人が結婚し、子育てしているのは、私が関わってきただけでも数件あります。
そういう親に共通しているのは、脳の器質的・機能的な障害よりも、育ちの過程で、きちんとしたしつけや訓練、教育がなされないまま育って来たのではないか、とう問題です。
かつては私は「環境精薄」と呼んでいましたが、環境因子が主な原因と考えられる知的障害者のことです。(これはまったくの私見です。そういう類型化した学説があるかもしれませんが・・・)
話がずれましたが、大体以上のようなことです。



要するに、知的障害ぎりぎりのラインの人のことです。

知的障害は、単純に数値化されるわけではありません。
ぎりぎりの人で、相談に行って公的機関で判定されれば「知的障害者」、判定がなければ実態がどうであれいわゆる「健常者」です。

そして後者は、ほぼ決まって貧困層です。
そういう相談機関や制度があることを知らなかった人たちです。
社会から放置されたところで、そういう障害が再生産されているのです。
これまた共通して、近所付き合い、親戚付き合いが希薄です。
支援や助け合いのない、孤立したところで障害が、世代にわたり再生産されていると言ってもいいでしょう。

ついでに「多産」傾向も、事実です。4人ぐらい。
生活の見通しが立てられない、その日暮ですから、計画出産など出来ないのです。
それ以前に、排卵、妊娠の知識も十分ではないでしょう、多分。
「自然」に、「原因」があっただけ「結果」が、生まれてきたのです。
殆どの場合、兄弟皆、同様の傾向にあります。

私がこれまで関わったのは、「知的に単純な遅れがある」障害でしたが、ヒロコの場合は「心」の変容にまで及んで複雑になってしまっていると言うことです。
ここにまた難しさがあります。

見てきた通り、知的障害者出産・子育ては、大変な問題を含む課題です。
本人の困難だけでなく、新たな障害と人権侵害を生み出す危険があるのです。
しかし、「生む権利」「育てる権利」は、否定されるべきではないと思います。
そこで必要なのが、その権利を守り、新しい命と共にどう支援していくのか。


ドラマに戻りましょうか。
このドラマは、第1回目から、母親や家族、隣人達の温かい支援だけではなく、
行政の関わりを、存在感ある女優さん(名前は忘れたが、あの役はハマリ役だと思う)の演技で、1本の糸として入れている。
ここにこのドラマの評価、テーマの社会性やリアリティーの行方がかかっていると思います。

・・・で、私は、観たいような観たくないような・・・です。
私にとっては、リアル過ぎ。
娘の将来を思ったり、仕事柄でもあったり・・・ちょっと、重すぎて、避けて通りたいような・・・。


追記
私は、仲間達と関係を作る時、小さなことを頼むことにしている。
誰だって人に物を頼まれたら、嬉しいに決まっている、と言う独断の元に。
給食を食べ終わり、「誰か俺んと、片付けてくれる人~?」
ヒロコが、にこーっとして手を小さく挙げた。「よし!頼むね」
作業にも入れ、みんなと食べて・・・好調。
今のところは、ね。

・・・頼まれなくて、残念がるドナタサンには、今度頼もう。

テレビを見ても、ひとこと言うわないかん性格。ちょっといやらしいかも。
すんまっしぇんが、ポチッと二押し頼んます。

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2008.01.18 | | Comments(6) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.260 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(3)

皆さん、こんにちわ。
お付き合いありがとうございます。「浪花節的人間論」もこれで、終わるようにしたいと思います。

ナンディがあの3万年前の時代に、重い障害を持ちながら、天寿を全うすることが出来たのはナンディ?

学生たちは、いろいろと面白い答えを披露してくれます。
「彼はシャーマンで、群れにとって重要な役割を持った存在であった」、なるほど。
こらは学説でも言われていますね。
「ひょっとこ」は、実は障害者の「火男」で、仲間が狩に出かけた時も夜も、火を守り重要な役割を持っていたともよく聞きますね。常識的でまともな理解と言えるでしょう。
間違いじゃないでしょうね。

中には「彼はボスの娘の彼氏だった」という、ユニークな答えを見つけた女学生もいました。
だから、特別に食料を貰えたと。・・・彼女は、恋愛中で大切な恋人のことが浮かんだのかもしれませんね。それも有り、かも知れません。

でも私の「浪花節」では、これらの説は物足りません。
「シャーマン」とか「火男」とか、群れにとって功利的に役に立たなかったら、生存できなかったことを、認めたくないからです。
だったら、現代の新自由主義的なマイナスの人間像でしかあり得ません。
そうなれば、ナンディが生きられたのは、偶然でしかあり得なくなります。

私は次の様に考えたくなります。
彼の個人的な力を超えた力が、彼の生存を保障したと言うことではないでしょうか?それは、「群れの力」「集団の力」「社会の力」と言えるのではないでしょうか・
私たち(人類)の先輩は、「個の生存競争」を抜け出し「群れ的・社会的共存」により、生存する人間へと進化していたのではないか。・・・と思うのです。

つまり、ありきたりの言葉で言えば、弱肉強食の掟から自らを解放し、「相互扶助、共同と連帯」のもとに、ともに生きる存在として、私たちの先輩は、動物の群れから袂を分かち、人間としてこの地上にその1歩を記したのではないか。そこに人間らしさの本質があるのではないかと思うのです。そしてそこにこそ進化の壮大な未来が見えたのではないか?と。

「浪花節」は、次にナンディよりもはるか遠い先輩たちのことを、ネタにしてみます。
もっと昔、先輩たちは樹上生活をいていました。
仲間も増え、もっと多様で多くの食料を必要として、木の上から降りてきました。
種を守る動物本能には変わりありません。
しかし、地上には、トラやライオンや、他にも動物学的にははるかに優れた能力を持つ強いものたちが、それぞれの生存をかけて生きていました。

「やべぇ!負けちゃうよ・・・」
そこで先輩たちは、ライオンに勝つために牙をむき、つめを研ぐことをしたでしょうか?
チータより早く走る訓練をしたでしょうか?
彼らは、自分たちのそのままの姿を受け入れ、
「俺たちは弱いんだ、・・・だからこそ助け合い知恵を磨こう。そしてともに助け合って生きていこう」と考えたのだと思う。
そのDNA(遺伝学的意味ではなく、俗に世代から世代に、歴史的文化的に伝わるの意)が、また数十万年も受け継がれながら、ナンディたちに引き継がれたのだ。

ここに、人間が誕生したのだ。人間が!
浪花節ではあるが、これは結構正しいと思うのです。

さて、そろそろまとめです。
こうして見てくると、福祉や介護といった仕事は、人間の発生とともに存在し、すこぶる人間的な仕事であって、近代から現代にかけて、人間が「人間らしさを自覚的に発揮する営み」を、改めてその社会の発展段階にふさわしく、社会的に組み立てた制度であり、労働であり、事業だと言うことではないでしょうか。

新自由主義が、資本の経済効率と利潤追求を、国家政策として展開する中で、福祉や社会保障が目の敵にされ、破壊されてきています。
新自由主義の、非人間的本質のあらわれであると思います。

福祉に働く皆さん、それを必要とする皆さん。読者の皆さん。
福祉の仕事は、目の前の「生きることの困難」を抱えた人々の支援だけで終わるような、そんな狭いものではなく、そのことを通して、人間らしさを取り戻し、その未来を切り開く仕事だと言うことです。
ドンと構えて、国民と手をとり、前に進みましょう。

当面の最大の障壁は、新自由主義とこれを信奉し推し進める、自公政権
次の選挙で、奴らを政権から引き摺り下ろすこと。

このエントリーは是非、NO.258     NO.259 とあわせてお読みください。

私のほんとの「浪花節的解釈」は・・・ほんとに「浪花節」なんだが・・・
ちょっと恥ずかしいが、続きを、どうぞ.  ア、なんか続きは下のバナーの下からみたい。



「続きを読む」と言う設定にしたかったけど(もったいぶって)・・・、なんか、アップしてみたら不自然だったから、このページで、長いけど、是非読んでください!

やはりナンディは、仲間たちにとって必要な存在であったのですよ。

俺って田舎っぺで、都会の高校に進学したとき、モテないのは勿論、女の子と話したこともなかったなあ。
ある日、友達のうちに遊びに行って、食事をご馳走になった。
そのお母さんが、俺の食いっぷりを見て、
「友さん、気持ち良いねえ、この食べっぷり。嬉しいわア。作った甲斐があるわあ」ってね。
モテる話は関係ないけど、俺も人を喜ばすことが出来るんだって、思って嬉しかったわけよ。

ナンディは、そりゃ彼なりに口と左手を使い、仲間たちと出来ることはがんばったろう。
でもナンディは、もっと仲間たちのためになることがあったんだ。

それは、食いっぷり!
彼は、仲間が苦労してとってきた食料を分けてもらうと、本当に嬉しそうに、うまそうに食ったんだと思う。
それを見た仲間たちは、嬉しかったんだね。
「俺たちが苦労して獲ってきたものを、ナンディの奴、あんなにうまそうに食ってくれる」って。

だからみんな、どんなにきつくても、大変でも頑張って狩や猟、採集にいそしむことが出来たんだ。
つまり、ナンディは、仲間たちに、労働の尊さ、価値を身をもって教えていたのさ。
労働は喜びをもたらし、喜びは連鎖する、と。
労働こそが、すべての富の源。
人間の活動でもっとも大切なことを、その障害を持った姿を通じて、教えていたのだよ。

それはまた、やさしさを仲間たちの心に呼び起こすことでもあった。

そしてみんな気がついたんだ。
・・・みんな違ってみんないい。
みんな自分なりの存在の意味を、人々とのつながりの中に持っている!
その価値を、見つけあい、探しあい、認め合う。それを、伝え合い、共感する。
人間はそこから始まったんじゃないかねって。

どうだ!新自由主義の人間観なんか、人類の壮大な歴史から見れば、針の一突きみたいな一瞬の資本主義の時代の、ほんの一時期に咲いた毒花って事が分かるだろう?
みんなで、毒花退治だ!

以上。浪花節の落ちでした!チャンチャン。ははは、ほんとに浪花節だよ。

長々と、お付き合いありがとうございました。学術的なしっかりしたものも書けると良いんですがぁ・・・
じつりょくが・・ね。ま、「友さん節」って事で、
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2008.01.15 | | Comments(10) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

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プロフィール

友さん

Author:友さん
軟弱オヤジの「硬派道場」へ、ようこそ。障害者作業所所長やってます。福祉や政治、日々の思いを気ままに…。
コメント、TB、リンク歓迎。お茶やお酒はセルフでごゆっくり。
なお、気が弱いので「道場破り」はお断り。
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