fc2ブログ
忍者解析

NO.236 今年最後の一文。



人を探しています。こちらをどうぞ→岩田和輝君捜索願
横浜市の障害を持った12歳の少年です。早く見つかりますように。

今年最後のエントリーです。
先ずはこちらを→仲間達の「一年の振り返り」とくいさんが、頑張ってHPにアップしてくれました。
ちょっと長いですが、ほぼ生の仲間達の発言です。お時間許す限り、よろしく。


さて、ここで私も1年を振り返り、ということころだが・・・、気軽に書いてみたいと思う。
今年の手帳の1ページ目に、次のようなことを書いている。(公開できる範囲でアップ)

① 新聞を良く読んで、世の中を、もっと自分の言葉で語れるようにする。
② 自立支援法に基づく事業移行を、8月に行う。
③ 作業所論・福祉論を、「自立支援法」との闘いの中で、わかりやすく深め広げる。
④ 陶友のホームページを立ち上げ、発信する。
⑤ 自分と向き合う時間、思索する時間をつくる。
⑥ パソコン使えるようになって、文章化する。
⑦ 「わかりやすい、あたたかいやさしい、真剣、かっこいい」をモットーに。
⑧ ・・・・などなど。(以下は内緒)

仕事では、自立支援法に基づく事業移行。
何とか8月に移行を完了した。困難は続くが、闘い続けるのみ。
その他諸々は、ブログという物を知って、手に入れてから、
これを書く活動を柱に、有機的に効果的にいい方向に向かった。

勿論こんな物が存在の全てではないし、訪問者の量は微々たるものだ。
しかし、これは量の問題ではなく、自分の生きる姿勢の問題として、今のところ有効だと言うこと。
関心を持って、読んでいただいた皆さんや、コメントいただいた皆さんに、
心からお礼を申し上げます。

国内の政治国民生活を振り返ると、なんと言っても参議院選挙における自公の大敗と、安部内閣の投げだし・崩壊である。
80年代中曽根内閣以来、徐々にその姿をむき出しにしてきた新自由主義は、小泉内閣で全貌を国民の目の前に表し、その牙を突き刺した。それを、「戦後レジュームからの脱却」で体制的に固めようとしたのが安倍政治である。国民は、全面的とは言えないが、反撃を開始したと見るのが、希望的ではあるが、現局面の大局だと思う。
多少の修正はしつつもこの路線を踏襲しようとする福田内閣は、難航している。
難航こそは、自民に後継者が居ないとかいう理由ではなく、国民の力が働くという政治の力学の表れである。
肝炎問題や自立支援法などの福祉分野での譲歩にもそれは現れている。

「偽」が、今年を象徴する漢字に選ばれた。モラルハザードである。
儲かれば、安全もルールも無視。
新自由主義は、人間そのものを経済的にだけでなく、精神的に蝕むところまで来た。
「偽る」行為が蔓延した。
それに終わるだろうか?
問題はその行為の底にある、人間存在のあり方そのものにあるのではないだろうか?
国民生活のリアルな現実から、このことを検証し告発することが今特に重要のように思う。

以下は、NHK「ワーキングプアⅢ」について書いた記事で紹介した2人の言葉である。
        記事はこちら「NHK ワーキングプアⅢを観て」参照


釧路の職安の支援で、障害者施設で嘱託として働くようになり、
正規職員になりたいという母子家庭のお母さんが、
「私は社会の邪魔者ではない、私も生きていてもいいのだと思えるようになった。」
と語っていた。

堺市だったかなあ、清掃業務の委託事業に参加できるようになった青年。
以前は、捨ててある本を拾って売りながら、パンをかじっていた。人目を避けて生きていた。
今は貧しくも、食堂で食べ、銭湯にも入れる。顔を隠して生きることもなくなった。
以前のインタビューに「生まれて来なければ良かった」といっていたが、
今はどうかと聞かれて長い間の無言と慟哭の後に、嗚咽しながら、
前だったら絶対泣かなかった。人間らしい感情が戻ってきた。一人でも多く自分のような人を救いたい。」
・・・ワーキングプアは、「浮浪者、不労者」の問題ではない。
真面目にふつうに働いても貧困にあえぐ人々のことだ。
これは、経済問題を通り越して、人間の尊厳に関わる問題であることが、映像を通じて描かれていたと思う。


気楽に書くつもりだったが・・・、ちょっと気合いが入りすぎ、
このまますらすら行かなくなってきたばい!

これは、このブログと私の今後の課題に結びつく話になってくる。
つまり、結論的に言えば「人間とはなにか?」「人間らしく生きるとはどういう事か?」が問われていると言うことである。
人間らしさ」は、働くこと、「労働」と切り離しては考えることは出来ない。
以下は、私がこの作業所を立ち上げるときの呼びかけからの引用で、いわば初心である。
        私の初心全文は過去ログ参照下さい。

5)、本来、人類の発生史からしても、「労働」こそがまさに「人間発達の源泉」でした。労働こそが社会的富を生み出すだけでなく、その主体=人間そのものの発達を保障してきたと言えます。

しかし、今日では「労働の産物」から疎外されるだけでなく、
命までも疎外される、労働が人を殺す(過労死)時代になって来ています。

そうした時代にあり、障害を持つ仲間たちの、働き、社会参加を目指すなかでのたくましい成長は、人間にとって働くことの意味を改めて問うことになるでしょう。
人間らしく生きて働く(このすこぶる今日的なテーマ!)。
より自由に、より個性的に個々人が全面発達への取り組みを展開するという、ささやかな実践の試みが私たちの目指すところとなるでしょう。



私は、職員6名、利用者16名という小さな障害者施設で働いている。
この人達と関わる日常から見える「人間」を、「人間らしさ」を世に問うのが、私の主戦場である。

来年は、初心に返り実践を深め、事実を持ってこの社会に切り込みたい!と言うことだ。
変革のために!

雑な展開になり・・・尻切れトンボになりましたが、
来年につづく!ということで、お許しを。
今年は、これにて打ち止め。


みなさん、どうぞ良いお年を お迎え下さい。
お陰様でランキング上昇中です。
2つとも大変でしょうが、ポチッと応援下さい。

       ↓       ↓
人気ブログランキングへ
スポンサーサイト



テーマ:自己紹介 - ジャンル:ブログ

2007.12.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・あいさつ・自己紹介

NO.235 今頃どうしているだろう。・・・信くんのこと(4)・・・ 陶友の歩みと出会い(30)。

大晦日です。この冬1番の寒波です。
裏山の背振山が、薄く雪をかぶっています。



人を探しています。こちらをどうぞ→岩田和輝君捜索願
横浜市の障害を持った12歳の少年です。早く見つかりますように。



信君のことについては、今年のうちにまとめておきたい。
       これまでのことはこちら過去ログを参照。
信君は、私の助手として陶芸教室のお世話をしたり、仲間達のお兄さん的役割を果たしたり、自分のろくろの修行をしたりと、それまでとは違う立場で参加する日々を送っていた。

ところが、お父さんの退職を機に又新しい選択が求められた。
父親は退職して、郷里の雲仙に戻り農業をするという。
そこで、信君も一緒に行き、農業を手伝う傍ら、陶芸を続けることになった。
本人もさんざん悩み、親御さんも私たちも悩みながら話し合いを重ねた。

今の形でゆっくりと次の一歩を探ろうという私の思い。
親御さんや本人の不安・・・。

どうしようもなく先の一歩が見えないときも、踏み出さなければならない時がある。
生身で生きていくと言うことはそう言うことである。
98年の3月を限りに、彼は陶友をやめて父親とともに雲仙に引っ越した。

その年の10月、仲間の旅行は「雲仙島原方面」に決まった。
仲間達が決めたのだが、職員のかなり意識的な「誘導」もあった。

信君に会いに行こう、である。
優しい彼は、仲間達にも慕われていた。
たまたま、もう一人無認可時代の仲間N君も、島原に転居していたので、2人の友への再会の旅と言うことになった。

後ろに普賢岳、眼下に不知火海、山の中腹ののどかなところであった。
日焼けした彼は、いくらかたくましく成ったように見えた。
古い家で、みんなでお茶をいただき、あの何とか豆腐(名前を思い出せない、つるんとして美味しいあの豆腐、なんだったっけ?)をいただき、休憩を取った。
敷地の奥には、小さな窯が据え付けられていて、ろくろがあった。
細々とながら、ろくろをひきながら暮らしている様子が、切なかった。

陶芸が好きでも、唯ろくろをひけば満足できる物ではない。
そういう自分をどう社会と結びつけていくことが出来るか。
陶芸教室もしているが、田舎なので・・・」と彼なりに頑張ってはいる。
しかし、彼の技量と田舎という条件は、その先をなかなか見せてはくれないだろう。
そう思うと 切なかった。

彼は、気遣ってくれたのだろう、案内をかねて、1日付き合ってくれた。
手元に写真がある。
雲仙の温泉の湯煙をバックにした、その時の集合写真。
信君はぽつんと後ろにいる。仲間の顔ではない。
寂しそうに、不安そうに、静かに立っている。
空気が違う写真を後で合成したかのようだ。

その後は、陶友時代に、彼の十八番で売れ筋だった作品を、こちらから発注し少しでもお金に換えてあげれるようにしたりしながら、細々としたつきあいが続いた。
時々、あの美味しい何とか豆腐や、特産のジャガイモを送ってもらったこともあった。

去る者日々に疎し、である。
殆ど音信もなくなった。

先日、数年ぶりに、発注の電話を入れた。
お母さんが「今はもう、陶芸はしてません。」という。
?・?
「愛知に行って季節工で働いている」という。
自動車関連の日雇い労働をしているそうだ。
社員を派遣に切り替え、下請け孫請けを支配することで、世界のトップに踊りでたあの自動車会社の関連だ。

仕事があるとはいえ、明日をも見えない「ワーキングプア」として、彼は働き、生きている。

世の中という物はなんと過酷なのだろう。

信君の日々に、笑顔はあるのだろうか?
明日という、希望はあるのだろうか?
友達はいるのだろうか?

明日がなければ、人間らしく生きることができない。」
「ひとりぽっちでは、人間らしく生きることができない。」

人間発達研究所の田中昌人はこのように述べている。
       関心のある方はこちら→過去ログ「人間らしさについて考える」をお参照。
先日の陶友祭には、お母さんがわざわざ、挨拶に来てくれた。一升瓶を下げて。
信君は、この年の瀬をどこで、どんな思いで迎えているのだろうか。
寒さが身にしみる。


お陰様でランキング上昇中です。
2つとも大変でしょうが、ポチッと応援下さい。

       ↓       ↓
人気ブログランキングへ

テーマ:障害者の自立 - ジャンル:福祉・ボランティア

2007.12.31 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・陶友の歩みと出会いⅠ

NO.234 いよい大晦日。

人を探しています。こちらをどうぞ→岩田和輝君捜索願
横浜市の障害を持った12歳の少年です。
この件に関し、
多くの善意の方が、関心を寄せていただきご協力いただいています。
お一人ずつお礼に伺うことは出来いませんが、この場でお礼申し上げます。



いよいよ今年も大晦日
昨日は、求めてくれる人があり、年越し用の蕎麦を40食ほど打って何人かにお届けした。
有難いことに、正月用にと、お酒「久保田・千寿」を頂いたりして、数百円で数千円を釣った様な・・・。
喜んでいただければそれだけで、嬉しかったのに。

夜は、テレビで「武士の一分」を観て、ゆっくりした。
藤沢修平はいいなあ、山田洋次はいいなあ。

今年の正月は、家族皆それぞれ。
おっかあと4女は、老人施設から帰宅している爺様の介護で昨日から実家。
次女は、夜勤続き。高齢者施設で、シフトが組めないそうだ。
それでも、お年より好きの娘は苦にする様子もない。我が娘ながら、気持ちのいい娘だ。
長女は、お気楽にニューヨークに旅行。マイペースだ。日ごろの仕事が大変だから、いい息抜きになれば。
プー子の3女は、大掃除など家事をせっせとやっている。
鹿児島のばあちゃんからの贈り物の中に、お年玉を見つけ喜んでいた。
「私がまだ、働いていないからだ・・・」とか言いながら。

子どもたちが、働きだす前までは、盆も正月も必ずそろって、両方の爺婆さんのところに顔を出していたが、寂しがってるだろうな。
鹿児島からの宅配便には、薩摩地鶏の刺身とつけあげ(さつま揚げ)、お年玉などが入っていた。

昔の田舎の正月は、親戚中が集まり賑やかだったのに・・・様変わりです。
今年は一人で静かに年をとって見るのもいいだろう。






2つとも大変でしょうが、ポチッと応援下さい。
お陰様で、緑色もトップテン入りしました。ありがとうございます。

       ↓       ↓
人気ブログランキングへ

テーマ:年末&お正月 - ジャンル:日記

2007.12.31 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・ゆう楽庵つれづれⅠ

«  | HOME |  »

プロフィール

友さん

Author:友さん
軟弱オヤジの「硬派道場」へ、ようこそ。障害者作業所所長やってます。福祉や政治、日々の思いを気ままに…。
コメント、TB、リンク歓迎。お茶やお酒はセルフでごゆっくり。
なお、気が弱いので「道場破り」はお断り。
070727 スタート

アクセスカウンター

全記事(数)表示

全タイトルを表示

カレンダー

11 | 2007/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

つぶやいとっと。

カテゴリー

小さな天気予報


-天気予報コム- -FC2-

FC2ブックマークに追加する

FC2ブックマークに追加

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

オープンソースCMSホームページ制作 スリーピースコミュニケーションズ

福岡のホームページ制作会社はTPC


ホームページ制作
出会い