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NO.223 「無年金障害者問題」をご存知ですか?

数日前の早朝、友人H君の義母さんから、TELが入った。
年金の受給についての相談だ。

Hくんは、奥さん(Mさん)と、高校生の息子と義母との4人暮らし。
二人は、大学時代に学生寮の自治会活動を通じて出会い、結婚した。
二人は学生時代からの、私の友人である。
よく寮の部屋で議論しあったり、様々な活動に一緒に参加したりしていた。

Mさんは、学生時代交際中に統合失調症を発症した。
以後、30年にわたり30回以上の入退院を繰り返しながら暮している。
この間も、症状があまりよくない時だろう、「自費出版の本を取り扱ってくれ」とか、頻繁に電話がかかった事もあった。「夫がかまってくれない」と愚痴もこぼしたり・・・、他の友人達にも・・・。

結婚当初は、たびたび会うこともあったが、このところはご無沙汰である。
1昨年、是非にと招待されてお宅に伺った事がある。
往年の美少女の面影は無かった。

その彼女の、障害基礎年金が貰えるかもしれないという事での、義母からの相談電話だ。
今まで、障害基礎年金があることも知らなかったらしい。

そこで、障害が発症した日を証明しないと、認定が受けられないので、その件で認定委員会に引っかかっており、書面で証言して欲しいと言うものだ。
その障害につながる症状が出て、初めて受診した日が、20歳前である事を、2人の第三者が証明する事が必要だと。
病院に行っても30年前のカルテは無い。

無年金障害者問題というのがある。
今詳しく説明できないので、こちら→無年金障害者の会のサイトを参考にどうぞ
Mさんの場合は、学生だったが、「学生無年金者」としてではなく、20歳前の父親の扶養の元での発症の問題であるようだ。

審査会から、20歳前の発症を証明できるかが、受給の鍵になるといわれているとの事。
第3者2名の、書面による証言が必要だと言う事での相談電話だった。

Hくんは、大資本の系列企業に勤め所得もそこそこで、家事は同居の義母が支え、経済的困窮はさほど無かったといえ、受給できるはずの年金が、知らなかったために申請せずに、貰えていなかったのである。
(病院のソーシャルワーカーは何してたんだろう!)

当時の記録は無いが、記憶はかなりしっかりしている。
私達は誕生日が2月で、H君が1日、Mさんが7日、私が8日と近く、その事が話題になってた事をよく覚えている。
彼女がもうすぐ20歳の誕生日だから、みんなで一緒にお祝い会をしようと話していた。

そのしばらく前より、彼女の症状は出ていた。
寮のH君の部屋に遊びに来ていた彼女は、夜に同じ事を何度も何度も繰り返し、遂には大声で歌いだし・・・心が壊れていくのを目の当たりにし、当時の私達は、なす術も無くみんなで朝まで見守るだけだった。
そんなある夜に、彼女は倒れて、私達はタクシーで彼女を病院に運び込んだ。

彼女が壊れていく時に発する言葉は、彼との付き合いに強いプレッシャーを感じている事をうかがわせるものだった。
好きでたまらないが、私は未熟でHくんのそばに並ぶ事はできない、でも頑張る・・・。
聞いていて痛々しかった。
優しい、ほんとに物腰から何まで優しいH君は、静かに聴いていた。

そして、数年後、H君は入退院を繰り返すMさんと結婚した。

あれから30年・・・。

当時の事を書面にしようと思う。
遠い記憶だが、誕生日が近かったという事が、確かな記憶をとどめてくれていた。
もう一人、これもH君としたの名前が同じで、優しい友人が書いてくれる事になった。
早く、申請が受理される事を願って。


PS. ヒロコが、昨日も今日も、みんなと同じ席でお昼を食べている。完食だ!
  これって、大変なことですよ~!嬉しい。でも、一喜一憂しないこと。
  少しずつ心を開くヒロコの記録は、カテゴリー「ヒロコのこと」を参照下さい。



身近にこんな問題で困っている人がいた。ついでに言えば、学生無年金者問題とは、まだ学生の保険加入が任意で、加入者が数パーセントしかいないときに、未加入だったから受給資格が無いと言う、まったく理不尽なものです。全国で裁判闘争中です。もし、そういう方に出会ったら、ご支援をよろしくお願します。
すみませんが、今日も ポチッと応援下さい。




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2007.12.22 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.222 縦割り行政の犠牲・・・信君のこと(1)・・・陶友の歩みと出会い(27)

歴史(27)

ここで、信君(仮名)のことに触れておかなければなりません。
彼は無認可の2年目の途中から仲間になりました。
精神障害の30歳代の青年です。知的障害はありません。
細かな診断名については不明でしたが、比較的軽い統合失調症うつのようでした。

服薬しながら、コントロールに努めていました。
就職に失敗して、家にいましたが、「陶芸を習いたい」と、陶友に来ました。
絵も好きだといっていました。

おとなしく控えめでしたが、仲間たちとも仲良くやってくれました。
当時、認可施設に移行するということは、「知的障害」がないと、利用できなくなるということでした。
縦割り行政の犠牲です。
(現在の自立支援法では、障害種別は問われませんが、当時は、種別の施設でしたから。だからと言って自立支援法が良いという事ではありません。同法については、応益負担が本質的な問題です。私の基本的な考えはこちらを参照下さい。→過去ログ「応益負担は許さない!(1)(2)」)

ほんとに黙々と一人で作るのが好きな青年でした。
認可になると「僕はやめなければならないのか?」彼は悩みました。
そのまま打ち明けて相談してくればよかったのですが、一人で抱え込んでしまっていました。
調子が悪く暗い日が続き、やっとそのことに気がつきました。

どうしたらいいのか?
制度的には、利用は出来ないのです。
制度が無いからと、切る事は出来ません。
必要と求められ、一緒にやってきたのです。
そこで私は、「ボランティアで手伝いに来る」という形にして、これまで通りに陶友に来られるように提案し、了解を貰い、来られるようにしました。

新築開所の最初の頃は、それで、特に問題もなく過ぎました。
しかし、だんだん作業所が落ち着くに従って、また彼の調子が悪くなって来ました。
お母さんに聞いても、どうも原因がよく解りません。思い当たらないというのです。
思い切って正面突破、直接聞き出すことにしました。

聞いてみれば、成る程です。又次には次の課題があるものです。(つづく)



3行日記・2007.12.21(金)
今年最後の窯詰め完了。雨のため、バイクで帰るのは・・・と思いつつ、陶友通信版下つくり。年内には届けられる、安堵。が、バスもなくなり、諦めて今日は泊まり。明日は本焼きしながら蕎麦うち忘年会。40人は来るかな?飲み過ぎないように固く決意!


冬の雨には珍しくしとしと しとしと降ってます。・・・ ポチッと応援して下さい。



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2007.12.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会いⅠ

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Author:友さん
軟弱オヤジの「硬派道場」へ、ようこそ。障害者作業所所長やってます。福祉や政治、日々の思いを気ままに…。
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なお、気が弱いので「道場破り」はお断り。
070727 スタート

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