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NO.1430 日本シリーズ 「戦争犯罪人」の始球式で マウンドを汚すべきではない!

 久しぶりに野球中継を全部を見ることになった。
ダルビッシュ、さすがに日本のエース。体調不完全な中での投球術と気合!これで23歳だと!
日本シリーズが盛り上がるだろう。

    だる

 しかし、3日の三戦目はファンに冷や水を浴びせる、不快な「事件」が起こりそうだ。
目を疑ったのだが・・・、なんとジョージ・ブッシュが始球式をするらしい。

 実は、「ブッシュ、始球式・・・」と聞いて、海の向こうのワールドシリーズの事と思い、「アメリカという国はどこまでアホなんだ」と思っていたのだが・・・。この国の事だったなんて・・・!!

 三戦目、東京ドーム、読売・・・と来れば、ナベツネ(渡邊恒雄)の陰謀だろうが・・・。老害の極みだ!加藤良三プロ野球コミッショナーは、元駐米大使でもあったそうだ。
忌まわしい「戦争犯罪人」が、日本でもっともメジャーなスポーツのマウンドを汚すことになろうとしている。

 非常識もはなはだしい限りだ。断固、抗議し中止を求めるものです。

 ブッシュ

 関連するブログを紹介しておきます。(部分引用ですので、全文はそれぞれのリンク先でどうぞ。)

 ■ジョージ・ブッシュが始球式?(「そりゃおかしいゼ」)より。

こ うした祭典に、アフガニスタンに大量の兵士を送り、虚偽の事実でイラクに攻め入り、イスラエルのガザ攻撃を擁護し、アフガニスタン・イラクの拘束した人たちを(テロリストでも兵士でもなかった人たち)をアブグレウブ・グアンタナモ刑務所で人権侵害を繰り返した、張本人である。最高責任者である。ジョージ・ブッシュほど 「戦争犯罪人」の名に相応しい男はいない。

今年の日本シリーズは、どちらもドームなのでスケジュールの変更がない。第3戦の11月3日 の東京ドームで、計画通りやるのであろう。当日は反対のデモも計画されているようである。靴を投げつける話はない。

ブッシュの始球式は、やっとなんとかこの男が作り出した世界の忌まわしい時代から脱出の動きがある中で、忌まわしい過去を想起させるような出来事である。読売関係者だから仕方ないでは済まされない。なんとかならないのか。


11月3日日本シリーズ第3戦ブッシュ始球式に抗議を!(「大津留公彦のブログ2」)より。

以下の意見を送りました。

加藤良三プロ野球コミッショナー殿
イラクやアフガニスタンに嘘の理由で戦争を仕掛けた後の時代に殺人犯として訴追されるかもしれないブッシュ元大統領を日本シリーズの始球式で投げさせるのはコミッショナー殿の愚行として将来に名を残すと思います。
今からでも中止して下さい。
それが日本のプロ野球の名誉を守ることにもなると思います。

日本プロ野球選手会
会長
新井 貴浩殿
イラクやアフガニスタンに虚偽の理由で戦争を仕掛け、後の時代に殺人犯として訴追されるかもしれないブッシュ元大統領を日本シリーズの始球式で投げさせるのは日本プロ野球界の愚行として将来に名を残すと思います。
ブッシュ元大統領の始球式に反対して下さい。
日本のプロ野球の名誉を守って下さい。

 大津留さんは、即行動の人ですね。それぞれの意見の送り先は、日本野球機構ご意見箱 プロ野球選手会ご意見・要望だそうです。
 私も見習って、以下の趣旨の一文を両者に送りました。皆さんも一言是非!

 「今や明らかに戦争犯罪人となったジョージ・ブッシュ元アメリカ大統領を、日本でもっともメジャーな国民的スポーツであるプロ野球の、しかも日本シリーズの始球式に招待する暴挙に絶対に反対です。日本の少なくない野球人が戦場に散りました。戦争とスポーツの振興は両立しません。日本のプロ野球史に重大な汚点を残すであろうこの愚行を中止するよう求めます。」

G.W.ブッシュを入国と同時に逮捕するよう,司法当局に要請する(「ペガサス・ブログ版」)

国際法となった「ニュールンベルグ原則」の第三,第六原則には,次のようにある.

第三原則
国家の元首または責任ある公務員にして、国際法により犯罪を構成する行為をおこなった者は、国際法上の責任を免れない。

第六原則
左に掲げる犯罪は、国際法による犯罪として罰することができる。
a 平和に対する罪
(i) 国際条約、協定または保証に違反する侵略戦争または戦争の計画、準備、開始、遂行

ブッシュの行状がこれらに該当することは明白だ.また,b項(戦争犯罪),c項(人道に対する罪)も同様だ.

日本の司法当局には,ブッシュが入国したら速やかに彼を逮捕するよう要請する.国際刑事裁判所(ICC)加盟国としての当然の義務でもある.しかし,もしも司法当局がその責任を果たさないときは,いわゆる「私人による逮捕」も正当と思われる.


モントリオールっ子、ブッシュに炎の如きメッセージを送る: あなたは好ましくからぬ人物(「マスコミに載らない海外記事」)より。

・・・それにもかかわらず、何百万人ものアメリカ人が、元大統領には、イラクでの残忍で違法な戦争であれ、拷問、あるいは令状無しでのアメリカ人へのスパイ活動であれ、彼の犯罪に対し、起訴されて欲しいと願っていることを、世論調査で示している。またもしもモントリオールでのデモが、何らかの目安だとすれば、こうした思いは、アメリカ国境を越えて共有されているのだ。こうした抗議デモの底にある心情は常にひとつだ。もしも私たちが今、これらリーダー達に、彼等が在職中に犯した罪に対する責任をとらせなければ、連中も、その後継者達もそうした犯罪を将来も行い続けるだろう。誰一人として、大統領でさえ、法を免れない、という原則を、我々が信じるのであれば、我々は、責任追求運動に"非常に熱心な"人々に加わり、その原則に基づいて、行動を始める時期だ。
----------
スタジアムで、風船代わりに、靴を投げこもうという勇ましいブログもあるようだ。

しかしここは、「始球式に全員遅刻してしまう」等の対策のほうが、スマートのような気がする。無人の球場で、ボールを投げる姿、なかなか見物。
もしも彼が満員の観衆の中で始球式をしおおせれば、日本人(正確には野球ファン?)の民度が世界にあきらかになる。

岸首相が、激しい反安保デモに直面して、「今日も後楽園球場は満員だ。声なき声は私を支持している」といった、その声なき声は、60年安保条約改訂の頃と変わったのか、否か、はっきりする。
いずれにせよ事実が明らかになるのは良いことだ。

 このことは、日本の大手メディアでは報道されていないようだ。世界中に知られたら大恥かきだろう。
 靴を投げるのはどうかと思うが、果たして日本のファンはブーイングぐらい出来るのだろうか。甚だ心許ない・・・。
 ちなみに、私は個人的には軽症のアンチ・巨人ですが・・・。(笑)




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2009.11.02 | | Comments(4) | Trackback(5) | ・社会評論Ⅱ

NO.1391 ”五輪誘致狂想曲” 石原都知事の責任を問う。

 夕べは、いい月が出ていました。
9時に窯詰めが完了し、帰宅してしばし眺めましたが、・・・一人で見る月は寂しくもあり。
今朝は、5時出勤で窯焚き。
おっかあが、「えらい張り切ってるやん!」
「もう後が無いもん・・・、それに、記録書きや他にも仕事がたまっとるとよ!」

         キバナ彼岸花2876

 そこで、本番の仕事にかかる前に、火の番をしながらオリンピック招致活動についてもう少し振り返ってみたい。

 五輪という。五つの大陸の象徴だ。
人間の尊厳を大事にする社会の実現、スポーツを通じた相互理解と連帯、平和貢献が五輪の精神である。

 ヨーロッパで30回、北米で12回(アメリカ8回)、アジア5回・・・、経済発展の問題もあったにせよ、これまでのオリンピックは3大陸でしか行われなかった。

 オバマ大統領まで出席したシカゴが一回目の投票で落選した。ここでも、アメリカ一極集中が崩れている世界のすがたを見る思いがした。世界の多極化の象徴的風景だ。
 ”4番目の輪”に新たな歴史を吹き込もうとする大義が、新興国ブラジルの心意気を、五輪精神をして選ばしめたというところだろうか。リオデジャネイロ開催を歓迎したい。これからは、アフリカにも開催できる都市が出来、5大陸持ち回りになればいい。

 各候補地の誘致活動は詳しく知らないが、東京の誘致活動について少し振り返ってみたい。
石原慎太郎都知事は、4年前突然、「成熟した都市の姿を示す」と五輪への立候補を表明した。しかし誘致運動は上滑りし都民の支持は56%、リオの85%には遠く及ばなかった。

 石原知事は誘致のために、当初の55億円をはるかに上回る150億円もの経費を浪費した。その中身を列挙すると。
・06年5月、ロンドン視察に3573万円かけたのをはじめ、スイス、シンガポール、ドイツ、ポーランド  出張を繰り返した。
・市区町村イベントに上限1000万円の補助金支出(4月以降だけで139回)
・応援パレードなどに1億円(9月23日)
・IOC総会用スーツ1式30万円を50着。
・誘致活動費以外でも、商店街振興予算1億円で、商店街に五輪旗を掲げさせたり、スポーツイベント などに支出・・・・。

 さらに、五輪招致を口実に、1K1億円のトンネルをほる東京外環状道路や築地市場の豊洲移転など8~10兆円の巨大開発を計画し4000億円を基金に積み立てた。

 この東京招致活動には、自公両党だけでなく、民主党も加わり、IOC総会には、3党10名の都議が1000万円もかけて応援ツアーを組んだそうだ。

 都民生活はそっちのけで、五輪誘致を政治的経済的に利用しようとしたやり方が国民的支持を得なかったのは当然のことだった。
 石原都知事の責任は極めて重いといわねばならない。積立金は巨大開発にではなく、都民の暮らしと福祉のためにこそ使うべきだろう。

 放送権料など巨大利権が絡んだビジネスと化した近年のオリンピックである。”4つ目の輪”に息吹が吹きこめられるのを機に、こうした弊害も乗り越えるオリンピックが健全に発展することを願うものである。

 最後に、傍から見ていて、この運動に動員されたアスリート達が気の毒でならない。
純粋に「オリンピックはいいものだ、身近に来て欲しい」という彼らを責めることは出来ない。

 


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2009.10.04 | | Comments(4) | Trackback(7) | ・社会評論Ⅱ

NO.1390 高校野球 勝つことは大事だが・・・。 & オリンピックはリオデジャネイロ 石原都知事の涙目。

 陶友祭の準備で、窯焚きに忙しい日々です。
週に一回は本焼きのペースです。
焼き物は、不況で一番売れない商品となっていますが・・・。
少しでも売り上げをあげなきゃあ。
新しい色目の作品に挑戦中ですが・・・。 

         キバナ彼岸花2873

 で、どうでもいいような話ですが、今日は気になるスポーツに関するを話題を気軽に二つだけ。

高校野球山梨大会決勝の放送中止 「研究される」と県高野連(東京新聞 2009年10月2日 12時44分)

 山梨県高野連が地元のケーブルテレビ局「日本ネットワークサービス」(甲府市)に対し「関東大会対戦校に研究される」として、県高校野球の秋季大会決勝戦の放送を実質不許可とし、同局が例年実施してきた放送が中止になったことが2日分かった。

 同局によると、高野連からの文書は「中継は遠慮願いたい」としていたが、高野連は「実質的に許可しなかったということ」と説明している。

 かねてから、高校スポーツは色々あるのに、野球だけなんでこんなに中継したりして取り上げるのかな・・・、などと私は、批判的であったのだが。

 こう言うふうな理由で中継を中止するのもまた、合点が行きません。
現場もまた、勝利至上主義になってはいないのか。
勝負事ですから勝つためにゲームをするのは当然でしょう。
しかし、「勝つため」がこう言うふうに顔を出すと、違和感があります。

 高校野球を舞台にした、指導・教育とは無縁な暴力や部員達の非行は後を断ちません。
そこにはスポーツを通じた教育活動の自覚が、指導者や関係者に欠如しているという原因があるように思いますが、今回の「情報を探られると不利になるから」などという理由が通用するものでしょうか。

 高校スポーツもまた、学校宣伝の大きな手段になっています。

 その後、世間はこの問題をどういう風に受けとっているのでしょうね。

話は変わって、オリンピック誘致問題。
 次は南米大陸初めてのリオデジャネイロに決定しましたね。
石原都知事の涙目、ザマ見ろといいたい。
東京誘致には私は反対でしたし、五輪は五大陸の象徴だともいうし、妥当なところではなかったでしょうか。

 それにしても鳩山総理もプレゼンに参加して演説をしましたが、いかがなものでしょう。
都議選で民主党は、石原都知事のオリンピック誘致には反対だったんじゃあなかったのかな。

 1メートル1億円のトンネル掘る外環状道路や築地市場の豊洲移転の公共事業も、都民は反対の意志を示して、民主党の圧勝をもたらしたのではなかったか。

 石原慎太郎都知事は、反対を押し切りながらオリンピックを政治的に利用し、誘致さえ出来ればそのためにと無駄な環境破壊につながる公共事業をごり押しし、全ては”後の祭り”にする腹だったのでは・・・。

 民主党の一貫性のなさには、今更いうまでも無いが・・・、呆れている。





 第16回 陶友祭ご案内 

   ~ みんなちがって みんないい ~

 ・10月24日(土) 11:00~17:00
 ・10月25日(日) 11;00~16;00(その後、大懇親会)
 ・場所 工房陶友
      〒804-0064
      福岡市中央区地行1丁目15-18 工房陶友   周辺地図はこちら
            (お問い合わせ)℡:092-771-5517

   *仲間の作品展示即売
   *ステージ企画
   *飲食コーナー
   *子どもコーナー
   *ミニ・リサイクルバザーコーナー などなど。
 お誘いあわせて、是非お越しください。


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2009.10.03 | | Comments(0) | Trackback(4) | ・社会評論Ⅱ

NO.1361 「・・・はゲンゼイ、いまならホジョキンも!」

 「エコカーゲンゼイ、今ならホジョキンも・・・。」

オフ 001

 このコマーシャルが流れ出してから、なんともえげつないと思っていたのだが・・・。
加藤清四郎君、小学2年生の8歳だとか。
実年齢よりは幼く見える、名子役だ。
NHKの「天地人」で、直江兼続の幼少時代の与六役で全国区の人気者になった。
今度は兼続の長男・竹松で再登場らしい。

 兼続が「民栄えてこその天下・・・」なんて名言は吐いたかどうかは知らないが。
「大企業栄えて国滅ぶ」「大企業栄えて地球滅ぶ」なんてことになりかねない地球温暖化問題。

 地球温暖化を止めるために科学が要請する水準は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると、CO2削減の中期目標は2020年までに90年比25~40%削減だと言う。
 麻生総理は、05年比15%減=90年比8%を打ち上げ、世界の笑いものになった。


 一方、民主党の鳩山由紀夫代表が温室効果ガスの2020年までの中期削減目標で「1990年比25%減」を、国連気候変動サミットで世界に宣言するとしている。世界も歓迎の方向だ。

  これに対し、財界からは「荒唐無稽(むけい)。国益に反する」とか、「日本から逃げ出さなくてはならない産業も出てくるかもしれない」などの“非難”と”恫喝”の声があがっている。

 要は、温暖化に大きな責任を持つ大企業に応分の役割を果たさせることが出来るのか、この問題を通じて、新政権が「財界主導」から舵を切れるのか、である。世論と運動での国民的な支えが必用だ。


 詳しい話は、またの機会に譲るとして、・・・何がえげつないのか。
「エコ、エコ」と、環境問題を国民の前では前面に出して車の売り上げを図ろうとする。新政権のCO2削減対策には恫喝と非難を向ける大企業の身勝手さである。

 しかも、最もえげつないのは、いくら国民的人気があるとは言え、子どもを大人の高価な買い物のためのコマーシャルに使うかということだ。子どもも儲けのための道具として使って恥じない。
 儲けのためなら何でもありのトヨタらしいが・・・。

 このコマーシャルが流れるたびに不快になるのは、私だけだろうか・・・。

 

 


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2009.09.12 | | Comments(5) | Trackback(2) | ・社会評論Ⅱ

NO.1343 もっと関心を持たないといかんね。・・・国民審査:最高裁長官と8人の判事全員が信任

 今日は、こちら、最高裁裁判官の国民審査についても一言。 

国民審査:最高裁長官と8人の判事全員が信任(毎日 2009年8月31日 )

 総務省は31日、衆院選とともに投票された最高裁判所裁判官に対する国民審査の結果を発表した。審査対象になった竹崎博允(ひろのぶ)最高裁長官と8人の判事全員が信任された。有効票に対する罷免を求める率(罷免率)はほぼ前回並みの6.00~7.73%だった。

 投票者数は前回より200万7404人多い6945万4375人。投票率は前回を1.33ポイント上回る66.82%だった。衆院選の「1票の格差」を巡る07年の最高裁判決にかかわったのは9人のうち3人。この中で合憲とする多数意見を出した涌井紀夫裁判官が罷免率トップに、同じく合憲とした那須弘平裁判官が2位となった。罷免率が50%を超えると罷免されるが、過去に例はない。

 一方、法律で国民審査の期日前投票の期間が投票日7日前からと規定され、衆院選より4日短いため投票できなかった有権者もおり、投票率は衆院選小選挙区(69・28%)より2ポイント以上低かった。衆院選と同時の審査とあって、実績がない裁判官が任命後間もなく審査対象となることを含め、制度上の問題も指摘されている。【銭場裕司】


 これって、どう考えても積極的に信任されたわけではないですよね。
むしろ国民の関心が低く、罷免はされなかったというべきでしょう。

 うちの娘が、投票所で「何これ?わからん・・・」って、無印で入れていた・・・。
「棄権」がないから、無印は信任になってしまう仕組みだ。
「あ、しまった!話していなかった」と反省したものだ。

 投票率が上がったとは言え、それは衆院選の投票に行けば審査の用紙も配られるわけですから当然でしょう。

 この罷免率6~7%台というのは、まあ常識的に考えて、普通に関心を持って積極的に審査に参加した人はその倍ぐらいという事ではないでしょうか。その他の80%ほどの人たちは、うちの娘たちに近い感じの「分からない」か無関心な方たちではないでしょうか?

 ×印が半数を超えると罷免されるが、×印が最も多かったのは涌井紀夫氏(裁判官出身)で、有効投票の7.73%にあたる517万6090票だったそうだ。
 これだけの人がダメだと言ってもゆうゆうと信任ということになる。

 罷免には、6945万4375人の半分、3472万7188人が必要だ。
これじゃあ、罷免なんて絶対にありえないような気がする・・・!
なんかハレンチ罪か、とんでもないことをやらかしてメディアで大騒ぎになり有名人にならない限り。でもそんな場合にはもう既に止めているでしょうしね。

 こんな仕組みでいいのでしょうか。


 もっと関心を持たないといけないね。

 もう一度、おさらい。
  NO.1314 最高裁を憲法と人権の砦に 第21回最高裁裁判官国民審査対象裁判官の横顔
        http://toyugenki2.blog107.fc2.com/blog-entry-1348.html

 内容は、
  「日本民主法律家協会が、
      最高裁を憲法と人権の砦に変えよう!
      私たちには最高裁裁判官をやめさせる権利があります。
      憲法と人権をないがしろにする裁判官には、×を
      政府や大企業にいいなりの裁判官には、×を」

  「第21回最高裁判所裁判官国民審査に関しての要望書」も、あります。
 審査の問題点を指摘し改善を要求したものです。ご参考に。




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2009.08.31 | | Comments(5) | Trackback(2) | ・社会評論Ⅱ

NO.1261 自殺は社会問題じゃなく遺伝の問題? 「自殺にはDNAが関係」 鳩山邦夫前総務相

 都議選報道の影で、注目度は低いようですが・・・!
驚くべき「学説」が飛び出しました。

 こんな言い方は失礼かとは思うが・・・、
この人の頭の中は、とかとか・・・。

悪代官みたいな顔で大真面目のようですね。(人の顔のことは言えませんが、笑)

     鳩山
      福岡県久留米市で講演する鳩山邦夫前総務相=12日午後

「自殺にはDNAが関係」 鳩山前総務相が問題発言(共同)

 自民党の鳩山邦夫前総務相は12日、地元の福岡県久留米市で行った講演で、親子が相次いで自殺するケースがあるとの認識を示した上で「自殺というのには、やはり何らかのDNAが働いているのではないかと言われている」と述べた。

 自殺者が年間3万人を超え、自殺予防の取り組みが社会的課題とされる中で、自殺には遺伝性があるとの誤解を生じさせかねない発言だけに批判が出そうだ。

 自殺の遺伝学?
そんなこと、言われてないよ。聞いたことない。世界広しと言えども、こんなこという人は二人といないんじゃないでしょうか。
流石は暴言のクリーンアップ。久々のクリーンヒットです。アルカイダの友達、なんてもんじゃないですね。この遺伝学はヒットラーをも彷彿させてくれる・・・。

 それは社会問題で、政治がきちんと向き合い解決のために手を打たなければならない問題でしょう。

自殺は社会問題
 自殺対策基本法(2006年)ですら、「自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない。」としている。
 まさか、鳩山さんはこのときの閣僚ではないでしょうね?

(基本理念)
第二条  自殺対策は、自殺が個人的な問題としてのみとらえられるべきものではなく、その背景に様々な社会的な要因があることを踏まえ、社会的な取組として実施されなければならない。

(国の責務)
第三条  国は、前条の基本理念(次条において「基本理念」という。)にのっとり、自殺対策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。


 格差と貧困社会の進行の中で、最近は20代、30代の若者の自殺も増えているという。
セーフティケットはずたずたで、生きることからも疎外され自ら命を絶つ人が年間3万人以上が10年以上続いている

 自殺の背景には、病苦、老老介護、多重債務、過労、学校や職場のいじめ、家庭内暴力、障害苦、社会的なストレス・・・などがある。それらは全てが社会的な問題に起因する問題だ。

政治の責任 
 これらは、行き届いた安心できる医療や介護、ゆとりある教育、ルールある雇用と経済の安定、福祉の充実・・・などでその要因を取り除くことで、解決可能なものがほとんどだろう。まさに政治の課題なのである。

 国民の暮らしに密着した社会政策がしっかりしていれば、そのほとんどが特別な「自殺対策法」などを必要としないようなものなのだと思う。

 それを、あろうことか、自殺を個人の問題・個人責任にすり替え、なかんずく鳩山氏に至っては、遺伝の問題にする。

 もうそろそろどこかに消えて欲しいよ、鳩山さん。
政権交代後には、まさかお兄さんのところに行くんじゃないでしょうね。
DNAつながりで・・・。
 

自殺者:30代、過去最多 昨年4850人、不況で拡大--警察庁まとめ (毎日新聞 2009年5月14日)

◇20代も増加傾向に
 08年中の30歳代の自殺者数がバブル期の約2倍の4850人となり、統計を取り始めた78年以降最多となったことが警察庁のまとめで分かった。20歳代も過去10年間で2番目という多さで、バブル崩壊後の不況下で自殺が若年層にも広がった実態が浮かんだ。

 08年全体の自殺者数は前年比844人減の3万2249人。先月公表済みだが、年齢別や原因・動機別の分析は未公表だった。

 年齢別では多い順に▽50歳代6363人(前年比9・7%減)▽60歳代5735人(0・4%増)▽40歳代4970人(2・5%減)▽30歳代4850人(1・7%増)▽70歳代3697人(5・4%減)--などとなった。

 50歳代はピークの03年(8614人)以降、減少傾向にあるのに対し、30歳代はバブル末期の91、92年の2391人を底に増加傾向で、前年に続いて過去最多を更新した。19歳以下は611人(11・5%増)で年齢別では最少だったが、小学生4人、中学生60人が含まれている。

 原因・動機別では、遺書などで特定できた2万3490人について計54の選択肢から三つまで複数計上できる方式で調査した。最も多かったのは「病気の悩み(うつ病)」(6490人)で、続いて「身体の病気の悩み」(5128人)、「負債(多重債務)」(1733人)。

 前年との比較では就職失敗が41%増の253人、失業が20%増の648人、生活苦が13%増の1289人で、不況の影響がみられた。前々回から選択肢に盛り込まれた「いじめ」は、19歳以下の13人を含む計16人だった。

 警察庁によると、前年比で増えた30歳代の自殺原因は、うつ病が21%増の1204人で圧倒的だが、伸び率の大きさでは、就職の失敗が35%増の69人▽仕事の失敗が32%増の103人▽職場の人間関係が26%増の181人▽生活苦が25%増の164人--が目立つ。

 人口10万人あたりの自殺者数を示す自殺率の都道府県別比較では、高い順に(1)山梨(41・1)(2)青森(36・9)(3)秋田(36・6)だった。【千代崎聖史】





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2009.07.14 | | Comments(4) | Trackback(2) | ・社会評論Ⅱ

NO.1228 菅谷事件は、日本における正義の欠落である。 (ル・モンド紙)

 「イル・サンジェルマンの散歩道」・jeanvaljeanさんによると、足利事件がフランスのル・モンド紙で報道されたそうだ。

 内容、視点で特筆すべき点はありませんが、こういう事件が報道されること自体、フランス的に見てもよほど異常なのでしょうね。そこら辺のフランス事情が分かると、もっと面白い記事になるんでしょうが・・・。
以下、転載させていただきました。

ルモンド
L'affaire Sugaya expose les failles de la justice au Japon
26.06.09

菅谷事件は、日本における正義の欠落である。
2009年6月26日付

          菅谷さん
               

  1990年に足利市(日本中部)において4歳の女の子を誘拐し殺した罪で1992年に終身刑を言い渡され、DNA鑑定のやり直しで無罪となった菅谷利和氏は、再審を受けるであろう。 彼は6月4日に釈放された。 日本の裁判制度についての批判が沸き起こるなか、東京高裁は6月23日に再審を命じた。

  彼が17年間の拘留を経て釈放されたことは、日本中で大きな感動を呼んだ。 彼が生活をし、幼稚園の送迎バスの運転手として働いていた足利に戻ったときには、彼の周りは報道陣で埋め尽くされた。 彼は、女の子の死体が発見された渡良瀬川の川辺を訪れた。彼は女の子に話しかけ、真犯人を見つけ出すためにあらゆることをすると誓った。 「君と僕は、二人とも犠牲者なんだね。」と付け加えた。

  なぜならば菅谷氏は、自分が日本の裁判所によって騙されたと思ったからである。 1991年12月1日に逮捕された彼は、13時間におよぶ尋問を受けて「強要され絶望のうちに」、その日に自白したと読売新聞のインタビューで語っている。 「私は取調官の手を握って、わっと泣き崩れた。」とその日を振り返った。

  彼は自白したにもかかわらず、裁判のあいだ無実を訴え続けた。 しかし無駄であった。 彼の自白と、それ以上に犠牲者から採取されたDNAの明晰さを欠く分析が、弁論において彼に不利に働いた。 そして彼の刑は上告審で確認された。

  2008年12月新たな遺伝子分析が、女の子から採取されたDNAが菅谷氏のものとは一致しないことを明らかにした。 それで菅谷氏は自由を取り戻した。 痛恨の思いを胸に抱いて。 「17年間のあいだ、私はここを出られる日のことしか考えませんでした。警察と検事は、私に謝らなければいけない。私は決して彼らを許さない。」と監獄を出たときに断言した。

  取調官の尋問のやり方も問題になっている。 日本においては、逮捕された者を外部との接触なしに48時間拘留することができる。 検事はこの拘留を24時間延長し、さらに裁判官の同意があれば10日間の拘留を2回更新することを決定する権限をもつ。 尋問は弁護しぬきでおこなわれる。 そしてビデオによる記録は制限されている。 日本弁護士会は、ビデオの活用を求めている。 

  録音やビデオ録画は、「真実を発見するうえで問題がある」と法務大臣森英介は反論する。 ところで日本では、得られた自白は有罪を決めるための基礎的な部分を構成する。 有罪判決の割合は、フランスの70%強にたいし、99%を超える。

  しかし菅谷氏に下される新たな判決は、法的手続きについてすべてを細部から再検討する契機とはならないであろう。   「法廷において自分たちの過失を認めようとしないかぎり、世間の信頼を取り戻すことはできない。」と朝日新聞は遺憾の言葉を述べている。  日本は5月末に、裁判員制度を発足させる。朝日新聞は司法の過失の原因を調査することを目的とする機関の設置を求めている。

フィリップ・メスメール東京特派員






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2009.07.01 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・社会評論Ⅱ

NO.1206 一人の人を良く見るということ・・・江川詔子さんのインタビューより

 大事な休みをボーっと過ごすと、「ああ、なんもせんで勿体なかった!」と落ち込みそうだ。
せめて一つぐらいは収穫をと思う貧乏性である。で、ボーっとした中の収穫は、・・・。

 フリージャーナリストの江川紹子 さんのサイトを紹介したい。
足利事件の菅谷利和さんが6月4日に釈放された後に、単独インタビューをされている。

        buru2204.jpg

 「足利事件から学ぶこと」という記事はインタビュー後のものだろう。

 では、菅家さんはなぜ自白したのか。そして、それを維持したのはどうしてだろうか。
 菅家さんに話からは、次の4要素が浮かび上がってくる。二つ(ママ)は捜査側の構造的な問題点、二つは菅家さんの側の事情だ。
 前者としては、
A)強引な取り調べ
B)被疑者を孤独を強いる
という点が挙げられる。
 後者としては
C)気の弱い性格で、対立的な人間関係でのコミュニケーションが極めて苦手
D)黙秘権など被疑者の権利についても、検察官や弁護人の存在など刑事手続きの仕組みについて全く知らなかった
という事情がある(以上、部分引用)

 こうした事情を丁寧に検証しながら、以下のように結論付ける記事だ。

 今回の事件は、これまで見ないで(あるいは見ないふりをしてきて)いた事柄を、きちんと直視し、そのうえで法や制度を変えなければなければならないのだと教えている。
 
 その一つとして、現在、捜査過程をもっと透明化するために、「可視化」の必要性が論議されている。
 取り調べをすべて可視化する必要性を訴える声に対して、捜査機関は反対を唱え、取り調べの最終段階、自白をまとめて喋る程度ならOKと言っているようだ。
 しかし、菅家さんのように、”任意”の段階で事故を守る砦を完全に破壊されてしまっている例があるわけで、冤罪を防ぐためには、取調室に入った時から、被疑者の様子も分かる形で映像に残しておく必要があるのではないか。

 上記の記事自体分かりやすくまとまったもので、本文に飛んで一読をおすすめしたいが、是非読んでいただきたいのは、上記記事のもとになったであろう次のインタビュー記事である。(結構な長さだが一気に読ませてくれる)

 インタビューは、 
 C)気の弱い性格で、対立的な人間関係でのコミュニケーションが極めて苦手
 D)黙秘権など被疑者の権利についても、検察官や弁護人の存在など刑事手続きの仕組みについて全く知らなかった
という菅谷さんの事情を丁寧に描き出し、そのことから、  
 A)強引な取り調べ
 B)被疑者を孤独を強いる
という捜査側の問題点をあぶりだし、問題を投げかけている。
その一部を引用し紹介させていただきたい。

「足利事件・菅家さんインビュー」

(2009年6月7日 横浜市の佐藤弁護士の自宅で)とある。

・・・(前略)・・・
――でも嫌なこと、いっぱいありましたでしょ?
「嫌なことはありますね」
――例えば?
「自分がね、入所してすぐ、(同房の人に)一週間は菅家さんはお客なんだからと言われました。それで、一週間のあいだに、見ててもらって、全部覚えろというんですよ。布団のあげかた、毛布の揃え方、トイレ掃除、窓の拭き方、全部覚えろっていうんですよ。ところが、誰も一週間じゃ覚えることはできなかったんです。自分だけじゃなく。新しい人が来るとみんなその人が命じるんですよ。絶対一週間以内で全部覚えろと。誰も覚える人いないんですよ。全然無理ですよ」
――できなかったら、怒鳴られたりするんですか?
「怒鳴られましたよ」
――どんなふうに?
「殴られたり、肋骨を2本折られて。洗面器の中に水をいっぱい入れられて、顔を頭から押さえつけられて、もがきましたよ、私は」
――どういう人なんですか、そんな事をするのは?
「その人は昔、暴走族だったんですよ。ものすごい乱暴者で。自分だけじゃなくて、他の人にもやったらしいんですよ」
――そういう人と同じ房だった
「そうです、そうです」
――それに対して、抗議したりしなかったんですか?
「できないですよ、自分は。入ったばかりで…。その人は17年いるんですよ。無期懲役で。だから、あれから8年経ちましたから、20何年いるんです」
――でも、そういう時のために刑務所の職員がいるじゃないですか?
「それを(刑務官に)言ったら大変ですよ。殺されちゃいますよ。自分はそんな目にあいましたから。12月の寒い時ですよ。トイレの中へ、裸で、すっぽんぽんですよ。閉じこめられたんですよ、一晩中ですよ。『てめえ、中入ってな、こごんでろ!』こういう風に、(便器を)またいでろって言われたんですよ。
 しまいには、『しょんべん飲め』とか。溜まってるんですよ。タワシの中にこういう、タワシを置く入れ物がありますよね。溜まっちゃうんですよ、どうしても。それを飲めっていうんですよ。それからあと、もう一つ。うんこですよ。食えっていうんですよ。そういうんですよ。
――そんなひどい事されて、房を変えてくれって言えなかったの?
「その時は、入ったばかりで…。「言ったら殺す」っていわれるんですよ(だから言えなかった)」
――いじめられた時に、抗議とかしない方ですか?
「できなかったですよ。もう、性格ですよね。自分は気が弱くて、言い返す、それは出来なかったですよ」

――事件の前にお仕事されてましたけど、社会でも嫌なこととかあっただろうけど、そういう時は抗議したりケンカしたりはしなかった?
「そういうことは、ありませんでしたね。おとなしい性格で、人に対して攻撃、できない質でした」
――ましてや、刑事さんに言われたときに、言い返すっていうのは?
「出来なかったですね」
――思いもよらなかった?
「思いも寄らなかったです」
――事件が起きる1990年まで普通に生活してて、それまで、警察ってどんな所だと思ってました?
「やはり警察というところは、市民を守る。そういう風に思ってました。ところが、実際に自分がね、無実の罪でね、捕まって、取り調べをされて、髪の毛をひっぱったり、蹴飛ばされたりしてね。取り調べのときね、私はね、『やってない』『やってない』と言ってたんですよ。ところがね、頑として聞き入れてくれなくて。(語気を強めて)『お前がやったんだ!』と、こうですよ。デカい声で。『証拠があるんだ』と。でもその時、言い返すことが、自分はできなかったんですよ」
――その時はどんな気持ちでしたか?
「もう、ムヤムヤもやもやしてて…。何も考えてなかったですね」
――この時に、「やりました」と言ったら、自分は刑務所へいっちゃうとか、死刑になっちゃうとか、そういうことは考えていました?
「考えてません。やはり、自分は事件のことは、全く身に覚えがないので、死刑になるとか、刑務所に送られるとか、全然考えてません。はい」
――例えば自白したら、逮捕されて裁判になるとは考えてました?
「それは考えてましたけど、でも、死刑とかは全く考えてなかった」
・・・(後略)・・・


 冤罪問題や犯罪捜査の問題にとどまらず、
私は知的障害者と関わり、日頃から障害を持つ「仲間たちが主人公」の作業所運営を語りながら、
マンネリ化し慣れっこになり、こういうふうに本当に一人ひとりの仲間たちをどんな場面でも具体的に良く見て、向き合うことが疎かになっていたのではないかと、
今一度点検が必要だと反省させられた。

 この社会に生まれ生きて、
どんな一人ひとりも十派一からげの人間たちではなく、その人自身である一人ひとりなのだ。
そう、同じように見える景色さえ、一人ひとりの目にはその人らしい写り方をするであろうし、同じご飯でもその人らしい味わい方があるだろう。

 社会の制度や仕組みも、そういう一人ひとりが守られるものでなければならないと・・・。
そしてこの場合は、「取調べの全面可視化」こそがその最低の基本条件になるのではないかと・・・。

 私も足利事件については何度か言及し、「取調べの可視化」を導入するように発言をしてきたが、江川さんのインタビューの詳細は、それ以上のことを改めて考えさせてくれるものだった。

・・・ということで、今から晩飯作りでもして、誰かの「役に立った」一日の〆にしないと・・・(苦笑)
ではでは。


 
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2009.06.15 | | Comments(4) | Trackback(1) | ・社会評論Ⅱ

NO.1201 「絶対に許さない!」・・・なぜ誤りを犯したのか、取調べの可視化を。

   NPJ お薦め ブログ 推薦御礼 

 「絶対に許さない!」・・・怒声がテレビの画面から響いてきた。
足利事件の冤罪被害者・菅谷利一さんの、感情をむき出しにした表情が映し出されていた。

sugayasann.jpg

 無実の罪で無期懲役で収監され、17年半ぶりに釈放された菅谷さん。この怒りと苦しみはいかばかりのものか。冤罪が晴れた安堵は一瞬であり、思えば思うほど怒りがこみ上げてくるのであろう。

 最高検の伊藤鉄男次長検事は10日、記者会見し「真犯人と思われない人を起訴し、服役させたことは大変申し訳ないと思っている」と謝罪した。

 これに対し、菅家さんは「警察、検察は私の目の前でちゃんと謝罪することです。裁判官も同じです。絶対に許さない」と語った。

 菅谷さんは、密室の取調べで最初は否認していたが、「刑事に髪を引っ張られたり、足を蹴られたり、『早くしゃべって楽になれ』と厳しく追及され」、逮捕から13時間後には自白に追い込まれていた。
 密室での取調べが、被疑者を心理的な錯乱状態に落としいれ、判断力も失わせていく「マインドコントロール」であろう事は想像に難くない。

 被疑者の人権をふみにじる密室での暴力や威嚇や脅迫、利益誘導・・・、あらゆる手を使った違法で不当な取調べが冤罪を生んでいたことは明らかであり、佐藤博史弁護士は「なぜ誤ったかを明らかにすることが大切だ」と語っっている。

 菅谷さんは、「冤罪をなくすために、密室ではなく(ビデオ撮影で)室内を監視して欲しい」と「取り調べの可視化」訴えている。

 一方、この期に及んでも、県警の白井孝雄刑事総務課長は9日の県議会文教警察委員会で「(取り調べで)暴行や自供の誘導、強制があったとは認められないと裁判で認定されている」と述べた。事実上無効と認められた裁判の「認定」を持ち出すとはどういう神経か。呆れかえってしまう。

 また、取り調べの録画については、「取り調べは容疑者との人間関係を構築し供述を引き出すもの。録音・録画を容疑者が意識すると、それが困難になり(捜査に)支障を来す」と異論を述べた。

 麻生総理も、「可視化をすれば冤罪が減るという感じは無い」と平然と述べたのである。

 「可視化」は、過去の冤罪被害者が強く求めてきたところであり、国連の国際人権規約委員会がその導入を日本に勧告するなど、国際的にも当然の流れである。

 それをかたくなに拒む検察や警察、総理の真意は理解しがたいものがある。
特に「可視化が捜査に支障をきたす」」理由が、「容疑者と捜査官の人間関係の構築に支障をきたす」という言い分にいたっては何をかいわんやである。

 違法な自白強要が、捜査手法の柱であることを端無くも物語っているのである。つまり、密室での「人間関係の構築」によりマインドコントロールし、自白させるんだと言っているに等しいのではないか。

冤罪防止のために、改めて取り調べべの可視化を強く求めるものである。

 他人事ではない。
これは、自分もそうなるかもしれないであろう被疑者にとってのみならず、これは裁判員制度が始まり、自らも判決に加わるであろう私たち一人ひとりの国民にとっても、重大な問題なのだ。


 


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2009.06.11 | | Comments(2) | Trackback(4) | ・社会評論Ⅱ

NO.1192 足利事件 「取調べの可視化」と麻生太郎の重大失言。

 テレビでも良く報道され注目していた。もう既にたくさんの方が取り上げているが、「一刻も早く取調べの可視化(ビデオでの録音録画など)を急げ」と思うと同時に、「冤罪の名誉回復」なんて出来るのか・・・と思ってしまう。

 足利事件の菅家利和(すがやとしかず)さんが、17年に及ぶ「懲役」生活の中のたたかいで、釈放を勝ち取った。ご本人と支援者の方々に、「おめでとう、ご苦労様でした」といいたい。

        buru2408.jpg

 17年という日々は、我々には想像を絶する日々だったろう。
警察は、捕まえたらどんなことをしても犯人に仕立て上げる・・・、自白で追い込むという冤罪の典型的な例の一つだったことが事実上証明された。

 密室での取調べが、心理的にどういうふうに容疑者を追い込むか、その高度で野蛮な心理戦は多分に常識を超えたものであろう。だからこそ、冤罪防止のためには日弁連などが主張するように、「取調べの可視化」で自白の強要などをチェックし、そのあり方を検証することは急を要する対策だと思う。

麻生太郎の重大失言
 ところが麻生総理、ことの重大性を微塵も感じていないとしか思えない発言。
この「重大失言」を徹底的に叩かなければならない!

【麻生ぶら下がり】足利事件「可視化で冤罪が減るという感じがありません」(産経 2009.6.4 20:23)

 --(平成2年の足利事件で殺人罪などで服役していた元幼稚園バス運転手の)菅家利和さん(62)が今日、(DNA再鑑定の結果)釈放されました。再審が始まる前の釈放というのは極めて異例だが、首相の受け止めを
 ○「再審請求に関する、いわゆる司法手続きってのは今から開始されるんだと思いますけれども、私の知ってる範囲でこれは極めて異例っていうけど、前例はないと思いますけどね。まあいずれにしても無実の罪で17年服役してたっていうのは、こういったようなことはあっちゃいかん。これはつくづくそう思いますね」

 --似たようなケースがないとも言い切れない状態の中で、日本では再審請求が認められるのは非常にレアケースだが
 ○「そうですね。今回の場合はDNAの鑑定っていうのが大きな決め手になったんだと思いますけども、昔のDNA鑑定の、いわゆる科学的なレベルと今のレベルとは全然、倍率がまったく違うことになってるんで、そういったケースもあるかと思いますが、これ一概に一般論として答えるのは難しいです」

 --この件を受けて、冤罪防止のために、さらなる取り調べの可視化を求める議論が強まると思うが、首相の考えは
 ○「可視化にしたからといって、途端にそれがよくなるという感じはありません」

 --そうは言っても、無実の人が捕まって刑に服することはあってはならない
 ○「それ、今、答えた通りです」

 --そういった国家のあり方を考える上で…
 ○「国家のあり方ってどういう意味ですか」

 --冤罪が起きない国にするために可視化は必要だと思わないか
 ○「ぼくは基本的には一概に可視化すれば直ちに冤罪が減るという感じがありません」

 ・・・腹が立つというよりも、力が抜けそうな発言だ!

 記者もそれ以上は食い下がらず、「タイゾー議員が時期衆院選に出馬しない」ことに質問を移そうとしたところで、ぶら下がり会見打ち切りになったようだ。これも情けない話である。

 決め手のDNA鑑定が、無期懲役を下し、そしてその新たな決め手がまた無罪を証明しようとしている。
・・・裁判員制度が始まり、もっと関心を持って見なければならない、他人事ではないのだ。

 ところで、17という年月。
簡単に「名誉回復を」というけれども、どうやって人生を取り戻せるというのか。17年は単に17年ではなく、連続した人生だ。どうやっても取り返しがつかないのだ・・・。

 菅谷さんは、「警察と検察は謝れ」というとともに、「警察と検察を絶対に許さない」と言われたという。私たちは、この行き場の無い新たな怒りにどう向き合うことが出来るのだろうか。
 せめて、冤罪の再発を防止するために先ずは「取調べの可視化を!」と、声を大にしたい。

ところが、
 森英介法相は5日の閣議後の会見で、可視化の導入に「全面的に義務付ければ被疑者に供述をためらわせて取り調べ機能を損ない、真相解明に支障をきたす。現段階では全面的に容認する方向での検討は難しい」と述べたと報道されている。

 え?分からん、なんで?
被疑者は、当然黙秘も含めて自分に都合の悪いことは言わなくてもいい権利がるんでしょう。可視化でどうして「供述をためらう」のだろう。それって、「密室で、自白を強要したり、被疑者に不利なことも吐かせる乱暴なやり方が出来ない」ので、取り調べる側に都合が悪いって事だけじゃあないのかな。え?そういう考えはおかしいかな?

 それから、もう一人の被害者である。
亡くなられた少女の遺族は、菅谷さんに温かい言葉をかけられているという。その一方で、娘さんを奪われた悲しみや怒りはどこにぶつければいいのだろうか。
 真犯人を探すのは絶望的な状況である・・・。

 最後に参考記事を一つ。
足利事件 冤罪防ぐ論議を深めたい(熊日新聞  2009年06月05日 )

 栃木県足利市で1990年、当時4歳の保育園女児が誘拐、殺害された事件で、東京高検は4日、殺人罪などで無期懲役が確定していた菅家利和[すがやとしかず]受刑者(62)の再審開始を認める意見書を提出し、菅家さんを釈放した。

 決め手となったのはDNA再鑑定。再審開始は決定的で、無罪となる公算は極めて大きい。捜査当局は冤罪[えんざい]を生んだ原因を速やかに検証すべきだ。同時に、冤罪を防ぐ具体的な論議を深めたい。

 菅家さんは一審公判途中から無罪を主張。物証が乏しい中、「有罪」を決定づけたのは、導入から3年目を迎えたばかりのDNA鑑定だった。しかし、再鑑定で菅家さんと女児の着衣に付着していた体液のDNA型は一致せず、証拠の信用性は否定された。

 東京高検が提出した意見書は、DNA再鑑定の結果、「型の多くが異なり同一の人に由来しない」と認めた上で、「再審開始の要件である無罪を言い渡すべき証拠に該当する可能性が高い」とした。

 2000年、一、二審に続き最高裁はDNA鑑定の証拠能力を初めて認定したが、当時の鑑定精度は今と比べ格段に落ちるとされる。捜査段階では、その鑑定結果が菅家さんの自白の強要にも使われた。

 DNA鑑定について専門家は「一致しなければ無罪の証拠になるのはもちろんだが、有罪の絶対的な決め手にもすべきでない」と指摘する。捜査にDNA鑑定への過信があったのは明らかである。猛省を求めたい。

 再審請求中の受刑者が釈放されるのは極めて異例のことだが、鑑定結果が否定され、それをよりどころとした自白の信用性も大きく揺らいだ。釈放は当然の措置であろう。

 再審開始が決定されれば、無期懲役か死刑が確定した事件では22年ぶりとなる。スタートした裁判員制度にも影響しそうだ。同制度導入で、公判立証には分かりやすいDNA鑑定などの科学鑑定がより重要視されるとみられるが、精度の高い鑑定でなければ裁判員の心証を間違った方向に導きかねない。今回の教訓を肝に銘じるべきだ。

 一方、自白の強要を防ぐ最善の策として、日弁連などには取り調べの全面可視化を求める声も根強い。導入論議にも影響を与えそうだ。

 菅家さんの釈放は91年の逮捕以来17年半ぶり。速やかに再審を開始し、名誉回復を図ってほしい。


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2009.06.05 | | Comments(6) | Trackback(3) | ・社会評論Ⅱ

NO.1176 生きるとは愛すること・・・小森香子

 いやあ、別に詩に詳しいわけでもなんでもないんだが・・・・。
何気なく見たら、気に入って・・・。
 詩人の小森香子さんが、詩集『生きるとは』で、第37回壷井繁治賞というものを受賞されたそうで、今日(5.29)の『赤旗』文化欄に一文を寄せています。

        buru2304.jpg

 「私がいつもサインに書く言葉『生きるとは愛すること』が、私の作品を貫くテーマである」と。
その中で紹介されている詩を貼り付けておきます。

  忘 れ な い
 
人は 老いてゆくとき 忘れてゆく

さまざまなこと いま ついさっきのこと

知人の名前 昨日の献立 明日の約束


だが 昔のことは忘れない 生命あるかぎり

幼い日 母に聞いた物語 その時見ていた花

戦時中の教育 勤労動員や空襲や 飢え

おまけに 覚えていたくもない 軍歌まで


人は 過去をしっかり 見つめなければならない

さまざまなこと いまかくされようとすること

軍の強制がなくて だれが我が子を殺すか


生きてあるかぎり忘られぬ昔のことを いま

真実を証言する人の命がけの言葉を いま

沖縄のガマの闇から 犯されたハルモニの声から

日本国憲法九条の光で照らし出す 真実を いま


人は 伝えなければならない 自分のことばで

アラゴンは 言った 力をこめて

   教えるとは 共に希望を語ること
  
   学ぶとは 真実(まこと)を胸に きざむこと



いかがでしょう。
ついでに、なんですが、
「教えるとは 共に希望を語ること
 学ぶとは 真実(まこと)を胸に きざむこと」は、アラゴンの次の詩の下りです。
一応教育学部だった私は、
「教えるとは 共に希望を語ること
 学ぶとは 誠実を胸に きざむこと」という訳で、とても好きな言葉として大事にしています。


ストラスブール大学の歌

       ルイ・アラゴン

 
陽の色に輝やくカテドラル
ドイツ人どもに囚われながら
おまえは倦むことなく数える
めぐる季節を 月日を 流れる時を
おお ストラスブールのカテドラル

 
学生たちは別れを告げて逃れ出た
アルザスの空翔ぶ鵠鶴と
おまえの薔薇形窓の思い出を
いっぱいつめた背負袋を肩に
それは ながい別れとなる

 
教えるとは 希望を語ること
学ぶとは 誠実を胸にきざむこと

かれらはなおも苦難のなかで
その大学をふたたび開いた
フランスのまんなかクレルモンに

 
古今の学に通じた教授たち
審判者の眼差しをもった若者たち
君たちはそのかくれ家で
大洪水の明けの日にそなえた
ふたたびストラスブールへ帰える日に

 
学問とは永い永い忍耐
だが今 なぜすべてのものが黙っているのか
ナチどもははいりこんできて 殺している
暴力だけがやつらのただ一つの特性だ
殺すことだけがやつらのただ一つの学問だ

 
やつらは鉄の拳で撒き散らす
われらのかまどの灰までも
やつらは手あたりしだい撃ち殺す
見よ 教壇にうつ伏したあの屍を
友よ 何を われらは何をなすべきか

 
「無垢な幼児たち」の大虐殺を
もしもヘロデ王が命じたとすれば
それは君らのうちよりひとりのキリストが
あらわれでて 美しい血の色に
目覚めるのを怖れるからと 知れ

 
ストラスブールの息子たちはたおれても
だが 空しくは死なないだろう
もしも 彼らの赤い血が
祖国の道のほとりにふたたび花咲き
そこにひとりのクレベエルが立ち上るなら

 
今よりはかずかずのクレベエルたち
それは百人となり 千人となり
つづく つづく 市民の兵士たち
われらの山やまに 町まちに
義勇兵とパルチザンたち

 
われらはともに行こう ストラスブールへ
二十五年まえの あの日のように
勝利はわれらの頭上にあるのだ
ストラスブールへ だが何時と君たちは言うのか
よく見るがよい 震えおののくプロシャ人どもを

 
ストラスブールの プラーグの オスロオの
三つの受難の大学よ
よく見るがいい 銃をうつやつらの姿を
奴らはもう知っている 逃げだす日の近いのを
敗北こそ 奴らのさだめだと

 
よく見るがいい 奴らがおのれの運命を知り
士気もおとろえた その姿を
死刑執行人どもこそ罪人にかわるのだ
やつらに戦車と手先があろうと
やつらを追いだすのだ 今年こそ

 
武装を解除された英雄たちよ 武器をとれ
ストラスブールのためフランスのため世界のため
聞け あの深く どよもし どよもす
フランスの声を 祖国の声を
鉤 十 字の殺人どもは滅びるのだ

 
陽の色に輝やくカテドラル
ドイツ人どもに囚われながら
おまえは倦むことなく数える
めぐる季節を 月日を 流れる時を
おお ストラスブールのカテドラル



 1943年11月、中仏オーヴェルニュ地方のクレルモン・フェランにおいてストラスブール大学の教授、学生が銃殺され、数百名が逮捕された。大学は戦火と弾圧を避けて、ストラスブールからこのクレルモンの地に疎開していたのである。この悲劇は、アラゴンに忘れがたい詩を書かせることになる。「ストラスブール大学の歌」がそれである。
・・・
「教えるとは希望を語ること/学ぶとは誠実を胸にきざむこと」─これらの言葉ほど、教育・勉学の真の意味を言いあてたものはなく、それは読むひとの胸に残らずにはいない。   (新日本新書『アラゴン』)
 
 




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2009.05.29 | | Comments(4) | Trackback(3) | ・社会評論Ⅱ

NO.1165 辺見庸 「資本主義が問われている  重層的危機が人の内面も壊す」

 作家辺見庸さんの「資本主義が問われている  重層的危機が人の内面も壊す」という話が、赤旗(5.26付)の文化欄「シリーズ・現代の視点」で紹介されている。

       buru2132.jpg

 電子版には載ってないので、かいつまんで紹介します。

 辺見庸さんは、ご存知のように戦場取材をしたジャーナリストから芥川賞作家になった方だ。
1990年代初め頃より、「新しい貧困」と「自殺」の2点に関心を持ち始めたと言う。

 今、凄まじい勢いでプレカリアートという「新しい貧困」が増え続け、一方で年間3万人以上という自殺者が11年間も続いている現状に、「僕は、アフガン、イラクパキスタンなど戦場取材をしてきたが、そういう戦争の死者を上回っている日本は、異常な社会に突き進んでいるのではないか、病気で言うと、重篤になっている」という。

 そして、マルクスの「(資本主義では)物質的価値が増大すればするほど、人間世界の価値が衰えていく」という分析に触れ、「資本主義の物質優先、人をモノ化する『憑依(ひょうい)』=妄想が何百年も民衆の心を支配し、世界は狂ったまま逆立ちして踊り続けている。そのことを21世紀のいま自覚しなければならない」と警鐘を鳴らす。

 以下は、丸写しの方が伝わるでしょうから、そうします。

生体に会わない社会システムに
 昨年、茨城県土浦と東京秋葉原で相次いだ無差別殺人事件が起きた時、僕は考えた。犯罪は許せないが、あの青年らは、犯罪歴の無い普通の真面目な青年だったのではないか。でも、ある日、こらえられなくいなって突然、発作的に痙攣し犯行に及んだ。

 人間臭い手触り感がなくなり、パソコンのモニター画面にのみ社会的な接点があって、ケイタイの書き込みをやっていた。心のうちの荒涼たる風景、いいがたい悲しみが見えてきます。ですから、秋葉原などの犯人は捕まったが、「真犯人」はまだわかっていないと思う。

 今の社会は人間の生体に合わないのではないか。資本主義という社会システムが人間の価値という座標軸を失い、「人間破壊の装置」になっているのではないか。戦後の年月と同じ分を生きてきた僕の実感です。

 つまり、世界規模の金融危機に端を発した大不況は。大恐慌の様相を呈しています。経済だけの危機ではなく、新型インフルエンザなどの疫学、さらに天変地異が複合した「世界的な大恐慌」となる。日常の継続性を脅かす異質の危機が同時に進行した大変な時代に来ていると思う。それとともに、これまで自明とされてきた価値観、道義、人間の内面性も崩壊しつつあると考えます。

自民・民主には期待できない
 こうした大問題を前に、政府は、「経済不況は底をついた」「経済対策にお金をつぎ込むから景気回復できる」などと能天気なことを言っています。経済危機をまるで「ドリンク剤」のように利用して政権を維持しようとする、最悪の麻生政権です。

 ところで、今の日本の政治状況はどうでしょうか。総選挙を前にして、マスコミは、自民と民主両党の選択しかないような報道ぶりです。これは、国民を「錯視」状況に置くものです。小沢さんの辞任を受けて鳩山さんが代表に選出された民主党。僕は民主党は第二自民党だと思っています。日米安保や憲法9条について、自民顔負けの右派の政治家がいっぱいいます。二大政党制というアメリカ的な考えから抜け出せない、自民・民主以外、政治をやる資格が無いような言い分こそ、欧州などの実態を見ても異様です。

 次の総選挙で、共産党は大いに議席を伸ばして欲しい。共産党の支持・不支持を問わず、今のだれきった政治に緊張をつくるために、そうした議論が起きてもいいのではないか。
「共産党」という名前は変えて欲しくない。人間の生体の悲鳴が聞こえてくる危機的な状況だからこそ、社会主義を目指す政党として、国民への吸引力を持って欲しいのです。(以上丸写し)

 流石に「強靭な文章」だ。後段は赤旗へのリップサービスを差し引いても、十分に・・・ですね。



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2009.05.21 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・社会評論Ⅱ

NO.1162 「ご都合主義」と、「衆愚政治の薦め」。

 小言を二つほど。

 事物は、一面的には存在しない。
政治闘争も然りであり、世論もまた然り。

民主党代表選の後の世論調査が出揃ったようだが・・・。

       buru2251.jpg

 細かい分析はさておき、概ねそんなものかなという印象だ。
それはそれでいいのだが、ご都合主義の評価には気分いいものは感じない。
こちらを頂点とする小沢支持者。植草一秀の『知られざる真実』「逆風下で党勢急騰を示す鳩山民主党世論調査」

世論調査では、民主党の党勢が急激な回復を示した。世論調査数値は、民主党の党勢が3月3日の政治謀略疑惑事件発生以前の水準に回帰した。

という。

 もちろん、物事を平面的・一面的でとらえるべきではない。マスコミの世論調査も、完璧で公平なんてありえない。それは主体的に読み解くものであり、批判的な読み方が重要だ。

 今回の読み方について言えば、「鳩山氏に期待するか」は「する」「しない」は拮抗しているし、「麻生か、鳩山か」の択一の結果でもある・・・、それはそれで細かいことを言うつもりは無いが、都合が悪い結果には、「マスゴミの捏造」で片付けてきたのだから、ご都合主義の我田引水といわれても仕方ないだろう。そんなもの引き合いに出さずに持論を述べられればいい。
 
 次はこちら。上草氏が「力をあわせたい」という「多くの優れたブロガーの一人」という天木直人のブログ「政策」、「政策」と叫ぶメディアの愚

  今の国民生活の窮状を救うのに、多くの高邁な政策など要らない。
 単純でも、一つでもいいから、これが実現されればいい、という政策があればいい。
 なによりもそれを早く実現してくれればいい。
 それらをすでに鳩山民主党代表は繰り返し述べている。実現してみせると言っている。
 それで十分ではないか。後はやらせてみるだけだ。政権をとらせてみるだけだ。
 それでだめなら引きずり降ろせば言いだけの話だ。(部分引用)

と、いう。
将に「衆愚政治」の薦め。
批判して来た小泉の「郵政民営化選挙」のポピュリズムとどこが違うというのか?
 
 変わろうとする政権・政策の中身が基本において、その違いを見出せないと、こういうことになるのか・・・。

 


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2009.05.19 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・社会評論Ⅱ

NO.1135 豚インフルエンザ報道の光と影・・・「千載一遇のチャンス」にさせてはならない。

 長期の休み明けには、何事にもなかなかエンジンがかからない。
そこで今日は他人様のフンドシをお借りして、失礼つかまつる。

 豚インフルエンザに関しては、初めて触れることになるが・・・。
もちろん感染の拡大を防止するために万全を期さなければならないことは言うまでもないが、こういう側面も冷静に見なければならない・・・。

       buru2084.jpg

 今、メディアの関心の中心は、豚インフルエンザの世界的な流行について。
政府も”水際作戦”を大々的に宣伝し、舛添大臣が頻繁に顔を出している。なんと、「総理に相応しいい」政治家の第2位だそうだ。
 舛添大臣の所業に関しては、厚生労働省が介護給付の国庫負担を削るために、給付対象者を要介護度2以上の中・重度者に限定すると3300百億円削減できるなど試算を示し、同制度の根幹を崩す改悪を検討していることなどは報道もされない。
  参考:2009年5月6日(水)「しんぶん赤旗」
    介護給付 中・重度者に制限 利用者の4割排除
       厚労省が検討 3300億円削減策 本紙が内部文書入手


 さて、その”水際作戦”だが、「WordPressでBlog生活」さんの、「新型インフルエンザ騒動で分かったこと」によると、大きな”抜け穴”があるようだ。政府の検疫をスルーする米軍基地への海外からの入国ルートについて、以下のように指摘している。

・・・米軍基地内はもちろん「外国」扱い、日本の検疫官も保健所も立ち入りはできません。日本政府が「水際作戦」を強調してみても、こうした部分はまったく日本政府の手がおよびません。

 共同通信によれば、このチャーター機で横田基地にやってきた乗客は260~270人とかなりの数。いったい日常的に、どれぐらいの人数が在日米軍基地に直接やってきて、日本の税関や検疫を通らずに入国しているのでしょう?

 ちなみに、山口県と岩国市は、横田基地での一件を受けて、ただちに米軍岩国基地に新型インフルエンザ対策を申し入れている。(ところで外務省は、この問題で、在日米軍にたいして何か申し入れたのだろうか? 今のところ、そんな報道は何もないが。)

 その場で米軍からは、米軍独自に検疫をおこなっている旨の回答があったそうだ。もちろん、米軍だって基地内に蔓延させたくないだろうから当然検疫はおこなうだろう。しかし、基地には日本人従業員も出入りしているし、米兵も基地外に出て行く。実際に新型インフルエンザの感染が確認されたとき、はたして日本人への対応が正しくおこなわれるだろうか?・・・(以上、部分引用)


 ”水際作戦”は1ヶ所でも水が漏れればアウトだろう。
米軍優先の下では、国民の健康も二の次らしい。

 次なるフンドシは、最近時々お邪魔する「マスコミに載らない海外記事」さん「豚インフルエンザの世界的流行に関する政治的うそと、マスコミの歪曲」による海外記事の指摘より。 

社会的な反対運動の弱体化
病気の"流行は避けられない"という、この種の声明は、極めて意図的に、恐怖、不安感とパニックの雰囲気を生み出す。また、こうした声明は、中東における戦争や、アメリカ-NATOによる戦争犯罪等の広範な問題は言うに及ばず、大量の貧困や失業を世界中でひき起こしている、壊滅的な世界経済の危機から、人々の注意を逸らす役割をも果たしている。

貧困、経済崩壊、部族間の紛争、死と破壊、公民権の制限や、国家社会保障制度の廃止こそが、世界的危機の本当の特徴だ。豚インフルエンザの世界的流行というEUの声明は、必然的に、ヨーロッパ中に広がっていた社会的な抗議運動を弱める働きをすることになる。

メキシコでは、都市部をすっかり"閉鎖"した、豚インフルエンザ緊急対策は、メキシコの歴史上最も腐敗した政権の一つに対して、高まりつつある社会的反対に歯止めをかけるための、フェリペ・カルデロン政府の口実だとして広く受け止められている。

メキシコでは、カルデロン政府に向けられていたメーデーの行進が、取り消された。

巨大医薬品企業にとっての棚ぼた
WHOによって、巨大製薬会社は危機の解決策として認められた。

「私[WHO事務局長]は、製造能力と、生産を増強するあらゆるオプション策を評価するため、抗ウイルス薬を製造している企業と接触した。パンデミック(世界的流行)・ワクチンの製造に貢献できるインフルエンザ・ワクチン・メーカーとも接触した。」

ほんの一握りのバイオテク・コングロマリットにとって、豚インフルエンザの世界的流行は、事業上の棚ぼただ。欧州連合は既に、豚インフルエンザに対するワクチンを開発すべく、巨大製薬会社と協力することに青信号を出した。(以上、部分引用)

 メキシコではメーデーも「禁止」になったようだ。
豚インフルエンザの世界的流行は、各国の政権維持と巨大製薬会社の儲けには千載一遇のチャンスだという。

 こういう経験は度々だ。
つい先日も、草なぎ剛くんが酔っ払って裸になって逮捕されたと大騒ぎ。
その間に、自衛隊のソマリア沖派兵を追認し、自衛隊の海外派兵を恒久化する「海賊対処法」が衆院を通過した。憲法破壊の大問題は、酔っ払いのニュースの影に埋もれてしまった。意図的なものと思わざるを得ない。

 草なぎ剛くん報道はあまりにもお粗末で、国民の疑問や批判も強くすぐに収まったが、この点での反省などはメディア当事者からは、寡聞にして、私の耳には入ってきてない。

豚インフル・・・、事は命と健康に関する問題だけに、よほど冷静に政府の取り組みと報道を注視しなければならないだろう。
 
    以上、他人様のフンドシではありましたが・・・、ご両人にお礼を申し上げます。 

 
  
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2009.05.07 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・社会評論Ⅱ

NO.1097 再び、カルデロンさん一家の問題について。

 再び、カルデロンさん一家の問題について。
私のような情に流されそうなタイプのおじさんにとっては、この問題は法律では割り切れないようなナイーブな問題を含んでいますが、でも法治国家ですから法に基づいて考えないといけないんでしょうね・・・。

        buru1914.jpg

 過去ログ:NO.1089 国と大人たちによるいじめと子どもの権利条約 (カルデロンさん一家の問題について)に、つぎのコメントをいただきました。

 両親が初めから偽造旅券で不法入国していたことが悪質とみなされて両親は許可されず子供だけ許可された、と理解しています。もしも不法入国でなく不法滞在(期間超過)だけだったら、一家揃って特別許可をもらえたかもしれませんが。
やむを得ない処分と思います。

 なるほど仕方ないかなとも思いましたが、少し調べてみました。

 不法入国も不法滞在も不法であると言うことには異論はありません。不法ですものね・・・。
しかし「在留特別許可」はその不法を前提に、不法滞在者、不法入国者の中で特別な事情があると判断された人に与えられるもののようです。
 そして、それを求めることは違法行為でもなければ脱法行為でもないということです。
そういうことで、蕨市市議会が全会一致でカルデロンさん一家の在留特別許可を求める意見書を採択したという経緯があるようです。

 何処かのサイトで以下の記述がありました。(コピー保存した時に、サイトを記しておくのを忘れてしまい、真っ青ですが、お許しを。)

「『在留特別許可』とは、出入国管理及び難民認定法(入管法)では、退去強制事由(入管法24条、例:オーバーステイ、不法入国等)に該当する外国人であっても、その外国人の事情を考慮して、法務大臣はその在留を特別に許可することが出来るとされていますが、この許可のことをいいます。簡単に言うと、オーバーステイや不法入国した外国人が特別に許可を得てビザを取得することです。

そして、この『在留特別許可』の法律的な根拠は出入国管理及び難民認定法(入管法)50条1項4号です。

第50条 法務大臣は、前条第三項の裁決に当たつて、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が次の各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる。

一 永住許可を受けているとき。
二 かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき。
三 人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留するものであるとき。
四 その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき。」   (以上、引用)

 この場合は、つまり、四 その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき。に基づいて「どうか,そこのところをよろしくお願します。」という話だったのではないでしょうか。

 だったら、「不法ではあるが、事情も考慮して検討しましょう」と、法治国家を傘に、がちがちの処分をしなくても良かったんではないか・・・というのが、私の思いです。特に娘さんの願いのことを考えれば。
この辺は、民族排外主義者は別として、それぞれの”思い”の違いが出るところでしょうか。

 この記事には、フランス在住のイル・サンジェルマンの散歩道さんから、以下のコメントもいただきました。

 フランスではサン・パピエ(滞在許可証のない人)を支援する運動体もいくつもあります。今まさに、日本人の権利に対する意識が問われているのです。ひとり残された少女を励ますどころか、精神的に追い詰める行為を見て、私も日本人として恥ずかしさと憤りを抑えることができません。過去には多くの日本人も外国へ移住し、その国に受け入れられてきました。偏狭なる心を捨てて、こころ豊かな国際人となろう!


 そして、トラックバックいただいた村野瀬玲奈の秘書課広報室の記事に、次のサイトが紹介されていました。
●法学館憲法研究所 「不法滞在外国人」ってどんな人?
 外国人や難民に関する事件を精力的に手がけている若い弁護士さんの記事のようです。一部紹介しておきます。

 いまの社会には、外国人にとって在留資格は日本における全ての権利の淵源であり、在留資格を持たない不法滞在外国人には一切の人権が認められないかのような空気があります。しかし不法滞在とは法的には単に「在留資格がない」ということにすぎず、それ以上の意味はありません。在留資格を規定している入管法は、もちろん憲法の下位にありますから、外国人に対する人権保障は在留資格の有無によっては差別されないのが原則です。また、入管法は運転免許について規定する道路交通法や、生活保護法、国民健康保険法、その他多くの法律との間に一切の優劣の関係はありません。ですから、在留資格が法律上の要件となっている場合を除いて、「在留資格がないから権利が認められない。」という言い方は明らかに誤っているのです。

 しかも、在留資格の有無は非常に重要なことのように思われがちですが、実は全然本質的なことではなく、極めて政策的な事柄なのです。ちょっと乱暴な例かも知れませんが、自動車運転免許の取得年齢を20歳以上とするか18歳以上とするかというのと基本的には変わりません。(以上、引用)

 それにしても私がまず言いたかったのは、「どんな意見があるにしても、一人取り残され心細い思いをしている少女を大人がよってたかっていじめるようなことは恥ずべきことではないか」と言うことでした。

 ・・・難しい問題を含みますが、今後も関心を持って考えて行きたいと思います。
今日のところは、以上です。

  
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2009.04.21 | | Comments(3) | Trackback(1) | ・社会評論Ⅱ

NO.1089 国と大人たちによるいじめと子どもの権利条約 (カルデロンさん一家の問題について)

 カルデロンさん一家の強制退去処分問題と日本に残された少女のことは、村野瀬玲奈の秘書課広報室さんが系統的に書かれて来ました。
 私は、あまり深くは考えてきませんでしたが、いくつかのブログで、由々しきことが起こっていることを知り、ひとことものを言わなければならないと思い、初めてこの件にふれます。
 これは私と私の4人の娘たちの問題でもありました。もっと関心を持って早くから発言すべきでした。

 先ずは、45秒ほどの動画をご覧ください。

         

大人が寄ってたかって、少女をいじめる
 これは、去る11日(土)、埼玉県蕨市での「犯罪外国人・犯罪助長メディアを許さない国民大行進 in 蕨」(主催:在日特権を許さない市民の会)の模様の一部です。これは、法務大臣により、その在留が認められたフィリピン人少女を名指しでつるし上げるために、彼女の通う中学校を標的にコースを組み、「ここがA子の通う中学校です。皆様怒りの声を上げましょう」・・・とがなりながらデモをする100人ほどの集団の様子の一部です。彼らがどういう人々かは、掲げた「日の丸」がその一部を物語ってはいますが・・・。

 強制退去そのものも、冷たい度量の無い国だなと思っていましたが、一人取り残され心細い思いをしているであろう少女に対して、大の大人たちがこんな「デモ」をかける・・・、救いがたい恥ずべきことではないでしょうか。日本人て何なんでしょう。恥かしいです。

 法務省の措置・決定に批判があれば、その主張の仕方は別にあるはずだ。少女のことを思うと、はらわたが煮えくり返るような思いです。

シバレイのblogさんは、

 先の「デモ」は、少なくとも私には、怖い大人がよってたかって、一人の少女をつるし上げして悦に入っているようにしか見えず、「いい大人が本当にカッコ悪い」「キモイ」としか感じませんでした。もはや、主張の内容うんぬん以前の問題でしょう。また、このような未成年の一個人に対する集団リンチを「デモ」として許可した、蕨警察署や埼玉公安委員会の人権感覚も全く、噴飯ものだと思います。

 と、怒りをあらわに批判しています。全く同感です。

私の考えも ひとこと
 この機会に、カルデロンさん一家に関する法務省の強制退去命令について、一言私の考えも書いておこうと思います。 

 入国管理局は、カルデロン夫妻と中学生・A子さん(13歳)を「不法滞在」として、親子3人で帰国するか、A子さんを残し、両親だけ帰国するかのどちらかを迫り、両親が帰国する意思を示さない場合は3人を強制送還すると命令していました。

 これに対し、一家は、少女だけを日本に残し、両親は4月13日に帰国しました。それは始業式を見届けてからという切ないものでた。

 少女はまだ13歳です。
家にも娘が4人いますが・・・、考えただけでも、身が引き裂かれる想いです。
当局は、「他の不法滞在者に影響する」などと説明していますが、一家の滞在の特別許可を出すことがそんなに問題なのか、理解に苦しみます。

 カルデロンさん一家は来日して15年になり、日本で生まれた少女はは日本語しか使えません。このまま日本で両親とともに生活し、日本の学校に通い、友達とともに学び成長することは、少女の当然の権利では無いでしょうか。少女がこのまま帰国すれば、教育や社会生活などでさまざまな困難な条件に置かれ、成長発達にも大きな障害にもなるでしょう。


子どもの権利条約に照らして
 法務当局は、何よりも本人たちの希望に耳を傾ける必要があったと思います。そして、何より少女の今後のことをどう考えるかが大事だったと思います。
 子どもの権利条約は、次のように謳っています。

第3条
1.児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれかによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする

第9条
1.締約国は、児童がその父母の意志に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続きに従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は、この限りではない。このような決定は、父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要になることがある。

 これは、本国に強制送還したり、親から引き離すような措置は、あってはならないことを示しています。日本政府は子どもの権利条約を遅まきながらも、1994年4月22日に批准しています。
 今回の措置は、政府が批准している子どもの権利条約に照らしても違法ではないでしょうか。

 政府が下した今回の措置の法的根拠は、不勉強で詳しくは知りませんが、法律というものは人々が幸せに暮すために使うべきものだろうと、素朴に思うのです。

懐の深い国へ 優しい人々
 カルデロンさん一家は来日して15年以上日本で働き暮らし、きちんと納税義務も果たしていたというではありませんか。当局が、「不法滞在」とし、「他の不法滞在者に影響する」として強制退去させることにどれだけの国民の利益や幸せがあるというのでしょうか。
 多くの国民は、もっと懐の深い優しい国・日本を望んでいるのではないでしょうか。

 冒頭から不愉快な動画でしたから、最後にれんげ畑で深呼吸でも・・・今日はこの辺で・・・。

       田舎 072

 
  
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2009.04.16 | | Comments(11) | Trackback(6) | ・社会評論Ⅱ

NO.1016 「年越し派遣村」が教えたもの/自己責任論と決別のとき  湯浅 誠

 どこへ行く、日本。さんのところから転載させていただきました。(赤旗電子版にはなかったので、ズルしてこちらからコピーを・・・)

    雑草 017

 いろいろなことで困っている人の相談を受けることがあります。自分から或いは助けてもらいながら相談できる人は、希望があります。相談する術を知らない人達がたくさんいます。

 私は、「私はここにいます。辛いです。きついです。助けてください」という力が人間にとって大事な生きる力なんだよ」と言います。

 湯浅さんは「溜め」という言葉を使います。
 「溜めというのは、そこからエネルギーをくみ上げていく機能を持つもので、なにかやるときの自信になるとか、それがあればやれると思えるとか、がんばれるとか、ですね。私は、当事者が失った溜めを増やすために、居場所をつくるしかないと言っています。自分も生きていていいんだと腹に落ちる場所をつくる。」と。

 知的障害を持つ仲間たちは、その生きてきた様々な社会的環境、時代によって一様ではありませんが、自分がしっくりいく居場所がなく、まるで自分で無いかのような自分と向き合って生きて来ざるを得なかった人たちがいます。下を向いて、自分から目をそらし、静かにその日を生きるしかありませんでした。
 
 いじめにあったり無視されたりバカだのチョンだのと粗末に扱われたり・・・、あまりに辛すぎると、自分を壊して逃げるしかなくなってしまいます。精神障害や人格障害を引き起こし、無意識のうちに自分を守ろうとするのです。いわゆるる二次障害です。

 私の四女は、「中学の時はいつも下を向いてた。(特別支援高等学校の)今は、下を向かなくていい。みんなが優しいし、友達も先生も好き。だから学校が毎日楽しい」と話してくれます。居場所を見つけたのです。涙が出そうになります。

そのままの自分でいい居場所
 「工房陶友」 に来た仲間たちは、居場所のなかった「社会」からここに来ることによって、自分がありのままの自分でいい「居場所」を手に入れます。そこからゆっくりゆっくり、仲間や職員との関わりを通じて、そこに肯定的に写しだされる自分に会うことによって、自分を取り戻し、笑顔を取り戻し、成長していきます。ありのままの自分を受け容れることによってしか、希望や未来を見ることはできないのだと思います。

 言い換えれば「自己責任」の呪縛から開放され、ありのままの自分を出し、「私はここにいます。辛いです。きついです。助けてください」と言うところから人生は、前を向き始めるのではないでしょうか。
それを共感的に受け容れる人間関係の社会が必用なのです。そうしてみんな、人や社会の力を借りながら生きていくのです。

「生きづらさ」と向き合う
 貧困も障害も人間としての「生きづらさ」です。
そういう障害福祉現場での実践とダブらせながら、湯浅氏のインタビューを読みました。

 私が向き合ってきた貧困と障害も、経済的貧困を土台にし、「人間らしさの貧困」として、一人ひとりの人格の上に、人生の上に陰を落としています。「派遣村」に集まった人たちは、障害のある人たちがそうであるように、決して一部の例外ではなく、この国の「私たち」であり「私の一部」なのです。


 湯浅さんは、次のように言っています。
「よく聞かれますが、社会の当事者としての怒りというか、「おれはこういう社会では生きていたくない」って、運動しているんです。『あの人たちのために何かやってあげましょう』という意識はない。」と。なんか、自分に似てるなと思います。(オラは立派じゃねえけどお)

 もし、自分が障害のある仲間たちの立場だったら・・・、上手に物言うことも知ならない彼らと向き合いながら、いつもそう考えてやってきました。・・・つもりです。こんな制度はイヤだな、こんな社会はイヤだな、変えなきゃ!と。(聖人君子じゃないから、時々は、「あ~~うっとうしい!」とも思いますが・・・笑・汗)

 自分に引き寄せて見る、考える・・・。人間のあり方、社会のあり方を考える。 

 ・・・そんな事を考えながら、是非皆さんにも読んで欲しいなと思います。
私などの論評はいらない立派な青年ですが、人間とその社会のあり方を問う示唆に富んだ内容だと思います。


 「しんぶん赤旗」2009年3月5日号・「学問文化」欄(9面)から。
============================================
<シリーズ 現代の視点>
『反貧困』の著者 湯浅 誠さんに聞く(上)
年越し派遣村」が教えたもの/自己責任論と決別のとき


 反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さん(39)は、日本の貧困問題にどう立ち向かうかについて、貧困状態に追い込まれた人々と日々接する目から、『反貧困』(岩波書店)を著し、二月、大併次郎論壇質を受賞しています。また年末から年始にかけて、派遣労働者の「派遣切り」「雇い止め」に対応した「年越し派遣村」の村長も務めました。

        湯浅誠

 ―日比谷公園の「年越し派遣村」には五百人を超える当事者が「入村」し、社会的に注目されました。

 公的なネットは何も効いてない

 湯浅 はっきりしたのは非正規の人たちがいかに危なっかしい綱渡りをしてきたかということです。これまで仕事がたまたま続いていたから生きていたに過ぎなかった。それが「派遣切り」されると一気にホームレスに転落する、公的なセーフティーネットは何も効いてない。「派遣村」のことがわーっとメディアなどで伝えられることによって、こんな現実なんだと、社会がわかったことは大きい。

 ―村に来た人は実にさまざまだと聞いています。

 湯浅 ものすごく低い確率で偶然が偶然を呼ぶ感じでたどり着いた人がとても多い。ということは来た人と来ていない人の間に何の違いもない。来た人はラッキーだったね、とアパートに入り、来ていない人はいまだに路頭に迷っている。それはすごく理不尽なこと。ラッキーかアンラッキーかで生死が分かれる社会だし、人生がばくちのよう。そういう社会を見直す時期です。

 ―課題はありますか?

 貧困の議論をと書いてから2年

 湯浅 「派遣村」でのことが、年末年始の特別な時期に特別な現象が起こって特別な対応をしました、以上終わり、というふうに、収まってしまわないかということです。しかし、派遣社員の契約がいっせいに切れる三月にまた起こるし、三月で終わるわけではない。あの時点からどう運動を積み上げていくか、あるいはゼロに戻るのかという、今年はちょうど分かれ道だと思うし、それは私たちにとっての課題です。

 ―反貧困の旗を掲げてどれくらいたちますか?

 湯浅 二年以上になります。貧困が目に見えるようになるという点では隔世の感があります。「格差ではなく貧困の議論を」という文章を書いた二〇〇六年のころは、誰も貧困のことをいわないじゃないかという気持ちでしたが、それ以降、ものすごい量の報道がされ、学生がワーキングプアのリポートを書いたり卒業論文を書くという話を講演先で聞くようにもなりました。問題そのものが社会全体に共有されてきている。

 ―『反貧困』で、貧困に至る背景に自己責任でなく、「五重の排除」(教育課程からの排除、企業福祉からの排除、家庭福祉からの排除、公的福祉からの排除、自分自身からの排除)を指摘し、日本社会は、一度転んだらどん底まで落ちる「すべり台社会」と書いています。

 ヨーロッパとは違う野宿の原因

 湯浅 そういう認識が生まれたのは、野宿の人たちと一緒に活動してきたからです。なぜ野宿になっちゃうのか、いったいそれはどういう状態なのかを考えていったら、それが見えてきた。すべり台社会もそう。もともと日本の野宿の人たちは失業が原因です。このことはヨーロッパでホームレス支援をやっている人が日本に来ると驚く。なぜ日本では健康な男性たちが野宿しているのかと。ヨーロッパでは失業しても公的なセーフティーネットがあるから、働き盛りといわれる男性たちは失業だけが問題で野宿になってない。だけど、日本に来ると野宿になっている。しかも年齢が四十代後半から五十代の人たちだ。それは彼らにとって異様な光景なのです。その異様さは日本にいるとわからない。でもそれは説明できることです。四十代後半くらいから、もうあなたはいらないと建設現場で言われた後、六十歳を過ぎないと福祉の窓口も開かない。労働と福祉の狭間に落ち込んで野宿になってしまう。今回の「派遣切り」の被害者がストンとホームレスになるのと、まったく同じなのです。

 ―自己責任論の弊害について、貧困を生み、かつ当事者を呪縛し、問題解決を遠ざけると、本でも主張しています。

 「自分が悪い」と痛々しいほどに

 湯浅 自己責任論とはもういいかげん手を切る時期でしょう。そうしないと社会全体の地盤沈下が止まらない。99%といってもいいかもしれませんが、野宿者のみんなが、野宿になったのは自分が悪かったと言うし、私が所属するNPO法人自立生活サポートセンター「もやい」に相談に来る人たちも、食べて行けなくなったのは自分たちのせいだと。現場で対応していると、それはもう痛々しく、やりきれない思いをずうっとしている。なぜそこまで思っちゃうのか。甘やかす必要はないと言っている人も含めて、結局人を頼ってはいけない、がんばっていれば貧困にはならない、と言われてきたし育てられてきたからです。そういう今までの自分の考えと辻つまを合わせようと思ったら、当事者はそう思わざるを得ない。なので、そこはもう一回、一から人をつくり直すくらいでないと、なぜ怒らないのかと当事者に言ってみても解決しないと思います。     (つづく)


『反貧困』の著者 湯浅 誠さんに聞く(下)
年越し派遣村」が教えたもの/企業の大きな社会的責任
 ―金銭に限定せず人間関係も含めた「溜め」を増やすことが大事だといっていますね。

「生きてていい」腹に落ちる場を

 湯浅 溜めというのは、そこからエネルギーをくみ上げていく機能を持つもので、なにかやるときの自信になるとか、それがあればやれると思えるとか、がんばれるとか、ですね。私は、当事者が失った溜めを増やすために、居場所をつくるしかないと言っています。自分も生きていていいんだと腹に落ちる場所をつくる。誰かからそう言われなくても、ああ、自分も生きていていいんだ、と思う瞬間がある。それが来るのを待つか、そういう場所を用意できるか。たたかうためには、たたかわなくていい場所が必要です。本にも書きましたけど、「コーヒーポットとカップがあれば、居場所ができる」と。

 ―そのためには?

 湯浅 人の溜めをみるためには、自分の溜めを自覚するのがまず一歩です。「あの人たち」ととらえるところから一回離れないと、何のために居場所をつくるのかもわからなくなる。そのことがわからないという人も家に帰れば、愚痴を聞いてくれる妻がいるわけですね。そういう溜めがある。そのことを自覚しないと、ああ、自分はそういうなかで生かされているんだということがわからないでしょう。

 ―非正規労働者にたいする「派遣切り」「雇い止め」など企業の責任が問われています。

法律をごまかし安上がりに雇用

 湯浅 企業の責任は大きい。たとえば経営者報酬とか役員報酬などに手をつけたり、資産のうち、ここまでは売れるというふうにやっていくとか、そういう努力をしなければ、赤字転落だから派遣労働者を切って、正社員まで手をつけても仕方ないという話にまですっと行かない。今まで非正規労働者を法律をごまかした上に安く使うことで、史上最高の経常利益を上げ続け、内部留保もあるわけですから、その分は返してもらわないと辻つまが合わない。それとセーフティーネットのことです。セーフティーネットというとすぐ、政府がやるもので企業は関係ないという話になるけれど、セーフティーネットをつくるためには企業も相応の負担をしなければならない。税金を払っているからいいんだという話にこの大変な事態ではならないはず。その点、市民の方が先んじています。「派遣村」に多くの寄付が集まりましたが、その中でも出し惜しむ企業というのは何だろうか。企業の社会的な存在意義まで考えてしまいます。

 ―学生だった一九九五年に東京・渋谷の路上で野宿者の支援活動を始め、その後、生活相談や生活保護申請同行の支援活動や、生活困窮者といっしょに仕事起こしの活動もしています。

 湯浅 やりがいを感じます。野宿の問題は、私が活動を始めた九〇年代半ばのころは新しい課題だった。「これをやったらどうだろう」と提案した時に「そんなものは十年前にやったけど、だめだった」という人はいなかった。だから道のないところに道をつくるように試行錯誤し、失敗もたくさんした。そうするうちに貧困が広がってきました。この事態にどう向き合うかが、また新しい問題で、自分たちの活動の積み重ねから何が言えるか、何がやれるかを見つけながら、それを社会に訴えてきた。ちょっとでも状況が良くなるところがあれば、やっててよかったとなるし、やる価値がある活動だと思ってます。

 ―〇三年に大学院の博士課程を辞め、活動に専念します。

 湯浅 研究って一人でやるものですが、活動は仲間がいて、みんな大変な中でやっている。研究は五年、十年で考えるものですが、現場は日々動く。明日はどうするかという時に、研究があるからとなかなか言えなかった。ただムダにはなってない。今は本を読む時間もないけど、研究のノウハウというか、基礎的な訓練を受けたことは、私の溜めです。それを活動に使うのは私の役割と思う。

 ―活動の原動力は?

 こういう社会は“自分はいやだ”

 湯浅 よく聞かれますが、社会の当事者としての怒りというか、「おれはこういう社会では生きていたくない」って、運動しているんです。「あの人たちのために何かやってあげましょう」という意識はない。私がいやだと。「人のため」という意識と比べたら、その方が楽だろうと思う。

 ―『反貧困』が論壇賞を受賞しましたが。

 湯浅 私は論壇の人間ではないので気恥ずかしい。私みたいな社会運動家が論壇に首を突っ込むのと同じように、論壇の人たちが社会的なものに、どんどん首を突っ込まないとうまくないんじゃないか。「派遣切り」とかでも学者の記者会見があってもいい。若い人たちにたいして社会への働きかけが弱いとか聞きますが、そういっている人たち自身もそうだ。学者も市民としての責任を忘れないでほしい。
     (おわり)
    (三木利博)




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2009.03.10 | | Comments(0) | Trackback(3) | ・社会評論Ⅱ

NO.1014 血液型では決まらない。

 「またぞろ血液型性格診断がはやっています。単なる遊び心だからなどと擁護する人もいるでしょうが、差別や偏見、思考停止につながらないか心配です。」・・・なんや、俺が前に書いたこととおんなじや、そんな思いで見た。なんと新聞の社説でこんなことが書かれている、ちょっと驚き。

 関連過去ログ:NO.873 俺はB型やけど、なんか文句あるとや!くらすぞ、きさん!
          NO.878 再び、おれはB型やけど、なんか文句あるとや!
           NO.881 三度、俺はB型やけど、なんか文句アルとや!

  沈丁花

ということで、引用して紹介します。
【社説】  週のはじめに考える 血液型では決まらない(東京新聞 2009年3月8日 )

 またぞろ血液型性格診断がはやっています。単なる遊び心だからなどと擁護する人もいるでしょうが、差別や偏見、思考停止につながらないか心配です。

 血液型と結婚を結び付けたテレビドラマが先月下旬、四夜連続で放送されました。

 A、B、O、ABの四つの血液型の女性をヒロインに結婚への道をコメディータッチで描いた作品です。気になったのは血液型で性格を決定づけていることです。

 A型「安定志向」、B型「好奇心旺盛」、O型「おおらか」、AB型「マイペース」といった具合です。典型的な類型化です。

◆ベストセラーに4著書
 「血液型による性格診断」が受けたのはドラマだけではありません。昨年の年間ベストセラー(トーハン調べ)十位までの中に血液型による「自分の説明書」と題する書物四冊が入っています。出版した文芸社によると、合計発行部数は五百万部を超えるそうです。

 同書に基づくと、四つの血液型の特徴は次のようになります。

 A型 神経質な完全主義者であるが、心配過敏性的である

 B型 陽気であるが、風変わりで自己中心的である

 O型 好奇心が強く寛容であるが、頑固な面もある

 AB型 芸術家的であるが、謎めいていて予測がつかない

 先のドラマの分類とは少し違っているようです。誰かの血液型と照らして「そうだな」「違うな」などと思う人がいるかもしれません。ちなみに、麻生太郎首相、福田康夫前首相はA型、安倍晋三元首相、小沢一郎民主党代表はB型です。当たっていますか。

 こんな血液型性格診断ブームを米誌「NEWS WEEK」電子版(二月一日号)が皮肉っぽく紹介し、こう指摘しています。

 「日本では血液型は結婚相談所から職業の決定に至るまで決定的な役割を持ち、いかに科学的に反論しても歯が立たない」

 実際に、血液型を結婚の相性テストに使ったり、従業員に仕事を割り当てる場合に利用したりする会社があるそうです。園児のクラス編成に使用する幼稚園もあるといいます。

 北京五輪で金メダルを獲得したソフトボールチームが練習する際に、選手の血液型を一つの情報として考慮していたこともエピソードとして挙げられています。

 でも、日本でどうしてこれほど血液型性格論がはやるのでしょうか。二〇〇七年秋にNTTナビスペースが「血液型による性格の違いあると思いますか?」という調査をした結果、七万を超す回答者のうち女性の63・1%、男性の47・3%が「ある」と答えました。

◆冗談ではすまない欧米
 もともと回答者に血液型占いなどを楽しんでいる人が多かったのでしょうが、驚きの数字です。

 血液型と気質の関連を科学的な研究対象にしようとする試みは、昭和の初期から医師や学者によって行われてきましたが、結果的に科学的な差異が認められなかった経緯があります。先の米誌の記事の中で菊池聡信州大准教授(心理学)は、こう言っています。

 「血液型は血液中のタンパク質によるものであって、性格とは何ら関係ない。血液型性格論はえせ科学であり、その考えは人間理解の妨げになり、人種差別主義と同じようなものである」

 欧米では血液型の話は冗談ではすまされません。第一次世界大戦後のドイツで、ナチスがユダヤ人迫害のスローガンとして「純粋なアーリア人の血をユダヤの血で汚すな」と呼びかけたとされます。「血で人が異なる」という信念が強調され、アウシュビッツにつながる民族大虐殺が行われたことを連想させるからです。

 血液型性格論が与える最大の問題点は、人にレッテルを張ったり、決め付けたりすることです。これは差別や偏見の入り口となります。本人の能力や資質とは無関係の論点だからです。

 テレビやパソコンサイトで血液型性格論を盛んに伝えるマスメディアの影響も大きいものがあります。こういう情報を頼りにして、深く考えることを避ける傾向が強いのも最近の特徴でしょうか。

◆輸血にしか役立たない
 血液型性格論に限りません。ものの見方が単純化し、雑ぱくになった人が増えた感があります。

 テレビでクイズ番組が受けるのも、手っ取り早く答えを見つけたい人の多い表れではないでしょうか。

 経済危機や政治の混迷を打ち破るには、将来ビジョンを描くリーダーや政治家が欠かせません。

 総選挙を前に、それには誰がふさわしいのか、じっくり自分の頭で考えたいものです。血液型は輸血にしか役立ちませんが、人間を見るための判断材料なら山ほどあります。(以上引用)

  いかがですか。
この件に関しては、以前に村野瀬玲奈 さんとこんなやり取りをした事があります。

提案
良い台詞は思いつきませんが、「血液型は何?」ときかれたら別の血液型を答えて、その血液型ということで押し通してみればどうでしょうか。

あるいは、「『xxxの血液型性格診断』の本には『xxx型はxxxxだ』と書いてあったけど、『xxxの血液型占い』の本には反対のことが書いてあった、とか言ってみるとか。

2009-02-28 土 20:58:41 | URL | 村野瀬玲奈 #6fyJxoAE [ 編集]

村野瀬玲奈さんへ。
こんにちわ。
> 良い台詞は思いつきませんが、「血液型は何?」ときかれたら別の血液型を答えて、その血液型ということで押し通してみればどうでしょうか。

一発で斬るよりも、話しながら、やんわり伝えていくというやり方・・・いいですね。
実はこのやり方で行くと、A型の人にB型の答えという風に別の血液型の「特徴」を答えても、大体7割は「当たっている!」となるそうです。まあ、上手くできてるものですが。そこで、「今のは実はB型でした」なんて、種を明かすと、「え~~」となるらしい。
大体そんなものらしいですね。
この前、地元のテレビが街頭で実験していましたよ。
このやり方が説得的かもしれないですね。
悪意のない人々をバサッと斬るのも大人気ないし、その話を取り上げてやりながら、やんわりと事実で、「・・・じゃない?」なんて投げかけるのがいいですね。

どこかに誰かが書いていました。
「宴会の籍でこの話題で盛り上がっている時に、それは間違いだという批判はし辛い・・・」と。
そういうような場では特に話題を盛り上げ、参加しながら・・・。

うん、いいやり方だと思いますよ。

    2009-03-01 日 10:07:53 | URL | 友さん #- [ 編集]



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2009.03.09 | | Comments(2) | Trackback(1) | ・社会評論Ⅱ

NO.995 替え歌 大衆芸能に貢献する麻生政権。

 まあ、よく降るもんですね。
昨日は、陽気に誘われバッタが動き出していましたが・・・。

         早春 015

 麻生さんは、定額給付金を迷走の果てに受け取ると表明しておりました。『受け取ります、受け取ります」と2回も。使い方は「家内と相談する」そうで。
どうぞ、障害者の作業所で買い物をしてくださいな。たったの1万2000円じゃなく、その数十倍ぐらい使っても何てこと無いでしょう。

・・・ということで、今日はお気楽な話題で行きましょう。
コミュニスタ紅星さんの「大衆芸能と大衆運動」という記事で知りました。

 博多熊雄さんの「字遊業の自由帖・ネタ帖 ~過去・現在~」のカテゴリー「♪♪替え歌♪♪」 に、面白い替え歌がありましたので紹介します。
この方は博多では、一部の関係者は良く知るお笑い芸人、博多にわかの芸人(?)です(笑)多分・・・。
カラオケのレパートリーに入れて流行らせてください。

ホテルのバーから
  ~麻生政策秘書の悩み~


       都太郎

     歌/都 太郎 補作詞/ムーミン


あなたの変わりは ないですか
日ごと支持率 さがります
読んではもらえぬ 原稿を
ふりがなふって 書いてます

総理の椅子の 未練でしょう
選挙が怖い 永田町


不況まじりの 町の声
すすり泣くよに 聞こえます
ワイン並べて ただひとり
選挙公約 書いてます

代議士バッジの 未練でしょう
落選怖い 永田町


解散しても いいですか
世間はしんしん 泣いてます
お金配って 増税を
しても票は とれません

与党の椅子の 未練でしょう
批判が怖い 永田町


    北の宿から 都はるみ 作詞/阿久悠 作曲/小林亜星
    





酒の過ぎゆくままに

       酒

      歌:ゴックン昭一 補作詞:ムーミン 

あなたはすっかり 飲んでしまい
大事な会見 眠ってしまう
こわれた頭で 経済危機を
しどろもどろで 説明してた

酒の過ぎ行くままに その身をまかせ
非難ごうごう あきれた奴と 
辞めてゆくのも 当然だよと
身内つめたい 辞任会見

風邪のセキなら なおせるけれど
世間の見る目は だませはしない
支持率低下に 拍車をかける 
あなたの酩酊 異常事態

酒の過ぎ行くままに その身をまかせ
社会常識 うたがわれながら
これじゃ選挙が 闘えないと 
麻生おろしも 勢いづくだろう

酒の過ぎ行くままに その身をまかせ
体調管理 うたがわれながら
これじゃ選挙に 負けてしまうと 
ゴックンしても 眠れないだろう


   時の過ぎゆくままに 沢田研二  阿久 悠/作詞 大野克夫/作曲   




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2009.03.03 | | Comments(0) | Trackback(3) | ・社会評論Ⅱ

NO.964 個人情報の保護は必要だが・・・。

  NPJ お薦め ブログ推薦御礼 

 個人情報保護について、数日前の記事だが、感想を一言。

         asahi 003

 知りもしないところから電話があったりする。投資や金儲けの話。
「社長様、絶対にお得な話です。お客様のお役に立ちたいです・・・」。私は社長ではない、所長だ。職場に電話掛けてきて・・・。
「私は金儲けには関心ありませんから」と断ろうとしてもしつこい。話を切り上げて電話を切るように言っても、先方は、話も聞かずに、空気も読まずに、マニュアルどおりに続けようとする。
 ・・・私は、遂には怒鳴りあげる。
「そんなに間違いなく儲かるんなら、あなたが投資して儲けて、うちの作業所に寄付してよ。私だけでなく沢山の人が助かり喜ぶから」。・・・そんな事が時々ある。
 どこで俺のことがわかったんだ? 勿論、個人情報が本人の知らないところで売られているのだろう。
 個人情報は保護されなければならない。しかし、これはどうだろう。

撮影ご遠慮ください、保護者から不満も 田辺中学卒業式(和歌山)(2月16日紀伊民報)

 3月に初めての卒業式を迎える田辺市学園の県立田辺中学校(浜野公二校長)は、個人情報保護法などを理由に、会場での保護者らによるカメラやビデオ撮影を事実上禁止する方針を立てている。すでに入学式でも実施しているが、保護者から「子どもの成長を記録に残したい。撮影をさせてほしい」などの声が上がっている。県教委は「学校が決めた事柄で、県教委が良い悪いは言えない。良識の範囲内の撮影なら法律には抵触しないだろう」と話している。

  ある3年生の保護者はこのほど、卒業式を前に「子どもを思う親として、成長の節目を祝って、記録に残したい」と同校に撮影許可を申し入れした。
 これに対し、浜野校長は「保護者としての気持ちはよく分かるが、写るのが自分の子どもだけではない場合、個人情報保護法で規制される。撮影されるのを嫌がる生徒や保護者がいるかもしれないし、ほかに流用される可能性もある。その場合は学校として責任が持てない」と説明。多くの保護者が一斉に撮影することになると、式を厳粛に開くことができなくなることも理由に挙げ、理解を求めた。(以上、部分引用)

 ここまでやる必要があるのか?法を厳格に守ることは必用だが、ここまできては、そのためにかえって市民社会の人間関係がギスギスしてしまうのではないか。学校側の「問題が起こらなければよい」事なかれ主義が、先に立っているようにも思われる。

 私は、知的障害者の作業所で働いている。
新しく入った仲間の成育歴や相談歴を調べるために、学校や公的相談機関に問い合わせをする必要がある場合がある。
「個人情報保護のために、開示できない。どうしても必用なら、保護者の同意が必要で・・・」と、同意書とハンコを求められる。
 思う。バカバカしいことにエネルギーを使わせて・・・と。作業所をなんだと思ってるんだ!ついでに「オレよりもはるかにいい給料をもらいながら、下らん仕事しやがって」と、頭の固い役所仕事(と、決め付けて)に腹が立ったりする。

 実習の学生が、施設実習に来る。
「仲間(利用者)のことを理解するためには、今、目の前にいる姿だけでは見えない。過去の記録も見て、その人の生きてきた歴史、経過を知ることが大事・・・」などと指導する。すると、過去資料や記録を見せてほしいと言っても、「個人情報保護のために見せない」という施設が少なからずあるということだ。

 私はあきれ返り言う。「あほか!個人情報は、個人の人権を守るために保護されるんだ。個人の人権を守るために必要な場合には開示されなければならないんだ」と。しかも、学生たちは、「知りえた個人情報は守秘義務にのっとり・・・」と、誓約までしているのだ。教育的配慮が全くなく、機械的な対応なのだ。

 そんな現場のことを思うとき、この記事の校長の対応には、どうしても法の趣旨を守るというよりも、その場しのぎの事なかれ主義と機械的なお役所仕事だと感じざるを得ない。

 法治国家である。法を守るのは当然だが、こんなにがちがちに法に振り回されていいものかと思うのは、私だけだろうか・・・。



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2009.02.19 | | Comments(1) | Trackback(2) | ・社会評論Ⅱ

NO.881 三度、俺はB型やけど、なんか文句アルとや!

 ABO式血液型が発見されたのは1901年。その直後にドイツの皇帝ヴィルヘルム2世 が、黄禍論(おうかろん/こうかろん)を唱え、白色人種が黄色人種よりも優れていることの根拠に、このABO式血液型の指標が使われたことが知られている。

カンタ 024


 血液型は、発見直後から民族差別に使われたと言う事実を忘れてはならないだろう。その後、ヒトラーは、民族差別をさらにエスカレートさせユダヤ人や障害者の大量虐殺を国策として押し進めた。人類の悲惨な痛恨の歴史は、まだ記憶に新しい。

 血液型というレッテルによって、人を決め付けると言うものの見方は、差別的な人間観の土壌になりかねないのだ。その思考方法は、朝鮮人だから、部落民だから、障害者だから・・・というものとどう違うと言うのか。

 かつて、茨城県警が血液型と交通事故の相関をホームページに載せたことがある。北海道警や、福岡、石川、徳島などの県警が、生まれ星座と交通事故の関係をホームページに載せたこともある。世論のひんしゅくを買ったのは言うまでもない。ご立派な科学警察だ。

 血液型や星座で、性格や運命を占う・・・、論ずる。
ちょっとした出会いの席で、切り口に話題にするのはご愛嬌とも言う。しかし、こうしたレッテリングやラべりズムが、無意識のうちに、人の実際を見ずに型にはめて決めつけて見てしまうというという事になりかねないのだ。

 それは、科学的根拠のない民族差別や、人間差別の温床を準備することにつながりかねないということを考えて欲しいわけだ。

 ・・・堅苦しい事を言うおっさんやけど、そういう訳で、この話題は生理的にいやなんだ。何も、俺がB型で、一番悪く言われていると思い、ひがんでの事じゃないよ。

 これから、目の前で、この話題で盛り上がる若者を見たらちゃんと教えてやらないかんと思う。それで嫌われても何ぼのもんや。・・・このシリーズは以上です。ではでは。

 関連ログ:NO.873 俺はB型やけど、なんか文句あるとや!くらすぞ、きさん!
       NO.878 再び、おれはB型やけど、なんか文句あるとや!
 
 


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2009.01.13 | | Comments(4) | Trackback(2) | ・社会評論Ⅱ

NO.878 再び、おれはB型やけど、なんか文句あるとや!

 NO.873 俺はB型やけど、なんか文句あるとや!くらすぞ、きさん!の記事に、ぱたりさんから以下のコメントがあった。

血液型とか下らんと私も思います。
ちなみにウチは家族みんなO型ですが・・
見事に性格は全然違います。
当然ですが・・

「B型はこうだ」とか、
「アメリカ人はこういう人間だ」とか言うのを聞くと、
私はいつも、なにか意図的な誘導を感じます。
2009-01-11 日 12:56:26 | URL | ぱたり #JalddpaA

 そして、こんな歌まで見つけてしまってびっくり。俺って世間に疎いのかな。
血液型で相手を決め付けて、女や男をからかう歌。

演歌 血液ガッタガタ  バラクーダー


こちらの歌詞は血液型で女性をからかい、こちらのバージョンは、男性をからかう。

 血液型による自己診断、自己診断だけなら他人様に迷惑をかけるわけでもないが、他人にレッテル貼りをするということは如何なものか。この風潮にはさすがに一言申したくなるのだ。

 血液型診断は、日本と一部のアジア特有のもののようだ。日本ではABO式に一部RH式を絡めた血液型診断が中心だ。しかし、血液型は、他にe式、q式、s式、MNO式に加え、白血球の血液型、血小板の血液型など60数種類以上もあると言う。

 そして、まったく同じ血液型の人が遭遇する確率は1兆分の1以下だと言う。それだけ多様に個人個人が存在するわけだ。

 ABO式の血液型は、赤血球に乗っているたんぱく質の構造によって分類されているだけだ。その生理学的構造が人間の生理学的生命活動になんらの影響をも及ぼさないとはいえないだろうが、一方、人間の性格は百歩譲ってもそんなもので規定されるものではない。

 人間の性格というものは、一人ひとりのその生育暦の中で、幼い頃の躾であったり、教育であったり、人間関係であったり・・・、広い意味での社会的な体験を通じて、まさに社会的に総合的に形成されるものである。赤血球に乗っているたんぱく質の構造で簡単に決まるものではないことは明らかだ。

 そんな気難しいこと言わないでも、ただのご愛嬌、遊びジャンと言うかもしれない。
じゃあ、ABO式ガ発見されてからこのレッテル張りが、民族差別に利用されてきた歴史があると言う事実の前に、どう考えたらいいのだろうか。

 ただの遊びも無批判に麻痺すれば、大変なことになるよと言うわけだ。次回はその辺について・・・。

 関連ログ:NO.873 俺はB型やけど、なんか文句あるとや!くらすぞ、きさん!
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2009.01.12 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・社会評論Ⅱ

NO.873 俺はB型やけど、なんか文句あるとや!くらすぞ、きさん!

 大体血液型の話題は不愉快。気が弱くて穏やかな俺が、不愉快って言い切ることはどういうことか分かってんだろうな。・・・これまでのエントリーとはかなり違うモードだが。

 今日はイントロ。
去年は、血液型の本がベストセラーだったんだってな。正確には血液型占いか。日本人はバカばっかりや。若いバカな連中が、一塊り集まると血液型占いの話をする。俺は、くらし(ぶん殴る)たくなるね。「血液型で性格が決まっていれば世話ねえやろが!」 ところがいい大人が、居酒屋とかでそんな話題を持ち出すんだな。
麻生がいくらアホウでも、こっちもこの程度!

 娘たちも一通り一日が終わって、俺も今は父親の役割は終わり、ただのおっさんや。
そしたらな、こんな歌が見つかった。俺はぶち切れとるな。

血液型B型のうた_おおくぼ良太

 
確かではないがあんまりひどい歌詞で発禁になったとか?
さすがにここまで行くと人権侵害じゃねえんか。
俺はB型やけど、なんか文句あるとや!くらすぞ、きさん!(ぶん殴ってやるぞ、きさま!・・・貴様なんてもんじゃなく、てめえ!)

コミュニケーションつくりの話題だと。
 ある人の高校生の娘さんがB型で、高校で血液型の話になるのがいや、なんでB型にしたのって、泣きながら話して来たと言う話も聞いた。
 とにかく俺は、理屈以前に生理的に嫌なんや。
ちょっと、真面目に血液型問題について書いてみようと思う。

明日ね。

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2009.01.11 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・社会評論Ⅱ

NO.851 生きることの困難は 主権者である国民の力が打ち破る。

 年の瀬もだいぶ押し迫りました。予約投稿です。今頃は鹿児島の実家で、甥の結婚式に参加中かも。

 先日の過去ログ:NO.844 私は怒っています!・・・視点・論点 派遣切り (湯浅誠) YouTubeよりで、湯浅氏のことについて触れましたが、彼は一貫して「市民の責任」について言及しているのが、一つの特徴だろうと思う。 
 一週間ほど前「再出発日記」さんから 歴史的な文書「政治の監視、市民の責任」 と題するTBを頂いていました。

 湯浅さんが、『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』で「大佛次郎論壇賞」を受賞し、朝日新聞で紹介された時の記事です。改めて、みなさんにもご紹介。

今朝の空 3


政治の監視、市民の責任 

大佛次郎論壇賞を受賞して
湯浅誠(反貧困ネットワーク事務局長)


 今回、大変栄誉ある賞を受賞させていただいたが、率直に言って、複雑な思いがある。『反貧困』という本を書いて、貧困などないと言われてきた日本の貧困の実態を告発し、それに抗する人々の奮闘を描いたわけだが、では状況が劇的に変化したかと言えばしていない。

 すでに大量横行している、単なる雇い止めを超えて、違法な予告なしの中途解雇も少なくない。もちろん被害は製造業非正規に止まらず、建設業・サービス業等にも波及し始めている。

 私の所属するNPOもやいにも、相談者が訪れ始めている。キャノンのある工場で働く派遣労働者は、05年から偽装請負→派遣→請負とめまぐるしく雇用形態を変更させられながらも、3年以上まじめに働きつづけてきたが、今月4日から待機を命じられた。期間満了を迎える25日には、あっけなく更新を拒絶され、仕事を失い寮も追い出されるではかと不安のどん底にある。

 今回の不況「人災」

 日本経済にとって、今回の米国発不況は「天災」のように言われることがある。しかし、アメリカン・スタンダードをグローバル・スタンダードと言い換えて、新自由主義的資本主義に無批判に追随してきた経営者団体、規制改革会議、経済財政諮問会議等の責任は大きく、その意味では「人災」である。にもかかわらず、反省の弁は聞こえてこない。結局も自己責任を棚上げする人たちが主張していたものなのだ。私たちが、そんな下劣なものに引きずられる必要はない。

 私たちの取るべき責任は他にある。それは、市民生活が健全に保たれるように政府・企業を監視し、法を守らせ、一人一人の命と暮らしを守る政治を行わせる、という責任である。「お金がないから仕方ない、不況だから仕方ない」と言って、結果的に弱者の命を削ることになる政策を採用しようとする政治家は、いくらでもいる。しかしそのとき、医者は「この患者を見殺しにしろというのか」と、介護ヘルパーは「この寝たきりのお年寄りを放置しろというのか」と、労働者は「今日まで一緒に働いてきたこの仲間を路上に放り出せというのか」と異議申し立てをしなければならない。それが、市民としての責任だ。

 私たちの毎日は、「この人、あの人」と名指せるような家族・友人・同僚らとの身近な関係の中に、その一人が苦しんでいれば心ざわつき、死ねば悲しい。それが私たち市民の日常であり、その平凡な生活を守るのが政治の役割に他ならない。難しそうな顔をして国家財政の危機を語る政治家に、私たちは一瞬もひるむことなく、「この命、この生活を守れないならは、あんたは政治家失格だから退場しなさい」と言っていい。

 そうするとすぐに「では財源はどうするのだ」と威嚇されることがある。2年前まで、私たちにとって「埋蔵金」など存在しなかった。しかしそれが「ある」ということになった。私たちに真実は伝えられておらず、したがって正確な判断もできない。それは私たちの責任ではない。「財源問題は、すべてがきちんと整理されて公開してくれるなら検討しますよ」とこたえればよく、そんな威嚇にひるむ必要はない。

 主権は民にある

 結局、私たちはナメられてきたのだ、と思う。自らの責任を棚上げしたところでの自己責任論や、情報公開なき財政危機論で黙らせられる、と見くびられてきた。私たちに責任があるとしたら、そこにこそ責任がある。私たちは、どんな悪政にも黙って付き従う羊の群れではない、と示さなければならない。政権を担う人たちには、私たちを恐れてもらわなければいけない。そのとき初めて社会は健全となり、悪化し続けてきた世の中に、折り返し点がもたらされるだろう。主権は民に在る。私たちはもう一度、その原点を思い起こすべきだ。(2008.12.17 朝日新聞)


 湯浅氏の主張は、何ら目新しいものでもない。当たり前にしてシンプル。単純明快なのだ。 
この国の憲法は「主権在民」を高らかに謳ってはいるが、この国が真に国民が主人公として生きて暮せる国になっているのか。この国の様々な矛盾や困難を、人々が生きることの困難を、私たちは主人公として向き合い、その解決のために何をなすべきなのか。

 一人ひとりの人間の「生きづらさ」に向き合い、立ち上がろう、声を上げようと呼びかけている。きわめて当たり前なこの呼びかけは、当たり前すぎるが故に、あまり注目もされない時代が続いた。この呼びかけが新鮮なほどに、時代は病み、「主権在民」「民主主義」は危機にあるということではないだろうか。

 生きることの困難は、この危機と裏腹なのだ。そしてこの危機を乗り越えるのはとりもなおさず、主人公としての市民、国民なのだ。当たり前のことを当たり前に・・・、新しい年への希望とすべきか。



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2008.12.27 | | Comments(0) | Trackback(3) | ・社会評論Ⅱ

NO.831 知ってますか?GNPではなくGNH(国民総幸福)。

 日曜日、どんよりとした空からシトシトと雨が降っている。

真実一路さんからのTBで、「すくらむ」さんの
   日本はGNP世界第2位でもGNH(国民総幸福)は先進国最下位~若者、子供は極端に「幸せ」感じない
という記事を紹介いただいた。

1201 028

 以下かいつまんで引用紹介します。 

 「GNH」というのを聞いたことがあるでしょうか。「GNH」というのは、今までの国内総生産=GNP(Gross National Product)という経済至上主義の指標よりも、これからは、GNH(Gross National Happiness)という「国民総幸福」の方が大事だよ、という文化人類学者の辻信一さんらが提唱している新しい指標です。(※もともとは、ブータンの国王が唱えたもので、すでに国連開発計画のアジア太平洋地域会議でも論議されている状況にあるそうで、「持続可能で公平な社会開発」「自然環境の保護」「有形、無形文化財の保護」「良い統治」という4つの主要な柱から成っており、国民総幸福量GNHの増大が経済成長GNPよりも重要という考え方だそうです)

 この考えを提唱している辻信一さん編著『GNH もうひとつの〈豊かさ〉へ、10人の提案』(大月書店)の中で、さまざまな「幸福度」に関するデータがとりあげられています。
  (中略)
「今の状況は幸せですか?」の項目は、14カ国平均が43%(16~34歳)、57%(8~15歳)に対して、なんと日本は飛び抜けた数字で最下位になっていて、8%(16~34歳)、13%(8~15歳)という異常な数字です。
  (中略)
 ちょうど40年前に、当時、次期大統領に当選することが有力視されていたロバート・ケネディが、GNPと、それによって測られる「豊かさ」をこんなふうに痛烈に批判しました。

 「アメリカは世界一のGNPを誇っている。でも、そのGNPの中には、タバコや酒や薬、交通事故や犯罪や環境汚染や環境破壊にかかわる一切が含まれている。戦争で使われるナパーム弾も、核弾頭も、警察の装甲車もライフルもナイフも、子どもたちにおもちゃを売るために暴力を礼賛するテレビ番組も」

 次にケネディは、GNPに勘定されないものを挙げていきます。
 「子どもたちの健康、教育の質の高さ、遊びの楽しさはGNPに含まれない。詩の美しさも、市民の知恵も、勇気も、誠実さも、慈悲深さも…」

そしてこう結論します。
 「要するにこういうことだ。国の富を測るはずのGNPからは、私たちの生きがいのすべてがすっぽり抜け落ちている」・・・(以上、引用)

 私が、過去ログ:NO.828 日産・ゴーン社長が、国にたかり出した。②で、新車が売れない社会というのはそんなに不幸なことか、そういう経済や社会に対する見方はおかしいんじゃないかという素朴な疑問を見て、「真実一路」さんが紹介してくれたのだと思う。先ずはお礼を申し上げます。

 GNPは世界2位を誇りながら、この国には幸福感がないという報告はこれまでも色々言われてきたが、GNH(国民総幸福)という考えは、寡聞にして初耳。これはいわば、主観の調査である。主観のサンプルが科学的かどうかという問題はあるが。

 人間の暮らしや生き方を見るとき、主観は外せない要素だと思う。特に幸福感は、客観的な状況や数字が持つものだけでは語れないものだから・・・。

 人間社会のあり方を考えるときに、物質的な富を基準にした数値だけで見るのではなく、それが実際に人々の暮らしにどういう風に映っているのかという指標は、有意義なものではないだろうか。その「幸福感」という主観は、とりもなおさず現実の反映なのだから。

障害を考える場合にも同じことが言えます。
障害には色々なものがありますが、機能障害や能力障害では、色々な指標でその程度を客観化して障害程度を判定します。しかし、それだけでは測れない障害=「生きづらさ」=「主観的障害」があります。

 知的障害の場合でも、単純に知的な能力だけを見た場合、それが低いと障害が重く高いと軽いなどとはいえない状況があります。つまり、誤解をそれずに言えば、重いとおめでたく、軽いと色々と精神的に複雑で障害を受容できなかったりして、主観的障害が非常に重くなる。つまりその人の「生きづらさ」感が、実際に生きることの困難を大きくしていくという問題があります。
特に精神障害の場合などは、自己受容をどうするかがきわめて重要な要素となります。

 リハビリテーションの理論的なリーダーである上田敏はこれからの障害研究では、この「主観的障害」という考えを導入することが必要だと提唱しています。

 ちょっと話が横道にそれましたが、人間はそれぞれに意識を持って生きているわけで、こういう面からの社会へのアプローチは軽視されてはいけないだろうな、と思うしだいです。もちろん精神主義になり、ゆがんだ社会を我慢して受け入れるような意識作りに利用させてはなりませんが。

 ・・・というわけで非常に面白く読ませていただき、感謝です。


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2008.12.21 | | Comments(6) | Trackback(1) | ・社会評論Ⅱ

NO.822 「地位利用かもしれないが・・・」ノーベル賞の益川さん。

 いたずらっ子がそのまま大きくなったような、・・・良い笑顔の本物の大人がいるものだ。
すがすがしいので記念に、貼り付けたい。10大ニュースでもあるし・・・。

益川さん帰国「平和の訴え聞いてもらえるようになった」(アサヒコム2008年12月15日)

益川さん
ノーベル賞の授賞式から帰国、感想を話す益川敏英教授=15日午前、関西空港、


 ノーベル物理学賞を受賞した京都産業大教授の益川敏英さん(68)が15日午前、ストックホルムから帰国した。

 関西空港に着いた益川さんは、初の海外旅行で風邪をひいてしまったといい、「体調が悪いかどうかわからないほど、悪い」。それでも「夏にストックホルムの白夜を見に行ってみたい」と話した。

 ノーベル財団からは、実物のメダルのほか、3個のレプリカ、20個のメダルチョコを手提げ袋に入れてもらった。「レプリカの一つはしかるべき研究所に行くでしょう。実物は、穴でも掘って埋めておきます」と話した。

 現地で折に触れて戦争体験や平和について話したことに「地位利用かもしれないが、平和について同じこと言っても、今までより聞いてもらえるようになった」と語った。

 600個もお土産に買い込んだメダルチョコは「現地でコロコロひっぱるものを一つ買い、詰めて帰ってきた」という。



 「地位利用かもしれないが・・・」「コロコロ引っ張るもの・・・」・・・随所に、らしさと親しみを感じてしまうのは私だけだろうか・・・。
現地での受賞スピーチによると、

父親は、家具職人。しかし、その家具工場も「自国が引き起こした悲惨な戦争によって無に帰した。」
自然科学に興味を持ったのは、「父親が自分の知識を自慢しようと聞かせてくれた電気や天文の話がきっかけ」だった。
生まれ育った名古屋大学の坂田研究室が素粒子のモデルを発表した報道を知って大きな感銘を受けて、加わりたいと思った。
京都大学では、労働組合の書記長として活動していた。秘書の解雇問題を見過ごせなかったから。
午前中は一緒に受賞した小林誠氏と討論、午後は組合活動、夜は家族との語らい、その後に自分の研究と忙しかった。
最後に、30年に及ぶ多くの人の努力があったと感謝のことばでしめくくった。

・・・そうだ。(たけむらブログ「本物の大人:益川さん」より拝借、引用。)
 あの中山氏や橋下氏によると学力低下の元凶である(笑)日教組の京大書記長がノーベル賞とは!
仲間を思う熱い人柄が偲ばれる。そしていつも平和を語りかける・・・。
「人間として、それぞれの立場で平和にどう貢献するかが問題だ」と語った。
科学とヒューマニズムの統一とはこういうことをいうのだろう。

 その少年のような笑顔が、歳末にさわやかな癒しをもたらしてくれる。

・・・学問的なことはちんぷんかんぷんな私だが、勝手に身近に感じたりして・・・。別にそれでもいいじゃん?


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2008.12.16 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・社会評論Ⅱ

NO.814 ふ~~ん、「変」ね。

 「変」ね。・・・なるほどというところかな。
オバマのチェンジは、日本語にも影響を与えたと言う一大事か。

 まさか、未曾有(みぞゆう)とか頻繁(はんざつ)とか、破綻(はじょう)とか有無(ゆうむ)とかは・・・、無いね。これって、一文字だったか!

 公募で選ばれているってことさえ、知らなかった。
そりゃそうだよね。まさか清水寺の貫主さんが、毎年決めるわけはないわな。

時間があるときに、何か考えてみようかな。
ま、とりあえず記念に貼り付けておこう・・・ぐらいなところで。

落ち葉3


今年の漢字は「変」=オバマ氏当選…-「変革への願望」と貫主・京都清水寺12月12日14時5分配信 時事通信

 1年の世相を漢字1文字で表す2008年「今年の漢字」が12日、「変」に決まり、京都市東山区の清水寺で森清範貫主(かんす)が揮毫(きごう)した。
 森貫主は「オバマ氏の変革という言葉に影響を受けた日本国民の政治や経済、社会を変えてほしいという願いだと思う。自分自身が変わっていくことが大切。ノーベル賞受賞者が日本人から4人も出たことも大変なこと」と話した。
 発表は14回目。日本漢字能力検定協会(京都市)の公募で、全国から過去最多の11万1208通の応募があった。変は全体の約5%に当たる6031票を獲得。2位は「金」、3位は「落」。以下「食」「乱」「高」などが続いた。
 変を選んだ理由として、「change(変革)」を訴えたオバマ氏が次期米大統領に選ばれたことや、日本では昨年に引き続き首相が短期間で交代したことなどが挙がった。サブプライムローン問題に端を発した世界経済の大変動、世界的な気候変動のほか、ゴルフの石川遼選手ら平成生まれのスポーツ選手の活躍も寄せられた。
 揮毫された漢字は清水寺本堂で31日まで一般公開される。


「変革への願望」・・・願望に終わらせず来年は実現したいものだ。

へん【変〔變〕】

[音]ヘン(呉)(漢) [訓]かわる かえる

1 それまでとは別の状態になる。かわる。かえる。「変化・変革・変形・変更・変色・変身・変遷・変動/一変・応変・激変・神変・千変・転変・豹変(ひょうへん)・不変」

2 突然起こる異常な出来事。「変乱/異変・凶変・事変・政変・大変・天変地異」

3 普通でない。「変死・変人」

4 音楽で、本位音より半音低い音。「変音・変記号」




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2008.12.12 | | Comments(1) | Trackback(2) | ・社会評論Ⅱ

NO.800 俺が「欲しい」と思っても、それは「さもしい」にはあたらない・・・。

凝り性とはいえ、自分でも、え?800本目?と思う。
記念すべきエントリーで気負ったわけではないが、的が絞れない。

この間の、派遣切りの凄まじさ。労働組合もでき、反撃は広がっている。新聞の論調も変化しているようだし、いよいよ政治の役割が問われている。

政府も予算編成で、大揺れ。麻生政権も、政権内が足並みが乱れ、与党も浮き足立っている。いよいよ、政治屋たちが延命のために、身の処し方を考え出すと政権瓦解は加速する、そんな雰囲気だ。

・・・そんなこんなを見ると、しっかり調べてしっかりした記事をと思っているうちに・・・。

茅

今日は、なんと不毛な1日。
テレビに守りをされて過ぎた。情けない限りだ。

まあ、一言だけは皆さんと共有できる話題でもと思い、「さもしい」と言う言葉の意味だけは、確認しておこうと思って・・・。

「さもしく1万2千円欲しい人も…」定額給付金で首相発言

 麻生首相は6日夜、長崎県諫早市で自民党長崎県連が主催した首相の演説会で演説し、追加景気対策の柱である定額給付金について、「貧しい人には全世帯に渡すが、『私はそんな金をもらいたくない』という人はもらわなきゃいい。(年収が)1億円あっても、さもしく1万2000円が欲しいという人もいるかもしれない。それは哲学、矜恃(きょうじ)の問題で、それを調べて細かく(所得制限を)したら手間が大変だ」と語った。
 政府は所得制限を設けるかどうかで混乱した末、「年間所得1800万円が下限」という目安を示したが、受給辞退を呼びかけるかどうかは市区町村の判断に委ね、実質的に制限がない状態が見込まれている。それだけに、今回の首相の発言は波紋を広げそうだ。

国語辞典では以下のようです。

1 品性が下劣なさま。心根が卑しい。意地汚い。「―・い行為」「―・い根性」
2 見苦しい。みすぼらしい。


ちなみに「矜持(きょうじ)」とは、「自分の能力を優れたものとして誇る気持ち。自負。プライド。」の意。
(あの麻生さん、「矜持(きょうじ)」って言葉、よく知ってたね、前にも同じことを言った時に使ってたよ。「自分の能力を優れたものとして誇る気持ち」がよっぽど強いんだなあ。)

・・・で、軽く一杯入っていますが・・・。
新聞では「今回の首相の発言は波紋を広げそうだ。」って書いてるけど・・・。
思うに、「さもしく」について言えば、麻生さんは別にそんな問題発言はしてないんです。
そりゃあ私だって思います。
1億円もあってかつ、わずか1万2000円も欲しい人は、やっぱり「さもしい」と思うじゃん。

早速、こういう風に(きっこのブログ)波紋が広がっているようで。

さもしい


この絵で言えば、「さもしい」は要らないだろう。貧乏人のことを「さもしい」とは言ってないですね。あえて「さもしい」を入れるなら、そのあとに「金持ちにも資格はあるから、希望すればどうぞ。でも、『さもしい』って言われても自己責任だよ。俺、ナントナク(これ口癖だよねえ)、知らねえよ!」・・・とか。・・・別に本質的には、どうでもいいことですが・・・(笑)。

問題は、この政策の文脈にある「もらう奴はもらえ、もらわない奴はもらうな」・・・「どうするかは、自分の気持ち次第、プライドの問題だよ」と丸投げしたことじゃないだろうか。「年間所得1800万円が下限」という目安は示したものの、結局自ら提案した目玉政策まで、自治体にだけでなく、国民一人ひとりにまで「投げ出した」所に、問題のすべてはある。
政権末期の著しい症状ではないだろうか。

年間所得400万にも満たない俺が「欲しい」と言っても、「さもしい」のそしりを受けることはないだろうが・・・、そんなばらまく金があるなら先ずは、「消費税を1%下げろ!アホウ」

・・・ということで、下らん話にお付き合いいただき、申し訳ありまっしぇん!


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2008.12.07 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・社会評論Ⅱ

NO.427 「希望ある社会 自分の手で」・・・主権者として主体的に生きる。

 戦後を生き抜いてきた政治家が若い人に語る―テレビ朝日系「サンデープロジェクト」の番組20周年スペシャル企画。「激動の歴史を語る」(11日)。日本共産党の不破哲三前議長(78)が、中曽根康弘元首相(89)、土井たか子元衆院議長(79)と語り合ったそうです。(残念ながら観てませんが、しんぶん赤旗より)

母の日 020
早咲きコスモス


その中で不破さんが次のように語った。

 「・・・だから私は、社会とか政治とかを与えられたものとして、そのどこに自分の居場所があるかということではなくて、居場所のないような社会は変えて、居場所のある社会をつくる。自分で夢と希望の条件をつくるというつもりで、現在を見てほしいと思うんですね。

 今の社会の貧しさを自分の貧しさにしちゃいけないんですよ。今の社会が貧しければ、豊かな可能性が出る社会に変えられるのが国民主権なんだから。国民主権の主権者に若い人たちがどんどんなってほしい。」


 こんな話を聞くと、単純だけどつい青春時代を思い出し、熱くなっててしまう。
どう生きるか、何を生きる指針とするか・・・学生時代に生き方について議論したものだ。

 障害者の作業所運動だってそうだ。
つい40年近くまでは、成人期の障害者は、地域や社会で働く場所も居場所もなくなく、家庭内でひっそりと一人ぼっちでいた。
 そこで、「大人になったら働くのが普通の当たり前の人間の生き方、暮らし方」と、「柱一本、釘一本持ち寄って働く場を作ろう」と取り組みが始まった。作業所運動は瞬く間に全国に広がり、今度は力を合わせて国に、作業所への補助金制度を作るように働きかけた。

 まさに主権者として、居場所のある社会つくりに取り組んできたのである。
障害を持つ仲間たちと、それを支援する人々は将に「今の社会の貧しさを自分の貧しさ」にしないために、自ら主体的に、社会に政治に参加し、それを作り変えるために立ち上がり、今日に至ったのである。

 今日に至っても障害を持つ仲間たちは、差別的な扱いから解放されるにいたっていない。障害者自立支援法は、障害を持つがゆえに必要とする支えを「益」とみなし、障害は自己責任だから、受けた「益」には金を払うのが当然と、わずか1万円にも満たない月給の中から「利用料」を取る。

 「働くのに会社にお金を払うなんておかしい」と言えば、「訓練指導を受けているのだ」と、障害を持つ人たちには「働く権利」そのものを認めない。
残念ながら、与えられた社会はそういう水準にある。

 しかしどんな困難があっても、その営みは、耐えることなく今日に引き継がれ、明日へと続く。
人間が人間らしく生きる日々のために。
人間らしく生きるということは、その理不尽と闘うこと抜きには手に入れられないのだ。
生きるとは闘うこと。
闘うとは、変革し創造することだ。自分と世界を。



 上記の討論は、先の戦争をどう見るか・・・例えば、中曽根さんも「アジアへの戦争は侵略戦争だ」と発言したり、今日の状況について「アメリカの風潮を受けすぎて、市場原理主義を教育など経済以外の世界にも入れてきた弊害が日本でも出てきた」と発言したり・・・、さらにはソ連の崩壊、資本主義、社会主義など今の世界ををどう見るか、憲法をどう見るかなど、なかなか興味深いものです。
優しい語り口で解りやすいので、興味ある方は以下のリンクから是非読んでみてください。

             不破さんが語る 戦争 青春 世界 憲法

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2008.05.13 | | Comments(4) | Trackback(1) | ・社会評論Ⅱ

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軟弱オヤジの「硬派道場」へ、ようこそ。障害者作業所所長やってます。福祉や政治、日々の思いを気ままに…。
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