NO.235 今頃どうしているだろう。・・・信くんのこと(4)・・・ 陶友の歩みと出会い(30)。

大晦日です。この冬1番の寒波です。
裏山の背振山が、薄く雪をかぶっています。



人を探しています。こちらをどうぞ→岩田和輝君捜索願
横浜市の障害を持った12歳の少年です。早く見つかりますように。



信君のことについては、今年のうちにまとめておきたい。
       これまでのことはこちら過去ログを参照。
信君は、私の助手として陶芸教室のお世話をしたり、仲間達のお兄さん的役割を果たしたり、自分のろくろの修行をしたりと、それまでとは違う立場で参加する日々を送っていた。

ところが、お父さんの退職を機に又新しい選択が求められた。
父親は退職して、郷里の雲仙に戻り農業をするという。
そこで、信君も一緒に行き、農業を手伝う傍ら、陶芸を続けることになった。
本人もさんざん悩み、親御さんも私たちも悩みながら話し合いを重ねた。

今の形でゆっくりと次の一歩を探ろうという私の思い。
親御さんや本人の不安・・・。

どうしようもなく先の一歩が見えないときも、踏み出さなければならない時がある。
生身で生きていくと言うことはそう言うことである。
98年の3月を限りに、彼は陶友をやめて父親とともに雲仙に引っ越した。

その年の10月、仲間の旅行は「雲仙島原方面」に決まった。
仲間達が決めたのだが、職員のかなり意識的な「誘導」もあった。

信君に会いに行こう、である。
優しい彼は、仲間達にも慕われていた。
たまたま、もう一人無認可時代の仲間N君も、島原に転居していたので、2人の友への再会の旅と言うことになった。

後ろに普賢岳、眼下に不知火海、山の中腹ののどかなところであった。
日焼けした彼は、いくらかたくましく成ったように見えた。
古い家で、みんなでお茶をいただき、あの何とか豆腐(名前を思い出せない、つるんとして美味しいあの豆腐、なんだったっけ?)をいただき、休憩を取った。
敷地の奥には、小さな窯が据え付けられていて、ろくろがあった。
細々とながら、ろくろをひきながら暮らしている様子が、切なかった。

陶芸が好きでも、唯ろくろをひけば満足できる物ではない。
そういう自分をどう社会と結びつけていくことが出来るか。
陶芸教室もしているが、田舎なので・・・」と彼なりに頑張ってはいる。
しかし、彼の技量と田舎という条件は、その先をなかなか見せてはくれないだろう。
そう思うと 切なかった。

彼は、気遣ってくれたのだろう、案内をかねて、1日付き合ってくれた。
手元に写真がある。
雲仙の温泉の湯煙をバックにした、その時の集合写真。
信君はぽつんと後ろにいる。仲間の顔ではない。
寂しそうに、不安そうに、静かに立っている。
空気が違う写真を後で合成したかのようだ。

その後は、陶友時代に、彼の十八番で売れ筋だった作品を、こちらから発注し少しでもお金に換えてあげれるようにしたりしながら、細々としたつきあいが続いた。
時々、あの美味しい何とか豆腐や、特産のジャガイモを送ってもらったこともあった。

去る者日々に疎し、である。
殆ど音信もなくなった。

先日、数年ぶりに、発注の電話を入れた。
お母さんが「今はもう、陶芸はしてません。」という。
?・?
「愛知に行って季節工で働いている」という。
自動車関連の日雇い労働をしているそうだ。
社員を派遣に切り替え、下請け孫請けを支配することで、世界のトップに踊りでたあの自動車会社の関連だ。

仕事があるとはいえ、明日をも見えない「ワーキングプア」として、彼は働き、生きている。

世の中という物はなんと過酷なのだろう。

信君の日々に、笑顔はあるのだろうか?
明日という、希望はあるのだろうか?
友達はいるのだろうか?

明日がなければ、人間らしく生きることができない。」
「ひとりぽっちでは、人間らしく生きることができない。」

人間発達研究所の田中昌人はこのように述べている。
       関心のある方はこちら→過去ログ「人間らしさについて考える」をお参照。
先日の陶友祭には、お母さんがわざわざ、挨拶に来てくれた。一升瓶を下げて。
信君は、この年の瀬をどこで、どんな思いで迎えているのだろうか。
寒さが身にしみる。


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2007.12.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.227 私の助手として・・・信君のこと(3)・・・陶友の歩みと出会い(29)

信君のこと(3)

私は、事を具体的に進めた。
正式に、雇用形態は取れませんが、「俺の助手ということでどうか?手当ては月5万円。」
「仕事はこれまで通りに自由に作品つくりをしていいが、
陶芸教室の指導に入ることと、陶芸班の仲間の朝礼終礼などを援助すること。」

知的な障害のない彼には、色々とこざこざした用事も頼むことが出来た。
彼は「お兄さん」的に仲間たちと関わるようになった。
陶芸教室は当時週に2コマ、水曜は昼間だが、木曜日は夜9時までで、帰り着くのは10時半になった。

ただの居候敵存在ではなくなり、彼は、日に日に明るくなっていった。
教室の人に教えながら、人と関わることも増え、そう言う面でも彼は自信を深めていった。
作品つくりの方も、当時陶芸のボランティアで来ていたT氏にお願いして、本格的に轆轤(ロクロ)を教えてもらっていた。
そうこうしながら、信君は見違えるように、落ち着いていった。

問題の手当てだが、5万円は陶芸教室の受講料収入から出すことが出来た。
信くんが、陶芸教室の有償の講師という事だ。
これは、施設会計とは別で、応援団の事業活動の一環だったので、そういう自由な支出が可能だった。

陶芸教室に関わることは、彼の精神衛生上も特にいいいい効果をもたらしたようだった。
普通に人と一緒に活動をし、交流する。
教室の人たちにも事情は理解してもらっていたので、優しくしてもらった。
ロクロの腕も日増しに上達していた。
このまましばらく進めば、精神的にも安定し、力もつけ(特に対人関係の)、就職に挑戦する日も来るだろうと、私は安堵していた。

・・・しかし、問題はそう易々とは片付いてはくれない。
一歩進めば、また新しい景色が見え、また新しいがあります。
次の課題がそびえていました。


話しは横道にそれますが、陶芸教室の話なのでついでに。
陶芸教室は、今は細々ですが・・・。
当時は気合を入れてやってました。(いや、今いい加減ということはないと思いますが・・)

地域の子どもたちや、PTAのお母さんたち、色々な団体のレクレーションなど、
結構にぎわっていました。
それは施設の地域開放と交流のための役割と共に、
貴重な自主財源つくりの活動でした。
建設費のうち、社会福祉協議会に借りた500万円とその利子は、
10年かかって、この教室の受講料収入できっちり完済出来ました。
借金からは解放されました!

ひかり後援会や法人に頼らずに、作業所の資源を活用して自力で返済できたことは、気分的にかなりスッキリしたものがあります。
(この自力返済ことは、法人や関係者の中でも余り関心ももたれず、知られていないと思います。金がない金がないと言えば、知られますが・・・。だからスッキリ・・・かな?)



なかなか思うようには行かないものです。信くんはどうしても止めなければならなくなり、次はお別れについて書きます。・・・ ポチッと応援して下さい。

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2007.12.25 | | Comments(8) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.225 稼げずに親に迷惑掛けているという、重さ・・・信くんのこと(2)・・・陶友の歩みと出会い(28)

信君のこと(2)

何のことはない・・・気を使って、肩身が狭かったのです。正式な利用者じゃないのに・・・と。
いや、本人にとっては重大なことです。
「いいじゃない。給食代は払ってるし、手伝ってもらってるんだから・・・」
なかなか納得してくれません。

何のことは無いなどとは、浅はかな私の読みでした。
ことはそう単純ではありませんでした。
「いつまでも稼げずに、家族迷惑をかけている」ということこそが、大きな問題でした。
・・・そんなこと言ったって、就職できないんだから仕方ないだろう・・・なんて言えないもんな。

そこでまた、相談しました。
親御さんは、とてもまじめで一生懸命で、「そんなことは考えなくてもいい、好きな陶芸を楽しくゆっくりやればいいじゃないか」と言いますが、本人にとってはそう言うわけには行かないのです。
30過ぎて、親に寄りかかり・・・そういう自分を受け入れきれないのです。
みんな、そういう自分に又悩み、堂々巡りをしてしまうのだと思います。
・・・どうすればいいのか?

どうすれば、信君は、その重さから解放されることが出来るのか?
これには、悩みました。
ああ、さえあれば、補助職員にでも採用という手もあるのだが、とてもじゃない。
こういう時は、ほんとにが欲しくなり恨めしくなります。
「やっぱり、世の中だよなあ」・・・。

「自分としては、大体どれぐらいあれば、とりあえず、親の世話になってるという気持ちは納まるのか?」
単刀直入に聞くしかない。
交通費(遠くから来ていたし、市外からで割引もなくそこそこの額だった)、給食代、自由になる小遣い銭・・・、なかなか自分から言い出せる立場ではなかった。

「5万だったらどうや?」こちらから言うしかなかった。・・・遠慮しながらも、それぐらいなら何とか、という事になった。
さて、何処にそんながあるんや?
彼が「世話になってる」気持ちを少しでも楽にし、自分の働きで稼いだといえるが。

は作るもの。
見通しなく「5万」なんて数字を挙げることは出来ませんから・・・。(つづく)



3行日記・2007.12.23(日)
寝袋での2泊を終え、残りの蕎麦を打ち、だらだらと夕方帰宅。長女と三女のために蕎麦をゆでる。「久しぶり!」と喜ぶ。残りは夜勤明けの次女用。おっかあと四女は実家。「M1グランプリ」観ながらうとうと。娘たちは好きなようだ。一人で飲む気もせず、もう寝るわ。


「世の中だよなあ」と思うことってありますか?・・・ ポチッと応援して下さい。

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2007.12.23 | | Comments(3) | Trackback(1) | ・陶友の歩みと出会い

NO.222 縦割り行政の犠牲・・・信君のこと(1)・・・陶友の歩みと出会い(27)

歴史(27)

ここで、信君(仮名)のことに触れておかなければなりません。
彼は無認可の2年目の途中から仲間になりました。
精神障害の30歳代の青年です。知的障害はありません。
細かな診断名については不明でしたが、比較的軽い統合失調症うつのようでした。

服薬しながら、コントロールに努めていました。
就職に失敗して、家にいましたが、「陶芸を習いたい」と、陶友に来ました。
絵も好きだといっていました。

おとなしく控えめでしたが、仲間たちとも仲良くやってくれました。
当時、認可施設に移行するということは、「知的障害」がないと、利用できなくなるということでした。
縦割り行政の犠牲です。
(現在の自立支援法では、障害種別は問われませんが、当時は、種別の施設でしたから。だからと言って自立支援法が良いという事ではありません。同法については、応益負担が本質的な問題です。私の基本的な考えはこちらを参照下さい。→過去ログ「応益負担は許さない!(1)(2)」)

ほんとに黙々と一人で作るのが好きな青年でした。
認可になると「僕はやめなければならないのか?」彼は悩みました。
そのまま打ち明けて相談してくればよかったのですが、一人で抱え込んでしまっていました。
調子が悪く暗い日が続き、やっとそのことに気がつきました。

どうしたらいいのか?
制度的には、利用は出来ないのです。
制度が無いからと、切る事は出来ません。
必要と求められ、一緒にやってきたのです。
そこで私は、「ボランティアで手伝いに来る」という形にして、これまで通りに陶友に来られるように提案し、了解を貰い、来られるようにしました。

新築開所の最初の頃は、それで、特に問題もなく過ぎました。
しかし、だんだん作業所が落ち着くに従って、また彼の調子が悪くなって来ました。
お母さんに聞いても、どうも原因がよく解りません。思い当たらないというのです。
思い切って正面突破、直接聞き出すことにしました。

聞いてみれば、成る程です。又次には次の課題があるものです。(つづく)



3行日記・2007.12.21(金)
今年最後の窯詰め完了。雨のため、バイクで帰るのは・・・と思いつつ、陶友通信版下つくり。年内には届けられる、安堵。が、バスもなくなり、諦めて今日は泊まり。明日は本焼きしながら蕎麦うち忘年会。40人は来るかな?飲み過ぎないように固く決意!


冬の雨には珍しくしとしと しとしと降ってます。・・・ ポチッと応援して下さい。



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2007.12.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.220 前途洋洋?・・・陶友の歩みと出会い(26)

歴史(26)

希望に満ちた船出、前途洋々?
毎日楽しく土こねて・・・、人間そんなにおめでたく単純ではありません。

仲間15人。少ないようですが・・・。
作業は陶芸だけでしたので、はっきり言って上手く行きませんでした。
作業がというより、仲間関係が。
それまで無認可の頃は、少人数に加え、陶芸の経験があるし、仲間たちはそれぞれのかかわりあい方、お互いの距離・・・さまざまな面で、落ち着き、それぞれの居場所、立居地を「完成」させていました。
集団が安定していたのです。

一人迎え、関係を作り、また一人迎え・・・でしたから、無理なく受け入れながら、自分たちの関係を作って来られたのでした。

しかし今度は、一気に倍近くになります。
これまでの集団は、この変化に対応できず、グッチャグチャ!の「無政府状態」になって行きました。
「○○さんがうるさくて、集中できない」
「XXさんが、私に・・・言うからいや」
「○が、だれそれにプレゼントして、僕にはくれない」
「だれそれがおるけん、気に食わん、やめて欲しい」
・・・物言える仲間も、いえない仲間も・・・。

毎日毎日トラブルばかり。
(え〜くそ!うるさか、バカチンどもが!)
あの楽しかった無認可時代がなつかしく、疲れる毎日が続きました。
個人的には、精神的に最も重苦しいい数年が始まったのです。

容れ物の美しさとは逆に、中身は、最低。
・・・こんな筈ではなかったのに、なあ。
(怒りとばして、管理すれば納めるのは、表面上は簡単だが・・・)

「家が人を作る」?・・・つくらなければ。

お互い顔を合わせて日が短いこと。
作業集団が1つであること。
空間が1つであること。
そもそも作業になじみきれないこと・・・。
・・・。

原因は、単純ではありません。
先ずは仲間たちの小集団化をすすめること、新しい作業を開拓すること。
試行が続きます。



3行日記・2007.12.20(木)
平凡な1日。仲間達は、忘年会の件で喧々諤々。結局、買出しをして陶友でやるらしい。福祉保育労時代の知人来る。保育士辞めて、又職探しとの事。40代後半、大変だ。子育ての事で話し弾む。いずこも親は大変。ありがとう、又来てね、Kさん。ヒロコも穏やか。


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2007.12.21 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・陶友の歩みと出会い

NO.215 「陶友通信」は、ラブレター。・・・陶友の歩みと出会い(25)

歴史(25)

資金つくりではホントに苦労しましたが・・・。

1円たりといえども、貴重な支えです。貴重な出会いです。
大事なのは金額ではなく気持ちです。
「お一人お一人、この気持ちに応える。」

つながりのきっかけを大事にし、もっとつながりを深めたい。
仲間たちのことをもっと知って欲しい。見守り続けてほしい。
名簿化された人たちに「その後」をきちんと報告するように、「陶友通信」を発行しています。
現在ダイレクトメールで2400部ぐらい。地域配布も含めて3000部印刷しています。
お金はかかりますが、「結ぶ大切なものです。

参考までに「陶友通信」は、こんなものです。

近いうちに、バックナンバー全てをUPする予定です。
この通信が、その後の陶友の歩みにとっても、大きなになりました。
設備改善とか増築とか、資金つくりの面でも、気持ちの面でも。
後に増築の必要があり、通信だけで呼びかけてお願いして、
4ヶ月で350万円以上の募金を、読者の皆さんから寄せていただいたこともあります。

仲間たちのことを知ってもらうこと。
とにかく知ってもらい、を貸してもらおうと、発行を続けてきました。

私は、書くことが好きです。
上手くなりませんが・・・。ほんとは手書きのほうが好きなんですが。

若い職員たちには、とにかく書くように言ってるんです・・・。
書くことを通じて、自分の考えや理解が整理される。
増してや、伝えることを前提にした文章は、である。
その際、「相手を具体的に想像して書くこと」・・・一般的な読者じゃなくて、友達でも誰でも、「このことを、あの人に」知って欲しいと思って書くこと。

「ラブレターを書くつもりで書かないかん。
ただ書けばいいというものじゃいかん。
ラブレターは、その手紙で相手のをつかまないと、意味ないだろう?」と。

(あれ?最近は恋もメール?味気ないよな。俺、メールなんかは、「わかった」とか「ok」
とかだけで「もっと色気のあるメール打て」なんて言われてるけど・・・、もっとも、メールも電話もケータイには1日1本ぐらいしか来ないけどぉ。(ははは)




「陶友通信」、これからもを込めて、発行していきます。
ブログ読者の皆さんも、今後発行するたびにブログで紹介しますので、
どうぞ、ご愛読下さい。今日もポチッとよろしくお願いします。



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2007.12.19 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.212 「家は人が作る、が、また家は 人を作る」・・・陶友の歩みと出会い(24)

歴史24・認可

建物つくりが終点ではありません。それは新たな始まり

が作る、が、またを作る」

建築佐藤千澄氏のつくり哲学です。
後日、氏は
「この建物に変わって、仲間たちが良く会話し明るくなってきたみたいで、僕は嬉しいねえ。ここで愛情を持って過ごし、是非みんなそれぞれに成功して欲しいな。」といわれました。

「ひかりと出会って6年。ひかりの仲間たちに出会ってから、僕は、に対して自分を素直に出せるようになった気がするんだ。それが自分の生や仕事にプラスになっているような気がする。だから仲間たちのことをたくさんのに知って欲しいんだ。」

・・・その後も、佐藤さんはたくさんのを陶友に連れてきてくださいます。
そして、今も陶友応援団「ゆうゆう」の団長として、ご多忙な中で、陶友と仲間達を支えてくださっています。


さて、いよいよこれからです。
仲間15、職員6の、小さな小さな作業所が、
「日本一の作業所」をめざして、再出発です。

4月6日、仲間、族、職員だけの入所式。
4月14,15日と2日に分け、落成式典と祝う会。

資金つくりも大変でしたが、実は、所長としてはこれからが・・・。
新しい仲間たちを、どう迎え支えて行くのか。
いよいよ本番の「苦闘の日々」が待ってました。


ちょっと、余談ですが・・・
陶友の囲炉裏の横の戸袋には、一升瓶を立てて入れるところがあるんよ。床なしで地面までの。設計段階で、佐藤さんと一番先に「合意」したところ。
「たくさんが集まったら・・・やっぱり・・・」なんて。あとから、「工房よりも、酒房か居酒屋作りたかったんじゃない?」と言われてますが・・・。(ははは)
ちょっと、見に来てんしゃい。「アホが何ば考えとっとや!」って怒られるかも・・・。

すべては、陶友の発展のために。すべては、仲間達のために。
私もも飲めない酒を、努力して段々と飲める様になって行くのでありました。(?)



おい。クリ、りょうこ。この苦難創造の事業、感動のドラマに、なんかコメントぐらい書かんか。
この忙しかとに、お前達のために書いとるようなもんや。ちゃんと、歴史を学んで感想を。次代を担う覚悟はあるとな。さびしかやんか。このエントリーには、みんなノーコメントやろ。
・・・一般読者の皆さんには、内輪の話で申し訳ありまっしぇん!お聞き逃しくださいませ。
ついでに、ポチッていただければ、いと嬉。です。



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2007.12.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.209 いよいよ落成 。いや、「料亭」ではありませんよ。・・・ 陶友の歩みと出会い(23)


歴史(23)分場時代へ。

また、陶友の歩みについて書いていきます。これまでの分はこちらです。→「陶友の歩みと出会い」

1月28日の上棟式以来、工事も資金つくりも順調に運びました。
そして、1995年3月末には完成引渡しが行われ、引越し作業を経て、
4月1日、「ひかり作業所 分場 工房 陶友」として、新たなスタートを切ることが出来たのです。

総額2720万円に上る事業でした。
わずか1年足らずで資金つくりも達成することが出来ました。
Tシャツ販売やバザー、コンサートなどでの収益が500万円、社会福祉協議会からの借金が500万、一般からの募金は名簿化されただけで1700件以上でなんと、1720万円!

「お金がないという人と契約したのは初めてだ」という佐藤さんにも悠工房さんにも、
約束通り期日までに支払いを完了することが出来ました。
・・・ほっとしました。

当時の陶友通信は、新しい作業所を次のように紹介しています。

欅のシンボルツリーのある駐車場から、木造瓦葺、漆喰の白壁のすっきりと落ち着いたたたずまいが望めます。明かり窓越しに天井の梁が見えます。格子窓が表情を優しく引き締めます。

スロープを上がって、広い寄付きから玄関の引き戸を開けると、そこは作品展示室と食堂、奥には厨房。
右手には囲炉裏を囲む談話室と作品展示コーナー。
三和土(タタキ)の土間を右奥に進むと作業室とまたその奥には窯をすえた焼成室。
作業室の表は、広いひさしの下にバンコを置いたピロティー。

食堂から裸階段を上がると、2階は職員事務室、更衣室等のスペース。勿論トイレは1回にも2回にも男女別々にあります。
天井、壁がなく、空間は吹き抜けて自由につながりあっています。
たくさんの窓がすがすがしい風を呼び込み、天窓からは障子を通してやわらかな光が降り注ぐ・・・そして木の香りが一杯。

みなさん、「料亭みたい。」と言います。
日本中探しても、こんな「障害者施設」はないでしょう。



仲間たちの願い、職員の想い、多くの人たちの共感と支えが、一つの形になりました。
「本物」の形です。



お陰様では作りました。さて次は、を入れる仕事です。
中身つくりの仕事は、これはまた大変なエネルギーを必要とするものでした。
次をお楽しみに、どうぞ、ポチッとお願いします。よろしければコメントも。



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2007.12.17 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.195 汚名返上?・・・佐藤さんとの出会い、裏話。

思い返せば、冷や汗物でした。

佐藤さんは、出会ってから、私をいろいろな人に紹介してくださいました。
私は気持ちはありましたが、まだ若くて人脈が・・・。

私が福岡市の美術展で、市長賞をもらった時は、お祝いのパーティーを開いてくださいました。
佐藤さんの知り合いの方たちに呼びかけて、ですよ。
殆ど知らない人たちばかり・・・。3〜40人ほど。
私を紹介するために、わざわざ。
当日は鹿児島で仕事があったのに、とんぼ返りで帰って来て、主催してくださいました。
恐縮するばかりでした。

そのうち、主だった方を10人ほど集めた飲み会に招待されました。
この席が良くなかった。
ライオンズクラブの会長や、中小企業家同友会の支部長を経験された佐藤さんの、もっとも親しい人たちに紹介していただく場だったのだが・・・。
皆さん、一回り上の方たちばかり。
緊張恐縮で、ちょっとネガティブな発言をしてしまって・・・。
がまずくなりました。

「なかなか面白い奴がいるぞ。皆で応援してやろうじゃないか。」
と呼びかけてくれた、佐藤さんの顔を潰してしまったのです。
「何や、つまらん奴じゃないか!」と。

私としては、新しい作業所建設の見通しに自信満々でもなかったし、
自分のペースではないこのような運びにも、十分に乗り切れなかったと言う事もありました。
それでも、佐藤さんの計らいで数人の人と一緒に、二次会まで誘っていただきました。

ほんとに落ち込んでしまいました。
の席って、空気の流れを変えきれないって事あるよな。
そんなにネガティブじゃなかった筈なのに、そういう方向に流れてしまった、
そうしたら修正が効かなくなって・・・って感じでしたから。

・・・しばらくして、汚名返上の機会がやって来てました。
このとき二次回に参加していた方が例のワイワイコンサートに、来られたのです。

当たりでした。

あの、楽屋裏で焼酎引っ掛けて、羞恥心を振り切り、ステージで吼えまくったパフォーマンスが受けたのです。
後で聞くと、「つまらんやつだ!」と思っていた方が、
「こいつ、なかなか面白い奴じゃないか?!」と思い直したそうです。

汚名返上です。
ほっとしました。

で失敗し、焼酎挽回!?
それから、支援の輪の再構築が急速に進められたのでした。

出会いと言うものは、不思議なものです。
それまでまったく知らなかった人たちが、障害者の作業所について関心を持つようになり、
それを、応援する取り組みに参加してくれるようになったのです。
有難い事です。

今も、このときの方たちには、折々に声をかけていただいています。



読んでいただきありがとうございました。
2つのお願い
1)よろしければ、一言でもコメント頂ければとても嬉しいです。
(右下Commentsをポチッとどうぞ。小さくて見にくいですが。)
2)沢山の人に読んで欲しくて、ブログランキングに参加中です。
おかしか話やろ?今思い返しても、冷や汗が出そうやばい。
あの時、コンサートでもなけりゃ、どげんなっとったとかいなね。
は、両刃はの刃!皆さんも、呑まれんごとね。ははは。 

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2007.12.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.192 出会いとは不思議なもので・・・陶友の歩みと出会い (その21)

無認可時代(13)

不思議でした。
なぜ佐藤さんが設計の仕事を引き受けて下さったのか。

私の認識は、設計をお願いしに行ったわけではなかったので・・・。
佐藤さんはその3年ほど前に、たまたま日曜日、新聞を読んでいたそうです。
そこにひかり共同作業所がリヤカー引きながら、廃品回収の仕事をしている記事があり、目に止まったのだそうです。

感じたことがあれば、即行動の人です。
ひかりを訪ねたそうです。
そして何か手伝えることはないかと申し出たそうです。それ以来の、ひかりとの関係です。

脂が乗った人気建築家が、
金もない名もないちいさな障害者作業所の設計に関心を持ったのは?

後で聞いたことがあります。
「感じた」のだそうです。私の話しに。
多分、金もないのに「本物が欲しい」と語る私の世間知らずなところにでしょうか。
いや、多分、仲間たちのために、いい作業所を作りたいと言う思いを、純粋に受け止めてくださったのだと思います。

「建築家として、ぜひこの仕事をしてみたいと思った。」とはっきり言って下さったのです。
その為に、予定に入っていた大事なお客さんとの仕事を延期してくださいました。

その話を聞いて、目の前の景色が変わりました。

それまで必死になって、あたかも自分がやってるかのようにお願いしていた事が、そんな事じゃないという事に気がついたのです。

肩の力が抜けて、気が楽になりました。
「そうか、俺たちがやろうとしていることは、お願いして頼むようなことじゃないんだ。」

それは、「世の中にこんなステキな取り組みがあるぞ!どうですか?参加しませんか?きっと人生楽しくなりますよ。参加するかしないかは、あなたの自由ですよ。良かったら、『この指とまれ!』」だ。
表現は、多少不謹慎ですが、そんな感覚でした。

あの一流建築家が、自分からやりたいと言ってくださったんだ。
これはそういう事だ、と。

それから鬼瓦(友さんの顔つきのこと)は、少しずつ穏やかになって行ったのだと思います。

そのころから、面白いように募金が集まりだしたのです。

思うに、勝手に責任を感じて「俺が頑張るんだ!」と張り切り、浮いていたのだと思います。
うっとうしい話です。
私の悪いところです。


この作業所作り運動は、社会的必然であり、自分がやってるなんていうのは思い上がった考え方です。
たまたまその必然・必要に気がつき、その役割を担うに至っただけのことなのです。
佐藤さんに気付かされました。
まだまだ、若すぎて謙虚さが足りません。

あの時の経験が、私と陶友建設にとって大きな転機となりました。
・・・少しは成長できたと思います。



読んでいただきありがとうございました。
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ところが、佐藤さんとの出会いは、そんなに単純な道ではなかったのです。
実は、私は、嫌われてしまった時期がありまして・・・、次回は、その辺の裏話でも・・・。

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2007.12.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.189 順調に上棟式・・・陶友の歩みと出会い (その20)

無認可時代(12)

1995年の年が明けました。
募金は1200件以上1100万円に到達していました。
あと300万円です。
暮れから明けにかけて、基礎工事、窯の据付が終わり、いよいよ木工事に入ります。

1月28日(土)
餅つきと、バーべキュウをセットにした、1000円会費の上棟祝いです。
朝から皆で餅つきをして、紅白の小餅を5円玉と共に袋につめて、お祝いの餅まき。
お母さんたちが準備した豚汁バーべキュウで腹いっぱい。
3時から,伝照寺住職に仏式のおつとめをしていただき、工事関係者の流儀で工事の安全を祈願。
住職の計らいで神仏折衷の上棟式となりました。

木造瓦葺、漆喰の白壁、三和土(たたき)の土間。
梁が見える天井。風が吹き抜ける大きな開口部、たっぷりの光、・・・囲炉裏を囲む談話室。

「風が吹き抜ける。
人びとが交わりあう
認め合う人々の中で、仲間が輝く。
新しい、出会いと創造の空間。」


・・・関係者約80名。皆が、出来上がりを想像しました。

2月にはいると、職員の募集、新規利用者の体験実習などを経て、末にはほぼ新しいメンバーが決まりました。
時々仲間たちも現場に入り、木の切れ端や材料のくずを片付けたり、一緒に豚汁を作ってお昼をしたり、職人さんたちとも親しくなることが出来ました。
「一緒に作ろう。」 
これは、悠工房ミナトさんからの呼びかけでもありました。

二月中旬には、募金は1500名を越える方たちから集まり、2次目標の1400万に到達しました。

2400万揃いました!

いい加減に見積もったわけではありませんが、設備関係を洗いなおし、外構工事も追加するとまだ数百万円足りません。
最後の勢いを付けることになりました。

資金つくりの初期、募金が伸び悩み、苦しい時がありました。

当時、私の顔は苦痛で鬼瓦になり、一生懸命になればなるほど、募金者は引いてしまいました。
「敵は内にあり」でした。

変わったきっかけは、佐藤さんとの出会いです。なぜ「鬼瓦」を卒業できたのか・・・、次回は、そこら辺について書きたいと思います。



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思いも寄らない広がりを見せ、募金活動は順調に進み、
上棟式は、最後のゴールへ向けての「決起」の場となりました。 

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2007.12.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.187 基本設計まとまる、募金目標1400万へ引き上げ。・・・陶友の歩みと出会い・・・NO.19

無認可時代(11)

11月になると基本設計が出来上がりました。
早速、模型も作って頂きました。本格木造の工房のイメージが浮かびます。

の境内を通り抜けてくる風
大地と樹々にふれた
清清しい風

何にも邪魔されない
そのままの風がほしい

よどみなく吹き抜けていく風を
又、お隣にあげられるように


佐藤さんの思いが添えられていました。

木造の施設?
見たことも聞いたこともありませんが、法律には木造ではいけないとはありませんでした。
調べて安心したものです。

いよいよ3月末の竣工目指して、12月には着工です。
図面と模型が載せられないのは残念ですが・・・。

イメージが湧く資料を作り直して、募金活動に力が入ります。
見積もりが正式に出て、「総工費2400万円」。
募金目標を1000万から1400万へ引き上げました。

「『今はお金がありません。引渡しの時までには作ります。』と言う人と契約したのは、初めてだ。」とは、佐藤さん。
工事を請け負ってくださった「悠工房」さん。
しっかり資金を作り、心置きなく働いてもらわなければなりません。

12月着工の頃には、募金は700万に到達し、「後700万!」になりました。
仲間たちは、着工の初期にはスコップもって、整地の手伝い(殆ど邪魔だったんだろうけど、気持ちよく参加させてもらいました。)・・・その後は、おの本堂を借りて、生協のカタログの帳合作業など、色々試みながら・・・。

コンテナハウスの事務所では、募金のお願いの発送、集計、お礼状の発送など、あわただしく日が流れていきました。

毎日30万から50万の募金が、振込みや現金書留で届けられたのでした。

この間、ライオンズクラブや中小企業同友会の皆さんなどが、合同の野焼きと作品展を取り組んでくださったり、色々と話題つくりのため知恵と力を出してくれました。

「いったい何処から、これだけの募金が・・・!」嬉しいと同時に、気が引き締まったものです。



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このシリーズは、後進のために書いてます。関心のない方には面白くないでしょうが・・・、
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2007.12.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.185 「人間創造空間」創りへ・・・陶友の歩みと出会い NO.18

陶友祭のご案内です。

いよいよです。12月8日(土) 10:00〜16:00 場所はこちらです
どうぞ お越しください。




無認可時代(10)

こうした出会いを通じて、佐藤さんが正式に設計をして下さる事になりました。
来年の4月開所に向けて、逆算で「工程表」が作られました。急がなければなりません。
佐藤さんの仕事は、「家つくりは年間4軒」と聞きました。
それ以上はいい仕事が出来ないそうです。
そして沢山のお客さんを4,5年先まで待たせていたそうです。
そんな中に、陶友の新工房つくりを入れて下さったのです。

ここで佐藤さんの紹介です。→こんな方です!現在は、久留米市田主丸町に引っ越されています。

それから何回も何回も、図面を持ってきて打ち合わせを繰り返しました。

その間も、募金集めは続きます。

「・・・2000万円と言う金額は、私たちにとっては見たこともなく、不安がないわけではありませんが・・・。
しかし、障害があろうとなかろうと、たった一つ、一度だけのかけがえのない人生。
あらゆる可能性に挑戦し、新しい仕事と生活を切り開く次のステージをどうしても!と言う切なる思いで・・・。(略)

独立した一つの人格として生きる。
それは様々な社会的な支えを必要としつつも、自分と自分の人生を肯定的に捉えられる生き方をすることであり、自分を大切に思い好きになっていく・・・そう、一人の人間として誇りを持って生きていくことじゃないかと思います。

仲間たちが限りなく自己信頼を深めて、その人生を歩いていけるように。
そして、私たちもそのかかわりの中で共に学びあいながら、誇りを持って生きていけるように・・・。
新しい作業所作り、それは、新しい『人間創造空間』作りです。
皆様の絶大なご支援をよろしくお願します。」



当時の、募金依頼のパンフからの引用です。
ちょと、自分の世界に入りすぎて、言葉が泳いでいるようでもありますが・・・、こんな気持ちでした。
この頃より、募金の額が徐々にに伸びだしてきます。

「あ、よびかけが心に響きだしたんだ!」確かな手ごたえを感じ始めました。



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2007.12.05 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.182   誰のための「家つくり」か?・・・陶友の歩みと出会い・・・NO.17

無認可時代(9)

陶友の歩みについて、再開します。これから週3本ぐらいアップして、早く今に追いつこうかなと思います。興味ある方はカテゴリー「陶友の歩みと出会い」を参照ください。いよいよ、1000万円募金の峰への挑戦です。


サトウさんは、ジッと考えた後「次の打ち合わせの日程を入れよう。」と提案してきました。
???次の日程を決めて、われわれは失礼しました。

帰り道3人で、
「次ってどういう事や?」
「サトウさん、設計の相談に乗ってくれるってことじゃない?」

果たして、サトウさんは自ら陶友の現場に、打ち合わせのため尋ねてこられたのでした。
8月の終わりか9月の初めごろだったか・・・、プレハブの作業所に西日が指し、うだるような暑い日でした。

汗を拭きふき、佐藤さんは仲間たちにどんな作業所が欲しいかと聞きました
彼の家つくりは、徹底して施主と話し合うところから始まります。
通常の家の場合は、100項目以上のチェックリストに基づきながら、家族一人ひとりの出身や生い立ち、暮し方、性格、趣味、癖に至るまで掴んでいくそうです。

私は、仲間たちに聞いても、彼らは主観的で一面的だし、「しょうもないんやないと?」と思っていましたが。
「トイレが欲しかです。」「着替えする所が欲しかです。」「ご飯食べるところが広かとがよかです。」・・・仲間たちは口々言います。
・・・「そげなことは、当たり前やろうもん」と、思いながら、「あーくそ暑か、早う形だけの聞き取りは終わらんかね。」・・・不謹慎にも私はそう思っていました。

そして、小脳の障害で平衡感覚がおぼつかないK君が切り出しました。
「ぼくは、段差があると歩きにくいです。靴を脱いだりするのも面倒です。外国のように靴を履いたままで、仕事も食事も出来る様にして下さい。」と。

一時間近い聞き取りが、やっと終わりました。
佐藤さんは、その部屋で唯一涼しげな、熱帯魚の水槽を見ていました。

後で佐藤さんに聞いた話。
あの空間に、熱帯魚を置いた演出のセンスが気に入ってくれたそうです。いや、小さな生き物を育てる気持ちが気に入ってくれたそうです。

もっと大事なことを聞きました。K君の話で、設計の基本構想が浮かんだと・・・。
全ての空間をオープンにして、三和土(タタキ)の土間でつなごうと。

私は、「仲間が主人公」と言い、「仲間たちの要求にこたえる作業所運営を」と言いながら、「こんな話は、どうでもよかろうもん。」と思っていました。
ところが、佐藤さんは、あの一流の建築家が、素人のしかも知的障害のある彼らから、辛抱強く、その願いを聞きだそうとしたのです。

彼の家つくり思想の原点を見た思いがしました。
誰のための「家つくりか」・・・。そこに自分の専門性を、どう提案して形にしていくのか。

「私も設計者の一人、皆さんも設計者です。一緒に設計をしましょう。」

後で、自分が恥ずかしくなりました。



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ほんとに恥ずかしい話です。バカな友さんに愛のムチを! 
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2007.12.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.149  行き詰る募金。「俺の甲斐性が悪いんじゃない!」・・・陶友の歴史(16)

無認可時代(8)

1000万円も募金を集めるのは、雲をつかむような話です。
事業のように、ここをこうすればいくらと計算できるものではありません。

お願いして回っても200万円あたりから、急激に伸びがなくなりました。
暗い日々です。訴えはだんだん重くなります。訴えが重いと、相手はもっと重くなります。
気軽に募金に応じにくくなるのです。

は自分の中にありました。
「俺が甲斐性ないから、こんなことをお願いしてるんじゃない。
この国の甲斐性が悪いからじゃないか!何で俺が頭下げなきゃいかんのか・・・」
私は、人間が出来ていないので、人に頭を下げるのが苦手なんです。

んーん。行き詰ってしまいました。
後で考えると、気持ち一つだったのですが、
そのときは必死なだけでドンドン追い詰められていきました。

そんな私を大きく変えてくれた出会いがあります。
後に陶友の設計を担当していただいた建築家サトウ氏との出会いです。
夏の盛り、いよいよ施設の設計にも着手する必要に迫られていました。

私は、一応の認可施設としての最低基準を満たすための、
ぎりぎりの設計のためのラフスケッチを作りました。
1000万円強のちょっと上等なプレハブ。作業室、事務室、トイレ、更衣室etc・・・。
とにかく、金は最小限で基準をぎりぎりでパスすればなんとかできる。
仕方がありません、それ以上は望めないのです。

法人のI氏、K氏とともに、先にひかり作業所を設計したサトウ氏を訪ねました。
サトウ氏とは初対面です。
こだわりの建築家で大変「恐い人」と聞いていました。
サトウ氏との相談の趣旨は、「この程度の建物はいくらぐらいで出来るものか?」
失礼ながら、業者との交渉の時にどのくらいの腹で行けばいいか教えてもらうと言うものでした。
楽しい話ではありません。
「1000万位の線からの交渉でしよう。」で落ち着いたのですが・・・。

私は、早く帰りたかったであろうI,K両氏のことは忘れて、サトウ氏に胸のうちを語りました。

「本当は本物の素材に囲まれた中で、土こねをさせてやりたい。
粘土という素材と合う自然の素材に囲まれたほうが、感性も豊かになりいいモノが作れると思う。
子どもと障害者には本物が必要だ。」
と言うような事を、自分を諦めさせるように、話したように記憶しています。

サトウさんは、ジッと考えた後「次の打ち合わせの日程を入れよう。」と提案してきました。
???次の日程を決めて、われわれは失礼しました。

帰り道3人で、
「次ってどういう事や?」
「サトウさん、設計の相談に乗ってくれるってことじゃない?」

果たして、サトウさんは自ら陶友の現場に、打ち合わせのため尋ねてこられたのでした。
(つづきは次回、陶友での話し合いから)



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そんな簡単に1000万円も集まるわけはない。
起死回生秘策があるのでしょうか?
内なる敵はどのように克服されるのでしょうか?
お楽しみにしていただき、

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2007.11.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.148 ロックンロールだぜ!「ワイワイコンサート」・・・陶友の歴史(15)

無認可時代(7)

資金作り事業のもう1つは、ワイワイコンサート
仲間たちの願いや思いを歌にしてステージで発表する手作りコンサートです。

第7回目は1994年8月6日、連日の猛暑と水不足が続く中、西市民センターで開催されました。この時は、陶友の資金作りが中心的に位置付けられたため、勿論ステージも目立たなければならないのですが・・・。

仲間たちからの聞き取りを繰り返しながら、作詞を試みます。誰が?もちろん職員しかいないでしょう。
ひかりグループのコンサートの歌は、正攻法、ありがちなしみじみとしたメッセージソングが主流でした。
私はどうしてもいまいち乗れませんでした。

時期は迫るし・・・、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、
「今までのイメージを破る陶友らしいもの」を目指し、ロック調の曲をイメージした詩に仕上げました。
(作詞ってほどのものではないですが)そう、なんと私が作詞したのです。
そして、芸大職員のダンナさんに見てもらい、皆が覚えやすいようにシンプルな曲をつけてもらいました。
お恥ずかしいですが、折角ですから紹介しましょう。

地獄の作業所

お日さま カンカン ギラギラ

おいらは バテバテ グロッキー

墓場の隅の プレハブの

蒸し風呂みたいな 仕事場さ

おまけに所長は 鬼ゴジラ

それでも僕らは 土こねる

それでも僕らは 夢作る

誰が名づけた 地獄の作業所


トイレも お寺の 借り物さ

ちょっと 息抜き 用足しだ

ついでに 木陰で サボろうか

それとも このまま 帰ろうか

そおっと ゴジラの 目を逃れ

それでも 僕らは 土こねる

それでも 僕らは 夢作る

誰が名づけた 地獄の作業所



4番まであるんですが・・・行きますか?
(あのね、変な話ですが、この画面、使う面積が大きいと、無駄紙使うようなものじゃないですか?
詰めて書いたほうがいいですか?って、聴いたことがあるんです。貧乏性だから。
そんなことはないそうですね。・・・と言うわけだから、折角ですので次行きます。)

楽しい 昼飯 時間だよ

ちょっと 詰めてと 誰か言う

こんなに 狭くちゃ つめられない

大きな 身体が 恨めしい

ゴジラの 胃袋 恨めしい


地獄 地獄と 言うけれど

ここは 僕らの 夢工房

心に 自由の 翼付け

想い 想いに 土こねる

ついでに ゴジラも 土こねる

だから 僕らは 土こねる

そうさ 僕らは 夢つくる

ここは 僕らの 夢工房



やっぱ、さわりだけにしときゃ良かった。
全部見せるとボロが見えるな。

仲間、職員、ボランティア総勢40名がサングラスをかけて登場し、
ロックンロールに乗って鬼ゴジラ所長が踊りだす、と言うよりも、暴れだす!

・・・ひかりのステージでは、前代未聞。大いに受けました!

「障害者が大変な中で頑張っています、応援してください」と言うお涙ちょうだいは、嫌いなんです。
「粗末な悪条件の作業所、現状を笑い飛ばしながら、皆で新しい作業所を作るぞ!」というロックののりです。

800名収容のホールは立ち見席が出る盛況で、70万円の収益で建設資金の一部を作りました。
これで事業により資金作りのほうは目途が立ちました。

さて、本命の最も困難な1000万募金です。8月末時点でやっと、140万に到達しただけでした。
並行して、設計の検討が始まっていました。(次回へつづく)



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実はコンサートのとき、飲まずにはやれないなと想い、楽屋から出て、
焼酎をこっそり飲んでいたのだ。さあ、行くぞ!って乗るまで大変で。もう40歳になってたもん。同情したら、

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2007.11.10 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.140  とにかく動き出さんといかんばい!・・・陶友の歴史(14)

無認可時代(6)

動き出すしかありません。
失うものは何も無いし、ためらう必要もありませんでした。

3年目(1994年4月)に入り、ミニ認可施設建設(ひかり作業所の分場ですが、解りにくいのでこう呼ぶことにしました)にとりかかりました。

課題は、先ず資金作り。次に施設の設計建設です。
先立つものが無ければ始まらないし、資金作りを先行させながらのとりくみです。
資金目標は2000万円。見たことも無い金額を1年間で準備しなければなりません。
勿論、陶友単独の取り組みではなく、ひかりグループ全体の取り組みとして、経験豊かなひかりのKさんとOさんが、強力に援助してくれました。


資金作りの基本方針は、
1)1000万円の市民募金、
2)500万は事業活動で作る、
3)500万円は社協からの低利融資を受ける・・・。

簡単に振り分けても、さて想像もつきません。要するにやるしかないのです。
借金は、書類を作り申し込めばいいだけですが、後の二つは・・・。

事業活動の1つは、仲間たちの絵をプリントしたオリジナルTシャツの製作販売。
ひかりグループでプロジェクトチームが作られ、
全体から仲間の絵を募集し、その中から選んだものを商品化しました。
デザインに当たっては、芸大出身の職員が大いに活躍してくれました。
あらゆるつながりを生かし、協力を申し入れ、
当初100万円目標が、一夏で実に5881枚(1枚1000円)を売り、
320万円の資金を作ることが出来ました。

オリジナルTシャツは、この後数年にわたりひかりの資金作りの柱の1つになりました。
仲間たちの個性的な絵は、
人気もあり、家で飾りたいからと買いに来る人があったり、デザイナーが使いたいと尋ねてきたり・・・、
ただお願いして買ってもらうのではなく、
金額にふさわしい商品としての完成度も、売り上げを伸ばす大きな力になりました。

これは単なる商売ではありません。
障害を持つ人たちと作業所作りへの理解を広げる運動です。
Tシャツをつうじて、又新しい理解者を作っていったのです。

この成果の底辺には、
ひかりが九州で初めての作業所を作ってから20年間、いつも大事にしてきた、
地域と共に」「市民理解を」と言う取り組みの蓄積があります。

当事者が頑張るのは当然ですが、
障害者の問題は地域と社会の問題、
手をつなぎ皆が住みよい社会を作りましょうという運動として、取り組んできた一つの到達点でした。

もう1つの事業は、「ワイワイコンサート」の取り組みです。

仲間たちの思いや願いを歌にして、コンサートをして、収益を上げる取り組みです。
これも、ひかりが過去6回にわたり蓄積してきた取り組みでした。
猛暑の中の「ワイワイコンサート」は、・・・(次回に続きます)



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やるしかないとばい!仲間たちのために必要なものは創り出す。
福祉の仕事とは、創造する仕事です!

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2007.11.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.136 「質より量」へ、困難な道へ方向転換・・・陶友の歴史(13)

無認可時代(5)

1994年、3年目に突入。
仲間が増えました。長期在宅だった人、他の施設でなじまなかった人・・・。

方向転換が求められました。
「陶芸を専門的に追求し、年金とあわせたら自活が可能な収益を」という方向が妥当なのか?
個人的には、最初はそういう方向に、魅力を感じスタートしていました。

そして今思えば、技術的なものさえクリア出来れば、仲間は適性によって選別できるし、はるかに楽ではあったでしょう。
作業に没頭すればいいわけですから・・・。
焼き物と言う技術で障害者がある程度の収入を得ていると言えば社会的な注目や関心、支持も集めやすかったに違いないでしょう。

しかし、地域の障害者にとっては、とにかく行き場所が無かったのです。
社会資源(施設や作業所)が少なく在宅を余儀なくされ、地域で一人ぽっちになってしまう・・・。

当時の成人期障害者福祉は、「質より量」を求めていました。


とにかく行き場の無い人たちを受け止めよう、行き場の無い人たちの相談を断ることは出来ない。
方向を変えました。
結局、困難な道を選ぶこととなりました。


職員も増やしました。
当時の500万という福岡市の補助金では、3人の職員を抱えてはとてもやっていけませんでした。
施設設備も劣悪なままでした。トイレも無い、プレハブで寒暖に耐え難い・・・。
もっと希望する人たちが待っている・・・。

飛躍的発展が求められていました。

当時、小規模の作業所でも認可施設になる唯一の方法がありました。
運動の中で創られた「分場制度」です。
通常の施設よりも、報酬単価は低くなりますが、補助金の倍以上はあり、公費で安定的に支弁されます。

施設環境を良くし、もっと多くの希望者を受け入れ、経営を安定化するためにこの制度を利用することになりました。

そのためには、基準に見合った施設整備のために建て替えが必要になったのです。
問題は資金
どんなに安く見積もっても2000万は必要です。(こんなもの後でどんどん膨らむのだが・・・。)
年度当初から急ピッチで計画が練られました。


話は変わりますが、先日の
10,30 全国フォーラムのアピールが出てます。
自立支援法抜本改正に向け→ここをくりっく!





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困難な道を選ぶことになりました。困難があると燃えるタイプではありますが、
2000万円を超える資金をどうやって作るか!?前途は多難です。

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2007.11.02 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.134 毎週の楽しみ・・・陶友の出会い(12)

無認可時代(4)

2年目は仲間が更にふえ、4間・2.5間のプレハブを増築しました。

伝照住職が、「は死んだときに来る所じゃなくて、生きてる者が生かし合うところ」と言って、増築に理解を示して下さいました。

当時、例の大学の先生らしくないツトムチャンは、次のメッセージを下さいました。

       毎週の楽しみ

僕が始めて陶友に来たのは、去年の二月でした。奥の部屋に通され熱帯魚の水槽を前にして座ると、ふと落ち着いた気分になったのを覚えています。
それ以来僕にとって、陶友との付き合いはとても大切なものになりました。
陶友に来ると、友さんと職員がいて、仲間たちがいて、熱帯魚がいる。僕はそこで忘れかけていた「」に触れたような気がしたのです。
なんと言ったらいいか、それは仲間たちがお互いを認め合おうとする気持ちであり、焼き物や熱帯魚を育もうとするでした。

福祉や施設と言う言葉では言い表せないような、もっと尊いのつながりのようなものを感じたのです。
その意味においても、陶友の仲間たちは、とても恵まれた人たちだと思いますし、僕にとっても、陶友に出かけることが毎週の楽しみなのです。

                          陶友を勝手に消極的に見守る会 ツトムチャン


それからズーッと、ツトムチャンは、「こんちわ!元気?」と訪ねて来て応援してくれます。
あ!何かが伝わったんだ。今日も来た!
「友さん、昨日飲みに誘ったんだけど、早く帰ってたみたいですねえ」だと。


この頃、もう一人忘れてはならない人との出会いがあります。

開所間もない頃から1年半近く、火の車の作業所経理を週2回手伝ってくれた伊藤千代子(現糸島市会議員)さんです。

彼女は京都で学童保育の指導員をしていましたが、頚腕症にかかり、職業病認定の闘いに勝利した後、福岡に帰り、週2回通院しながらの闘病中でした。
私の大学時代の後輩でもあり、鹿児島の田舎出身という親しみもある人で、
精神衛生上も何かしたほうがいいだろうと、通院しながら作業所を手伝ってくれることになりました。

メガネの奥の細い目で仲間たちを優しく見守り、所長をおだてて尻を叩いたり、鋭く打ちのめしたり・・・。
優しく、芯が強く、豊かな人間的感性を持った伊藤さんに出会えたことは仲間たちのにも、何かを残したでしょう。
そして仲間たちも大切な何かを伝えたことでしょう。

あの男所帯に、ささやかな野の花一輪でした。

体調も回復し本格的に仕事を探すために、お別れとなりました。
仲間たちにとっては初めてのお別れ。
皆で鍋をつついてささやかなお別れ会をしました。



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一つ一つの小さな出会いが、陶友を包み支え、ゆっくり育ててきました。
そしてそのつながりは、また新しいつながりを作っていきます。

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2007.11.01 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会い

NO.130 所長は人間の皮をかぶった鬼・・・陶友の歴史(11)

無認可時代(3)

1年目はあっという間に過ぎました。
私的には、4女が生まれバタバタ。1人全役は、それでも楽しいものでした。
今と違って、優しい役回りも演じながら、自分のすべてを出せて充実していました。給料は7万円でしたが・・・。

ワイワイコンサート、一泊旅行、時々のレクレーションに、陶芸教室も始めました。
作品作りも順調で、陶友祭では、70万円以上の売り上げがあり、暮れには6〜8万円のボーナスを出すことが出来ました。

仲間も増え始め、2年目には職員を1人増やしました。
芸大出身の女性。陶芸の進歩のために必要な才能を採用しました。福祉職場には福祉職と言うのではなく、作業所には仕事のプロが必要です。福祉と教育のことなら私が解る、私に無い能力を求めるというのが、方針です。この方針は正しかったと思います。

2年目の夏、当時の様子をK君は,きょうされんの全国集会仲間の分科会で、ユーモアを交え、次のようにレポートしています。

「福岡の第3ひかり共同作業所工房陶友です。
陶芸の陶に友達の友。文字通り陶芸の仕事をしています。仲間は6人で職員が2人です。
場所は1等地で福岡ドームの近くにありますが、プレハブ作りなので夏は暑く地獄です。
職員は美人ですが、所長が人間の皮をかぶったのような人なので、地獄と呼ぶのがピッタリです。

陶芸教室には近所の奥さんたちや沢山の外人さんが来ます。
第2土曜日は学校が休みのため、近所の子どもたちが土コネに来ます。
また、とても大学の先生には見えない九大の英語の助教授が来て、皆を楽しませています。

ここは人生にくたびれた人たちが、一緒に土いじりをして蘇生して帰っていくところです。
ここには、障害者の作業所は暗いというイメージはありません。
仲間も増えたし、少しづつ腕を上げて行きたいと思います。」




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所長が人間の皮をかぶったのような人!?めげないぞ。
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2007.10.31 | | Comments(3) |