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NO.359 3月は去る。4月は・・・花見のお誘いです。

 振り返ると早いもので、今日で3月も終わりですね。
今日は晴れて暖かくなってくれるかと思いきや・・・また寒さが戻りました。新年度への持ち越しの仕事も気になりながら、「今日は一人でのんびりしてもよかった日」と思い込むように気持ちを整理しているところです。

 たまの休みの日は、よっぽど計画的にすごさないと、ずるずると時間が流れて、「ああ、せっかくの休みに俺はなにやってたんだ~!」と落ち込むことになります。結局今日もそんな一日が終わろうとしています。

 おっかあなどは「なんで落ち込むと?休みの日はナンもせんで良かろうもん。かわいそうな性格やね」と、こうだ。

「そう言えるあんたが羨ましかあ!」

あなたのその性格に救われます。

 


そうそう、花見のお誘いです。

事務局では、まだお名前で押さえられていないようです。こちらをどうぞ→花見のご案内 
ぜひたくさんご参加いただき、新年度にむけた「元気付け」の場にしていただきたいと思います。
ふるってご参加ください。



 4月は花見から・・・。
余談ですが、ひとつの花が咲くことが全国的なニュースになる国って、日本だけなんですね。
開花が予報され、開花前線とその様子が追いかけられていくなんて・・・。
花見は、国民的な文化なのでした。
そらあ、やっぱり参加せないかんばい!

ちなみに我が家の桜は、富士桜が散り、陽光桜がほぼ満開。
旭山がもうすぐ咲きそうで、山桜は3部咲き。

私はソメイヨシノよりも山桜が好き。
里山の山桜が、私にとっての桜の原風景かな?
中学校の卒業式の会場の花は、山桜と菜の花がお決まりだったと記憶している。
担当の先生か用務員さんが、野山にとりに行ってたのだろうか・・・。


さあ、明日からまた始まり。
今日は早めに寝るとするか。
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テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

2008.03.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・自画像・自分史断片

NO.358 9時間も飲み続け・・・、アホか、俺!・・・のんべえの湯布院一泊記。

 いや~なんとも、9時間も飲むかね。
大体たくさん飲んだ次の日は、体も心も後悔するのだが、今回は両者ともに健全です。・・・しかし、いい年して、アホか!

 おとといの湯布院一泊記。
(出張と言ってたけど、誤解のないように断っておきますが、半休とっての自費ですからね。)
約束の3時に保養施設○○苑に到着。はて、支配人の姿が見えず玄関はロックされている。ロビーには引っ越し荷物が・・・。

 山ちゃんは、奥さんと2人の子どもさんと住み込みで支配人をしていた。
この度、この苑が管理会社に委託されるので、支配人を止めて引っ越すのだ。そこで、お世話になったお礼と激励に急遽駆けつけたわけだったが。

 「引越しで忙しいんだな、悪いときに来たかなあ?」と同行のサトウ氏。
そう、この人、強引なところがあるから。
金曜日に陶友に来て、
「あ、そうだ。友さん明日あたり時間取れるか?」
「ええ、なんとか・・・」
そこで山ちゃんに電話して、
「君に会いたいんだ、今後のことも聞きたいし、明日あたりどう?じゃあ3時にいくから」で決まったのであった。

 建物を見ながら、「他の知らない人に預けるのはさびしいなあ」とサトウさんはつぶやいた。
彼は自分が設計した作品は、「息子を預けるようなものだ」と言う。「娘を嫁に出すようなものだ」とも。
・・・「あ、あそこの屋根が傷んでるなあ・・・」
そんなことを話していたら、ほどなく山ちゃん一家が帰ってきた。

 サトウさんからすれば、私も山ちゃんも息子をお預かりしているものである。そして、みんな午年で、一回りずつ違い、「俺たちは兄弟」と言う思いでお付き合いをしてきた。

 不動産屋の手違いで引越しが伸びて、今日はほんとに時間に空きがあったと言うことで、私たちは少しほっとした。中に入れてもらうとすでに宴席は準備されていた。時間に空きがあったと言うものの、このごろ料理人の勉強も始めた彼の手作りではなく、急いで出来合いのものを買ってきてそろえたそれであった。

 挨拶もそこそこに、まずはとりあえずのビールから。
由布院の街を眼下に見下ろす食堂で、乾杯した。
「しまった。こんな早い時間から飲るんだったら、昼飯食ってくるんじゃなかったな」ビール一杯でお腹がパンパンだ。しかし持ち込んだ種子島の芋焼酎「久耀(くよう) 」を飲み始めるころには、胃も適当に適応力を増してどんどん受け容れてくれた。・・・え?3人そろって飲むのは3回目ぐらいかな?

 山ちゃんと出会ってから10数年が経つ。
サトウさんが陶友に連れて来てくれてから、作品をみやげ物として取り扱ってきてくれた。お客さんに陶友を知っている人がいたり、気に入った作品を薦めたり(山ちゃんは特に、ジュンくんのお地蔵さんがお気に入りだった)、お客さんにも喜ばれたと言ってくれた。
何回か納品に行き泊めてもらった事もある(ただで)。・・・思い出話は出会いのことから始まり尽きなかった。

 山ちゃんの「退職」の事情と今後についても聞かせてもらった。
これを機に、由布院で新しい仕事をするそうだ。彼は大阪出身だが、ここで子供ができ家庭を作り12年。
すっかり湯布院が気に入り、数年前には父親も近くに呼んでいる。
 このお父さんのことも、「親父がここに来て元気になってくれたのが一番。野菜を作ったり、元気にしている」とのこと。「友さんに焼酎ぐい飲みをもらい、焼酎の旨さを教えてもらってから、すっかり焼酎党ですよ」だと。

 大衆的な食堂をまずはして、いくいくは宿をしたいと。
「由布院と言う名前で、お昼も高すぎる。観光客も地元の人ももっと気軽に食べられるところを作りたい。そして夜はゆっくりと一杯やれるような・・・」という。12年間地元に溶け込むために相当な努力をしてきたようだ。
 「よし、その食堂の食器は俺が作ろう。あんちゃん(サトウさん)は、宿の設計じゃ!」と私は盛り上がり、「ようし、下の弟のために設計するか。乾杯!」サトウさんが応える・・・飲むとこんな調子だ。

  私は、「久耀 」と一緒に手製の蕗味噌を持ってきていた。
(ちょっと季節は遅れているが)それを盛る鉄砂色の手捻りの小鉢も。裏に出て熊笹の葉っぱをとり盛り付けて出すと、山ちゃんがを流した。
覚悟は決めても、実際は大変だろう。子ども達も大きくなりお金もかかるようになる。
心から、「山ちゃん、頑張れよ!」と思った。

 彼なら、明るくて暖かく元気が出るお店ができるだろう。奥さんも感じがとてもいいし・・・。


 
 話は尽きず、奥さんも呼んで盛り上がり・・・、何時ごろだったろうか、山ちゃんが「下に行こう」という。
山を降りて湯布院の街に飲みに行くという。
彼の行きつけのスナックを2軒はしごした。カラオケで歌いまくる。

 苑に帰ったのは12時半。うん。延々9時間。
・・・ここまでは良かったのだ、すんなり寝てしまえば。
後で聞くところによると、帰り着いて部屋に案内されると私は、ベッドにも入らず床にすぐにいびきをかいて寝たそうである。サトウさんが、あきらめて布団をかけてくださったそうだ。


 果たして、3時半ごろにオシッコで目が覚めてから、悲劇が始まった。
部屋のトイレを探すのが面倒で、外に出た。裏の土手にでもしたほうが気持ちいいに決まっている。
用事を済ませ、すっきりして部屋に入ろうとすると、あれ?おいおい、鍵がオートロックされている。しまった。・・・サトウさんをたたき起こす気にはなれなかった。一気に酔いは冷めてしまった。

 寝るところを探さなければ・・・。
ホールのカーペットの上しかなかった。かけるものもなく、とほほのほ。寒くて寒くて、雨音を聞きながら何回も目が覚めてしまった。由布院地方は夜半より雨になり、朝の気温は5度。・・・風邪を引かなかっただけでも、恩の字である。

 ついでに、視界50メートルの朝のガスに包まれた湯布院は、まさに湯布院でしたよ。




 以上、飲ん兵衛の湯布院一泊旅行記でした。
こんなアホな落ちの長文を書くかね。
山ちゃんとあんちゃんとのこの日を、大事に記憶に刻み込んでおきたかったのです。


 4月5日の陶友の花見に誘ったら、家族みんなで来てくれるそうです。
ちょうど奥さんも、ぜひ一回陶友に行ってみたいと思っていたとのことで。また、子どもさん達の春休み、どこかに連れて行ってあげたいと思っていたとのことで。「博多の都会」に来てくれるそうです。

 良かった。また、飲めるぞ!



最後までのお付き合いありがとうございます。
ほんとに「アホ!」と思われる方、慰めのポチをください。
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2008.03.31 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・のんべえの詩(うた)

NO.357 世界に類を見ない日本の高学費が、「教育の機会均等」を奪う。

 昨日の岡山の少年事件の記事に関連して、今日は学費問題について書きます。
(ただいま出張中につき、予約投稿です)

 家計に重くのしかかる学費を前に、多くの国民が「親の経済力によって生まれる教育格差」を実感しています。貧困と格差が広がる中で、今国がやるべき事は、経済的理由での進学断念や、学業を中断する若者を無くすための支援の拡充です。

 結論的に言えば一言、教育予算の増額を!です。

 日本の学費は「世界一高い」といわれ、奨学金が貸与制のみというのは日本だけ。欧州では、授業料を徴収しない無償制が一般的で、奨学金も返還の必要の無い給付奨学金制度が充実しています。
 日本の高等教育予算はGDP比で0・6%と、OECD(経済協力開発機構)加盟国(平均は1・3%)中、最低。
 OECD加盟30カ国中、授業料を取っているのは半分の15カ国。そのうち12カ国では返さないでいい
給付奨学金制度があり、給付奨学金がないのは、日本、韓国、メキシコの三カ国だけ。
経済大国のお粗末な現実です。

 高い学費の実態
 詳しく見ると、初年度納付金は、国立大学で約82万円(標準額)、私立大学で約131万円(平均)も。授業料を1970年と比べると国立は45倍、私立は9倍です。食料品物価の3倍をはるかに上回る値上がりです。

 出産から大学卒業まで子ども一人に家計が支出する平均総額は約2400万円といわれます。そのうち大学4年間は1000万円近くかかり、その6割が学費

 これでは「お金がないから大学進学はあきらめる」という現実が出てくるのは当然でしょう。経済力によって、教育の機会均等が奪われてしまいます。

 東京大学では新年度から、親の収入が低い(400万円未満)学生を対象に授業料を全額免除する制度を導入するそうです。学生自治会などの運動が実ったものです。在学生も適用という事ですから、10数%の学生が適用の見込みといいます。

 政府の対応はどうか?

 政府は、大学や学生の強い反対の声に押され、2007年度の国立大学の授業料標準額の値上げを見送りました。
 ところが、各国立大学が決める学費の上限を現行の標準額の1割増から2割増に引き上げ、その一方で、今後5年間、国立大学への運営費交付金と私立大学への助成をそれぞれ毎年1%ずつ削減するとしました(「骨太方針206」)。これは、学生1人あたり国立で10万円、私立で1万円減らすという事であり、そうすれば大学側は学費値上げをすることになるでしょう。

 政府・与党は、少子化対策の中で教育費負担の軽減を掲げてはいるが、その中身は、高学費の負担を親から子どもに移そうというものです。
「子ども自身が教育費を負担できる奨学金の充実」「『学費は将来の自分が払う』ことを基本として」などというのです。
 これでは、学生が卒業後に多額の借金の返済に迫られ、子育てにも支障をきたすことになります。今でさえ奨学金滞納は、困窮を理由に19万人にのぼっています。親の負担を次の世代に転嫁させるだけであり、少子化の根本的解決にはなりません。

 奨学金の民間ローン化は許されません。
世界でも常識の、返還の必要の無い給付奨学金制度を実現すべきです。
少子化対策を言うなら学費の無償化にむけて、段階的に引き下げることにこそが、必要です。

 そもそも少子化対策の枠組みではなく、高等教育をどう位置づけるかの問題です。
「高学歴は、安定した生活と収入を生む」、したがって学費は自己への投資であり、受益者が負担するもの。これが政府の政策の根本にあります。

 果たして学問や科学技術は個人の所有物でしょうか。
それが個人に一定の「収入」をもたらすことは否定しないが、今日それらは社会的に発揮されて、社会全体に還元され、経済社会・文化の発展に寄与するものです。そこにこそ本質はあります。だからこそ、先進国では、無償化が当たり前になっているのです。

 新自由主義は、教育をも利潤追求のための市場として開放する政策をとってきている。
大学学費の無償化と、給付奨学金制度の創設めざし、教育予算の増額を!



最後までのお付き合いありがとうございます。
学費、教育費問題も、「どげんかせんと、いかんばい!」
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テーマ:教育問題 - ジャンル:政治・経済

2008.03.30 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・教育問題

NO.356 言いたか事のいっぱいあるばってん、急きょ出張です。

 急きょ、由布院へ出張する事になりました。(予約で投稿しています)
え?温泉、いいなあって?

 ある保養施設の支配人さんが、陶友の陶器などをお土産に販売してくださっていたのですが、その施設の方針が変わり、支配人をおやめになるとの事。7,8年もお世話になったので、挨拶にいくのです。今日の午後から。

 で、一泊。今は営業停止中ですが、一部屋、内風呂なら使えるとの事。
その保養施設の設計をしたのが、陶友を設計していただいたS氏。氏の紹介で今日まで支援していただいていたわけです。今日は3人で貸切。ゆっくりと今後について語り合おうという事です。

・・・ですから、この記事(予約投稿です)がアップされたころは、一杯入ったころかも。

 言いたいこと、書きたい事は山ほど。

 福田さん。総理大臣のあなたですよ。
世論と国会に押されて道路特定財源一般財源化へと方向転換しましたね。それはいいですが、09年度から?それはだめ!本気なら08年度にしなきゃ。
 しかも、これを財源にする「道路中期計画」を10年から5年にするってどういうこと?一般財源にするなら計画は白紙しかないでしょう。
 ガソリン税の暫定税率も、一般財源化なら維持する根拠はなくなるのに、最決議して復活させたいだなんて・・・!
 ついに、まともに考える事もできなくなったんじゃないですか。(もともとまともじゃないか)

 道路特定財源は廃止し、福祉にも教育にも医療にも、もちろん必要な道路にも使える一般財源化を!直ちに08年度から!それに伴いガソリン税の暫定税率も廃止!これがすっきりした国民世論
民主の国会審議拒否戦術には異論があるが、参院選の民意は生きているぞ。


 世論といえば、又も暴言
世論をいちいち気にしていたら、政治なんて出来ないよ」「(世論調査を受ける人は)どれだけの事がわかって言ってるのか」・・・「みんなでやっているんだから、私だって素人だから・・・」
 新東京銀行焦げ付きの救済に400億の追加出資を決めた石原都政。都民の7割が反対だというのに、こういって開き直る。彼らしいといえばらしいが、あきれて口がふさがらない。賛成した自公の罪は重いぞ!ついでに、知事不信任案には、民主までが反対。おいおい、何か弱みでも握られているね。あ、もともとそういう政党だったか?しっかりしろよ。

 明るいニュースは、大江健三郎「沖縄ノート」訴訟勝利。
沖縄戦における住民の集団自決へ日本軍の関与が、法的に認められた画期的な裁判。

歴史の状況見つめた判決 沖縄ノート訴訟(西日本新聞より)

 沖縄戦で旧日本軍の元守備隊長らが住民に集団自決を命じたかどうかが争点となった訴訟で、大阪地裁は「集団自決に軍が深くかかわり、元隊長らの関与も十分に推認できる」と認定した。

 判決は集団自決を目撃した体験者らの証言を重視し、軍が駐屯していなかった島では集団自決が起きていない事実や、上意下達の軍隊組織の特徴などを挙げて「軍の関与」と「守備隊長らの関与」があったとの判断を導き出している。

 直接的な争点だった現場の軍指揮官の命令があったかどうかについては「断定できない」として事実認定を避けたが、集団自決に「軍の深い関与」を認める初の司法判断となった。

 「集団自決は軍の強制や誘導なしには起こり得なかった」とする沖縄の人々の事実認識を裏づける判決といえる。

 住民らの体験に基づくこの事実認識は重い。司法といえどもこれを無視するわけにはいくまい。命令の存在が確認されなかったとはいえ「軍の関与」を明確に認定した判決は、集団自決をめぐる沖縄戦の全体状況を見つめた妥当な司法判断と評価したい。

同感。これについては、帰ってからリュックりまとめてみたいと思います。


みなさんしばしの留守をよろしく。
なお、明日も予約投稿しています。国際比較で見る学費問題、よろしく。


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2008.03.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・ゆう楽庵つれづれⅡ

NO.355 「手」の歌・・・自分の手が好きですか?

みなさん、おはようございます。
今日もテーマをパクッたみたいで、ちょっと気が引けるんですが・・・。

なんと言うか、とても素敵なエントリーに触発されてしまいました。
葉月さんの「」という一文です。→「今日もありがとう」

   『はたらけど
    はたらけど猶わが生活楽にならざり
    ぢつとを見る 』
                    石川 啄木

好きです。
ってきっと自分の体の中で一番の働き者じゃあないかな?
そう思うとがとても愛おしく思えます。

・・・(中略)・・・

私も啄木のようにじっとを見た。
ぎゅーっと握ってこぶしを作ると「明日もがんばろう!」と力が湧いた。

   以上引用。ぜひ訪問して全文お読みください。個人的には秀逸な一文だと、とても好きです。

 改めて手に思いをはせると、の手、祖母の手、娘たちの赤ちゃんのころの手・・・色々な手への記憶と思いが甦ってきます。

 今日は自分の手。かつては嫌いだったこの手について。

 手のことを初めて意識して、即嫌いになったのは高校の時。種子島の田舎から、鹿児島に出て来たころのことです。せっかく進学校に通わせてもらったのに、なかなか成績が振るわず、頑張っても頑張っても芽が出なかったころ、劣等感にさいなまれ、その罪をこの手にまで着せていました。

 路面電車のつり革に伸ばすこの手が恥ずかしくて、隠してしまっていた頃があります。私の手は、田舎者・百姓の象徴のようなもの。分厚くごつごつと大きくて・・・、そんな手が、なんとなく恥ずかしかった頃でした。芽生え始めた安っぽい色気が手伝っていたのです。都会の少女たちに見られたくなかったのです。(誰も見とらんわ!って?そうなんだけど、その頃はそんなものでしょう?青春の入り口の自意識過剰!)

 それからしばらく、手のことは忘れていました。
就職して、必要に迫られ陶芸を始めました。親に似てとても器用な手です。の手も、あんなに大きくごついのに、なんであんなに繊細で器用な仕事をやらかすんだろうというぐらいに器用でした。再び手のことを意識するようになりました。

 みんな「うわ~大きい!」と言います。陶芸教室なんかで、ちょっと手本を見せると「マジックハンド!」と言ってくれます。ある程度土を扱えば誰だってこれぐらいは・・・ですが、それでも嬉しいものです。

 今は、自分の手が好きです。
ある人が私の陶芸を褒めてくれ、手を握り「この手は物を作る手だ。この厚みは見たことがない。これぐらいで満足したらイカン!この手に恥じない仕事をしなさい」と言ってくれました。単純な私は、とても嬉しくなりました。それだけではありませんが、自分なりに生きてきて、自分を好きになれるようになって、・・・そして今は、自分のこの手がとても好きです。土とともに生きた百姓の手が大好きになりました。自分のルーツを象徴するようなものですから。

 余談ですが、その美術評論家氏が言った「これぐらい」です。ちょっと見せびらかしました。(お恥ずかし)もう15年以上も前のことです。それからは、作業所運営で忙しく作品らしきものは作っていません。いつか、もうひとつ今の自分を表現できる作品つくりに挑戦したいとは思っていますが・・・。

 ・・・そう、いつもここにある手。
葉月さんの一文を読み、自分の手を気にかけて大事にしてやりたいなと思いました。

 皆さんの手はどんな手ですか?どんな思いを持ってますか?

好きな「手」の歌です。

    
       【作詞】竹下八重子 【作曲】 荒木栄 .

太い手 細い手 日焼けの手と手 
 みんな生きてる わしらの手  
雨にはあぶれても 風には怯えても
 闘い抜いてきた  みんなの手と手
エンヤコラ ドッコイショ  エンヤコラ ドッコイショ 

音楽が見つかりません。荒き栄です。年輩のうたごえ世代の方はご存知でしょうね。

これなんかもいいですね。
障害を持つ仲間たちにプレゼントされた歌です。
 つかむ、学ぶ、働くことで進化していく「世界でもっとも短い進化論・唯物史観。」

   

   手のうた クリックすると音楽がかかります。


【作詞・作曲】すずききよし


1.君のその手は 何のための手
  君のその手は モノをつかむ手
   しあわせをつかむ手
   未来をつかむ手
   君のその手は
   みんなとつなぐ手

2.君のその手は 何のための手
  君のその手は モノを学ぶ手
   しあわせを学ぶ手
   未来を学ぶ手
   君のその手は
   みんなとつなぐ手

3.君のその手は 何のための手
  君のその手は モノをつくる手
   しあわせをつくる手
   未来をつくる手
   君のその手は
   みんなとつなぐ手


 葉月さん、ありがとうございました。



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2008.03.29 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・自画像・自分史断片

NO.354 「進学断念し家出」・・・岡山・線路突き落とし事件の少年の胸のうちは?

みなさん こんにちわ。
今日は、ちょっと重苦しい話・・・。お付き合い下さい。
少年による無差別殺人事件。
一昨日、帰宅すると娘が「誰でもいいから人を殺して刑務所に行きたかったってよ」と事件のことを教えてくれた。知的に遅れた娘にも衝撃だったのだろう。なんとも、先日の通り魔殺傷事件といい嫌なニュースが続くものだ。
進学断念し家出」少年が供述 岡山・線路突き落とし">進学断念し家出」少年が供述 岡山・線路突き落としより部分引用。


岡山市のJR岡山駅で岡山県職員假谷(かりや)国明さん(38)が大阪府大東市の少年(18)に線路に突き落とされ、電車にはねられて死亡した事件で、少年が、家出をした理由の一つとして経済的事情で大学進学断念したことを挙げていることが26日わかった。岡山県警は動機につながる可能性もあるとみて調べている。また、少年の父親(56)が同日、記者会見して被害者や遺族に謝罪した。

 少年は調べに「進学希望があったが、経済的な理由であきらめたことが家出の原因の一つ」と供述。県警は少年が投げやりな心境になっていた可能性もあるとみている。

 父親によると、少年は気が弱く、子犬にも追いかけられていた。小、中学校時代にいじめを受け、ゲームソフトを取られたり暴行されたりした。中学卒業後に一度だけ「いつかやり返したるねん」と口走ったことがあったが、父親が諭すと「分かってる」と答え、以後は触れなかったという。

 いじめから逃れるため高校は自宅から離れた府立へ。少年は大学進学を希望したが、父親が「貧乏で進学させるだけの金がない」と言うと、少年は「1、2年働いて金をため、国立大学にいけるように頑張る」と話したという。

 少年は、24日にはハローワークに行き、事件当日の25日朝は、勤めに出る父親とパートの母親(55)を自宅で見送った。出勤後、父親が携帯電話で「就職に向けて頑張って運動しなさい」と伝えると、少年は「はーい」と答えた。しかし、昼休みには珍しく携帯電話がつながらなかった。少年の携帯電話は家に残され、午後8時になっても帰宅しなかったため、警察に家出人捜索願を出した。


 関連報道を見ても、真面目でおとなしい普通の少年という。
どんな理由があろうと、こんな犯行が許されていい訳はない。しかし、少年の特殊個別な問題にしてはいけないと思う。。犯行の背景に何があったのかを、明らかにする事が「普通の少年」たちを、犯罪から守る事にもつながるのではないか。

 成績もそこそこ良くて国立大学への進学を希望していたが、お父さんは派遣で、お母さんはパートの働きでは「貧乏で進学させるだけの金がない」と言うということになり、少年は「1、2年働いて金をため、国立大学にいけるように頑張る」と話したという。そして、求職活動もしていた矢先・・・。目の前の困難に押しつぶされ、将来にまでも希望が見えなくなってしまったのだろうか。

 私は少年の犯罪をかばうつもりはない。
被害者の家族や子供たちの事を思えば憎しみも募る。大学に進学できなかっただけで、短絡的自己中心的な行動だという批判もその通りだ。

 しかし、である。
この少年もまた、貧困と高い学費という日本社会の被害者ではないかと思われるのである。貧困ゆえに将来への希望を閉ざしてしまった少年の胸のうちが、その絶望感が解るよう様な気がする。

 かつて、私が少年のころ島の中学校では、100人のうち30人が集団就職で、都会に出て行った。殆どが「お金がないから」でそれが当たり前でも,あった。そんななか両親は離農して都会に引っ越してまで、私達兄弟の進学を支えてくれた。そんなのは例外であろう。

 この少年の両親もつましく真面目に働いて、育ててきたであろうに、派遣とパートの給料では息子の願いに応える事はかなわなかったのだろうか。「心の奥まで見えなかった」という。なんとも親心を思うと、切なく悲しいものがこみ上げてくる。

 少年も、いじめにあった経歴などからすると、腹を割って相談できる人もいなかったのだろうか。孤独が痛々しい。


 日本の学費は世界に例を見ない異常な高さである。
国立大学の初年度納付金は82万円。私立は131万円。格差の広がりのなかで、高額費が進学断念の理由になってきている。
せめて、先進国並みの安い学費と給付型の奨学金でもあれば、少年は希望を持ち続ける事ができたのかもしれない。


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2008.03.28 | | Comments(6) | Trackback(0) | ・社会評論Ⅰ

NO.353 人生あと三分の一、「嫌われ者」返上へ、自己点検。

 本日は窯焚き。
本焼きは本年度18回目。素焼きも入れると31回目となる。
お陰でここのところ、居酒屋の取り皿、ラーメン屋のどんぶりに保育園のご飯茶碗、米寿祝の引き出物のマグカップとまとまった注文が入っている。ありがたいことで、仲間たちの励みになっています。

ところで哲老さんがこんな事を紹介しています。
 

 氏は講演の最後に、カーネギーの「人を動かす」から「人に好かれる六つの法」を話されました。
誠実な関心を寄せる  ②名前を覚える       ③笑顔を忘れない   
④聞き手にまわる     ⑤関心のありかを見抜く  ⑥心からほめる 

 どれも最近どこかで聞いたり見たりしたことです。真理は福祉に限らず、全てに通じるものだと思った次第です。



 私は、へそが曲がっています。
みんなに好かれたいと思いながらも、なぜかしら「怖い」と言われます。何故かしらじゃないだろ!?「その人相と無愛想さなら当然だろ」と言う声も聞こえてきますが・・・。
 普通、そうだったらニコニコ愛想もよくして好かれる努力をするのが大人の行い。ところが私は「どうせ私は怖いでしょう。人を見かけで判断する人には期待に応えて、怖く当たりましょう」なんて、へそ曲がりの所以です。

 優しさだけが取り得だと健気に生きてきても、最後の砦が崩されてしまいます。(涙)
そろそろ生い先も長くはないし、謙虚になって考え直さなければ気持ちよく往生できないかも、と思うこの頃です。そんな時、哲老さんの上の記事です。

 自己点検してみようと思います。

誠実な関心を寄せる 
 人のことを他人事に思えず、自分に引き寄せて誠実に考えながら生きてきたつもりです。そういう自分を生かすためにこの福祉の仕事をも続けてきました。

②名前を覚える ぜんぜん覚え切れません。そう自覚がありながら、覚える努力を怠ってきました。再来のお客さんがあっても、顔とどういく人だったかは記憶があるので、話は進むのですが名前が・・・。そういう時は、他の職員にそれとなく名前を聞き出すように頼んだり・・・。いかん、いかん。 
      
笑顔を忘れない
 笑顔、ですね。「笑顔がチャーミング」と言われた事もありますよ(テレ笑)。でも普段は、「鬼瓦」。男がへらへらしていられるか!イヤ、やはり笑顔は大事ですよね。解っちゃいるんだが、まだ心に壁をつくっているのかも。「怖い人」なんていわれた日にゃ、傷ついてしまい、絶対に笑顔なんか見せてやるものかと「鬼瓦」が固まってしまいますね。・・・子どもみたい!(苦笑) 
  
④聞き手にまわる
 時と場合によるけど、大体が聞き下手。ゆとりがないんでしょうね。我が強すぎて自分を押し出しすぎていますね。これも落第。
     
⑤関心のありかを見抜く
 それは誠実に向き合い努力をしている、と思いますが。人相手の仕事ですから当たり前。どうでしょう? 
 
⑥心からほめる
 最近は少しは褒める事も出来るようになりましたが、これもゆとりがないと出来ませんね。大体自分の経験に裏付けられていますね。わたしは、褒められて育ったというよりも、叩かれて這い上がってきたところがあるので、いびつなのですね。

 こうして省みれば、好かれないのが当たり前!
大体私はこの手の話は好きじゃない。「・・・する方法」とか「・・・の心得」とか教条にしたやつは。
「そんなもの自分で考え、自分なりのやり方でするものだろ」と、反発してしまいます。

 この六つをすれば好かれるのではなく、好かれている人は大体こういうところがありますよって事でしょう。しかし、型から入るということも大事ですね。いい年して、いつまでもガキのようにというわけ野も行かないなと考えるようになりました。

 誰だってこう言う風に接してもらうと気持ちがいいものです。
嫌われ者」でも結構という開き直りは辞めて、みなさんに好かれる努力をしようと素直に思うこの頃です。後の人生3分の1?気持ちよく生きられたが良いに決まってますから・・・。

素直に言おう。
「みんなに好かれたい!」「誰か好きって言って!」 


最後までのお付き合いありがとうございます。
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2008.03.27 | | Comments(9) | Trackback(0) | ・自画像・自分史断片

NO.352 小選挙区制廃止、中選挙区制復活へ自共共闘?

 皆さん、おはようございます。
通勤途上のケヤキ並木が、芽吹きだしました。あちこちに、コブシ、エニシダの白や黄色・・・、さくらもちらほらですよ。
 昨日につづき小選挙区制の話です。
どうぞお付き合いください。

 自民党内で、選挙制度の話題がしきりにされているということだが・・・。
しかも、小選挙区制はけしからんと。もともと小選挙区制は、自民党がその長期政権維持と保守二大政党による政治支配、改憲可能な議席の確保や、共産党封じ込めなどを目的に、立党以来あらゆる機会に導入を狙い、1994年細川内閣の時に強行したものだ。

 しかし、いまや自民党支持基盤は中選挙区時代よりはるかに弱体化した。
参院では第1党の地位を民主党に奪われ、選挙では公明党・創価学会頼みでしか闘えなくなっている。

 96年衆院選挙から実施された小選挙区制での選挙は4回。回を重ねるごとに、結果は民意をゆがめている。自民の公認漏れ候補が民主から立候補したり、その逆もあり、政党と選挙制度に対する国民の信頼は損なわれている。

 そうした中で自民党の有力者が、口々に「小選挙区制害悪論」を述べている。

「日本の政界の硬直化を招いている更なるものは小選挙区制の導入です。・・・小選挙区制になったものの(政治は)活性化していません」
                               (鈴木恒夫元衆院倫理選挙特別委員長)

多元的言論、二個を主張する人材がひじょうに少なくなりました。ある意味において政治を貧困にしています。小選挙区制というものは改正したほうがよい」
                                           (中曽根元総理大臣)

「いま共産党を除いてほとんど変わらないじゃないですか、やっていることも言うことも。・・・小選挙区制ですから・・・顔がいいか悪いかとか、少しはパフォーマンスができるほうがいいとか、そんなことになるのですね」
                       (森元総理大臣、小選挙区制導入時の自民党幹事長)

「(小選挙区制だから)いまは過半数を取らないと当選できない。自分と違う人の票ももらわないと当選できないというのが大きな問題」
                                              (武部元幹事長)

 何れも自民党の指導的立場にあり、選挙指導に関わってきた人たちです。弱体化する自民党の党略的発想だとしても、その批判は当たっていると言わねばならない。


「これだけ国民の意識が多様化しているといわれているのに、どうして選挙では『2大政党』のどちらかを選択しなければならないのですか?私の選挙区にだって、例えば共産党がいい。公明党がいいという人がたくさんいるわけで、そういう国民の国民の投票の機会を奪うというのは問題です」
                              (与謝野前官房長官 『中央公論』4月号)
いやあ、これは一番まとも。国民の参政権を論ずるとは!

小泉内閣の閣僚経験者が次のように言っているそうだ。
共産党が旗を振って小選挙区制をやめて中選挙区制へもどすアクションをおこしてくれないか。民主党がことあるごとに国会審議の拒否戦術に走るのは、われわれと根っこで考えが同じだからだよ。これでは政治にならない。自民で公認されないものが民主から立候補している。小選挙区制は諸悪の根源だよ」

 共産党さんよ、ここまで言われたら共闘すべきじゃないかね。
小選挙区制度見直しの自共共闘も有り。とりあえず中選挙区制にもどすというところで。
今日のネタは、しんぶん赤旗(3月9日、紙)だからね。自分たちで書いてるんだから、動かなきゃ!


最後までお付き合いまことにありがとうございます。
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2008.03.27 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・小選挙区制・国会議員定数削減問題Ⅰ

NO.351 お母さん達、ご苦労様です!

 福岡地方、昨日?さくら開花宣言が出た模様です。例年より2日早いとか。
今日の風はまだ冷たいです。

 午前中、仲間(利用者)のお母さん達が、バザー商品の整理のためにに出てきてくれました。親の会も大変です。作業所の資金つくりのために、バザーやら物品販売や、署名のために年中活動しなければなりません。それでも自分達で計画を立てて、こうして動いてくれます。なるべく負担にならないようにと職員も頑張ってますが、多勢に無勢で・・・。

 こうした自助努力に頼らずとも、きちんと運営できる財政的な支援をこそ、国の予算で賄って欲しいと思います。ぼろもうけの大企業には税金を負けてやり、道路財源は「」の食い物、無駄な軍事費はつかい、米軍には「思いやり」・・・、なんか、いじけてしまいそう。

 もともと好きで障害を背負ったわけではないし、これを個人の責任にされてしまえば、人間社会ってそもそもなんなのよ!と言いたくなりますね。共に生きるために、助け合って生きる知恵として人間は群れから始まり、社会をつくったのだと思うけど、一握りの「強者」のために、子ども達も障害者も、高齢者も若者も、庶民は踏みつけにされている。弱肉強食社会なんて、人間の社会とはいえないね。

 あ又盛り上がりそう。
いいかんいかん。今日は、お母さん達のがんばりに「ご苦労様。ご協力ありがとうございます」です。
窯詰めでバタバタしていたので、きちんとした挨拶をしそびれてしまった。・・・これだから、またいろいろと叱られるんだな。つきは怖いし、愛想は悪いし・・・。すみません。
反省。きちんとを出して、挨拶をする事。・・・ニコニコと。


 
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2008.03.26 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅢ

NO.350 自民党内で「中選挙区制復活」論。

 一気にぽかぽか・・とはいきませんが、やはり春ですねえ。
え?北海道なんかは5月の陽気が続き、観測史上最高の暖かさ?
春を喜んでばかりもいられないですね・・・。

 さて、内閣支持率もがた落ちで、弱り目にたたり目の自民党がその政策破綻を棚に上げ、選挙制度が悪いと言い出してますよ。

  小選挙区制度の強行導入
 学生時代、1972,3年のころ田中内閣が小選挙区制を導入をたくらみ、「3割の得票で7割の議席」と、その本質を知らせながら議会制民主主義を守ろうと、全国的な闘いが広がった。「小選挙区制粉砕中央連絡会議」には、かつては野党であった公明党までも参加していた。私も執行部役員をしていた大学の学生自治会もこの闘いに参加し、見事に「カクマンダー」は、葬り去られた。

 その後、機をうかがう自民党を許さなかったが、ついに1994年、細川内閣のときに小選挙区制は導入された。その理由が、国民向けには「政権交代が可能な選挙制度」「政策を争う選挙制度」というものであった。ついでに言えば、政党助成金制度も抱き合わされての強行導入だった。

  小選挙区制がどんなものかは、数字を見れば明らかだ。
 直近の2005年9月11日の総選挙、小選挙区において自民党は48%の得票で73%の議席。その一方で少数政党は議席から排除さた。例えば、日本共産党は7.3%の得票で議席は0%。実際の民意は48:7なのに、国会の議席では73:0となった。

 同じ総選挙の比例代表、自民党の得票は38.2%、日本共産党の得票は7.3%。比例での実際の民意は38:7。衆院の480議席のうち、自民党183議席、日本共産党35議席となる。

 ところが、現在の小選挙区比例代表並立制では小選挙区300議席、比例代表180議席ですから、結局、自民党296議席、日本共産党9議席となった。

 要するに、比例代表選挙の民意通りの議席配分では、自民党は183議席に過ぎないのに、小選挙区制があるために296議席を獲得し、ざっと実力の1.6倍の議席に人為的に増やされ、他方、日本共産党は、民意では35議席分なのに、小選挙区制があるために9議席しか獲得できず、実力の0.26倍の議席に人為的に減らされている。

 こうして、小選挙区制度は、民意をゆがめ少数意見を切り捨て、大政党に圧倒的に有利な民主主義に反する選挙制度であることは明らかだ。

  今、自民党の支持基盤は中選挙区制時代よりも弱体化し、公明党・創価学会との選挙協力抜きには勝てなくなってきている。先の参院選では、第一党を民主党にゆずるところまで来た。「政権交代が可能な選挙制度」としての役割は果たしているともいえる。

 ところがここに来て、自民党内で「中選挙区制復活」論議が 盛んになっている。
古賀選対委員長は、衆院の選挙制度を中選挙区制度に戻すように提唱した。
「小選挙区制が導入された時、2大政党で、政権交代が行われ、日本政治を発展させていくと言われた。今の国会状況を見て、国民はどう判断なするか。日本の政治は大丈夫だろうかと不安感が充満しているのではないか」・・・「中選挙区へ戻す大きな決意と覚悟が必要だ」と述べた。
 さらに、「衆参ねじれ現象の中で、政界再編なのか、大連立なのか、何か出てこないと日本の政治は安定しない。思い切って中選挙区制を政界再編のひとつの軸にしていいのではないか」と語っている。

 国民の政治への信頼を説いては見せても、政権維持の危機の中で、自分達の都合のいい選挙制度に戻そうという、党利党略・ご都合主義の批判は免れない。

 とはいえ、小選挙区制度を見直すことには賛成だ。
ここらでひとつ、本気で小選挙区制度の見直しの議論を起こして行ってはどうだろうか。
どの党を支持するかは、国民一人ひとりの自由である。
少数意見や、多様な意見を尊重し、民意を公平に反映する選挙制度こそが、主権者の政治参加を促し政治を活性化することになるのではないだろうか。


 相撲だって、誰かにだけ都合のいいように、土俵を広げたり形を変えられたら、フェアな勝負にはならないだろう?
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2008.03.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・小選挙区制・国会議員定数削減問題Ⅰ

NO.349 ちょっと息抜き・・・「今日はビジネスの話・・・」。

 みなさん こんばんわ。
年度末、お忙しいことでしょうね。
大学の卒業式があってるようですね。
はあ?私には卒業式の記憶がありません。参加したのかな?

 母校の卒業式が夕方テレビで放送されていました。
学長さんが「国際社会のりーダーに・・・」とかあいさつ、・・・はあ?
ご立派な大学なんだな。そんなものかねえ。

 こちとらしがない、作業所の貧乏所長。
国際社会どころか、日本社会の片隅も片隅・・・、見るところが違うんじゃないのか。
ま、いいか。
頑張れフレッシュマン!

 ところで、今日おかしな電話があってね。
「今日はビジネスの話・・・」と、知り合いからですが。
ビジネス?俺んとこには、金になる話なんて来ないから、「今度はいくらかもらえるよ」という意味。

 で、何の話だと思いますか?
調理師専門学校で、蕎麦打ちの講師はどうかだと!
冗談でしょう、公民館ならまだしも、調理師専門学校で!だと。

 以前、私の手打ち蕎麦を食べたことのある方が、その学校の関係者で、どうかという話。
まあ、正規のカリキュラムではなく、生徒さんたちのレクみたいなものらしいが。
・・・生徒さんたちからの希望があったとのことで。
間に立って最初に電話してきた方が、手の内も見せていました。
「プロに頼むと高いそうで・・・」ま、そういう事だろうけどぉ・・・。

 なんとも、人に物を頼まれたら気が弱くて断れないものだから、引き受けちゃった。
いや、只気が弱いだけじゃなく、仕事熱心なんです。
新しい出会いがあり、障害を持つ仲間たちや作業所のことを知ってもらうチャンスだから、どうかなあということも引き受けるのです。

 話はまだずっと先のことですが、日にちも入れちゃいました。
これまでの蕎麦道場とは違い、チョイプレッシャーかな?
密かにトレーニングしよう。トレーニングのときは「食い役」募集します。
声がかかったら協力頼むね。



この間社会問題を多く書いてきたら、あれもこれもとなってしまい・・・キリがなくなるから、ちょい休憩です。

内閣支持率また落ちたね。もうお終いにしたら?
日銀総裁人事は迷走し、道路特定財源では破綻してしまい、身内からも「指導力がない」と不満の声。自民党は、2世3世が幅を利かし、人材がいないね。あんなあほでも勤まるんだったら、俺だってやれるわ。そしたら今の給料の何十倍になるだろ・・・いや、私は開き直りができませんので、勤まりません。
6ヶ月で2割台もありという福田はんの内閣支持率
もう辞めてもらいましょう。



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2008.03.25 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・ゆう楽庵つれづれⅡ

NO.348 「何も悪くない沖縄、何も悪くない私」・・・「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」

 23日、沖縄。大粒の雨が叩きつける中、「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」に6000人が参加。

 那覇市の翁長雄志市長は「事件が後を絶たない仕組みを変えるには、日米安全保障条約に伴う地位協定について根本から問いただすべきだ」と訴えた。

 どこの新聞よりも沖縄タイムスがお薦め!地元の思いが伝わってくる。

沖縄タイムス社説(2008年3月24日朝刊) [3・23県民大会] 尊厳をかけた問い掛け

「安心を返して」/「涙雨」静かな怒り

 ぜひクリックして読んで欲しいが、記事の中でも特に米兵による性暴力犯罪被害者のオーストラリア出身のジェーンさん(仮名)の訴えは感動的です。

  神奈川県内で米海軍所属の米兵性的暴行を受けたオーストラリア出身のジェーンさん(仮名)が話し始めると、会場は静けさに覆われた。

 米兵に暴行を受け、心に一生の傷を負ったこと。「助けてくれる」と思った日本政府が捜査でも裁判でも助けてくれなかったことを語り、「私は性犯罪被害者です。私は恥ずかしくない。私は悪くないから」、「何も悪くない沖縄、何も悪くない私」と訴えた。

 率直に体験や気持ちを語るジェーンさんの言葉に、参加者はうつむいてじっと聴き入ったり、まぶたを手でぬぐったりした。

 「平和のための行動を進めていきましょう」。


勇気の訴え共鳴/性暴力被害者・ジェーンさん


 「性暴力の被害者として、黙っていられない」。二〇〇四年に神奈川県内で米海軍横須賀基地所属の米兵に暴行されたジェーンさん(仮名、四十代)は、犯罪を問うため闘ってきた六年間の思いを語った。訴えは、六千人に染み入った。

 オーストラリア出身のジェーンさんは来日三十年で東京に在住。加害者の米兵相手に民事訴訟を提起、東京地裁は賠償金の支払いを命じたが、米兵は審理中に帰国し行方知れずに。

 「暴行されたとき、殺された方がましだと思った。何年たっても忘れられない」。帽子にサングラスで登壇したジェーンさん。時折叫ぶように語った。

 二月の暴行事件後のライス米国務長官来日に触れ「きちんと謝罪するというなら、加害者の米兵を日本に戻して」と訴えた。

 大会参加に葛藤もあった。自分に恥ずべきことはないとの信念と、顔や名前を隠して登壇することへの悩み。小学生の息子に「家族の名前を出していい? ママのことでいじめがあるかも知れないよ」と尋ねてみた。息子は「大丈夫。お母さんは何も悪くない。僕が守ってあげる」。涙が止まらなかったという。

 ずっと一人で闘ってきたジェーンさんが、日米政府、警察から掛けてほしかった言葉だった。「悪いものは悪い、正しいものは正しい」。訴え続ける勇気になった。

 大会後、壇上のジェーンさんのもとに、女性が駆け寄り、握手を求めた。「自分もずっと苦しんできた」と打ち明け「今日から強く生きていきたい」と語ったという。「涙が出た。つないだ手を放したくなかった」

 「私たちの活動を世界が注目している。今日、私は一人ではないという気持ちになれた。一緒にやっていきましょう」。そう締めくくったジェーンさんを温かい拍手が包んだ。





  沖縄の怒りに比べれば、6000人という規模はさびしい。
県議会もすべての市町村も、米兵の犯罪に抗議決議を挙げていた。しかし、自民党県連は「告訴を取り下げた少女をそっとしておきたい」という理由で不参加を表明。「抗議集会が野党に利用されるから」とも報じられている。

 この問題に対して、沖縄県子ども会育成連絡協議会会長でもある、県民大会実行委員長の玉寄哲永さんは次のように述べている。

 「1995年の事件のときも、教科書検定のときも、沖縄は大変大事なときに1つになってきました。普段はそれぞれの政党色があってもいいと思います。しかし、大事なときは1つになって当たり前だと思います。将来を背負って立つような子どもたちに対して、恥じないような生き方をするのが人のあり方だと思う。
 県民大会の実行委員会幹事会で県議会自民党に参加を呼びかけました。1回目の陳情を受けての自民党の結論は「少女に対してそっとしておきたい」ということでした。

 だから、私たちは事件の抗議する県民大会から「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」に変えました。その上で要請したのに、また同じ理由で自民党としては不参加としました。少女を逆手にとって、参加しない理由付けをしているだけです」

 自民党の態度は、米兵の犯罪を容認し県民大会を妨害したといわれても仕方あるまい。

 これは、「なぜ危険な場所に行ったのか」「すきを見せる少女が悪い」「なぜ誘いに乗ったのか」「しつけが悪い」などのバッシングに同調するものだ。少女と家族が告訴を取り下げざるを得なかった理由のひとつが、こうした非難を前提にした週刊誌のえげつない取材にあったといわれれている。

 イラクで拉致され人質に取られた日本人ジャーナりストにも同じようなことがあった。
「のこのこと危険なところに出かけていくのが悪い」と政府筋からのバッシングがあり、アメリカのイラク侵略を擁護し正当化するキャンペーンに使われた記憶は新しい。

 大人と政治がなすべきことは何か。
告訴を取り下げざるを得なかった少女を責める前に、少女になり代わりその怒りを表し、二度とこのような事件を起こさないために手を携えるのが、大人と政治がするべきことではないか。

 その意味において、私は、被害者のジェーンさんが勇気を出して集会で訴えたことが感動を呼んだのだと思う。
 


 「基地被害により県民の人権が侵害され続けている現状」「何ら変わらぬ現状に県民の我慢の限界をすでに超えている」(抗議決議)
決議は、日米地位協定の抜本改正、基地の整理・縮小と海兵隊を含む米軍兵力の削減、人権侵害根絶のための責任の明確化を求めている。


長々と書いてしまって・・・、最後までお読みいただき感謝です。
かさねて、米軍犯罪に抗議し、地位協定の抜本見直し、基地の縮小廃止、米軍の撤退を求める!
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2008.03.24 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・歴史改ざん許すな

NO.347 仲間の自治会「流れ星」の総会でした。・・・イジワル言っちゃった!

 昨日はなま暖かい強風と雨。木の芽起こしとなるでしょう。
午後から、高校を卒業した青年達のグループの「卒業記念陶芸教室」があり出かけました。四女も一緒に。彼女は春休みで退屈なのと、職員のとくいに会いたかったのでしょう。「仲良し」ですから。メルアド交換でもしたのかな?
 なんかおとなしい感じの青年達で・・・。10数名、男ばっかり。それぞれ思い思いにつくってもらいました。偉そうに、青年への期待もしゃべったりして・・・。もっと交流できればよかったなとか思ったり・・・。


ところで、先週土曜の午後は、仲間の自治会「流れ星」の年次総会でした。

式次第は、

1)始めの言葉
2)所長からの言葉
3)担当職員からの言葉
4)自治会活動のふりかえり
5)会計報告
6)ひとりひとりのりの反省思い・感想
7)役員への要望
8)次年度の役員の選挙について
9)終わりの言葉 

職員の援助で一つずつ進めます。
りの反省は、何人かを除いては「私は何をしました」ぐらいしか言えませんが、それでも皆が発言します。

会長さんは気になっていたらしく(その理由は、後段で)、「自分も、いかんと思ったけど我慢できずにカーッとなって悪かったと思うけど・・・他の人も皆助け合いましょう」だと。
副会長は「自治会らしく出来なかった。ボーナスの時は話し合いが遅れて、ボーナスを貰いそこねるところだった。話し合いをしようと言っても会長がちゃんとしてくれなかった」と、会長への風当たりが厳しいようで。
さらに役員への要望で、「会長さんが怒るとみんなやる気をなくすから、考えて行動してください」と、一番年長のKさん。この人は思ったことをちゃんと言えるので、会長さんもタジタジ。

その他、
「陶友祭の時のりは職員が決めたから、次は100%自分達で決めたい」
「ゆうゆうの人たちとのボーリングが楽しかったので、又やりたい」
「旅行ばかりじゃなくて、今度はキャンプをしたい。みんなで作って食べたり・・・」などなど。
やはり、目に見えないものについて語るのは苦手です。しかし、自分が体験した事を手がかりに、みんなで考える「訓練」でもあります。

 みんなが役割を持って参加できるように、りが沢山あります。
「旅行実行委員」「対市懇談会」「還暦祝い実行委員」「誕生会呼びかけ」「署名係」「仲間の学習交流会の係」「上半期打ち上げ係」「夏越祭り呼びかけ係」「自遊会展示会呼びかけ係」「クラブ呼びかけ係」「成人式実行委員」「陶友祭の係」「なかまニュースを読んだり渡したりする係」「忘年会係」「新年会係」・・・前年度はざっと15。

 面白いのは「○○呼びかけ係」、これって「そろそろ○○の準備をしましょう」と言う係です。誰かから声が出ると、その係の人が公式に声をかける。誰も言い出さないときは、職員が背中を押します。誰でも出来る係です。それから、その企画の係決めが始まります。

以前も紹介しましたが (NO.291 民主主義は、・・・むずかしい!)、「流れ星」を運営する上で規約の中に、以下のように「守る事」を決めています。

1.人の話はよく聞き、意見は尊重する。
2.発言する時は、手をあげて言う。
3.わからない事は、ちゃんと聞く。
4.みんな冷静に考え、感情的にならない。
5.役員はもちろん、みんな意見や行動に責任を持つ。
6.意見が一致しないときは、お互いよく話し合ってから、それでも決まらない時は、多数決で決める。そして、決まったら、みんなでそれに取り組む。

 会長さんが気にしていたのは、実は私が所長挨拶の時この「守る事」をもじってイジワルを言ったからです。
「人の話は聞かないでいいから、自分が言いたい事を、人の話中だろうがどんどん言ってください。解らん時は、居眠りでもしてください。いやな事があったら、かんしゃく回して怒っていいです。役員もみんなも、自分がしたいことをやり散らかしてください。意見がまとまらない時こそ、人の話しは聞かないで、大きな声で自分の考えだけ言ってください。」

 思い当たるのですね。まだ民主主義には遠いのです。
力が働くのです。弁がたつひとが強いのです。
話はそれますが、かつて「五つ子ちゃん」のドキュメンタリーであったでしょう?言葉を持たないころは、物理的な力・体力が強いものがリーダーシップをとる(集団の中で自分の意を通す)が、言葉を獲得し言葉が集団関係に意味を持つようになると、言葉が発達した子がリーダーシップをとるようになるという話。似たような現象です。単純にそうとは言えませんが、そういう育ちをしてきたのでしょう。

 特に力で通そうとする人は、自分より強い力に弱い。会長さんは(人がよく全く悪意はないんですが・・・)典型的にそういうところがあり、ちゃんとものを言うKさんのような仲間には弱いのです。仕方がありません。一般就労の世界で、管理され押さえ付けられてきたから、立場が違うと自分がそうするのです。彼なりの生きる知恵が染み付いているのでしょう。

 それでも民主主義から学ぶと言う面もあります。
「みんなで作った自治会です。みんなの願いや、やりたい事を力を合わせてやるために、しっかり話し合って、頑張ってください」と挨拶を閉めました。


最後まで読んでくれてありがとうさん。
やっぱり民主主義はむずかしい。
それでも、どこぞのボス支配の組織よりはマシかな?
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2008.03.24 | | Comments(1) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅡ

NO.346 キャノン 派遣解消へ・・・労働者雇用の「潮目に変化」。

 昨日から桜前線日本列島上陸のニュース。
ここから始まりだから、「上陸」はおかしいか?
きょうは「強い南風」が吹き込み、生暖かい雨模様。「強い南風」というのは、私が住んでいるこの地域だけだと思います。南風は、背振山系をこえて福岡市西南部に吹き込みます。
 その風が台風並みの強さなのです。私は「背振降ろし」と勝手に呼んでますが・・・。山頂をマウンドに、風の神様が風の塊を全力で投げ下ろしてくるような・・・。ゴーッという音とともに、剛速球が家々にぶつかります。このころは山野草鉢もまだ坊主同然ですが、吹き飛ばされないように気を使います。

 さて、世論と運動に押され、確かに潮目が変わりつつありますね。
かねてから当ブログでも求めてきた派遣の見直しの問題です。
キャノンやいすゞで、期間社員の正規社員登用と派遣社員直接雇用への切り替えが行われるようです。
新自由主義の労働・雇用政策に風穴が開きつつあります。

派遣解消へ 世論の批判に手直し 製造現場1万2000人 期間工・請負に">キヤノン 派遣解消へ 世論の批判に手直し 製造現場1万2000人 期間工・請負

 キヤノンは、製造現場で子会社を含めて一万二千人に及ぶ労働者派遣契約を年内に見直し、半数の六千人を期間工として直接雇用し、残りを業務請負に置き換える方針です。

 日本経団連の成り上がり親分御手洗会長(実権は弱く「見習い」だそうだが・・・、トヨタの奥田がにらみきかせてるのかね)の足元キャノンで。これまでの言い分が世論の批判に耐えられなくなったもので、一応の評価はできます。「派遣の更なる自由化」どころか、その逆への舵取りを余儀なくされたわけで・・・。

キヤノン・財界のこれまでの言い分
 ▼「外部要員の活用は…労働コストの面からも非常に有益であり…派遣労働者・請負労働者の活用の機会は今後さらに増してくる」 (同社の「外部要員適正管理の手引き」。06年2月作成)

 ▼日本経団連の規制改革要望は▽派遣禁止業務の解禁▽雇用申込義務の廃止▽派遣期間制限の撤廃―など派遣労働の全面自由化を要求。(07年6月29日)


請負なくす">いすゞ自動車 期間工を正社員登用 派遣・請負なくす

いすゞ自動車(本社東京都)が、八百人いる期間社員から正社員に登用する制度を導入し、八百人の派遣社員直接雇用に切り替えていく方針であることを二十一日、表明しました。日本共産党の小池晃参院議員、塩川鉄也衆院議員が同日、本社を訪れ、期間社員の正社員化を要請したのに対して回答したもの。試験という条件付きながら、偽装請負をやめさせて正社員化を求める世論と運動が動かした成果です。

 しかし直接雇用とはいっても、あくまで最長2年1ヶ月の期限付きの「有期雇用」でしかありません。

 労働者派遣法は、本来一時的労働に限り臨時的に受け容れるというのが前提です。常用雇用の代替にしてはならない、というのが原則です。
法が定める「直接雇用の申し入れ義務」に従って、希望者は全員、無条件に正社員にするのが企業の社会的責任の果たし方です。

 そのことは、違法な働かせ方をなくすというだけでなく、貧困をなくしたり、日本のものつくりの技術を引き継ぎ発展させたりなど、日本の社会と経済・産業の未来に向かっての重要な課題でもあります。「今、自分だけがもうけ生き残れば・・・」という発想からいかに抜け出すか・・・。
 そのためには、1企業の順法精神に淡い期待をかけ、運命を預けるのではなく、労働法制の規制を強化する「法制化」と「運動」が求められているのは当然です。

 いずれにしても、潮目に変化が生まれ、国民・労働者の運動が前進していることは心強いことですね。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
ん!こらまでがひどすぎたとはいえ、これはやはり国民のグリーンヒットですな!
打線を切らさず連打連打でたたみかけたいものです。
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2008.03.23 | | Comments(0) | Trackback(4) | ・雇用と労働問題Ⅰ

NO.345 「いのちのいろえんぴつ」・・・生きることの意味。

昨夜、テレビ朝日のドラマスペシャル「いのちのいろえんぴつ」を観た。
        公式ホームページはこちら

 2003年、小学6年生の少女がわずか11歳でその短すぎる生涯を閉じた。実話に基づくドラマである。

  12色

ここには 12色のいろがある
めだたない 色もあるけど
みんな がんばっている
ひとつ ひとつ



  余命6ヶ月の少女
 酪農家が点々とした、広い北海道厚岸町の小学校に若い香川先生(国分太一)が赴任してきた。5,6年生で12人と言う複式学級に、快活な豊島加純(11歳)がいる。彼女は、脳腫瘍で余命6ヶ月と聞き香川は戸惑う。両親の意向で彼女は自分の命の限りを知らない。

 入院を繰り返し、車椅子に乗り右手も動かなくなりながらも、加純は学校が大好き。友達も自然に手伝ってくれる。ある日、加純は小山内先生(原田美枝子)から12色の色鉛筆とノートをもらう。
「12色」は、運動場で体育の授業に参加するクラスメートを教室から見て創った、12色の線と

  どうせ死ぬのに・・・
 字を上手に書きたいと左手で練習する加純をみて、何もしてやれないと香川は、「どうせ死ぬのに、字が上手くなって何になるんだ、学校に来て何の意味があるんだ」といらだち、校長らに疑問をぶつける。
小山先生は「わかることは、彼女が1分1秒を懸命に生きようとしていること」と語る。

 死に近づきながらも、11歳の少女は、その繊細な心でクラスメートのことや、家族のこと、先生のことを14編のと絵に描いていった。

  「先生の涙ってになるね」

   (無題)

先生が このノートを見て
なみだを 流してくれた
自分が書いたもので
人が 泣いてくれる
うれしかった
だから
がんばって書く

 無力さにいらだつ香川先生が、を読みながら泣いてしまった。
「先生の涙ってになるね」と言ったあとに書いた

   成長

生まれてすぐの赤ちゃんは
ミルクのにおいがする
1才ぐらいになると
たいようのあたたかい
においがする

お父さん お母さん 家族の人
自然のぬくもり
みんなの愛情をうけて
人は 成長していく


妹たちや自分を振り返ってだろうか。

  心の中
 死を悟り、みんなに世話されるのが辛くなって、いつも車椅子を押してくれるミサに「もういい!」と辛く当たった夜。
「もう学校に行きたくない、みんなに迷惑をかけるだけだ」と言う。お母さんが、「いいのよ、誰もわかってくれなくても。お母さんがわかっているから」と言う。

   

心の中は 見えない
全て 人に言えば
いいけれど
なかなか言えない
でも 1人に言えれば
すっきりするよ


 いのちの灯火はついえた。

 香川先生は子どもたちに何か出来ないかと問い、「ともに時間を過ごすことが出来た。それを大事にしたい。僕には、僕たちにはまだ出来ることがある」と呼びかけ、教室の子どもたちに向き合うのであった。

  生きることの意味
生きることは詩と絵を描くことでした」とお母さん。

生きることの意味とはどういうことでしょうね。


最後までお読みいただきありがとうございます。
あなたにとって生きる意味とはなんですか?
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2008.03.23 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・マスコミ・テレビ・新聞Ⅰ

N.344 真面目に、仕事頑張ってますよ~~~。

 最近仕事の事、仲間のことについての記事が少ない・・・。
真面目に仕事頑張ってますよ~~~。

 だけど、頑張ればがんばるほど、書けないって事。
知的障害というのは、ただ単に、理解や表現が遅れているという事ではないし、私達の仕事はそういう仲間たちと、そのペースにあわせながら仕事をしていますなんていう単純な問題じゃないのです。
そうした障害を持ちながらの生育の過程で、様々な問題を抱え込む事になってしまっているのです。障害の様相は実に多岐多様で、一人ひとり違います。

 徘徊窃盗癖などの様々な問題行動、精神の不安定・・・。
しかもこれらは、年齢も行けば「固着」してしまい、なかなか変えることが出来ません。
貧困の問題や家庭環境の問題も深刻です。親が小さい時から障害を理解・受容できずにきてしまい、丁寧に養育できていない問題。親に悪意はなくとも深刻な結果を生んでいると見られます。

 知的障害ゆえに、自分で自分を変える力、立て直す力が弱い事とも関連しています。
例えば「意志」の力。これは言語能力と深い関係があります。言語はその抽象的な「意味の力」で、その人の行動を調整する機能をもっていますが、彼らの場合はこの力が非常に弱い。したがって、窃盗の場合でも、見つかって注意され、反省したつもりでもそれが自分をコントロールする力にはならずに、又繰り返すのです。

 こう言う場合は、先ず、金品など周囲を徹底的に管理し行動から目を離さずに、罪を犯さない環境をつくりますが・・・、外へ出れば・・・です。
 あわせて内面へのはたらきかけを息長く取り組みますが、なかなか変えることは難しいものです。繰り返し、繰り返すのです。
 では、どうしようもないから「切る」か?こういう人たちを丁寧に受け入れ矯正する社会資源はありませんね、今のところ。残念ながら。

 ひところ知的障害者の冤罪問題に関わり、知的障害者の犯罪についてちょと調べた事があります。
受刑者に占める明らかな知的障害者の割合は1%だそうで、国民あたりの比率からするとちょっと少ないかなというところです。しかし、受刑者の知能指数を調べると4割がIQ70以下だそうです。(知的障害がIQのみによって判定されるものではありませんが)ギリギリの人が沢山いるということです。
 丁寧な養育・教育から見放された子供たちがそのまま大きくなり、犯罪に手を染めたり巻きこまれた可能性が高い事がうかがえます。その多くは貧困を原因にするものだという事が、私がこれまでかかわってきた経験でもいえます。

 私たちが日々取り組んでいるのは、そういう問題。単純に知的に遅れているだけと言うなら、ゆっくり丁寧に関われば何とかなるものですが、この問題行動は常に繰り返され、一時も気が抜けずにさまざまな対応が求められる。

 福祉現場のナマの事実を明らかにし、これらの問題を解決するというのが私達の仕事。
施設や担当者が問題を抱え込みいくら頑張ったところで・・・限界があるのです。問題の社会化と社会的な取り組みこそが「社会福祉の仕事」なのです。

 そういう日常生起する様々な問題を正面からえぐりながら、これらを社会問題として共有し、解決のための共同を作り出す、そこに私たち現場の福祉労働者の任務があると思います。
そういう努力を続けていきたいと思います。

 ただし、ブログでは個人のそうした問題を書くことには限界がありますね。
そこを書けないと本当の仕事や思いは必然的に書けないということです。仲間たちのことを書いても、うわべのそこそこしか書けないとなると、書くこと自体がマイナスになるわけです。私にとっては。
ただのおしゃべりで終わりますから・・・。

 性格が貪欲だから、自分の気持ちや自分自身にピッタリでないと気がすまない。厄介なものです。この頃は、ブログの限界を受け入れました。とは言え、すべて諦めたわけではなく、可能な限りぎりぎりまで書き込み、この現場世界のナマの事実ときれいごとではない福祉労働について多くの人に知ってほしいと思います。

 これからも応援よろしくお願します。


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2008.03.22 | | Comments(7) | Trackback(0) | ・実践的福祉労働論

NO.343 またしても米兵か!相次ぐ、米軍犯罪。

横須賀のタクシー運転手殺害事件
またしても米兵の犯行か!?


米軍「兵士が事件関与の疑い」 横須賀のタクシー殺人(asahi.com)

 神奈川県横須賀市で19日夜、タクシーの中で運転手の高橋正昭さん(61)=東京都品川区=が刺殺されているのが見つかった事件で、在日米海軍司令部が横須賀市に「横須賀基地所属で行方不明になっている兵士が事件に関与している疑いがある」と連絡していたことが21日、分かった。高橋さんは事件前、羽田空港周辺で客を待っていた可能性が高いことも、県警の調べで判明。車内に残っていたクレジットカードの名義の米兵(22)が、関与した疑いがあるとみて、県警は行方を捜している。


横須賀・タクシー運転手刺殺に関与?米兵の身柄確保(アサヒ・コム)

 神奈川県横須賀市で19日夜、タクシーの中で運転手の高橋正昭さん(61)が刺殺されて見つかった事件で、米海軍当局は22日、事件に関与した疑いがあるとして行方を追っていた米海軍横須賀基地所属の米兵(22)の身柄を東京都内で確保した模様だ。

 事件のあったタクシー車内から、この米兵名義のクレジットカードが発見されていた。米兵はイージス巡洋艦カウペンスの乗組員。カウペンスは17日に米海軍横須賀基地を出航したが、米兵は行方不明となっていた。


 米海軍当局が容疑者の身柄を拘束したようだが、これから身柄を日本に引渡し、きちんとわが国の主権に基づいて裁判にかけることが課題となってくる。その際、これまでも障壁となってきた、米兵に治外法権的な特権を与えている「日米地位協定」問題は避けて通れない。

 今日は、地位協定問題を論ずる前に、沖縄における相次ぐ米兵犯罪について振り返っておきたいと思う。

以下は、共産党赤嶺政賢衆院議員が、18日の衆院本会議で「在日米軍駐留経費・特別協定問題について」の質問部分から、「相次ぐ米軍犯罪問題について」触れた部分の紹介である。

 私が言うよりも、沖縄出身で地元で活動してきた赤嶺氏の、沖縄の心での訴えの方がはるかに説得力もあるし、私自信彼の人柄も好きなのでそちらを引用し紹介する事とする。(なお、ウェブでは要旨だけで、いまいち、赤嶺議員の心の部分が伝わらないので、そのまま紙(しんぶん赤旗、3月19日付)から、打ち出してみる。ぜひお読み下さい。

県民の人権蹂躙
 まず、相次ぐ米軍犯罪事件についてである。
先月10日、沖縄県北谷町で起こった米海兵隊員による女子中学生暴行事件に対し、深い悲しみと怒りの声が上がっています。少女の思いを受け止め、いま政治が何をするかが問われています。

 1955年、沖縄本島中部にある旧石川市で、米兵による少女暴行殺害事件が起きました。「由美子ちゃん事件」です。当時6歳の永山由美子ちゃんが、米兵に車で拉致され、嘉手納基地内で何度も暴行された挙句に殺されました。由美子ちゃんは、米軍のゴミ捨て場で、唇をかみしめ、右手に数本の雑草を握り締めて死んでいるのを発見されました。米軍の直接占領下で、沖縄県民は人権を蹂躙され、虫けらのように扱われたのです。

 72年、沖縄は日本国憲法の下へ復帰を果たしました。しかし、問題は全く解決されませんでした。日米安保体制の下、「基地の島」沖縄の現実は、何も変わらなかったからです。

 そして95年、米海兵隊員3名が小学6年生の少女を車で拉致し暴行するという事件が起きたのです。戦後63年間、米軍犯罪は繰り返されてきたのです。政府はこの事実をどう認識しているのですか。

 政府はこれまで、事件が起きるたびに「綱紀粛正」「再発防止」を繰り返してきました。しかし、今回も日米両政府が「再発防止」を言い出した矢先から、米兵による女性強姦致傷事件、民家や事務所への侵入事件などが相次いでいるではありませんか。基地ある限り、米兵犯罪はなくならないー政府はこの事実を認めるべきではありませんか。

 今月23日には、事件が起こった北谷町で、米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会が開かれます。政府はこの声を正面から受け止め、地位協定の抜本的見直しと基地の縮小・撤去に踏みだすべきではありませんか。

 いかがですか?
そして今回のタクシー運転手殺害事件
日米地位協定は、こんな犯罪を犯しても日本では裁けないと言う内容を持っている。これでは、安保条約に賛成の人でもあまりよく分からないと言う人でも、いくらなんでもひどいものだと思うのではないでしょうか。地位協定そのものの問題については、次回に詳しく見ていきたいと思います。


最後まで読んでくれてありがとうございます。
明日の沖縄県民大会が大きな成功をおさめますように・・・!
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2008.03.22 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・米軍・自衛隊・安保Ⅰ

NO.342 五十肩?

ここ数日右肩に違和感があり、今朝になって痛みで肩が(?腕が)上がらなかった。

夕方、1月にぎっくり腰になったとき以来お世話になっている整骨院へ。
腰、体幹の歪みはかなり良くなっているとのこと。

この肩の痛みは、いわゆる五十肩だそうだ。
五十肩は痛くても我慢して動かさないといけないらしい。
整体をしてもらい、電気治療をして帰った。
幾分、調子はいいが・・・。
風呂で身体を温めて、肩を動かそう。

まあ、年でガタが来ているということだね。な・さ・け・な・い・・・

ゆっくり風呂に入って、きょうは早く寝るとするか・・・。
皆さんお先に お休み。


今回は、そんなところで・・・。
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2008.03.21 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・ゆう楽庵つれづれⅡ

NO.341 あけすけな本音、「高齢者が痛みを感じるように」。

 ここまではっきり言ってもらっていたんだ。
後期高齢者医療制度、その狙いが高齢者医療費の切り詰めのためだと言う事は、先日から書いてきたが、当の厚生労働省の担当者が、その本音をあけすけと語っていたそうだ。

 厚労省国民健康保険課課長補佐が、石川県で講演。(1月18日)
「余り難しいことは言わずに、ズバッと本当のことを言います」
後期高齢者医療を独立型保険にしたのは、「将来60兆円にもなる医療費を抑制」するためだ。
「医療費が際限なく上がり続ける痛みを、後期高齢者が自分の感覚で感じ取っていただく事にした」

おっしゃるとおり、ズバッとじゃありませんか。
更には、次のようなことまで!

「ちょっとしたカゼぐらいでは病院に行かないという見方がある。私なんかも風邪を引いて病院に行くのは、都会に出てきてから。田舎では風邪をひいたら乾布摩擦をしろ、回復する体力をつけろといわれた。皆で努力すれば、保険の負担も少なくて済む」

高齢者は、「風邪ぐらいで病院に行くな!」である。

かつて、老人医療が無料のころ、「病院代がただだと思い、老人がたいしたことがなくても病院に行き、病院がサロン化している」と批判していたが・・・。
風邪は万病の元」って言うじゃない?病気は軽いうちの直せば、それだけ費用も少なくて済むはずなのに、何が何でも高齢者に金をかけたくないと言う考えが、随所に染み付いている!


今回は、そんなところで・・・。
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テーマ:後期高齢者医療制度改革 - ジャンル:政治・経済

2008.03.21 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・安心の医療を

NO.340 団塊世代を狙い撃ち!・・・後期高齢者医療制度。

 自民・公明が強行し、この四月から実施予定の後期高齢者医療制度
医療費の削減が目的であることは、先日書いたところだが・・・。

過去ログNO.334 75歳以上は「貨物」に乗り換え?「後期高齢者医療制度」の4月実施は中止せよ!

   団塊世代がターゲット 
 75歳以上の高齢者を、むりやり強制的に健保、国保から引き離して別の医療制度に押し込めて、負担増と給付減を強いる、将に高齢者差別医療です。というと、いま75歳以上の人たちの問題と考えてしまいがちです。それはそれで間違いではありませんが、実は、団塊世代に的を絞った制度なのです。

 政府の医療費削減見通しでは、2015年には3兆円で、内、後期高齢者分が2兆円。2025年には8兆円で、うち後期高齢者分が5兆円。医療費削減は2015~25年の後期高齢者の分を狙い撃ちにすると言うのが、本当の目的なのです。

 団塊の人たちは、2015年には75歳ぐらい、2025年には85歳ぐらいになります。このまま行くと高齢者人口が増えるわけで、その分医療費がかさむ。政府はこの人たちの世代の高齢者医療費を削る仕組みを、いまから準備しているということです。勿論いま75歳の人たちも、問題です。「75歳以上の人たちの問題だ」と考えてはいけないということだろうと思います。

 「年よりは病気が多い、いずれ死ぬんだから医療費をかけてももったいない」 だから、別立ての医療制度に囲い込み、手抜きをする。こんな差別を許していいのか?!

  人間だけが出来ること
 およそ生き物の中で、老齢化したものの「世話」をし、「面倒を見」れるのは人間だけです。それが人間らしさなのです。そう思いませんか?
 この制度は、絶対に許してはなりません。それは、私たちが人間であることを放棄することなのです。

 野党4党が、廃止案を出しています。是非これを、通そうじゃないか!こんな馬鹿なことを見過ごすバカな国民には、いや動物に成り下がったら、いかん!!!


人間とはどういう生き物だったのか、考えてみましょう。
一人ひとりの人間性が問われている問題です。
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2008.03.21 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・安心の医療を

NO.339 彼岸だというのに・・・。

 今日は春分の日彼岸の中日。
暑さ寒さも彼岸まで、と言うけど・・・北風が吹き寒い1日でしたね。

 午前中は、法人の評議員会。
補正予算と来年度予算の審議が主な議題でしたが・・・、何処の事業所も大変です。
高齢者部門からの報告を少しだけ紹介します。

 一つは人材確保の問題。
年間、介護職からの完全離職は20%、同業種内での転職は40%だそうだ。原因は、仕事への社会的評価の低さ、低賃金。専門学校も潰れるところが出ていると言う。
 家族会としては初めて、「介護労働者の質が確保できなければ、安心して介護を受けられない」と国に、要望する動きも出ているとのこと。

 関連して、学生の実習受け入れについて。
高齢者施設だけでなく、うちも関係あり。
これからは、「実習指導資格」が必要になるとか。社会福祉協議会あたりが講習するのだろうか。それはそれで、実習の質を高めると言う意味ではよいが。現場は人がいないのに、わざわざ講習に参加するか。もともと、手がかかる実習に対し、受け入れの費用はたったの1日1000~1500円。そんなことまでして実習生の受け入れはしないと言うことになれば、学生の教育はどうなる・・・。

 社会保障費関係について。
負担については、2025年には20歳から60歳の介護保険料負担は、3割アップで41万円になると言う。負担を増やさないなら、給付を抑える。医療費を2割、介護保険を4割削るという計算だそうだ。完全にやっていけない。

 すでに給付抑制では、福岡県の郡部では、「同居者がいる場合は、訪問介護(ヘルパー派遣)は利用できない」と言うトンデモ指導もあるとか。家族の自助でやれと言う。何のための保険制度か!厚生労働省は、「そんなことは言ってない」そうだが、いずれにしても必要なところからでも、抑制は強まっているようだ。

・・・ん~ん、事態は、思ったよりも深刻です。

 ここ数年は、会議で話をしても暗い話ばかりですね。
そんな中、法人としては職員の給料を2年間抑制してきたが、来年度から、常勤非常勤ともに賃金アップの方向で検討している。職員の志気を高め、困難に立ち向かう決意を法人が先頭に立って示そうと言うもので、歓迎だ。・・・それだけ、事業活動で資金つくりに力も入れなければならないということでもある。

 とにかくみんなで力を合わせて頑張るしかないと言うことだ。



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2008.03.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・福祉・社会保障全般Ⅰ

NO.338 「戦争の時代から生き抜いた 60年」・・・Rさんの事(2)。

 昭和14年。逆子の難産で仮死状態で生まれたRさん。重い知的障害を持つ事となった。
当時は産めや増やせの時代。しかも、若者の価値は天皇の立派な兵隊になること。「不倶者は座敷牢に入れろ!」と、人権もへったくれも無い時代だった。お父さんは戦争に行き、小学校の時は戦火を逃れ転々・・・。当時は特殊学級もない時代だったが、皆にかわいがられ毎日休まずに学校に行ったそうだ。そんな時代から戦後の混乱期を経て、60年間生きてきたRさんの、還暦祝いがもたれた。

 仲間でお祝いの実行委員会を作り、ささやかな還暦祝いをした。
その模様を陶友通信NO.49から引用し紹介します。1999年3月、当時Rさんの孫のような年齢の女子職員による記事です。

戦争の時代から生き抜いた 60年」

 「なんか買うちゃるね!」と満面の笑顔で声かけて、いつも私のことを気にかけてくれるRさん。3月で還暦を迎えられました。お祝いです。

  「オレぁ カンレキ!」

 仲間から少しずつ「還暦やね」という声が出てきたころ、「オレぁ カンレキ!」。こんなに「カンレキ」を楽しみにしている人はいません。
 Rさんは作業中でもいろんなことが気になって、よく油を売りに行くし、人よりできない事が多い。みんなはそれを「自分より出来ない」と見て、馬鹿にしたようなところがある。何を言われても「うん、うん」としか言わないRさん。(言い返さないのは皆よりもずっと年上だからかもしれない)何かが出来ようができまいが、RさんはRさんなりに苦楽と共に60年生きてきた。

  よく気が利き、「人がいい」(母)

 Rさんのいいところ?「あれがない!」などとよく気がついてくれたり、街の新情報を教えてくれるところ。「ホウキがなか!」とよく職員に訴えていたある日、いつもは黙っているミーティングなのに、皆の前でそのっことを言ってくれた。そしてその訴えに応えるべく、ホウキを購入。あんなに意気揚々としているRさんは久しぶり。その朝は言うもと違う空気でした。

  戦争の時代から行きぬいて

 還暦お祝いの実行委員には仲間から3名。陶友 にいるRさんは知っているけど、60年間どんな風に生きてきたかを知るために、お母さんにインタビューに行きました。話の内容はよく理解できなくも、90歳近くになった小さなお母さんに会っての帰り道、「身体が痛そうでかわいそう」とポツリ。

  赤頭巾に大好きなお酒

 いよいよ当日、赤い頭巾をかぶったRさんが、大好きな「はぐれ刑事純情派」の主題歌に乗って堂々の入場。親の会、仲間たちからのメッセージとお酒で上機嫌。最後に一言「よかった!」・・・記念品には、だお好きな写真を入れる写真立てと赤い帽子。あれから毎日かぶってきています。



以上の記事に、私は次のコメントをカコミ記事で加えておきました。

   「Rさんなりの人生の重み」

 何かが「できる」「できない」は、人間の尊厳の軽重を決めるものなのか?陶友は無菌室ではない。現代日本の現実を反映した縮図でもある。「できない」Rさんがみんなに軽んじられているのは、残念ながら事実である。そんなRさんの60年を、皆で見つめる事を通じて「個人の尊厳」について改めて考えてみたかった。・・・年輩のRsんへの接し方に変化が出てきた仲間もいる。
 憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される」と、個人の尊厳が謳われている。


 そんなこんなのシーさんとRさん兄弟でしたが、お母さんが亡くなり、さる事情で陶友を辞める事になりました。お母さんの謂わば「遺言」でした。次の機会に葉、お母さんの想いについて書いてみたいと思います。   (つづく)


「いつも来て粘土は作られんと」といって、追い返してからシーさんは、顔を出しません。
ちょっと悪かったなあ・・・。ま、又来るでしょう。
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2008.03.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅡ

NO.337 思いやる相手が違うだろ! ・・・米軍への「思いやり予算」は全額なくしてしまえ!

民主主義とは、国民が主人公だということ。
少しだけでいいのです。一緒に考えてください。


 在日米軍への「思いやり予算」というのがある。
あの在日米軍への特権を認めた日米地位協定でさえ、基地の提供以外の駐留経費は「日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」とうたっているのに、それに反してまで、特別協定を作り予算化しているものだ。

 思いやり予算 

 政府が「思いやりの精神」(金丸信防衛庁長官=当時)と称し、一九七八年度から予算案に計上を始めました。在日米軍基地で働く従業員の労務費のほか、▽基地内の施設や家族住宅などの光熱水料▽米軍厚木基地などで実施されている夜間離着陸訓練(NLP)を硫黄島で実施するための訓練移転費▽施設建設費―から成ります。二〇〇八年度政府予算案では、総額で二千八十三億円に達します。在日米軍の特権を定めた日米地位協定でさえ、基地の提供以外の駐留経費は「日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」(第二四条)と明記しており、この規定にも違反する支出です。


 その中で、基地従業員の人件費分が1463億円。
その職種を聞いて驚きだ。
基地のカフェのカウンターアテンダントにコック、バーテンダー、ボウリング場やゴルフ場の職員、宴会係マネージャーに観光ガイド・・・遊覧ボートの艇長?

詳しくはこちらを参照→しんぶん赤旗

 この「思いやり予算」は、もともと地位協定上からも政府は説明ができずに、1987年に特別協定にしたもので、当初は「暫定的、限定的、特例的な措置」と説明したもの。当初は、労務費の一部(社会保険料の事業主負担など62億円)でしたが、翌79年度には、施設建設費の負担をはじめ、その後も高熱水費や訓練移転費や労務費(基本給)にまで増やして来た。

 2008年度予算案では総額2083億円が計上されている。
政府はここ数年毎年、社会保障関係予算の自然増分を2200億円削減してきているが、ほぼそれと同じ額だ。高齢者には「いずれ避けられない死を迎えるんだ」と、後期高齢者医療で搾り取りいじめて、障害者には自立支援法の「応益負担」で搾り取り・・・、いったいどこを、誰を思いやってるんだ!

 あの沖縄では、「米兵犯罪は基地があるから」「米軍は出て行け」って言ってるのに、「思いやり予算」をつけて、「どうぞいつまでもいて下さい」という政府の姿勢は、到底認められないと、怒りが高まっている!

 去る1月15日に、高村外相とシーファー駐日米大使が調印し、5回目の延長に入る特別協定。政府はこの国会承認のために衆院での審議入りした。こげな馬鹿なことを許したらいかんばい!

 これまでの30年間で、なんと5兆円なり!
さらに政府は、「おもいやり予算」だけでは物足りず、沖縄海兵隊のガム移転などの米軍再編費用も3兆円も出す腹だ。世界中みわたしてもこんな国はない。

 今、財政が厳しいからと、お年寄りや障害者を始めとした社会保障関係の予算を削りに削ってくる政府。なんてことはない。あるところにはある。これらのお金を、国民の福祉や暮らし医療に回せば、十分にやっていけるのである。年間5兆円に上る軍事費。無駄遣いばかりの道路特定財源(なんか、アロマセラピーにミュージカル・・・、5年間にタクシー券だけでも5億円?そうそうこちらからも米軍住宅建ててやってたね)・・・。

 軍事費や無駄な大型公共事業を削って、国民の福祉と暮らしを守る政治に転換を!
んなのも難しいことでもなんでのない。国民一人ひとりが考えることができるかどうか。
思いやり予算」なんてペテンみたいなことは、すぐにでも止めさせようじゃないか!主権者であるはずの国民が思考停止するから、こんなバカな政府をいただかなきゃならないんだ。

国の政治が思いやるべきものは、いったい何なんだ!?
 

あっちから見てもこっちから観ても、ひどい政治だが、よく考えれば、何が問題かは見えてくるものです。
民主主義とは、国民が主人公だということ。
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2008.03.19 | | Comments(2) | Trackback(1) | ・福祉・社会保障全般Ⅰ

NO.336 「トウユウガ スイトッチャン!」(陶友が好きだ)・・・Rさんの事。(1)

 シーさんのお兄さん、Rさんは昭和14年生まれだから、そろそろ70歳になるはずです。
彼も最重度の知的障害があり、中学校を卒業してからは在宅で暮してきた。40年間も。

 陶友が、認可され定員が増員されたとき彼も通う事になった。
当時の様子を、陶友通信NO.24(1996.2.25付け)は次のように伝えている。

 Rさんは中学卒業以来ずっと在宅生活だった。
「これが外にも出んで、身体も動かさず何もせんで、喘息ばっかり出て困っとりますと」・・・とお母さんを嘆かせていた。1年前、(こんな感じでは仕事も出来ないだろうけど、近所だし昼飯を食べに出て来るだけでも、少しでもお母さんが助かるかもしれない)「とにかく出てきてみて!」と声をかけた。

 入所式ではビールを飲み、赤ら顔で嬉しそうにお酌をして回っていた。
ビールが効いたのか、次の日から休むことなく、嬉々として通所している。粘土こねに参加したり、ゴミ出しをしたり、簡単な頼まれごとを(それなりに)片付けたりして、「弟さんよりも兄貴さんのほうがしっかりしている」と仲間たちには評されている。

 気がついてみれば、ずっと喘息が出ていない。
陶友の空気がよっぽどいいんだろうか?休みの日も必ず作業所に顔を出しては、職員がいると「ネンド ナイッチャン! ネンド ナイッチャン!(粘土が無いよ)」としつこく心配してみせる。

 「トウユウガ スイトッチャン!」(陶友が好きだ)と何べんでも言う。
彼の人生で、自分が自分であることを感じることができる初めての居場所なのかもしれない。このおじさんの笑顔を守るには、年老いたお母さんや他の弟妹たちのことも支えていかなければならない。・・・

以上引用。


 この兄弟は2人とも、名前を呼ばれても返事をする事ができなかった。どちらかの名前を呼んで、「返事せんね!」と言うと、2人とも「アイ!」と応えていた。多分、ずーっと面と向かって名前を呼ばれるような、人との関係の中で生きてこなかったのだと思った。人がいいのは二人とも同じで、お母さんが大事にして育てられたんだろうなと想像したものだ。

 誤解を恐れずに言えば、知的障害の人たちは決して無垢ではない。すねたりいじけたり、わがままだったり、可愛くないなあと思うことも・・・、色々な性格の人たちがいる。その中にあってこの兄弟は、いやらしいところがまったく無い。人がよく、そして人好きだった。なおかつマイペース、周囲とのトラブルを起こした記憶は一切無い。大人だったのだ。

 しかし、仲間たちの中には、最重度で仕事もあまりできない(今思い出しても、はてどんな仕事をしていたやら?である)、言うこともわかりにくい、そんなRさんを軽んじるところが無いわけではなかった。

 そんなRさんが、戦争の時代から60年生き抜いてきて、みんなで還暦祝いをする事となった。
       (つづく)

 
次回は、Rさんの還暦祝いについてかきます。
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2008.03.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅡ

NO.335 終日、山野草の植え替え作業。

 昨日今日と晴天の連休。
 彼岸までにはどうしてもと、山野草の鉢の植え替えに精出した2日間です。と言っても本格的には今日1日。始めはどこから手をつけて良いやら・・・。
  
 昨日は、庭全体の草取りや、庭木等の路地植えの手入れ。今日は鉢の植え替え
かつては400鉢ほどの山野草鉢を管理していましたが、今はその半分ぐらい。種類も絞込んでいます。今日は、コレクションの風知草と日本山アジサイ中心に、90鉢程度しかできませんでしたが、めどはつきました。イカリ草のコレクションは、今回はあきらめて、花後の6月に植え替えることにしました。土は殆ど、ぼら土:赤玉土:腐葉土を、4:4:2ぐらいに適当にします。

 根詰まりを起こし元気がないものは、植え替えが必要です。
株が大きくなったものは株分けをして。ほとんどが手つくりの鉢なので、どの鉢にしようか色々思い巡らすのも楽しみですが、キリがなくなります。鉢まで凝りまくり、それぞれの風情を出せるように手作りなんて、どこまで凝り性なんでしょう。

 生き物なので、株分けした小さな苗もまた新しい鉢に生けて・・・と、ほんとにキリがありません。最近は、割り切って処分することも覚えました。ちょっと切ないですが。延々と増やし続けるわけにはいきません。

 人為的な改良が加えられていない山野草には、自然の独特の美しさを感じます。
冬場にはすっかりかれていたのに、これから若芽を伸ばし花をつけます。芽が出てきたときは本当にうれしくなります。毎朝水遣りしながら、一緒に春を迎えます。

 忙しくなります。相手が生き物なので、待ってはくれないので。おっかあがいつも言います。
「忙しい人がなんで手のかかる趣味ばっかりするのかねえ。趣味で疲れるんじゃないと?」と。いや、そこがいいのですよ。

 もうひとつ忙しい趣味は、金魚飼育。こちらも生き物、手がかかります。
ランチュウ、オランダ獅子頭中心にメダカまで。きのう、冬眠から起こす準備にかかりました。水槽の汚れを洗い落とし、いよいよ活動期に備えます。庭に、約1m四方の強化プラスチック製の水槽が10個ほど並んでいます。これも4月から10月までは、毎朝水かえで、大変です。去年は繁殖もしたので、とても手間がかかりましたが、今年はどうしようか悩み中。

 自分でも思うわ。なんで忙しい趣味ばっかりにはまるとかなあ。
自分の手で「育てる」ということが好きなんやけど。どこに行ってももてないものは、「俺がいるから、この小さな命は生きている」と、自分を確かめているのかもしれないな?うん、そうかも知れん。そうやそうや。

勝手に忙しい季節に向かいます。それだけ楽しみもあります。


どうでも良いこと。読んでいただきありがとうございました。
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2008.03.17 | | Comments(4) | Trackback(0) | ・山野草

NO.334 75歳以上は「貨物」に乗り換え?「後期高齢者医療制度」の4月実施は中止せよ!

 が、3月9日に77歳になりました。喜寿です。
88歳は米寿、90歳は卒寿、99歳は白寿・・・そんなこんなして長生きをお祝いしてきたはずのこの国で、年をとればとるほどに生きづらくなる・・・。

 「老人医療に金を使うのは、枯れ木に水をやるようなもんだ」
70年代に全国自治体に広がった老人医療無料化の取り組みは、ついに、1973年には国の制度となッた。しかし、1983年には、「臨調行革」路線のもと、有料化された。そのときの総理大臣(中曽根)が言った言葉である。(多分、そう記憶している)

 今政府は言う。
「75歳以上の後期高齢者の特性」(社会保障審議会 後期高齢者医療のあり方に関する特別部会)
① 老化に伴う生理機能の低下により、治療の長期化、複数疾患への罹患、特に慢性疾患が見られる。
② 多くの方に認知症が見られる。
③ いずれ避けられぬ死を迎える。

 「上記の特徴に応じきめ細かい医療制度にする」「高齢化が最も進んだ日本が、持続可能な医療費制度のモデルを世界に提示する」・・・こんなばかげた理由を、国会で枡添厚生労働大臣が述べた。

心身の特性があれば、それに合わせた医療をすればいいことで、世界に提示?・・・偉そうに、何ボケとるんか!

 75歳以上の人たちだけの新たな保険制度。世界中見渡しても特定の年齢の人たちだけの保険制度はありません。75歳になったら、連れ合いや子供の扶養に入っている人も、無理やり扶養から外されます。
生活保護を申請すれば、親、子、兄弟の扶養義務を盾に「兄弟に面倒を見てもらえ」と突き放す一方で・・・!

 例えば、76歳の夫と72歳の妻の場合、夫は元気に働いて健康保険に入っていますが・・・。
この制度だと、夫は即健康保険の資格をなくし「後期高齢者・・・」へ、妻も被扶養者でなくなるために国民健康保険へ、となります。
 会社員で健康保険に入っている息子の扶養家族になっている75歳の父親は資格喪失で「後期・・・」へ、62歳の親はそのまま扶養で・・・。

 それまで一緒に旅をしていた家族も、75歳になると無理やり客車から、貨物列車に乗り換えさせられるというわけです。

 なんだかんだと言っても、「老人医療に金を使うのは、枯れ木に水をやるようなもんだ」が本音なのです。

 「国民皆保険を守るため」「維持可能な医療制度を」と、お題目を並べながら、枡添厚生労働大臣は、本音を「国家予算が80兆、医療費は30兆、高齢者の医療費が10兆。この問題をどうするか」と、結局医療費削減が目的だと暗に認める答弁をしています。

 実際の数字。
政府の医療費削減見通しでは、2015年には3兆円で、内、後期高齢者分が2兆円。2025年には8兆円で、うち後期高齢者分が5兆円。医療費削減は後期高齢者の分を狙い撃ちにすると言うのが、本当の目的なのです。

 無理やり別の保険に入らせられては、高い保険料を年金から天引き、必要な医療も受けられない・・・こんなもの、国家による「姥捨て山」だ!「親に孝行を」とか、都合のいいときは道徳をといてみせる、この国のバカなお偉いどもは、こんな人の道を外れた恥ずべきことを、国会の場で堂々とやっている。

 マスコミも、道路特定財源とか、話題になりそうなことだけ取り上げ、この大問題の取扱いはきわめて小さい。何してるんだ!・・・どうせ実施してから、申し訳程度に問題を指摘するぐらいだろう。NHKぐらいは特集ぐらいは組めよな!ったく、腹立つ!

 75歳以上の人たちと言えば、戦争を体験し、焼け野原から戦後日本の復興のために、そして私たちの世代を育てるために、汗水流して頑張ってくれた人たちです。
こんなひどい仕打ちをする国は、お終いになります。
人は育ちません。子供たちは育ちません。誰も幸せにはなれません。情けない悲しい国になります。



喜寿を迎えた
 ささやかなお祝いの品のお返しに、鹿児島から「つけあげ」と「薩摩地鶏」を添えて、娘たちに卒業、進学のお祝いが包んであった。わずかな年金から搾り出したであろう・・・。嘆きが、ため息とともに聞こえてきそうだ。
「あよ~難儀じゃあなあ。長生きしちぇも、な~んも良かこたあ なかろ~なあ・・・」

・・・ついでに言えば、医療費削減のために、1983ねんの老人医療有料化の後、84年には健康保険も本人無料から1割負担になったから・・・、これの次は来るよ、絶対に!本人4割負担とか・・・!

国民の命や暮らしを踏みつけにし、憲法25条を蹂躙する自公政権にストップを!

参考にこちらの動画をどうぞ。→http://jp.youtube.com/jcpmovie
この問題での、共産党小池議員の参院予算委員会質問です。
 


後期高齢者医療制度は、高齢者への医療差別、国家による「姥捨て山」。4月実施を中止せよ
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2008.03.17 | | Comments(1) | Trackback(1) | ・安心の医療を

NO.333 さすらいのシーさん(3)・・・「働く」という事

シーさんが作業所に来て4年目。1997年11月の「陶友通信 NO.37」で、シーさんの働く様子を「働く仲間」というシリーズで紹介した事がある。その記事を転載し、紹介します。

「はち つくった よかろ!」と自信満々!!
 「シーさんは どこ行ったと?」作業中のいつもの風景である。

プラプラ しーさん
シーさん(54)。同じところにじっとしておれない。仕事を途中でほっぽり出して、トイレに行ったり、お客さんを見に行ったり・・・。流れに合わせて自分をコントロールしないといけない仕事は彼には向かない。だから、どこにいても落ちけず、仕事に就けなかった。

自分が認められる
 この仕事(陶芸)はいい加減なところがある。プラプラしながら気ままに作っても、面白いものが出来れば、それはそれでよしとするような。
 仕事と言うものは、自分自身の表現であり、モノをつくる場合、作品が仕事の成果として、具体的な形で自分の目の前に現れる。他者の眼前にも。そして目の前で「面白い」と買われる。シーさんは心地よく、又作ろうと意欲を燃やす。
 プラプラしとって良い訳ではないが、今は、認められる自分の仕事がある。

気まま師匠
 「師匠!」(当時、私は彼をそう呼んでいた)「アイッ!」
「もうちっと、しっかり粘土を締めんとモノにならんばい!」「アイッ!」
シー鉢は、そのままでは焼けない。土の締りが悪く、100%割れてしまう。弟子(友さん)が、師匠のタッチを大事にしながら仕上げていく。師匠は又気ままに作る。プラプラしながら・・・。

協業・集団の中で
 「これシーさんの作品と言えるだろうか?と疑ったりする。しかし、おおよそこの世の中に1人だけの力で完結している仕事はない。鉄鉱石を堀り、一人で自動車をつくっている人など・・・。それは、分業協業の中でこそ成り立っている。集団的なシステムの中でこそ、人の仕事は存在しうる。作品は師匠と弟子の協業の中で生まれ、その過程に参加していること自身が、彼にとって「働く」と言うことだ。
 かれは、「はち つくった よかろ!」と誇り、輝く。


 シーさんの働いていた当時の様子を紹介しました。当時の楽しさががよみがえり 遊びに来ると「はち」を作ってみたくなるんだろうと思います。
 
 シーさんにはお兄さんがいました。喘息もちで、出かけることもなく1日中家でゴロゴロしていて、お母さんは困っていました。そのお兄さんも、作業所に通うことになりました。
次回は、お兄さんのことについても書いてみたいと思います。(つづく)



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2008.03.16 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅡ

NO.332 さすらいのシーさん(2)・・・出会いのころ。

 腰が90度に曲がった小さなお母さんに連れられ、シーさんが陶友 に連れてこられたのは、今からちょうど15年前、50歳の時だった。お母さんの顔は、ちょうど机の高さにあった。老母が、張りのある声で幼子に言い聞かせるように、「シー、挨拶しなさい!」と言うと、シーさんは「あい!」と言い、その場から消えた。そしてしばらくして又戻ってきた。

 お母さんは当時77歳。55歳を頭に3人の息子と1人の娘と暮していた。4人とも知的障害。下の2人は、どうにか就労していたが、上の2人は、最重度の知的障害で、家でぶらぶらしていたところを、近くに作業所が出来たからと、民生委員さんに紹介されてやってきたのだった。

 中学卒業後、人と恒常的に関わる場もなく、ブラブラしていたシーさんは、おどおどして落ち着かず、すぐに席を外しトイレに行く。・・・とにかく、受け入れて様子を見ながらやっていく事になった。

 自分の名前をフルネームで言えず、年齢も解らない。言葉は一語文。それでもシーさんは。次の日から毎日作業所に来た。すぐ近くで、歩いても2,3分もかからないのに、自転車が好きで、自転車に乗りズーッと遠回りして・・・、そして作業所に着くと必ず、チリンチリンと合図のベルを鳴らす。彼の挨拶である。

 それまで半世紀生きてきて、どれだけ人に大事にされてきただろうか?地下鉄でダンボールを敷いて寝て家に帰らなかった事もあると言う。おどおどして、人とじっと向き合う事もできないシーさんは、実は人が好きでたまらなかったのだった。・・・と言うか、関わりたくてたまらなかったのだと思う。

 お客さんが来ると必ず見に行った。そこで。お茶を運ばせる事にした。嬉しそうに運んでは「あい、おちゃ!」とお客さんに出す。おゃくさんが礼を言うのも聞かずに、すぐにどこかに行ってしまう。でも、私が、仲間たちに「シーさんのいいところは?」と聞いて、仲間たちが「お客さんにお茶を上げること」と言うと、もう嬉しくてたまらない様子だった。

 作業は?当時陶芸しかなかったので当然、土をいじるのだが、3分と続かなかった。すぐに出歩き、近所をブラブラしては返ってくる。シーさんがやれる事を見つけてやらなければならない。
 
 私は、作品を仕上げる時に出るカスを、大事にとっておき(片っ端から片付けた方が、仕事もしやすいのだが)、シーさんが帰ってきたときに、「シーさん、カスをバケツに入れて片付けて!」と言って仕事をつくり、席を移動する事を繰り返すしかなかった。

 そうこうしていたある日、シーさんがおもむろに手ろくろを机の下から取り出し、作品らしきものをつくり始めた。・・・!?どうした事か?

 シーさんも、注目されたかったのだ。人好きの彼は、人に認めて欲しかったんだと思う。
お客さんや見学の人たちが沢山来ていたが、彼らは、片づけをするシーさんを注目して褒める事などない、当たり前だが。みんな、一生懸命に作る仲間たちに注目し、声をかけ激励したり褒めてくれる。

 シーさんもその眼差しの前にいたいと思ったのだ。その眼差しを身体で受けたかったのだろうと思う。眼差しは価値ある行為、働く事、作品つくりに注がれていたのだ。シーさんは、その眼差しが降り注ぐステージに自ら立ったのだと思う。それから、「はち」つくりに励むようになった。
「はち つくった よかろ?」毎日毎日、職員に声をかけてきた。

 そうして自分を見つめてくれる人たちとかかわりながら、シーさんの日々は流れて行った。
言葉も少しずつハッキリして行き(私の聞き取りが慣れたのもあるが・・・)、毎日、自転車で張り切って出勤していた。


    ・・・・・・。          
                    
 そうそう、忘れないうちに書いておこう。お母さんがびっくりして尋ねた事がある。
「何があったんですか?これまで、いくら言い聞かせても歯医者に行かなかったシーが、自分から歯医者に行って入れ歯を入れてきたとですよ!」と。
 私がいつも「シーさん、入れ歯でも入れんと、若いお姉さん達が、シーさんはじいさんかと思うよ」と、からかい半分に言っていたからだろう。

 シーさんは人に見つめられる事で、自分を見つめていたのだ。そしてそれまではどうしても出来なかった壁を、自ら越えたのだった。人は、人とのかかわりの中でこそ、自らを成長させる。
眼差しが人を育てるのである。

なれない入れ歯を、ニーっと見せるシーさん。
「おおっ!若返ったな。いよっ、お兄さん!」
シーさんはご満悦でした。



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2008.03.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅡ

NO.331 卒業式・・・ふりかえり旅立つ。

  「もうすぐ卒業」

もうすぐ卒業、少しさみしい
でも卒業 まだいたい
けれど私は、高校生になる
大人になるかいだんを
一歩一歩のぼって成長する
卒業式ではきっと泣く
泣いた分だけ成長する



 昨日までの陽気もどこへやら、小雨は上がったものの、冷たい風が吹く四女の卒業式でした。
最近は「卒業証書授与式」。
参加した親としては、物足りないぐらい・・・淡々とした式でした。

 式の後、教室に入り、最後のお別れの挨拶。
娘は、「交流クラス」(ホームのクラス)で、仲間2人で、みんなに挨拶をしてから、つばさ学級(特別支援学級)へ移動です。

 「私は、つばさにいるときが多くて交流には余り来ませんでしたが、みんなが優しくしてくれて嬉しかったです」と、小さな声で挨拶していました。(思わず、大きな声で!と声かけたいぐらい・・・)
そしてつばさ学級で、4人の仲間たちと先生達とお母さん達でお別れの最後の挨拶。

 冒頭は、卒業を前にしたころの娘の「」です。
 今日貰ってきました。
普段は、ひらがなを並べるだけで、漢字も分かち書きも句読点もうまく使えませんが、先生が付いて指導していただいたものでしょう。幼さの中にも、高校生活への思いが書かれていました。

 先生が、「つばさ学級では元気がいいが、交流に行くと借りてきたみたいにおとなしい。もっと自信を持って頑張ってください。高校に行ったら、同じ目標をもった人たちがが沢山いるので、沢山仲間をつくってください」と、言葉をくださいました。

 ん~~ん。やっぱりね。自信ないと、ちじこまっているんだ。
そんな様子がうかがえる文集ももらってきた。

      「つばさの思いで」

 私がつばさに入ったのは、1年生の3学期ぐらいです。中学生になって、交流に行ってイヤでした。勉強はわからないし、友だちもいない。ず~と下を向いて授業を受けていました。でも、つばさに入り、前を見て勉強ができるようになりました。
 2年生で、つばさと交流を行ったり来たりする生活になりました。sくんとKくんが入って来て、私はK先生とI先生に「Kくんをたのむね」といわれ、思わず「はい」と言いました。3学期になりIさんが入って来て楽しかったです。
 3年生になって、少しつばさがキライになりました。2年生の時とはちがい、先生もかわり、2年生が来るとうるさくなり、私はIさんとけんかばかり。交流の方が楽しく思えました。でも、2年生の時よりも合同キャンプは楽しかったです。


 書き方に先生達の指導が伺えますが、内容は正直なところでしょう。こんな思いをしながら、中学生活を送ってきたんだと思うと、よくがんばってくれたと思います。

大人になるかいだんを  一歩一歩のぼって成長して欲しいものです。
親ばか気持ちです。

 今夜は、お姉ちゃんが手巻き寿司でお祝いするそうです。
残業は若者に頼んで、今日は早く帰ります。


今日は、寒風に向かい沢山の中学生が卒業した事でしょう。決して暖かい追い風だけではありませんが、「がんばれよ~~!卒業おめでとう!」
はあーるよこい、はあ~やくこい
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2008.03.14 | | Comments(3) | Trackback(0) | ・家族・娘たち(今・回想)Ⅰ

NO.330 さすらいのシーさん。(1)

 もう10年以上も前。知的障害を持つ兄弟が2人通って来ていた。もう2人とも60代半ばになる。
最近弟の方が頻繁に作業所にやってくる。1日に3回も4回も。

 遂に一昨日は、「はち つくる」と言って、粘土で鉢を作り出した。昔とったキネズカである。
最重度の彼は、名前を呼ばれても返事すら出来なかったし、もちろん文字も数もわからない。それでも、50歳を過ぎて初めて仲間が出来、受け入れられて、実に楽しそうにのびのびと参加していた。

 お得意の「はち」である。とてもじゃないが、形にはならない。粘土をちぎり積み重ねるだけである。しかし、その土くれのなんと生き生きした存在感か。私は、その表情を生かしつつ、割れないように土を締めて仕上げた。その個性的な「はち」は、結構な人気で売れた。

 今でも、初めて売れた時の事は、鮮明に覚えている。ある団体のイベントに参加し販売した時の事だ。公園の芝生や、庭石に直接作品を並べた。シゲさんの「はち」が生きた。自然の力強い土の造形である。お客さんが買った。シーさんが「あーいとまーす」(ありがとうございます)と、帽子を取って頭を下げた。生まれて初めて、誰かに自分を認めてもらった瞬間。シゲさんのくぼんだ目に、誇らしげな安堵があった。

 次の日から、ますますシーさんは「はち」つくりに励んだものだった。
その記憶がよみがえったのだろう。昨日は、お情けでつくっても言いと許可したら、大きな作品を2個もつくり、しそうにしていた。

 そして昨日である。出勤すると既に、早く来る仲間たちと一緒に玄関にいる。ドアを開けると、早速中に入り、ろくろを出した。「シーさん、今日は作られんとよ」と言うと、外に出て、仲間たちと一緒に箒を持って掃除を始めた。そして終わると、又入ってきて朝礼の席に入っている。当たり前のようになじんでいる。

 私は、心を鬼にして(いつも鬼って言われてるけどお。こんなこと言うから、誤解されるんだな)、「シーさんは、時々遊びに来ていいけど、いつも来て、つくる事はできんと。今日はもう、教会に帰りい!」と、追い返した。小さい背中で帰っていった。

 自分が受け入れられ心を許せる空間と人々・・・、シーさん、どれほどここに来たかろうか。
出来れば、契約をして、彼が望むだけここに来られるようにしてやりたいのだが、そうは行かない経過と事情がある。

 彼は自分の望みに逆らい、泣く泣く陶友を辞めざるを得なかったのだ。自分以外の人々の意思に従い・・・。    (つづく。何回かにわたり、過去の仲間たちのことを書いてみようと思う)


帰るときのシーさんの小さな背中、かなり切ないなあ。
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2008.03.14 | | Comments(2) | Trackback(0) | ・仲間とともにⅡ

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軟弱オヤジの「硬派道場」へ、ようこそ。障害者作業所所長やってます。福祉や政治、日々の思いを気ままに…。
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なお、気が弱いので「道場破り」はお断り。
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