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NO.279 さくら さく。

10時から、四女の合格発表
特別支援学校・H高等学園。
職場を抜けて、時間前に行き、ベニヤ板1枚大の看板が掲げられた。
30名分ほどの受験番号が、張り出されている。
ちょうど中ごろに「24」の数字。
・・・あった。ありました。

さくら さく。

もし合格したら、保護者が手続きしなければならないということで、見に行ったのだ。
一番に、合格証明書と手続き案内の入った封筒を受け取り、職場にとって帰す。
「多分難しいだろう。成るようにしか成らない」と腹は決めていたが、さすがに看板が持ち出された時は、一瞬緊張した。
・・・そして、安堵した。

おっかあにメールする。
「ご苦労様」と一言だけ、返ってきた。・・・らしい短信だ。
次女は、「よかった これからも皆で大事に育てよう」と返ってくる。これも、次女らしい返信だ。

小中学校のように、友達の中にまぎれる事もなく、この学校に入学したら、障害と正面から向き合って生きていくのだ。

新しい入り口に立つだけの事だ。
先は長い。
ゆっくり、一緒に頑張ろうと思う。

・・・ひとまずは、・・・安堵
これで「誕生日前症候群」の、重い気分も吹き飛んでくれるかな。


今日は、ちょっと安堵する話でした。
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テーマ:小さなしあわせ - ジャンル:日記

2008.01.31 | | Comments(20) | Trackback(0) | ・家族・娘たち(今・回想)Ⅰ

NO.277 年金問題、不親切な窓口対応を改善。

ちょっと前の事ですが・・・。
ねんきん特別便」をめぐって、こんな事がなされていたそうです。

「特別便」を受け取り、社会保険庁窓口に相談・確認に来た人に対する窓口対応が、問題になり、1月21日に改善の「事務通達」が出たようですが・・・。

12月18日時点では、
「個別の記録に基づいた誘導は行わない事」とし、
働いていた事業所の確認では、「『あ』が付く会社じゃないですか?」とか、誘導するように聞いたらいけません。
働いていた期間についても、
「○○年ごろ働いていませんでしたか?」という確認の仕方は、するな。」
所在地についても、
「何区、何市とか、誘導して聞くな」
とメールで指示していたようです。

いわゆる窓口対応に関する「裏マニアル」の内容です。

年金記録を確かめて、受給資格のある人がきちんと年金をもらえるようにしようという、昨年最も大きな問題となった、「ねんきん特別便」の取り組みでの、窓口対応

厚生労働大臣は「記憶を思い出す”よすが”を提供する」と言っていたが、こういう対応がなされていたなんて。
これって、不親切ではすまない問題じゃないでしょうか。

関係する資料が、あったので、     
     参考にどうぞ→http://harita.jp/repo/info/s/20080123pensionmanual.pdf


又ボチボチ再開します。
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テーマ:年金 - ジャンル:政治・経済

2008.01.30 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・福祉・社会保障全般Ⅰ

NO.276 給食ってありがたいな。

作業所での給食はみんなの楽しみです。
仲間も職員も。
私自身、若いころからずっと施設勤めで、給食の恩恵に預かっています。
味も栄養も・・・、一日の食事で中心になるぐらいです。

陶友では、月2回の月曜日は、給食サービスはありません。
自由外食日。
仲間たちは、殆どが近くのコンビニや弁当屋に買いに行って、持ってきて食べます。
自分で選んで買うのが楽しみで、それを見せ合うのが楽しいようです。
あまり自分で買い物をする機会がないからということもあるでしょう。

カゴサンは、おにぎりとウインナーの炒めた物を自分で作って、持ってきます。
そして必ず、買い物に行ってカップめんを買ってきます。
汁まで全部すするので、
「あんた、歳も考えんと、塩分取りすぎや!」と、私は少しすすってやります。

他の仲間も、「ちょっと、食いすぎじゃない?」という買い物をしてきます。
「ま、いいか。月に2回ぐらい、好きなものを買う楽しみだ」と言うところです。

私は、一人ずつ、少しずつつまんで回る楽しみ。

こうして考えると給食は、有難いものです。
自立支援法にもとづく、利用者負担は、関係者の運動で、負担上限額が引き下げられましたが、給食費の負担はそのまま。月額4000円の給食費は、所得が低い障害を持つ仲間達には、大きな負担です。

給食費も含め、「応益負担」を、ぜひとも撤廃して欲しいものです。


なんだか、久々の更新って感じです。
「元気?」と声をかけていただきました。元気ですよ。又ボチボチ再開します。
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テーマ:障害者作業所 - ジャンル:日記

2008.01.29 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅢ

NO.275 今日、入試。頑張れ!

今日は4女の入試日。
高等養護学校だ。
娘の学力では相当難しいが、本人の希望なので、挑戦させてみる。

昨夜、私が帰ると、
「お父さん、明日は何の日?何か言ってよ!」
と、請求するので、
「明日入試やろ?頑張りぃ!」と言ったら、
「うん、まあね」

今朝、「いよいよ今日やね。頑張りぃ」と言うと、
「あんまり 色々言わんで!」だと。
「ベストを尽くす事が大事・・・」
「なんも言わんでって!」
・・・相当緊張してるようで!

「じゃあ、なんも言わんで・・・」と、握手の手を出す。
「おっとうのパワーを貰っときぃ」と言う母親の声も避けて、
「いいと!」

かなりナーバスですな。
・・・仕方ないか。

今日は、体力測定など・・・、明日が学力試験。
今日の分もかなり、苦手!

今日はおっかあが休んで,付き添い。

寒いな。
一日長いな。
冷静に待つ事にしよう。

追記

16:30頃、作業所の玄関で「お父さん」と呼ぶ声。
試験が終わって、顔を出した。(車を置いていたので)
初日が終わり、ホッとしたのか、明るい声。

「走るのもあって、自分より遅い人も何人かいたとか、縄跳びは上手に出来たとか・・・。」
他に、手先の器用さを図るテストもあり、
「紙とはさみを貰って、さいころをきれいに何個作るとか、ピンセットで小さいものを挟み・・・、」
とか、色々説明報告をして帰った。

「帰りに栄養でも付けりぃ」と言うと、おっかあと目を合わせて笑っていた。
何か「お疲れさん」の印の約束が出来てるのだろう。
・・・出来はともかく、元気だったからよかった。
明日は明日で、出来ただけ。



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2008.01.24 | | Comments(6) | Trackback(0) | ・家族・娘たち(今・回想)Ⅰ

NO.273 若者が希望を持てる、福祉・介護職場に! 

福祉介護労働者の半数は、ワーキングプアです。
以下、ひとつの例です。

非常勤職員の給料は交通費を含めて手取り約11万円~14万円程です。
日給制(1日6時間6150円~)で、その月の開所日数によって給料が異なり、ボーナスは年2回で各10万円程月の出勤日数を数え、給料がいくらになるかで考えなければなりません。
どう考えても年収は180万円以下です。正規職員の約半分です。
官製ワーキングプアというべき状況です。
男性にとっては特に将来を見通すことが出来ません。
 

私は一人暮らしをしています。
月の支出は、家賃5.4万円、公共料金(電気、ガス、水道)1万超、ケイタイ・パソコンに2万、(医療費5千)・・・手元に残るのは3万円~5万円ほどです。食費、交際費、雑費等でほとんど無くなります。
よほどでない限り、病院にもまともに行けません。簡単に洋服も買えません。
交際費もまずお金が気になる時もあるし、付き合いも十分に出来ません。
貯金も出来ないし、ありません。当然、車も買えませんし、今のままでは結婚も考えられません。
お盆や正月など、帰省するのにもお金を気にして帰らなかったりという有り様です


20代後半の年で60歳すぎの親に気遣われ、
「あんたは勉強もしてるし、今の仕事に誇りをもって十分運動も頑張って人間的にもいい男になってきてるよ。でも給料はね・・・・。あんたが悪いんじゃないんだけどね~」と言われ、仕送りや現金が送られてくる。
ありがたさと同時に自分の情けなさに号泣したのを覚えています。普通ならこっちが親孝行する年だろうに・・・。これを書きながらも生活の現実を見直すとが出ますこんな気持ちが伝わるでしょうか?・・・。

これは、陶友の非常勤職員クリが、福岡市との懇談会に向け、実態を資料集に載せるために書いた文章の一部です。原文は、思いも含め、まだ長いです。
よろしかったら、全文どうぞ。→ここをクリック!

こうした状況の中でも、日々の仕事から学び、自らの生き方の問題として、福祉の仕事をとらえて、現状を前向きに変革するための決意も固めています。

私たちの福祉の仕事は現場だけでなく、今までつながってきたの尊さや歴史を学び、労働を通して人と繋がり現代社会に改めて人間らしさを問う、誇り高き仕事だと思っています。
そして皆で、人間らしい社会を取り戻すために、今の社会を変革するために、創造するために行動(運動)する。人間らしく、自分らしく。

そして、私がワーキングプア並みの給料で未だに陶友で頑張って働けているのもソコに自分の存在意義や、そこに社会的価値を見い出しいるからで、【俺、生きてるんや!!】というのを感じられるからなんです。

しかし、それにも限界があります。



「しかしそれにも限界があります」
政府の責任において、若者にこういうことを言わせてはならないのです。

若者の、希望と頑張りを生かしきれない社会は、早晩衰退し、滅び行くしかないでしょう。
若者たちが、生活に見通しが持て人生に希望が持てる、福祉介護職場であってこそ、利用者が大事にされ、その人権が守られるでしょう。
自分の人生に希望が持てなくて、人の人生の希望や人権を支えることが出来ると思いますか?

今、福祉介護職場は人材難で、今後数十万も必要とされる人材を確保する見通しはありません。
このまま放置したら、日本の福祉介護は、現場から崩壊するしかないのです。
待ったなしです!
政府が、直ちに実効ある人材確保のために、必要な予算措置をとること切に求めるものです。

5兆円もの軍事費の無駄使いをせず、福祉予算を充実して欲しいものです。


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テーマ:ワーキングプア(働く貧困層) - ジャンル:政治・経済

2008.01.23 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO・274 「満足を重ねる」・・・イチロー。

NHKの「プロフェッショナル」を見た。

やっぱり、イチローは違うね。
番組案内は→こちらをどうぞ。
レベルが違うとひがまずに、今日は、素直にいいなと思ったことの亡備録です。

「自分のやり方を貫くためには、自己評価が一番厳しいものでないといけないでしょうね。誰の評価よりも自分の評価、自分に対する客観的な評価が一番厳しいものでないといけない、これはもう絶対です。さらには、結果を示さなくてはいけない。それを示した上で、周囲に対して自分のやり方をしっかりと言葉でも説明できること。自分の可能性を広げるには、自分で自分を教育していくしかないと僕は思っているんですよ。現段階の僕が出来たこともあるし、まったく出来ないこともあるし、その繰り返しなんですよね」


ん~ん。
軟弱な俺は、はるかに遠いな。
まず、「自己評価」、自分に甘いもの・・・。
「自分の可能性を広げるには、自分で自分を教育していくしかない」は、将にそうだと思うな。

次に、
「理屈じゃないんですよ。感覚がすべて。それより強いものはないんです」
これはなんとなく解るな。
理論や理屈は、それだけではただの理屈。
感覚まで昇華されたときに、ほんとに自分のものになり、行動に抜ける・・・そんな気がする。
感覚」とは、バットマンとしての身体感覚を言ってたが、
俺の場合は「感性」と言いなおそう。
俺にとっては、自分の中で1番信頼できるものだ。
こんなところで言うのもなんだが、
俺って、結構自分の感性、生きる感性は好きだな。(きゃ、恥ずかしい)
芸術的感性はないけどぉ・・・。
・・・と、言っておこう。

一番そうだと思ったのは、
満足を重ねる」
これって、ほんとにそうだと思った。
どこでも、「満足したら進歩がない」と、みんな言ってきたが、
イチローは正直だ。精神が自由だな。

「次に進むために、満足する」
満足すると、次が出てくる」
いいじゃない?
そこに来た自分に安住しあぐらかいたら、確かに進歩はないだろうけど。
これ、今日の1番ですね。
頑張って、自分を褒めて満足して、次を目指さなきゃ!


俺って、何を目指そうか。
あ^^、「日本一の作業所」と「かっこいい男」やった。はるかに遠いかな?まだまだだ~!
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テーマ:TV番組 - ジャンル:テレビ・ラジオ

2008.01.23 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・マスコミ・テレビ・新聞Ⅰ

NO.271  貧困・格差の中心問題は、雇用・労働問題。

福田総理の所信表明では、「貧困格差社会」と言う認識は消えた。
国民生活の中心問題は、引き続き、貧困格差の問題である。
貧困格差問題に、社会保障がどう対応すべきかは、勿論重要な柱だが、これを生み出している問題について。
やはりその根源的な問題は、「雇用と労働」問題である。

以下、所信表明演説である。

〈第三 活力ある経済社会の構築〉
第三は、雇用拡大と生産性向上を同時に実現し、すべての人が成長を実感できるようにする「全員参加の経済戦略」の展開です。意欲ある人が皆働けるように、女性と60代の方の労働参加率の引上げやフリーターの減少について、少なくとも政労使の合意に基づく数値目標を達成しなければなりません。このため、定年制のあり方や60歳以降の継続雇用・再雇用のルールについて検討を進めるとともに、「ジョブ・カード」制度を4月から導入します。また、労働分配率の向上に向けて、正規・非正規雇用格差の是正や、日雇い派遣の適正化等労働者派遣制度の見直しなどを行います。


「正規・非正規雇用格差の是正や、日雇い派遣の適正化等労働者派遣制度の見直しなどを行います」と、一応は触れているが。

まだ、政治の中で正面から「労働と雇用」の問題は議論されていない。
ブログ界でもあまり、話題になっていないような気がする。
(あまり見て回らないので、認識が違えばごめんなさい)

労働者を物か、部品のように扱い始めたのは、1985年。
労働者派遣法」が制定されてから。
(実行した内閣は違っても路線は同じと言うことで、多少正確さを欠くかもしれないが)
当時、中曽根内閣は、経団連のメザシの土光率いる「第2臨調」路線を忠実に実行していた。
その政治路線は「戦後政治の総決算」というスローガンで、レーガン、サチャートと連携しながら、次第に新自由主義の政治路線を具体化していたのである。

ユニオンジャックによる、「総評」解体、労使協調の「連合」誕生による、労働運動・国民運動の分断を利用しながら、国鉄の分割民営化につ続き、社会保障分野を目の敵に、老人医療の有料化や健保本人負担が持ちこまれた時期、雇用・労働分野に、新たな搾取の方法として強行されたのが「労働者派遣法」だ。

私は当時、労働組合(福祉保育労福岡地本)で、委員長をしていた。
旧炭鉱時代の「納屋制度」を合法化し、現代の「たこ部屋」を作り、ピンはねを合法化するものだと、反対運動をしたが、強行された。
当時まともに、この法律に反対したのは共産党だけであった。

この法律つくりにかかわった学者は、なんと言っていたか。
「必要なときに、必要なスタッフを、必要な期間、企業の要請に応じて派遣する」と、わかりやすく説明している。
「必要な部品を、必要なときに、必要な量、トヨタの必要に応じて納品する」
お分かりでしょう。
トヨタが下請けいじめでのし上がったカンバン方式の、「労働者版」である。
はっきりと、その時、労働者は部品や物と同列に置かれたのである。

その後、1995年、日経連は「新時代の日本的経営のあり方」を掲げて、「派遣法」の更なる規制緩和=改悪を求め、それに応えた政府は1999年、2003年と派遣業種の拡大など、改悪に次ぐ改悪を続けた。

そして、今日のワーキングプアは生み出され、貧困格差社会が誰の目にも見えるように広がったのである。
ここまで明白な「格差・貧困」の原因について、今もまともに取り組もうとしているのは、政党としては残念ながら共産党しかいないようである。

関心ある方は、参考にどうぞ。→http://www.jcp.or.jp/seisaku/2007/071217_hakenhou_kaiseiyoukyuu.html

労働者派遣に新しいルールを確立し、派遣労働者の正社員化と均等待遇を実現します」というもので、派遣労働に、規制を加え、派遣労働者を保護する政策を提案している。

 貧困と格差の拡大が日本社会を揺るがす深刻な問題になっています。人間としての最低限の生活も保障されない「ネットカフェ難民」と呼ばれる人たちが増大し、「ワーキングプア」といわれる世帯が450万から600万にも達しているといわれます。貧困と格差は、働く人たちから結婚や子育て、将来への希望を奪っています。

 なぜ、こんなに貧困と格差が広がっているのでしょうか。そのおおもとには、非正規雇用を増大させてきた財界の雇用戦略と、それを応援するために政府が労働法制をつぎつぎと改悪してきたことがあります。なかでも、労働者派遣法の規制緩和が大きな原因となっています。

と言う書き出しから始まる、ちょっと長い提言です。

しかし、私としては、こんな労働者差別法は、さらに進んで「廃止」「解体」すべきだと思うが。如何に?
改めて、言いたい。
今日の貧困・格差問題の根源は、雇用・労働問題であり、労働者派遣法は廃止すべきだ!


ほんとにこの問題が解決できないと、日本は大変なことになると思います。
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テーマ:ワーキングプア(働く貧困層) - ジャンル:政治・経済

2008.01.22 | | Comments(2) | Trackback(2) | ・雇用と労働問題Ⅰ

NO.270 マイカー、ゲット!

待ちに待った「マイカー」が来た。
昨日から、次女は落ち着かなかったようだ。
「今日は私のために、も上がってくれたよ~」

今日は公休日で、納日。
「お父さんも行く?」
をとりについていこうかと思っていたが、やめた。
「いや家で待ってるよ、向こうを出るとき電話しぃ」

自分の給料(とおっ家からの借金)で、初めての大きな買い物。
「自分の」が欲しかったらしい。

で、乗って帰ってきた。
「おっとう、来たよ!どう?」
うん、どれどれ・・・、グレイのホンダの軽。「ゼッツ」?

ケータイ写真を撮って、眺めてる。
妹を乗せて、近所のスーパーに行った。
夕方から、じいさんのお世話(介護)に泊りがけで出かけるらしい。(仕事は公休)
「じいちゃんが、かわいくて好き」なんだと。
休みの度に、よく行ってる。いいですよ~。いや、いい孫かな?

「気をつけてな、気をつけてな、いつものと違うし、気分も違うからな」と、何べんもなんべんも言うおっとうです。




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2008.01.21 | | Comments(8) | Trackback(0) | ・家族・娘たち(今・回想)Ⅰ

NO.269 自民「結党以来の危機」打開は、大連立・政界再編で(?)。 

自民党大会によると「結党以来の危機」らしい。
元気が無いはずだ。福田首相もうつむいて、原稿棒読み。与党席からも拍手はまばら。

「生活者、消費者が主役となる社会」を実現するために「あらゆる制度を見直す」
・・・と、福田首相は施政方針演説で述べ、39分の演説中に38回も「国民」と言う言葉を入れた。「国民本位」「国民の立場に立って」・・・。
しかし、暮らしの問題でも、外交や安全保障の問題でも、打開策は見えなかった。

社会保障問題では、高齢者医療や生活保護、障害者自立支援法でも、噴き出す国民の反対に対して、1時的・部分的凍結策は打ち出すが、かといって、本予算での毎年2200億円の社会保障費カット路線には手を入れられない。
雇用問題でも、派遣問題で、最大手のグッドウィルやフルキャストが無法を繰り返し、事業停止命令に陥る中で、財界の「派遣の自由化をもっと進めろ」と言う要求には、応じられなくなってきている。かと言って、労働者の要求にこたえて、派遣に規制をかけることも出来なくなっている。
立ち往生なのだ。

立ち往生しながら、そのまま消えていくのか?

「国民、国民」と言うならば、その要求に沿って旗を掲げればいいものを・・・。

このまま消えうせる「天下の自民党」ではなかろう。
ウルトラCを狙っているのだ。
福田総理、口を開けば、「野党の皆さんのご協力を」と言っている。
それは「大連立」「政界再編」で、この危機を乗り切ること。

相方として期待されている民主党は、あれだけの騒ぎ・国民の批判の前にも、先の「大連立騒動」には反省はなく、残念ながら、「自民党との大連立」を選択肢として持っている政党なのだ。
ちょっとここら辺で考え直して欲しいものだ。
大体こんな国会に、テーマが「ガソリン国会」?
笑えないよな。対抗軸が無いから、大の野党第1党がこんな事しか言えないという事では。
自公与党との「最大の違いはそこにしかありません」と、言っているようなもんだよ、これって。
参議院選挙で、支持した国民の期待に応えているとは、到底いえない。

残念なことだが、昨日の記事にも書いたように自衛隊派兵恒久法では、すでに「合作」が進んでいる。
社会保障財源として、消費税導入も同じ路線だ。
「生活者中心」を掲げて支持を貰ったのだから、考え直して欲しいものだ。
真に自公政治を変えるためにこそ。

平和の問題でも暮らしの問題でも、国民の声に耳を傾けるのではなく、大企業言いなり、アメリカ言いなりの「大連立」を、タイミングをうかがっている。
民主がこれに乗らないことを期待しよう。

今後の国会、政治の焦点は、この間の自公政治、新自由主義政策の行き詰まりを、どう打開するかにある。
そして、この行き詰まりを打開するために、解散総選挙に追い込むことだ。
そして、政治の軸足を、「大企業中心から国民生活中心へ」「アメリカ言いなりから、自主・平和外交へ」切り替えること。



今日もお堅い政治記事。
政治のことを、短い文章にするのは難しいですね。でも、暮らしや権利を守るためにはどうしても今の自公政治を変えることが必要だと思います。
皆さんのご意見を聞かせてください。
すんまっしぇんが、ポチッと二押し頼んます。

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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

2008.01.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・政治一般Ⅰ

NO.268 「派兵恒久法」は、自民、民主の合作。

15日に臨時国会が終わったかと思えば、18日には通常国会が開幕。
福田首相は施政方針演説で、首相として始めて「派兵恒久法」に言及した。

「平和協力国家日本の実現」を掲げ、その目玉として、「迅速かつ効果的に国際平和協力活動(=自衛隊の海外派兵)を実施していくため、いわゆる『一般法』(恒久法)の検討を進める」と。

ここまで踏み込めたのは、最大野党民主の後押しがあったればこそ。
今後の安保外交問題を見るためにも、先の国会を振り返っておく必要がある。

先の国会で最大の焦点となった「イラク特措法」。与党の数の暴挙で衆院再可決で成立した事は周知の事だ。
一方この国会で、民主党の対案が自民、民主、公明、国民新の賛成で継続審議となった。
参院では反対した自公が、政治の基本となる安全保障問題で、衆院では違う態度をとった事はまさかの事だ。

「民主対案」を改めてみておく。
それは、海上自衛隊をインド洋に再派兵する政府提出の新テロ特措法に対する「対案」として、民主党が参院で提出したもの。
「国際的なテロリズムの防止及び根絶」を口実に、自衛隊の常時、迅速な海外派兵を可能にする恒久法=本格的海外派兵法の早期整備を求めている。

その恒久法の中身に、「憲法の下での自衛権の発動に関する基本原則」を盛り込んでいる。
民主党は、自衛権については、個別的自衛権と集団的自衛権の区別なく容認する考えを持っており、この「基本原則」は、「テロ根絶」を口実にした集団的自衛権の行使=海外での武力行使に道を開く危険を持っている。

今回、与党がまさかの対応をしたのは、民主党とともに恒久法を推進する立場から、制定につなげる協議のきっかけ、火種を残しておきたかったからであり、実際そういう運びになってきた。

同対案は、「復興支援活動」を口実にしたアフガニスタン本土への自衛隊派兵が前提。国連の決議などがあれば海上阻止活動そのものへの参加も検討するとしている。さらに、武器使用基準も、自衛官が自分などを守るためだけに限定していた従来の海外派兵法よりも緩め、「活動の実施に対する抵抗を抑止するため」にも可能としている。要するに自由に使えるのだ。

自公案より一歩も二歩も進んでいるのだ。「違憲」「アメリカ寄り」において。
自民の関係者があけすけに、証言している。

高村正彦外相も「自民党がそういうものを先に出した場合、民主党が本当に賛成してくれたかわからないものを民主党が出してくれたことは有意義」と言っていた。
自民の小坂議員は「民主党の対案には今後の重要な検討課題として議論すべき内容も含まれている。民主党をはじめ、野党と緊密に協議し、自衛隊の海外派遣にかかわる恒久法の制定につなげていくべきだ」と主張。
福田康夫首相も、九日の党首討論で「これから国会でおおいに議論させていただきたい」と述べていたが、筋書きは、こんなにうまく運んでいる。

野党として、表面上は自公政権に対抗しているように見えても本質はこんなものだ。
安全保障外交問題では、事実上の大連立である。
そういえば、あの大連立騒ぎの議題の一つが「恒久法」にあったことを忘れてはいけないな。

まあ、この恒久法の研究を指示したのが小沢代表。
小沢代表と言えば、もともと自民時代でも有名なアメリカの子分。
民主党にもまともな「護憲派」もいたろうものを・・・。
「豪腕」にねじ伏せられているのか・・・。


今日はお堅い政治記事。
でもこうやって、軍事費を増やし、福祉予算を削っていくのだから、考えないといかんと思います。
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テーマ:政治・時事問題 - ジャンル:政治・経済

2008.01.20 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・米軍・自衛隊・安保Ⅰ

NO.267 本気で生きる・・・ドラマ「フルスイング」を観て。

久々に、シンプルストレート本気に生きることを描くドラマを観た。
皆さんもご存知でしょうが、プロ野球の打撃コーチだった高畠導広さんが、59歳で高校の教師になる話。
       こちらを参照→NHKのドラマ案内

【ドラマのストーリー】
  「教える」ことに人生の全てを捧げた一人の男がいました。打撃コーチ高畠導宏さん。七つのプロ球団を渡り歩き、落合、イチロー、小久保、田を始め、30人以上のタイトルホルダーを育てた名伯楽は、還暦間近で福岡の高校の教師になりました。

  高畠さんは30年のコーチ人生で培った優れたコーチング力で、悩める思春期の子どもたちと現場の教師たちを大きく変えていきます。

  自ら、悩み、迷い、葛藤する姿をさらけ出す素敵さ。高みから何かを教えるのではなく、「生きる力」を伝えようとする熱意。「俺だけの先生」「私だけの先生」と子どもたちに思わせる「好きにならずにいられない」教師の姿がそこにありました。

  わずか1年でがんに倒れ、志半ばで逝去した新米教師「高さん」と、彼の思いを受け止め、成長していく子どもたちと教師たちの感動の実話をドラマ化します。


第1回は、教育実習期間の出来事。
はじめは、授業で生徒たちのを聞きだそうとするが、なんて白々しくてウザイ生徒たちにはぐらかせられ、失敗する。
しかし彼は、実直本気。ただ、を聞いて応援したいと思うだけ。
生徒たちの写真を撮り、ノートに貼り、名前と性格、を記録していく。
その過程で、だんだん生徒たちが心を開いていく。

一人の生徒は、両親が次々に蒸発し、親戚に引き取られているが、一言もを開かず・・・。
しかし、この写真を撮る姿を見て、心を開いて関わって来る。
心の底で、写真家を見ているのであった。

実習最後の授業で、またの話をする。
ノートを見せながら、
「君たちの夢がここにある。どんな時も、君たちの夢を応援する人が、必ず一人はいるということを覚えておいて欲しい」と語る。
・・・生徒たちが、そのノートを見せてと、前に出てくる。

あらすじを書けば、ただシンプルなだけだ。
しかし、その中に一点の疑いも無い、彼の信念がある。
「夢を持とう。君の夢を知りたい。君の夢を応援したい」

生徒に接する態度は、
「大きな。小さな。優しい
打撃コーチ時代の彼の、選手への接し方である。

陶友での学生の実習でも感じたことだが、
いまどきの学生や若者は、冷めていてつかみどころが無いと言う印象を持っていたが、
こちらが、まっすぐに向き合い、本気でかかわれば、必ず正面から向き合ってくれる。
小手先の技術ではなく、ためらわず、奇をてらわず「真っ直ぐに、本気で」と思う。
彼らは、そういう風に向き合ってくれることを、大人たちに求めていると思う。

番組の掲示板に次の書き込みがありました。

彼とは一学年が80名ほどの小さな田舎町の小学校で一緒でした。当時は相撲が全盛の時代で 、彼は学校の代表として近隣の相撲大会で優勝したりして 活躍していましたが、5年生のころから自分は将来プロ 野球の選手に成るんだとたえづ言っていました。
体も 小さいし、こんな田舎からプロ野球選手なんかになれっこないと我々同級生は思っていましたが、彼はどうして も野球がやりたくて中学に入る時に、遠縁にあたる高畠 家に養子に行きました。
幼い時期に親元を離れ養子に行った彼の決意に驚き、感心したのを五十数年経っても 昨日のように思いだされます。

小さいときからしっかりと夢を追いかけていたんですね。本物はやはり違うな。
「夢は、君たちを大きくしてくれる。・・・夢は、迷ったとき、道を照らしてくれる」
ドラマの中で、生徒たちの夢を聞き出し、夢について語っていた。

我が家の、ドラマ鑑賞シーン。
心を閉ざし、話もしない生徒のことを、4女は心配し、「蒸発って何?」と聞いてくる。
合点すると「悲しくてこころを開けないとよ」と言う。
高畠さんの写真のとり方を見て、「逆光だからだめ・・・」と心を開き関わって来るシーンで、私はがあふれてくる。
娘は、「もう、又、すぐお父さんは泣くんだから・・・」とテレくさそうに言う。
「娘はそんなに言わんで、タオルを取ってやりぃ」と、おっかあが言う。
「父さんは、心が触れ合うとき、どうしてもが出るんよ」と、私は照れる。
・・・、「まだ泣きよる」と言われながら、を拭いている。
「だって、すぐは止まらんと!」

「大きな。小さな。優しい
これいいな、今からでも、真似しようかな。

番宣ではないですが、いいものは素直にいいと思いました。心に書き込んでおこうっと!
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2008.01.20 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・マスコミ・テレビ・新聞Ⅰ

NO.266 「ひまわり~!」・・・知的障害者の子育て。

知的障害者による子育てをテーマにしたテレビドラマが始まった。
ありがとう」だったっけ?
ひまわり~!」と、嬉しそうに赤ちゃんを呼ぶ姿が印象的で、タイトルは不確かだが・・・。

知的障害の若い娘さんに、子どもができる。相手は死んでしまい・・・、さて子どもを産むか?産ませるか?
初回は、出産し、育児の初期を駆け足で描きながら、ドラマの舞台の全貌を紹介するものだった。
全体的には、暖かく前向きで好感が持てた。

私が1番、感じた場面。
さて産ませるべきか、母親が悩み、冷静さを失って、弟が付き合っていたと知っていた事を、どうして知らせなかったのかと詰問する場面の弟のセリフ。
「嬉しかったんだ。お姉ちゃんは小さいころからバカにされてばかり・・・、そして、家とセンターの往復ばかりの日々。そんなお姉ちゃんに好きな人が出来て、楽しそうにしているのを見て、嬉しかったんだ」
と言うシーン。なんか、このドラマを象徴するセリフだったかも。

今日は、ドラマ評ではありません。


前号の記事のコメント欄に、まりもさんから以下の質問がありました。

本当に素朴な質問、いいですか?
>いわゆる知的ボーダー両親
とは、どのような意味合いですか?


以下、私のコメント返し。1部、表現を変えていますが・・・。

もうお母さんは10年近く前に亡くなってるので、お父さんと関わっての印象だけですが・・・。
私の経験上、お父さんは明らかに、軽度の知的な障害があるのではないかと思われます。色々な理解や対応の仕方を見て。
これにはあくまで、責任ある「判定」や「診断」に基づく根拠はありませんが、多分、間違いなく・・・と言うところです。

社会生活を営むこと、特に子育ては、複雑な理解や判断、関係の調整・・・とにかく、高度な知的能力が必要です。昔のように、飯さえ食わせれば育つだろうと言う風には、ますます行かなくなって来ています。

お父さんは、とても真面目で大人しく優しい感じの人です。「どうしたらいいか分かりません、よろしくお願いします」と言ってます。だから、悪意は無いし、なかったのです。
しかし、先日も、家に職員が話を聞きに来ても、テレビ見ながらしか話には入れないし、次の日に娘2人を夜に送っていったときも、パチンコに行っていて10時に帰ったぐらいです。

そういう知的に障害があるか無いかの、ぎりぎりの人が結婚し、子育てしているのは、私が関わってきただけでも数件あります。
そういう親に共通しているのは、脳の器質的・機能的な障害よりも、育ちの過程で、きちんとしたしつけや訓練、教育がなされないまま育って来たのではないか、とう問題です。
かつては私は「環境精薄」と呼んでいましたが、環境因子が主な原因と考えられる知的障害者のことです。(これはまったくの私見です。そういう類型化した学説があるかもしれませんが・・・)
話がずれましたが、大体以上のようなことです。



要するに、知的障害ぎりぎりのラインの人のことです。

知的障害は、単純に数値化されるわけではありません。
ぎりぎりの人で、相談に行って公的機関で判定されれば「知的障害者」、判定がなければ実態がどうであれいわゆる「健常者」です。

そして後者は、ほぼ決まって貧困層です。
そういう相談機関や制度があることを知らなかった人たちです。
社会から放置されたところで、そういう障害が再生産されているのです。
これまた共通して、近所付き合い、親戚付き合いが希薄です。
支援や助け合いのない、孤立したところで障害が、世代にわたり再生産されていると言ってもいいでしょう。

ついでに「多産」傾向も、事実です。4人ぐらい。
生活の見通しが立てられない、その日暮ですから、計画出産など出来ないのです。
それ以前に、排卵、妊娠の知識も十分ではないでしょう、多分。
「自然」に、「原因」があっただけ「結果」が、生まれてきたのです。
殆どの場合、兄弟皆、同様の傾向にあります。

私がこれまで関わったのは、「知的に単純な遅れがある」障害でしたが、ヒロコの場合は「心」の変容にまで及んで複雑になってしまっていると言うことです。
ここにまた難しさがあります。

見てきた通り、知的障害者出産・子育ては、大変な問題を含む課題です。
本人の困難だけでなく、新たな障害と人権侵害を生み出す危険があるのです。
しかし、「生む権利」「育てる権利」は、否定されるべきではないと思います。
そこで必要なのが、その権利を守り、新しい命と共にどう支援していくのか。


ドラマに戻りましょうか。
このドラマは、第1回目から、母親や家族、隣人達の温かい支援だけではなく、
行政の関わりを、存在感ある女優さん(名前は忘れたが、あの役はハマリ役だと思う)の演技で、1本の糸として入れている。
ここにこのドラマの評価、テーマの社会性やリアリティーの行方がかかっていると思います。

・・・で、私は、観たいような観たくないような・・・です。
私にとっては、リアル過ぎ。
娘の将来を思ったり、仕事柄でもあったり・・・ちょっと、重すぎて、避けて通りたいような・・・。


追記
私は、仲間達と関係を作る時、小さなことを頼むことにしている。
誰だって人に物を頼まれたら、嬉しいに決まっている、と言う独断の元に。
給食を食べ終わり、「誰か俺んと、片付けてくれる人~?」
ヒロコが、にこーっとして手を小さく挙げた。「よし!頼むね」
作業にも入れ、みんなと食べて・・・好調。
今のところは、ね。

・・・頼まれなくて、残念がるドナタサンには、今度頼もう。

テレビを見ても、ひとこと言うわないかん性格。ちょっといやらしいかも。
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2008.01.18 | | Comments(6) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.264 「タイシコン」=対市懇・・・福岡市との懇談会。

福岡ひかり福祉会グループは、10数年にわたり、作業所をめぐる問題解決のために、福岡市との懇談会を持ってきた。
グループの仲間、親、職員がそれぞれに要求をまとめ、市の関係部局の担当者と懇談するのである。

最初は「交渉」にしたかったのだが、市の方が受けてくれず「懇談」と言う形になっている。
それでも現場の生の声を、行政に聴いてもらうことは意義があることだ。

その第14回目が、1月30日に迫り、準備が進められている。
それぞれの要求をまとめ申し入れ、当日用に「発言集」も作る。
2時間と言う限られた時間なので、発言は絞込む。この間約3ヶ月、学習と話し合いを重ねてきた。

仲間の部で、カゴさんがどうしても発言したいと、発言者の1人に選ばれた。
この間、担当のとくいと相談し援助を受けながらながら、鉛筆をなめなめやっと文章化が出来たようだ。

文字も1人では満足にかけないのだが、・・・その努力ともども紹介したい。
   カゴさんについては→過去ログNO、144を是非参照ください。

はたらくのに おかねをはらうのは おかしいとおもいます。
くにのせいだけど じぶんたちのことをしって 福岡市のひとにも くににいってほしいとおもいます。
わたしは きゅりょうのなかから りようりょうを はらっています。

(手書き文字のほうがリアリティがありますが、器械の文字。しかも、読み易くするために、以下、漢字混じり文に「翻訳」します)

家は苦しいので、お金は払えないと言われました。だから自分で払っています。

家はお父さんとお母さんと弟2人と自分です。お父さんは入院しています。
お金はお父さんの恩給と、弟の給料と(1人は介護などもあり働いてない)自分の障害年金(2級7万弱)だけです。

国や市はお金が無いと言うけど、自分の生活を想像してみてください。
陶友をはやびきして帰って、お米を研いだり、お父さんのお世話で病院へ行きます。
休みの日は、お母さんが腰が悪いので一緒に買い物などに行っています。

自分はこづかいは貰っていません。
つらいことは、仲間のクラブや花見のときにお金の心配をしなくてはいけないこと。お金がいるとき、お母さんに言わなくてはいけないこと。親戚の子供に、お年玉を上げられないこと。他の仲間が、お年玉を上げたと話しているのを聞くのがつらいです。

陶友で1ヶ月はたらいて、利用料と給食代を8000円払うので、1500円しかもらってません。それは家に入れます。

仕事では、あつくてもさむくても毎日リヤカーで豆腐を売りに行っています。雨の日も行きます。

だいいち、普通の会社の人が勤めるのにお金を払っていますか。
仲間は、職員や他の仲間がいるから働けています。
働くために作業所は必要です。
普通の人が働きにいくように、自分たちも作業所に働きに行きたいんです。もちろんお金を払わずに。

しょうがいしゃやけんて ばかにしとる。
すきで しょうがいしゃに うまれたわけじゃないです。

おかしいとおもったら、市の人もみかたになって、国にうったえてください。」


高齢の両親を支えながら、自身も今年は還暦のカゴさん。
わずかな小遣いのことで切ない思いをしながら、それでも元気いっぱいに、作業所に通ってきます。手元の入る自由な金は1円も無いのに。
あの軽妙な元気さの奥には、カゴさんの悲しみがあるのです。
元気で、しゃべくりまくっていないと、やっていけないのです。
・・・時々、が出そうになるよ。

作業所は彼にとっては、生きていることを実感する場所、精一杯自分を表現する場所です。

これから、本番に向けて発言の練習がまた大変です。
字が自由に読めないから・・・。
それでも、張り切っています。・・・「生きてるんだ!」


皆さん。これが「私たちのことを私達抜きで決めないで!」と言う障害者の声を踏みにじり、自民・公明が強行した自立支援法が、「自立支援」の名前でやって来たことです。ここに政治があるのです。
どう思われますか?


今日は、仲間の生の声を聞いていただきました。
応益負担」撤廃、自立支援法の抜本改正まで闘います。
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2008.01.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.263 ネコひいき?

朝、陶友への1番乗りはカゴさん(59知的軽度)、次がトモくん(31知的軽度、ダウン)。
この2人は、人間が出来た奴で、必ず所長室(陶芸作業室の隅っこで、本棚と冷蔵庫で半分仕切られているだけ)に顔を出し「友さんおはようございます」と来る。

今朝は遊んでやった。
トモくんには、「はい、おはよう」と返し、
カゴさんには、「はあ?」・・・「はあ?」・・・「はあああ?」

すると、トモクン曰く、
「友さん、ネコひいきしてるんですか?」と・・・???

「なんて?ネコがカゼひいたって?」

「違いますよ。えこひいき!僕にえこひいきしてるんじゃないですか?」

「なんでや?」

「僕にはちゃんと、おはようって言って、カゴサンには、はあ?っていってるじゃないですかあ!?」

「そうたい!カゴサンにひいきしとるったい」

「違うでしょう。僕でしょう?」

「いや。カゴサンに!俺はカゴサンとは、付き合いがお前よりずっと長いと!だからカゴサンにひいきしよると!」

「え~、なんでですかあ?僕にはおはようって言ってるじゃないですかぁ」

「俺は、はあ!って言うて、ひいきしよると。・・・なんや、お前も俺にひいきされたいとか?」

「そうですよぉ・・・」





ん~~~~っ、「アホッ!」

この2人、親子ほどもが離れているのに、いつも張り合っている。
時々、「下らん事で張り合うな!」と一喝し、
ときどきこうして、遊んでやる。

俺って、い・じ・わ・る。


気楽な、ほんとにお気楽な話。
こうして1日が始まりました。
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2008.01.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅢ

NO.262 「助けるのも楽しい、助けられるのも楽しい」

四女が急に、動物関係の仕事がしたいと言い出した。
高校入試の願書に「とりあえず」書いたのがきっかけだ。
で、動物図鑑を買ってもらったり・・・、「にわか希望」だが、それはそれで一つのきっかけ。
という事で、昨夜は、一緒にテレビで動物番組を見た。
「アフリカ調査50年 チンパンジー老人力」だ。
   以下、番組案内より引用。 こちらを参考に→NHKBShi番組案内

年齢を重ねるごとに増す存在感。長年の交友関係を武器に政権争いのキャスティング・ボードを握る長老。地位が揺らぐリーダーの心をいやす老母…。すべて、チンパンジーのお話。
舞台は東アフリカ、タンザニア。タンガニーカ湖のほとりにそびえるマハレ山塊の裾野に広がる森は、京都大学を中心とする日本の研究チームが半世紀近く調査を続け、世界の霊長類学をリードする発見を重ねてきた場所である。
チンパンジーの野生での寿命は50年近い。長期観察で一生が明らかになり、「人生経験」に裏打ちされた老チンパンジーのしたたかな生き方が見えてきた。
今回、調査初期から現場に入ってきた西田利貞氏(日本モンキーセンター所長)に同行。数年に一度というリーダーの交代劇に遭遇した。優しいが気の弱い現リーダーか、無鉄砲だが勢いのある挑戦者か。群れの命運を左右する選択の鍵を握ったのは、c…。流血の戦いは防げるのか?
50年前、類人猿調査のフィールドを求めてアフリカに入った研究初期の貴重な記録や、京大隊を支えてきた現地の少数民族トングェとの友情、森にこもる研究者のロハスな日常など、長期記録ならではの見どころも盛りだくさん。

番組は、チンパンジー社会のさまざまな関わり合いを横糸に、彩(いろどり)を添えながら、リーダーの交代劇を縦糸に展開していく。

優しいが気の弱い現リーダー・アウロ(25才)に、無鉄砲だが勢いのある若者・ピム(19才)が、リーダー交代を求めて挑戦していく。
かつてのリーダーで、過去の抗争を生き抜いて来た長老・カルンデ(50才)が、このリーダー交代劇にどうかかわっていくが見所。
下手なドラマよりもよっぽど面白かった。

長老は、かつて若い時、群れの権力抗争で、群れの統一が失われた時に、その隙に付け入って隣の群れに征服された経験を持つ。彼は、この権力抗争をじっくりと見極めながら、長老として培ってきた群れの信頼をもバックに、流血の惨事を避けるべく、最後にリーダーとなるべきと判断した若者を助け、平和的なリーダー交代劇を、事実上リードしていく。
筋書きの無いドラマは、それが見事に成功すると言うものだった。

700万年前に、チンパンジーとヒトは、共通の先祖から分かれたと言われている。
京大調査隊の西田隊長が、次のようなことを言っていた。
長老カルンデの行動について、
「相手を助ける行動が、群れを守った」
「助けるのが楽しい、助けられるのが楽しい」関係と言う風なことを。

人と共通の先祖を持つチンパンジーの行動の中に、
「助けたり、助けられたりが群にとって大事だった」
そういう価値を見た気がした。

老人は、体力が無くなり、うまく物忘れする、すると知恵が回ってくる」
と言うナレーションも、なぜか心に残った。

番組の初めの方で、西田隊長の問題意識が「人間が争うことにある」ような事も、言われていたと思う。
考えさせられる記録番組だった。

このところ、「むかしばなし」ばかりです。
あ~ また夜更かししてしまった。今日は、がんばろっと!
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2008.01.16 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・マスコミ・テレビ・新聞Ⅰ

NO.261 静的風景。

ここ、庵の屋根裏部屋の南から、背振山系が見える。
うす曇で風もなく、見た目にも静かだ。
白侘助(ワビスケ椿)が、楚々と咲いて、蝋梅(ろうばい)が甘い香りを漂わせている。

開発されて40年近くなるだろうか、この小さな住宅地は、高齢化が進み・・・。
静かなところだが、今日は、特に静かだ。

から、遠くの坂道に、黄色い帽子に黄色いランドセルの1年生の背中が見える。
1人で帰っている。

・・・今日はサボッた。初サボり。
「もしもし、人手は足りていますか?」
   (足りてるわけ、ネエだろ!)
「今日は体が重くて・・・、休ませて貰うわ。なんかあったら、ケイタイ空けとくから、よろしく頼むよ」
私のケータイは、無くても良いようなもの。
1日平均で1ぐらいの受信しかない。

昼前に、1回、報告があっただけ。
「ヒロコと妹が、外泊して妹が学校にも来てない」と。
ヒロコは出てきたようだが、妹のことは大体所在もわかっているから、学校と父親に任せる。

・・・で、私は動かない。動くのは明日で十分。
この件で、明日は一仕事だな。

今日は、十分自分を甘やかしたから、そろそろカンタ(柴8才)と散歩に行って体を動かし、
明日に備えようかな!


暗い話ですみません。
誕生日までは、安全運転で行きます。
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2008.01.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・ゆう楽庵つれづれⅠ

NO.260 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(3)

皆さん、こんにちわ。
お付き合いありがとうございます。「浪花節的人間論」もこれで、終わるようにしたいと思います。

ナンディがあの3万年前の時代に、重い障害を持ちながら、天寿を全うすることが出来たのはナンディ?

学生たちは、いろいろと面白い答えを披露してくれます。
「彼はシャーマンで、群れにとって重要な役割を持った存在であった」、なるほど。
こらは学説でも言われていますね。
「ひょっとこ」は、実は障害者の「火男」で、仲間が狩に出かけた時も夜も、火を守り重要な役割を持っていたともよく聞きますね。常識的でまともな理解と言えるでしょう。
間違いじゃないでしょうね。

中には「彼はボスの娘の彼氏だった」という、ユニークな答えを見つけた女学生もいました。
だから、特別に食料を貰えたと。・・・彼女は、恋愛中で大切な恋人のことが浮かんだのかもしれませんね。それも有り、かも知れません。

でも私の「浪花節」では、これらの説は物足りません。
「シャーマン」とか「火男」とか、群れにとって功利的に役に立たなかったら、生存できなかったことを、認めたくないからです。
だったら、現代の新自由主義的なマイナスの人間像でしかあり得ません。
そうなれば、ナンディが生きられたのは、偶然でしかあり得なくなります。

私は次の様に考えたくなります。
彼の個人的な力を超えた力が、彼の生存を保障したと言うことではないでしょうか?それは、「群れの力」「集団の力」「社会の力」と言えるのではないでしょうか・
私たち(人類)の先輩は、「個の生存競争」を抜け出し「群れ的・社会的共存」により、生存する人間へと進化していたのではないか。・・・と思うのです。

つまり、ありきたりの言葉で言えば、弱肉強食の掟から自らを解放し、「相互扶助、共同と連帯」のもとに、ともに生きる存在として、私たちの先輩は、動物の群れから袂を分かち、人間としてこの地上にその1歩を記したのではないか。そこに人間らしさの本質があるのではないかと思うのです。そしてそこにこそ進化の壮大な未来が見えたのではないか?と。

「浪花節」は、次にナンディよりもはるか遠い先輩たちのことを、ネタにしてみます。
もっと昔、先輩たちは樹上生活をいていました。
仲間も増え、もっと多様で多くの食料を必要として、木の上から降りてきました。
種を守る動物本能には変わりありません。
しかし、地上には、トラやライオンや、他にも動物学的にははるかに優れた能力を持つ強いものたちが、それぞれの生存をかけて生きていました。

「やべぇ!負けちゃうよ・・・」
そこで先輩たちは、ライオンに勝つために牙をむき、つめを研ぐことをしたでしょうか?
チータより早く走る訓練をしたでしょうか?
彼らは、自分たちのそのままの姿を受け入れ、
「俺たちは弱いんだ、・・・だからこそ助け合い知恵を磨こう。そしてともに助け合って生きていこう」と考えたのだと思う。
そのDNA(遺伝学的意味ではなく、俗に世代から世代に、歴史的文化的に伝わるの意)が、また数十万年も受け継がれながら、ナンディたちに引き継がれたのだ。

ここに、人間が誕生したのだ。人間が!
浪花節ではあるが、これは結構正しいと思うのです。

さて、そろそろまとめです。
こうして見てくると、福祉や介護といった仕事は、人間の発生とともに存在し、すこぶる人間的な仕事であって、近代から現代にかけて、人間が「人間らしさを自覚的に発揮する営み」を、改めてその社会の発展段階にふさわしく、社会的に組み立てた制度であり、労働であり、事業だと言うことではないでしょうか。

新自由主義が、資本の経済効率と利潤追求を、国家政策として展開する中で、福祉や社会保障が目の敵にされ、破壊されてきています。
新自由主義の、非人間的本質のあらわれであると思います。

福祉に働く皆さん、それを必要とする皆さん。読者の皆さん。
福祉の仕事は、目の前の「生きることの困難」を抱えた人々の支援だけで終わるような、そんな狭いものではなく、そのことを通して、人間らしさを取り戻し、その未来を切り開く仕事だと言うことです。
ドンと構えて、国民と手をとり、前に進みましょう。

当面の最大の障壁は、新自由主義とこれを信奉し推し進める、自公政権
次の選挙で、奴らを政権から引き摺り下ろすこと。

このエントリーは是非、NO.258     NO.259 とあわせてお読みください。

私のほんとの「浪花節的解釈」は・・・ほんとに「浪花節」なんだが・・・
ちょっと恥ずかしいが、続きを、どうぞ.  ア、なんか続きは下のバナーの下からみたい。



「続きを読む」と言う設定にしたかったけど(もったいぶって)・・・、なんか、アップしてみたら不自然だったから、このページで、長いけど、是非読んでください!

やはりナンディは、仲間たちにとって必要な存在であったのですよ。

俺って田舎っぺで、都会の高校に進学したとき、モテないのは勿論、女の子と話したこともなかったなあ。
ある日、友達のうちに遊びに行って、食事をご馳走になった。
そのお母さんが、俺の食いっぷりを見て、
「友さん、気持ち良いねえ、この食べっぷり。嬉しいわア。作った甲斐があるわあ」ってね。
モテる話は関係ないけど、俺も人を喜ばすことが出来るんだって、思って嬉しかったわけよ。

ナンディは、そりゃ彼なりに口と左手を使い、仲間たちと出来ることはがんばったろう。
でもナンディは、もっと仲間たちのためになることがあったんだ。

それは、食いっぷり!
彼は、仲間が苦労してとってきた食料を分けてもらうと、本当に嬉しそうに、うまそうに食ったんだと思う。
それを見た仲間たちは、嬉しかったんだね。
「俺たちが苦労して獲ってきたものを、ナンディの奴、あんなにうまそうに食ってくれる」って。

だからみんな、どんなにきつくても、大変でも頑張って狩や猟、採集にいそしむことが出来たんだ。
つまり、ナンディは、仲間たちに、労働の尊さ、価値を身をもって教えていたのさ。
労働は喜びをもたらし、喜びは連鎖する、と。
労働こそが、すべての富の源。
人間の活動でもっとも大切なことを、その障害を持った姿を通じて、教えていたのだよ。

それはまた、やさしさを仲間たちの心に呼び起こすことでもあった。

そしてみんな気がついたんだ。
・・・みんな違ってみんないい。
みんな自分なりの存在の意味を、人々とのつながりの中に持っている!
その価値を、見つけあい、探しあい、認め合う。それを、伝え合い、共感する。
人間はそこから始まったんじゃないかねって。

どうだ!新自由主義の人間観なんか、人類の壮大な歴史から見れば、針の一突きみたいな一瞬の資本主義の時代の、ほんの一時期に咲いた毒花って事が分かるだろう?
みんなで、毒花退治だ!

以上。浪花節の落ちでした!チャンチャン。ははは、ほんとに浪花節だよ。

長々と、お付き合いありがとうございました。学術的なしっかりしたものも書けると良いんですがぁ・・・
じつりょくが・・ね。ま、「友さん節」って事で、
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2008.01.15 | | Comments(10) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.259 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(2)

ネアンデルタール人は、今から20万年から2,3万年前に生存した、最後の旧人というのが定説のようだ。
こちらを参考に→ネアンデルタール人(ウィキペディア)
彼らは、ホモサピエンスではなく、直接現人類の先輩ではありませんが、ここでは大まかに、私たち(人類)の先輩と考えても良いと思います。

ここでは、学術的論証は無しにします。
いわば「友さんの浪花節的人間論」です。
皆さんも一緒に想像して、楽しんでいただければ幸いです。

手元に文献がないので、記憶に頼って書きます。
障害と労働を、人類の発生史の中で考えるために、もう20年以上前に読んだ本が参考ですが、絶版で、今手元にありません。
当時、大阪教育大学で教壇に立たれていた藤本文明先生(ご本人も重度障害者です)の、論文です。
彼は、考古学者ソレッキの著「シャニダール洞窟のなぞ」を紹介しながら、「重い障害者とともに生きた最初の人々」のことについて、語りかけてきました。

イラク北部のシャニダール洞窟からは、いくつかの人骨が発見されています。
「最初に花を愛でた人々」はかなり有名で、ご存知の方も多いと思います。
遺体の周りから、タチアオイをはじめ、8種類ほどの花粉が見つかり、埋葬と、副葬品として花を手向ける習慣が成立していたと言う話です。
20万年前に、どんな暮らしをしていたであろうか。
死者を、ともに生きた仲間として悼み葬る心と、その気持ちを花に託す感性をすでに持っていたと言う、私たちの先輩です。

もうひとつの人骨が発見されています。
後期ネアンデルタール人(2~3万年前)とみられるこの遺骨は、発掘に当たった学者たちには「ナンディ」という愛称で呼ばれました。
さてナンディは、重い障害を持っていたことが分かります。
生まれつきの奇形で、右腕は小さな骨が、肩からぶら下がっており、頭蓋骨は陥没し、右目はつぶれている。顎は非常に発達している・・・そんな骨です。
頭蓋骨の損傷は、その後に骨が成長した後があり、それが致命傷ではなく、大怪我の後に一命をとりとめ、その後怪我が治癒したことがうかがえます。

たぶんナンディは、先天的な障害で、狩猟(群れでの社会的労働)では一人前の働きも出来ず、外的と戦うにも、役に立たなかったことでしょう。立派な障害者でした。
しかも生育の中で大怪我をし、さらに障害は重度化します。

戦前は成年男子の最大の価値は「天皇の兵隊」になること、・・・ナンディなどは、「穀つぶしの非国民」です。
働くこともろくに出来ません。こんな奴は、生きていても群れの厄介になるだけす。
あえてこうひどい言い方をするのは前のエントリーに書いた「新自由主義人間観」を、批判するためです。

群れから放逐されたら、現代のように、「博多中洲の残飯」でも食って何とか生き延びる、なんてことは不可能な食糧事情の時代です。
群れが、1匹のいのししを取逃がし、雨季に入り、あるいは寒さで食料にありつけずに、群れ諸共に死に絶えることは容易に想像できる時代です。
ナンディは、生き抜きました。40歳まで。現代で換算すると優に80歳だそうです。
重い障害を持ちながら、天寿を全うしたのです。


このナンディと言う骨が残した事実は以上です。


みなさん、どういうことでしょうか?
後は想像です。自由な解釈です。
ナンディが、重い障害を持ちながらも、あの時代に天寿を全うできたとは、どういうことだろうか?
彼と生きた人々とは、どういう人々だったのでしょうか?

そこに、人間らしさの本質を見ることが出来るのではないだろうか?

私は、若い世代と「障害と人間について」話すとき、グループでこの質問で話し合ってもらいます。
決められた答え探しの、現代の受験勉強ではなく、一つ一つが自分らしい正解なのです。それを持ち寄りまたみんなで話し合い、深めます。

どうぞ、次のエントリーまで、皆さんも「若い学生」になって見てください。
・・・つづく。


また、長くなりそうなので、もう一度書きたいと思います。
どうぞ、自由な解釈をコメントして盛り上げてください。
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2008.01.14 | | Comments(6) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.258 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(1)

今日は成人の日。
まずは新成人の皆さん、おめでとうございます。また餓鬼のように暴れたりしたらいかんよ、世間が不快になるからね。
ま、あれは、ほんの一部だが。

今日は、大上段に構えたテーマで、少し長くなるかもしれないが、ぜひ最後までお付き合い願います。

さて、小泉政権下で牙をむき出しにした新自由主義は、国家政策として展開され、国民のあらゆる階層に生きる困難を押し付けている。
医療難民、介護難民ネットカフェ難民ワーキングプアプレカリアート・・・、あいつぐ構造改革路線政策が、一部の企業、資産家、投資家等の繁栄を保障しながら、作り出した問題である。
福祉分野も聖域ではなく、「社会福祉基礎構造改革」により、切り捨てられてきた。
憲法25条は、空証文となっている。

生存権及び国民生活の社会的進歩向上に努める国の義務〕
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


競争こそが人間の本性であり、優勝劣敗。
優秀な企業、個人が生き残り豊かな社会が実現される。そこで劣った産業や個人が淘汰されるのが「発展」なのだ。こうしてこそ、人類も社会も進歩と豊かさを手に入れる。
これこそが、新自由主義の人間思想そのものである。
こうして、人間社会は、弱肉強食の動物の群れの掟が支配しているかに見える。
時代は複雑に推移しているようだが、本質は究めてシンプルだと思う。

福祉切捨ての思想の底には、
「年寄りや障害者は、生きてても税金は払わず、金がかかるだけで、意味がないの、国の厄介になるなよ!」と言う見方そのものがある。(誰も口には出さないが・・・)

いや、口に出した奴もいる。
「老人福祉に金をかけるのは、枯れ木に水をやるようなものだ」
「牛も乳が出なくなったら賭殺場に行く、(年寄りも働けなくなったら、早く死んでくれ・・・)」
と。
前者はかつての総理中曽根(まだ、のさばっている)、後者は厚生大臣の渡辺(今、行革担当大臣かなんか2代目の馬鹿息子が居るやろうが)。
1980年代なかごろ、メザシの土光の「臨調行革」のころの発言と記憶している。
(多少の時期の違いは本質ではないが、お詳しい方があれば、訂正でもしてください)

善良で孤立した高齢者は、子や孫に迷惑かけたらいけないと、小さくなり社会の中で身を細め、70年代の革新自治体運動から全国に広がった「老人医療無料」は、あっという間に有料化された。健康保険の、医療費窓口負担の本人負担有料化も導入された。(若い人のために。今は3割でしょ?はじめ1割、次2割と改悪。本人無料が、戦後制度発足以来あたりまえだったんだよ!)

(ついでに言えば、「福祉の」公明党なんか、導入するときから「はじめは1割にして、後は2割にしていいから」と、自民と同意しとったとよ。そして「1割に抑えた」とか、「2割には反対した」とか。数で通るのは分かってるから、ポーズだけ国民の前で、して。今もやってる、国民だましの常套手段・・・あ、こげなリアるな話は、何ぼでも出るけど・・・ごめん、横道に入りすぎ)

こうして、戦後国民の闘いの中で勝ち取られた社会保障の根幹が破壊されたのである。
憲法25条を象徴するような、生活保護分野で、あの悪名高い「水際作戦」(申請者に、申請書を渡さず水際で切り捨てる)が始まったのもこの頃。「福祉が人を殺す時」という本が売れるような時期だった。
国鉄の分割民営化などのその後、「労働者派遣法」など、社会政策の全般に、今日の状況ににつながる政策が強行された。
新自由主義と言う言葉では、当時はあまり認識していなかったが、その萌芽期といっていいだろう。

そして、紆余曲折を経ながら、新自由主義は、小泉・竹中ラインでより露骨な姿を現すことになる。
「自民党をぶっこわす!」「改革なくして、成長なし!」「感動した!」と言うポピュリスト(大衆迎合家→大衆扇動家)的なワンフレーズ言葉とともに。(小泉は、中曽根らのように、具体的には言わなかったが、そこがミソ)

前置きが長くなったが、障害を持つ人たちの福祉の問題も、こういう枠組みの中でしっかりとつかみ、国民各層の人々の苦しみとその根が共通するものであることをつかみ、共同と連帯の取り組みをしなければならないことを理解して欲しいからである。

現時点で、きわめて単純に政治的に言えば、自公政権を変えなければ、私たちは真に、現場と利用者と、国民の福祉を守る展望を手に入れることは出来ないのである。
朝から晩まで、心を砕き身を粉にして働く福祉労働者の、ワーキングプア状態は変えられないのだ。
身を粉にしても展望がなくやめていく、人手は確保できない。
それは、福祉に働く人々の不幸であるとともに、何より国民福祉の貧しさであり、不幸なのだ。
私がいつも、福祉に働く人はもっと政治について考え、行動せないかんと言うのは、こういう意味です。
福祉関係者こそもっと「政治を、どげんかせないかん!」と声を!

さて、そろそろタイトルの本論に入りたい。
新自由主義の人間観が、人間を野獣の群れと同列にしていることは、先に述べた。

果たして人間がそういう存在なのか?
私は、人間の先祖が生きた歴史、人類の生成期の歴史に学びながら、一緒に「人間らしさ」について考えてみたい。
ネアンデルタール人に学ぶ、人間の姿である。(・・・つづく)


1つのエントリーではあまり長くなるので、その(2)で書きたいと思いますので、次もぜひよろしくお願いします。
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2008.01.14 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・障害者福祉いろいろ

NO,257 わが故郷を世界戦争に巻き込むな!NLP馬毛島移転に反対!

こんなローカルな話は、ほとんどの人が知らないだろう。
私の故郷は種子島。家の前500メートルの海が鉄砲伝来の地。
西隣には世界遺産、洋上のアルプス屋久島がそびえる。
両島の間に平坦な、無人の小さな馬毛島が浮かぶ。
ここがホットな問題を抱えている。

こちらを参照南日本新聞
米軍空母艦載機の夜間離着陸訓練(NLP)施設候補として、政府が最終的に絞り込んだと取りざたされている事から、11日、熊毛地区1市3町でつくる馬毛島問題対策協議会が反対の要請を県に行った。

 。要請書は「騒音被害が懸念され、ロケットや世界自然遺産の観光イメージが覆される」として、「住民4万7300人の不安解消と安全、安心な生活を確保するために反対運動を展開する」と表明している。

NLPは、夜間に基地滑走路を、航空母艦の甲板上のわずか100数十メートルの滑走路に見立て、爆音を撒き散らしながら離着陸を繰り返す訓練。

この移転と、恒常的施設の建設は、米軍の再編で米軍空母艦載機が、神奈川県厚木基地から山口県岩国基地に移駐されることに伴うものとされている。

厚木では、夜はNLP、昼は米軍自衛隊の訓練で、200万以上の周辺住民が苦しめられており、厚木爆音訴訟も起こしている。

馬毛島は、民間の開発会社の所有になっており、社長は「ビジネスチャンスとして前向きにとらえると言っており、」すでに、森林伐採が進んでいる。
こちら→馬毛島の開発状況・航空写真

なんてことだ!
小さな、貧しくも平和な島。
また、この善良な島民たちを、わずかな札束でひっぱたくことは絶対に許してはならない!
故郷よ!頑張れ!


ローカルな話だが、米軍再編問題は、政治の中心問題です。
故郷と言うだけでなく、皆さんに知ってほしいと思います。
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2008.01.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・9条・平和Ⅰ

NO.256 みんな頑張ってるんだ。

福岡は、どんよりと静かな日曜日です。
昨日、東北の大学の若い女性の助教授さんとお話しする機会があった。その方の叔父さんが、我が陶芸教室の熱心な生徒さんで、最近販売促進を手伝って下さったり、積極的に応援してくださる。
週末にご親戚の法事があり、その姪御さんが帰ってくるので、「現場を見なさい」とのことで、陶友を紹介したという訳。

何を話したらいいものやら・・・。
相手の方から、聞いてきてくれたので、その流れで1時間ほど話したろうか。
障害者自立支援法で、現場がどう変わったか。
仲間達の負担の問題、経営の困難な状況、・・・など。

女史は、ホームレスの自立支援のフィールドワークにも関西で熱心に関わったようで
、「自立論」についても、話が弾んだ。
簡単に言えば、ホームレスの場合は「経済的自立」が柱になるが、障害者の場合、経済的な要素だけで自立論を語るの、は無理があるだろうという話。

多くは真面目だが、この世界にも福祉を食い物にする「事業家」がいるようだ。
ホームレスに、貧弱な「住」を「提供」し、生活保護を受給させ、ピンハネしているとか。それが事業になっているのだとか。(住所が定まらないと、生活保護は受けられないから)

障害福祉分野も規制緩和で、営利目的企業の参入も出来るが、今のところは、金儲けの見通しがないのだろう、そんな話は寡聞にして聞かないが・・・。
いずれ、この世界も、経営の両極化が進むだろう。
だから、今このとき「福祉とはなんぞや」と言う理念問題は、しっかりと握って話さない姿勢が大事だと思う。
でないと、経営主義に陥り、経営のためには仕方ない、・・・が蔓延し、利用者は後回しになってしまう恐れがある。

話は戻るが、住所もなく、存在そのものが消されていく人たちがいる。
障害者も、「サービス利用は、自由契約で」とされたときから、行政は、障害者の実態すらつかむ必要が無くなり、学卒後は、「社会的に存在しない」障害者が増えるのではないかと思う。
以前の「措置制度」では、行政措置=行政処分という形で、行政が関与し責任を持つことになっていた。「契約制度」にして、この最大の行政責任(を果たす仕組み)を取り払ったと言うこと。
従って、社会資源や「サービス」と繋がらない人々は、「自己責任」で、彷徨うしかなくなる。
当該の福祉制度や「サービス」があることさえ知らない、貧困層が多いのだ。
近所の人や、民生委員さんが気を利かせてくれと言うのか?

・・・暗い話だが、でもこの若いオナゴ先生にあって、「みんな頑張ってるんだ」と思った。
俺って、学者先生は余り好きじゃなかったのに・・・、ははは。

ついでに、福祉現場の労働組合作り(若いとき福祉保育労福岡支部の結成に支部執行委員長としてささやかな役を担ったこともあるので)や、陶友を作り、運営する過程での応援団作りについてもさわりだけ話すと、深い関心を示してくれた。
・・・「そこは是非、ブログを読んで参考にしてください」なんてチャッカリ、宣伝したりして・・・。

現場に関わる人は、よく知っている。
百のご立派な講釈よりも、生身で人々とどう繋がるのか。
行動のための共同と連帯をどう作っていくのか・・・これが鍵であることを。
(あ、これって、今政治ブログで何たらいろいろ言っている人たちへの批判じゃないからね。ここに来る人たちは、何のことか解らないだろうけど。・・・政治ブログに登録してみたけど、ちょっとがっかりしてると言うだけ、しばらく様子を見て・・・)


あれ?なんか、ピントの定まらない、駄文になってしもうた。「頑張ってる人がいたよ」って事。
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テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

2008.01.13 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.255 「俺にもなんか しゃべらんか。」

陶友の給食は12時半から。
「給食ができましたー」という声で、みんな作業に区切りをつけ各々食堂に。
一斉と言うよりは三々五々である。好きな場所に座り・・・。
私は定席である。
今日遅めに行くと、殆どは食べ終わり遅番組みが数人。隣はカゴさん。
「よお、久しぶりやな。俺にも何んか話さんね。」と先ずは軽い突っ込み。

このカゴさんは、まあよくしゃべる。
しゃべりをとめるとが出来なくなり窒息するね。それぐらいにしゃべる。
ところが、私には、必要な要件しか話さない。

かつて陶芸班にいた頃、このオシャベリがトラブルになる事が多くて、よく注意したからだろう。
その後、治しようもないおしゃべりを生かすべく、食品班をつくりお客相手の仕事に回したのだが・・・。

で、いじめるのである。
「あんた、他の人にはなんでんかんでんしゃべくるとに、俺にも何か話さんね」
「なんかって言われても・・・」
・・・「さあ、なんて言うかなあ」と、団塊の調理人がいじめに加担する。

「何でんかんでん他ん人には話しよろうが、それとも、あ、あんた俺を差別しとるな!」
「そんなあ、差別なんかしてませんよぉ」
・・・「カゴさん、こっちへいらしゃいよ」と、ため息の事務員が助け舟を出すが。

「じゃ、なんで俺にだけ、話さんとや?そうか。俺のことが嫌いなんや」
「もうなんでですか。好きですよ!」
「ホントか?適当に口先だけやろ」
好きだから、○○園やめて陶友に着いて来たじゃあないですかあ」
「ほんとに好きやったら、キスせんか」
「もう!」

・・・こういう、ちょっと膠着状況の時、必ずツンクンが、打開に入る。
「友さん、好きです」と。
「そうか。俺にばかり言わんで、カゴサンにも言うてやりぃ」というと、
ツンクンは「おーーー、カゴじい、好きや好きや」と抱きつく。

で、いじめが再会される。
「なんか話さんね」
「な、なんかって言うてもぉ・・・」マジ困り顔。
・・・「カゴさん、さっき怒ってたこと話したら?」と、とくいが助け舟を出す。
「なんば怒っとったとや?」

「誰でも間違う事があるから、助け合わんと!」と持論で盛り上がって来て言う。
話を聞くと、商品の大根の数を数え間違えて、ユコチャンに指摘されたようだ。
ユコチャンの言い方はきついところがある。
カゴサンは、人のことには何でも口出しし、仕切って下知をしたがるのに、人から言われると嫌がり過敏に反応する。
それで怒っていたようだ。
今年還暦だが、枯れることを知らず、お盛んである。

「意地悪したんじゃなかろうもん。間違った事を教えてくれたんや。助けてくれよるっちゃろうもん。それも助け合いやろうもん」
・・・盛り上がりは一転、盛り下がる。

やっぱり、俺はたかろうね。ははは。
「一時は黙っとらんか!」と言ったり、「俺にも話さんか!」と言ったり・・・。


おしゃべりは大事でしょう。人生の大半は、どうでもいいような事のおしゃべりですもの、ね。
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2008.01.12 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅢ

NO.254 波がある。無理するな。

今日はの陽気。湿った南風で、もわ~っという感じだったが、天気も好転。
「木の芽時」ではないが、人の気分には、季節による波がある。

友さんは、今の時期が余り調子が乗らない。
原因は不明だが、世間で言う「うつ」的な状態か?
とにかくノリがいまいちなのだ。若いころ、30代はもっと顕著だった。
ここ数年は意識するほどでもなかったのだが・・・。

先日、ため息を付く私に、おっかあが、
「ほら、誕生日が近づいているやろ?病気やから、ゆっくりすればぁ。休みぃ」と来た。
この一言で、気が楽になる。
別にそういう診断を受けた事があるという訳でもないが・・・。

年明けからに約1ヶ月、イマイチになる。
考えてみると、長期の休み明けは、なかなかエンジンがかからない。
加えて、誕生日前になると、
「あ、もうこんな歳や、俺、それにふさわしく成長しとるかな?」とか思う。
・・・そんなこんなで、イマイチになるのじゃないかと思う。

そいう時は、開き直りゆっくりエンジンをかけるようにする。
おっかあの声かけは、そのタイミングにいい。
お言葉に甘えて、自分を甘やかす。

職場で言う。
「俺、今病気やけん、あんまり働かんから。もう、出てきてるだけで上等なぐらいだから。みんなも、どうかあったら休みぃ」と、ため息をついてみせる。
そしたら、「私もちょっと元気が・・・」とか、「私ゃもうボケちょるけん」とか・・・。
「よかよか。休みぃ、職員が2,3人居らんでも、仲間たちゃ死にゃせんけん」
・・・無責任な話をする。
それでいい。無理すんなよ。

このごろ、ツンクンが「友さん、好きです」を連発してくれる。
ちょっと目が合うと「友さん好きです」と来る。

ん?読まれているな?!
「もっと言うて!俺もお前が好きや」と返す。
・・・少しづつ、エンジンがかかる。


みなさんも、どうぞ無理せずにね。
人生は長丁場。2,3日、俺が居なくたって、世の中回るわ!ぐらいに行きましょう。
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2008.01.11 | | Comments(10) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅢ

NO.253 新テロ特措法、なぜ審議未了廃案に出来なかったか?

この記事は、以下のようnsimantoさんのコメントによるご教示で、私の無知をさらすものである事が解りました。が、反省の意味をこめて、削除せずそのままにします。
simanto114さん、ありがとうございました。

審議未了廃案の道は、法律上無理なんですよ。一度衆議院で可決された法案は、60日経てば、自動的に否決されたとみなす規定があるから、衆議院で3分の2以上の賛成があれば、再可決できる訳です。
そういう意味で、参院で、ぎりぎりの期限で否決したということは、意義のあることです。少なくとも、参院の意思を明確に与党と国民にアピールしたわけですから。



新テロ法案は、今日中にも衆院で再可決成立の見込みとなった。
yahooニュースよりhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080111-00000007-maip-pol
参院での否決は民意に照らしても、採決結果に関する限り当然だろう。

福田総理は、「国民の理解を得て・・・」と言ってきたが、審議すればするほど国民の反対は増えてきた。
以下、最近の世論調査結果。

   *朝日新聞は、中止・・・50% 再開すべき・・・41%
   *日経新聞は、再開すべきではない・・・44% 再開すべき・・・39%
   *毎日新聞は、支持しない・・・57% 支持する・・・32%
   *読売新聞は、適切ではない・・・44% 適切である・・・43%

政府は、自衛隊による補給は「海上阻止活動」に限定する言ってきたが、アフガニスタンやイラクへの空爆を含む、あらゆる米軍の軍事活動を支援することは、これまでの事実を見ても明らかで、憲法違反だ。

戦争でテロをなくせないことは、その後の事態でも明らかで、当のアフガニスタンでも、カルザイ大統領が、空爆反対、タリバンを含む武装勢力との交渉による「平和と和解のプロセス」に踏み出している。

アメリカが一人でゴネているが、同盟国のイギリスのブラウン首相は、「力でねじ伏せる手法は限界」だとして、軍事から和解促進へ戦略を移すことを、オーストラリア国防相も、「大幅な方向転換」を強調している。

民主の法案も、「和平支援」を言いながら、武器使用を拡大してアフガニスタン本土に陸上自衛隊を派遣するものであり、そのうえ海外派兵恒久法の早期整備を明記している。憲法違反であり、否決はこれもまた当然だろう。

が、腑に落ちないものがある。
今に国会の仕組みと力関係では、参院で否決されても、衆院で再可決すると言う結果は見えており、結局自民の思惑通りに進んだのではないか。

審議未了廃案、と言う道はなぜ選択されなかったのか?
民主は、参院の運営においては主導権を握っているから、野党で共闘すれば可能ではなかったのか?
ここんところの事情がいまいち、解らない。

結局民主党は、対米従属の姿勢は自公と共通するわけで、採決に持ち込み「反対」する事で、形としては民意に応えるポーズを国民には見せ、実質は、アメリカの言い分に寄与した、とは取れないか?

私は、参院での「採決結果」だけを見て、この問題に対する民意が反映されたと見るのはいかがかと思う。
したがって、冒頭「採決結果に関する限り当然だろう。」と書いた。

どうなんだろう?どうなんでしょうね?

そんな事より、日米軍事利権疑獄の徹底解明の方が先だろうもん。
兵器調達、米軍再編、ミサイル防衛・・・日本の安全?はあ?
奴らは、「国防」なんて、そんなもの考えてもいないんだぞ。
税金にたかってるだけだ!

きわめて素朴な疑問を呈しましたが、「審議未了、廃案」って、どういう戦術か、実際よくわからないなあ。
誰か教えてください。
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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

2008.01.11 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・政治一般Ⅰ

NO.252 偉そうに・・・。

わが零細企業には2人の若者がいる。
まあ、よくやってくれてはいる。が、私は現状には満足しない。
「安月給で、これ以上求めるのは可愛そうだなあ」とも思う。

今日、偉そうに「もっと!」を求めた。

当ブログのリンク集に「陶友職員ブログ」というのがある。
文字通り、職員が自由に書き込みするブログだ。
が、忙しくてなかなか書き込まない。昨日、とくいがなかなか良い記事を書いていたので、「上から目線」で、褒めておいたのだが・・・。

今日、2人に「もっと書け。少なくとも週1,2本は」と言った。
「この仕事で見える風景、いいなあと思う事、仲間を、自分を。感性を磨け」
「感動を書け、感動する仕事をするんだ」などと。
(ここまで面と向かって言うのは恥ずかしいから、その場では言わなかったけど、今言っておく。おい、くり、とくい、感想と決意表明をコメント欄に書いてくれよ。俺を孤立させるなよ)

私は、若い頃最初の職場で、「陶芸班通信」というものを、週1回ほぼ3年半に渡って出した事がある。
「俺なんか、当時の職場ではアカだから干されて、自分でをつけて仕事で認めさせるしかなかったんだぞ(アカの壁なんて屁理屈じゃ破れない!)・・・しかも、ここみたいに色々勉強したり話し合う事も、指導してくれる人もいなかったんだぞ」と、偉そうに当時の事を話し、「俺を育ててくれたのはこれだ」と、2冊の「陶芸班通信」を見せた。版下を大事にとってある。
(今でも壁に突き当たると、一人でめくる事がある。励ましてくれる、私にとっては心の宝物だ。)

読者は、たったの7人。担当する障害者の親。・・・そのうち、職員や法人事務局にもアピールして、読んで貰う様になるのだが・・・。

私たちの福祉労働は、利用者や家族の願い・要求に応えること、それは信頼されているかどうかということで測られる。
その為には自分の仕事を、関係者に問わなければならない。関係者の評価に自分をさらさなければならないのである。
私は「通信」で、家族に知らせ問い続けた。

何を書くのか?日々の困った事や、問題を書き上げればキリがない。そんなものを見て、親が喜ぶはずもない。
だから、一人ひとりのいいところを探すようになる。その事によって仕事の仕方、目線が変わってくる。
援助する事は悪いところばかり見てはできない。いいところを探し、そこに光を当て伸ばすことが柱に座らないと・・・。そこから、共感も生まれ、心から良い仕事をしようと思うようになる。
その「通信」を見て、親もわが子のいいところに気がつき、ほかの仲間のことも見るようになる。
1対1の連絡帳だけでは、わが子しか見えないが・・・。
・・・いくつもの効用があった。

書く事を課題にすると、書くに値する仕事を意識的にするのである。
他人の目を通して、自分を客観視し、点検できるのである。
他人の目は、自分の応援団なのだ。
あ、・・・きりがないな。

・・・要するに、自分の経験から偉そうに、書くことを勧めたわけだ。

書くことは、見つめる事につながる。見つめる事は、良い仕事をする事につながる」などと、・・・偉そうに。

福祉の仕事は、それだけ大事で魅力ある仕事だ。
国民の中に、語るに足るこの仕事をして、その大切さと値打ちを伝えなければならないのだ。
現場が困難であればるほど、国民の理解と信頼になるのだ。
闘うエネルギーは、そこからしか生まれてこないのだ。

・・・この若者達の頑張りを、確かなものに実らせてやりたいんだよ。
俺って、ほんとは見かけによらず優しいと思うんだけどぉ・・・ははは。


お気楽に行こうとおもったけど、又一人で熱くなっちゃった。
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テーマ:それなりにがんばってんだよ - ジャンル:日記

2008.01.10 | | Comments(8) | Trackback(2) | ・仲間とともにⅢ

NO.251 諫早湾からの手紙。

学生時代、寮で起居をともにした珍友 とおるちゃんは、
熊本のある大学の先生になり、諫早湾でドブさらいをしながら(?)、微生物の世界から生態系や環境を調査する研究を地道にやっています。(かな?)
最近、私がメールも使う事ができるようになって(遅ればせながら・・・汗)、時々、たよりをもらいます。
以下のメールがありました。

諫早湾、2800億円を投じて50億円の農地をつくり、
そ れも買い手がないからと53億円投資して三セクつくってリースを始め ています。
市民から税金の違法支出と裁判を起こされ、
アオコだらけの水の危 険を警告したのに「そんなの関係ねー」と春から大規模農業を開始
するとか。
そしたらもっと水は汚れるけど、今後も莫大な浄化予算を投入するとか。
しかし、いくら浄化しても原理的に無理で、
海水を入れたら問題は 一気に解決して、毒素を作っていた栄養塩は干潟の珪藻を育て、動
物プランクトンを育て、豊かな海の恵みを回復させる事ができます。
今年一年の調査でそれをもっと証明してやろうと思っています。

他にもあれこれあるけど、今せんと後悔することはこれかな。
池と言うけれど、径7キロ、差し渡しボートで小一時間かかる 湖が青酸カリより強い毒素で満たされているのに、公式資料にはう そばっかり。

http://www.kyushu.maff.go.jp/isahaya/outline/seitaikei.html

メディアもこれまで殆ど取り上げてきませんでした。
漁民の自殺も何十人にもなるけど、これももはや報道されません。

ひどい話やけど、ここからよみがえった事例をつくろうとがんばっ ているところです。

こういう友がいるということは誇りであり、嬉しいものです。
ささやかでも、きちんとした仕事と生き方を貫きたいものだ」と、返信しました。

もうひとつ、他人のふんどし。
よろしかったらぜひ覗いてください。こちらをどうぞ!
他愛もないような陶友周辺の平凡日常
私達が生きるということの喜びは、こう言う日常ささやかさの中にあるのではないでしょうか?
障害を持つ仲間達の喜びと、そこに寄り添う職員の喜び。です。


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テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済

2008.01.10 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・環境問題

NO.250 適材適所?

トモくん(32歳、ダウン症)。知的には比較的軽いが、お調子のよさは「チョー軽い」。
見込んで、食品班の販売の方に班替えをして2年が過ぎる。
実に商売上手で、おばちゃんたちの人気者だ。

「どうや?最近」と聞くと、
「そうですね。まあ、順調で、お得意さんも売り上げに協力してくれて、リヤカー2コースで頑張って、お客さんに、元気ですかと挨拶して・・・やっぱりお客さんと仲良くして・・・食品班ももめごと無くして・・・」よし、わかったわかった。・・・順調だそうです。

かつて地元紙で紹介された記事の冒頭です。

知的障害を持つ通所者の男性が、取材に応えた。
「友さんの下で9年やってます。幸せです」
すかさず友さんが口を挟む。
「俺の下には人はおらん!俺の下にあるのは地球だけやとい言っとるやろ」
短髪に口ひげ。一喝されると、迫力がある。が、目は笑っている。
「はい、はい。友さんの横で、です」
「そうや、横や」・・・         朝日・06・2・18付


初めて、来た頃は、何かあるとすぐ、「すみませんでした。」だった。
すみませんと言う必要も無いようなときにも。
多分以前に勤めていた福祉工場で、そのように指導されていたのだろう。
「まずはじめに、素直にすみませんといいなさい」と。

私はどうしても違和感があり、と言うか、そういうのが嫌いで、
謝らなくていいときは、すみませんって言ったらいかん、自分が思ったことを言わな、と話してきた。
まあ、これが日を追うごとに逆ぶれして、ああ言えばこう言う、ということにもなって来るんだが。

彼は、生来のお調子を取り戻し、商売人のセンスを発揮しているのである。
ゴマすりも上手
豆腐の配達に行ったついでに、パンを買ってきて、
「友さん差し入れです。残業大変ですね」なんて事もしばしば。
「友さんの下で9年やってます。幸せです」 なんてのも、彼の、ゴマ上手の典型である。

ダウン症で小さい頃心臓奇形の手術をしている。体を動かすのは、どちらかと言うと好きじゃない。
で、何か仕事を頼もうとして「誰か・・・」と声をかけると、我先に回れ右する事もあった。

それが毎日、地域をリヤカー引いて回り、肥満も解消した。
とくいのオシャベリで、おばちゃん達とのやりとりを楽しみ、楽しそうに働いている。

でしゃばりで目立ちたがり屋の、上から目線野郎で、
「男はなあ、口より先に身体を動かさんか!」と、突っ込みつつ、
なぜか憎めない。
カゴサンとくだらない事で、よく張り合う。
「お前ら、下らんレベルの低い張り合いをするな!」と、一喝してやる。

適材適所などと言う上等なものじゃないが、
みな、それぞれの持ち味を生かして、元気にやってくれ。



すんまっしぇん。私は、口が悪いのです。「利用者様」に「福祉サービス」なんて、思ってもいませんから。
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2008.01.09 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅠ

NO.248  緊急速報!岩田和輝君 無事保護!

岩田和輝君が見つかりました。
よかったです。

横浜の迷子の障害児捜索情報・岩田和輝君のホームページ

取り急ぎ報告です。ご協力ありがとうございました。
以下ホームページの告知です。

最新情報]

08.01.08更新
1月8日午後3:00
岩田和輝が無事保護されました。父親と警察が確認致しました。
皆様の御協力と御努力のお陰と、心より感謝申し上げます。有難うございました。


本当によかったです。1ヶ月以上に渡り、どうしていたのでしょうね。
無事で何よりでした。
報告が漏れている方もいると思いますが、どうぞ、「見つかりました」と、皆さんにお知らせ願います。

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2008.01.08 | | Comments(6) | Trackback(0) | ・障害者福祉いろいろ

NO.247 政党こそ自立すべし。政党助成金の廃止を!

数字は苦手だが今日は数字の話から。
年末に、昨年4回目の政党助成金が交付された。

年間総額319億円。
1994年に制度導入以降13年間で、総額は4080億円にのぼる。
赤ちゃんからお年寄りまで国民1人当たり年に250円、るいけい3250円の税金が使われた事になる。

国民には、自立自助を説き福祉予算を切り捨てながら、政党は税金頼み。

生活保護の老齢加算は04年から削られ,3年間で370億
同じく生保の母子加算も,向こう3年で180億削ろうとしている。
自立支援法で、障害者には510億円もの負担を強いた。

わずか月額7~8万の障害基礎年金しかない障害者から、
食事の介護、入浴介護、手話通訳利用など生きるためのぎりぎりの、制度活用のたびに利用料負担金をむしりとる。

陶友の仲間たちは、上記年金に加えてわずか1万円の給料。
その中から月1万円の利用料が徴収される。
「働きに来とるとに、なんでお金を払わないかんと!?」と怒っている。

自らの政党活動資金作りのための、自助努力はサボり、税金にたかり、企業献金に依存する。
ま、企業献金は、魚心に水心だが・・・。

しかもこの政党助成金は、税金だから真っ先に使途を全面公開すべきにもかかわらず、
昨年末の、改正政治資金規正法では、使途全面公開の対象からはずされた。
この法の目的が「国民の不断の監視と批判」にあるはずなのに・・・である。

税金のつかみ取りである。
自民党に交付されたお金が、自民経理局長が代表取締りを勤める企業に還流されたのは新しい記憶だ。
2社に4年間で82億。
4年間の自民の受取額は1600億だから、13%である。
税金をつかみ金にし、法の抜け穴から、私企業に還流すると言う事が、堂々とやられている。

腹立つなんてものじゃないな!しかも自公だけではなく、民主も含め共産党以外はみんなちゃっかり貰っているよ。
共産党は、支持していない政党に事実上献金が強制され、思想信条の自由を謳った憲法に違反すると、廃止を主張し、受け取りを拒否している。

「金に汚い男にだまされると、不幸になるよ。」
男と女の話じゃなくて、この国の政党国民。分けても福祉を命綱とする人々。

政党助成金はすぐにやめろ!
企業団体献金もすぐにやめろ!
本気で政治をやるなら先ず、自立してものを言え!バカどもが!


ちょっと、余談だがこちらを参照→松山大学田村先生のサイト

共産党が受け取りを拒否した分は、国庫に入るものと思っていたら、なんと!
他党に山分けなんだと!お恥ずかしい。知りませんでした。
で、99年は、共産党が自動的に自民に15億円「プレゼント」だって。
(データが古く、共産は議席が減ってるから今は、もっと少ないと思うけど・・・)

お~い、志位さん、いっそのこと貰って寄付して頂戴。
なんてわけには行かないよね。ははは。
筋通すのも腹立つね。

◇ 腹立たしいが届け出しない==志位和夫・共産党書記局長の話 
(他党に税金が流れるのは)非常に腹立たしい。しかし、届け出をしたら制度を認めたことになる。共産党のせいで他党が得をしているのでなく、そもそも他党が税金山分けの制度をつくって実行しているわけで、そういう制度には参加しないのが当たり前。制度そのものの矛盾だ。

こう言う男にほれたら、苦労のし甲斐もあって、幸せに成れるんじゃないかな?



横浜の迷子の障害児捜索情報・岩田和輝君のホームページ


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2008.01.08 | | Comments(1) | Trackback(1) | ・政治と金の問題Ⅰ

NO.246 社員寮復活。

社員寮復活が、ニュースになっている。
NHK「平成20年 変ぼう日本」
三井物産が、社員寮を復活し、新入社員は独身寮に入ることになってるそうだ。

社員寮は、バブルの頃優秀な人材確保のために、福利厚生の目玉として広がったらしい。
しかしバブル後、会社は、不良債権や、過剰借入金とともに、「過剰人材」の整理とあわせ、寮を廃止してきたと言うことだ。
要するに、社員コストとしてしか見られなかったと言うこと。

その後にコスト削減の、矛先は労働者に集中してきた。
寮や福利厚生を削るだけでは済まず、直接雇用を派遣に切り替えると言うのが常道になってきた。

かつて寮で育ち、今人事室で働く人が言っていた。
職場は皆パソコンに向かい、カチャカチャ・・・、こう言えば、こう帰ってくるという双方向のコミュニケーションが職場になくなった。」と。
社員同士が分断され、会社と社員が分断された。」
そこには、同僚もなく、隣も敵。
そんな中、うそをついて商売する事件が生きて、警察が入った。

逮捕された4年目のその社員は「相談する人がいなかった。」と。
そこには、孤立し成果主義に追われる孤独な「社員」がいた。
そこには、見てみぬフリをする、自分の事しか考えられない、不祥事の温床が出来ていた。

人は同じ窯の飯を食って、力を合わせることが出来る。
企業も、ここ数年の失敗に臨み、「働くのは人だ」と言うことに気がつき始めているのかもしれない。
企業を支えるのは人だ。」と、前出の人事室の人が言っていた。(と思う、多分、希望的に)

人は、大事にされて自分が見え、働き甲斐や遣り甲斐を持ち、力を発揮する。
一方、「成果主義は、成果を上げないと人以下に見られる。」とも誰かが言っていた。

企業は、労働者にとって消滅させるべき敵ではない。
その社会的役割と責任を果たし、社会的生産活動をすべき社会的組織だ。

寮で暮らし働く青年たちが、部屋を行き来しながら、先輩後輩で話し合う映像があった。
天下の三井物産、幻想は持たないが・・・。
この青年たちが、上手に操られた企業戦士になるのではなく、
自立した個として、新しい企業を作る人たちになって欲しい。

追記
私は、大学時代2つの寮で6年間過ごし、友を得、青春を語り人生を探した。寮に好意的過ぎるかも。私の、主観的寮論です。



横浜の迷子の障害児捜索情報・岩田和輝君のホームページ

今日は3本も書いちゃった。読みたいところだけ読んで下さいね。いや全部読んで欲しい。ヒロシさんのコメントで、この記事を膨らませて欲しいです。元大手企業の管理職で、人に視点を当てて、やってきたヒロシさんよろしく。
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2008.01.07 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・マスコミ・テレビ・新聞Ⅰ

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軟弱オヤジの「硬派道場」へ、ようこそ。障害者作業所所長やってます。福祉や政治、日々の思いを気ままに…。
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