NO.1688 「人間裁判」朝日訴訟50周年
今年は「日米安保50年」ということはよく知られています(?)が、「朝日訴訟50周年」というのはあまり知られていないようです。
先日、きれいな人のお店から漆器の器を買ってきた。
さつま無双。鹿児島市。
味?ん~~ん、気持ちよくなる味ッス!
私の飲み方。お湯を7、次に芋焼酎を3。
イモくささが消えて、やさしい香りと甘みが出る割り方。お試しあれ。
これでイモ焼酎嫌いを”転向”させている。
ただし、イモくささ好みの方にはご法度。
安保50年のこの年に「日米安保を機軸に」と言う政府。普天間基地の撤去を求めつつ日米安保を問う機運が高まるかと思いきや、メディアの普天間隠しが始まった。あの報道は将に政局趣味で普天間を「政争の具」にしただけ。政局の焦点が移るや、本土メディアは全くといっていいぐらい普天間基地問題をどこかに放り投げてしまった。ワジワジ(怒り)・・・。
それは別の機会に譲るとして、今日は「朝日訴訟50周年」について。
先ずは、「朝日訴訟」とはどんな裁判だったのか、おさらいから。
「朝日訴訟」とは、1957年、国立岡山療養所で結核療養中だった朝日茂さん(1913~64年)が憲法25条の意味を問い、生存権の保障を求めて起こした裁判です。
朝日さんは、生活保護法に基づく医療扶助、生活扶助を受けていました。第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
ところが、社会福祉事務所は、旭さんのお兄さんを探し出して仕送りをさせ、その月1500円の仕送りから日用品費として月600円だけを本人に渡し、残りを医療費の一部自己負担としてとりあげたのです。当時の生活保護の日用品費は月600円。それはシャツは2年に1枚、パンツは年に1枚でいいというとても貧困な基準でした。
朝日さんは「そんなばかなことがあるか」「この基準は、健康で文化的な生活の保障(生存権)を定めた憲法25条に違反する」と、東京地裁に訴えました。生活保護処分に関する裁決取消訴訟を起こしたのです。
東京地裁判決(1960年)は、憲法25条の「健康で文化的な生活」は、国民の権利であり、国は国民に具体的に保障する義務があること、それは予算のあるなしではなく国が「指導支配」しなければならないとし、旭さんが勝訴しました。
しかし、第2審は、最低限度の生活水準は、固定的なものではなく多数の不確定要素を総合して考えなくてはならず、結局、本件保護基準は「すこぶる低額」ではあるが違法とまでは断定できないと、逆転判決。憲法は目標を掲げているだけ(プログラム規定説)だから違憲ではない、と。
朝日さんは上告後になくなり、反動的な判決で結審することとなりました。
朝日さんは、この訴訟を「個人の問題ではなく、国民生活のレベルを上げるもの」と位置づけ、「弱いもの同士の足の引っ張り合いはやめよう」と病床から主張した日本共産党員でもありました。
朝日訴訟は、人間に値する生活とは何かを問い直す「人間裁判」と呼ばれ、支援の輪は全国に広がり、「朝日訴訟を勝ちぬく列島縦断大行進」が3回もおこなわれたそうです。この裁判とこれを支援する運動がその後の日本の社会保障運動に大きな影響を与えました。
2010年6月11日(金)「しんぶん赤旗」が「3月の生活保護過去最多 134万世帯超に」と報じています。
また、内閣府が発表した2010年版「自殺対策白書」は、昨年の自殺者は3万2845人で、12年連続で3万人を超えたことを明らかにしています。
「生きづらさ」が暮らしにのしかかる今、あらためて「人間裁判」が問われているように思います。
以下報道より。
2010年6月6日(日)「しんぶん赤旗」
生存権 声あげ続けよう
朝日訴訟50周年でシンポ
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「語り継ごう朝日訴訟50周年 そしていま生存権裁判」と題したシンポジウムが5日、東京都内で開かれました。主催は、生存権裁判を支援する全国連絡会と「軍事費を削ってくらしと福祉・教育の充実を求める」国民大運動実行委員会です。
・・・
NPO法人朝日訴訟の会の岩間一雄理事長が記念講演。朝日さんは、個人の問題ではなく、国民生活のレベルを上げるものと同訴訟を位置づけ、弱いもの同士の足の引っ張り合いはやめようと主張していたことを紹介しました。
第一審判決を起案した元裁判官、小中信幸弁護士は「朝日訴訟がいまだに生存権の道しるべとなっているということは、今日においても生存権が確実に保障されていないということではないか」と強調。現在、生活保護の老齢加算の復活を求めてたたかわれている生存権裁判にふれ、「憲法25条の理念を、国、厚生労働省や裁判官にも十分自覚してもらい、適正な判断をしてもらいたい」と訴えました。
朝日訴訟の主任弁護士を務め、東京生存権裁判の弁護団長の新井章弁護士は「何もしないと国の予算は、軍事費などに重点を置かれかねない。人間らしい生活を求めて、繰り返し懲りずに声を上げ続けることで社会保障費を勝ち取らなければならない」と提起しました。
人間らしい生活 今も問いかけ 『朝日訴訟』一審判決から50年(東京新聞 2010年6月6日 朝刊)
憲法で保障されている生存権の侵害について争った「朝日訴訟」で、違憲とした一審の東京地裁判決から五十年。五日、東京都内で開かれたシンポジウムに一審の裁判官の一人で弁護士小中信幸さん(79)が出席、「現在も生存権をめぐる訴訟が各地で起きており、憲法の理念が保障されているとは言い難い状況がある」と指摘した。 (小野沢健太)
小中さんは東京地裁の一審で、三人の裁判官の中で判決文の起案を担当。シンポジウムを主催した「生存権裁判を支援する全国連絡会」によると、小中さんが公の場で意見を述べたのは初めてという。
裁判では、当時の生活保護費の基準が、憲法二五条で保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を満たしているかが争点となった。
小中さんは、一審の審理について「生活保護額の根拠となった国の基準表には、受給者が必要とする日用品について肌着が二年に一着、パンツが一年に一枚などと書かれていた。これでは人間らしい生活はできないと感じた」などと振り返った。
判決文の案を書く際には、裁判長の浅沼武さんの言葉を重視した。「憲法は絵に描いたもちであってはならない」人間らしい生活を国民に約束したのが、憲法二五条の生存権だ。と解釈して執筆したという。
違憲判決は、高裁で覆された。しかし、朝日訴訟を通して生活保護費の少なさが社会的問題として注目されるようになり、提訴からの十年間で支給額は四倍以上に増額された。小中さんは「裁判の目的は事実上、達成できたと言えるのかもしれない」と話した。
しかし、現在も生活保護制度をめぐり生存権について争う裁判が起きていることについて「憲法の理念を、国や関係機関は十分に理解してもらいたい」と要望した。
七十歳以上の生活保護受給者に支給されていた「老齢加算」が、「高齢者に特別な消費需要はない」との理由で二〇〇六年度に廃止された。老齢加算の復活を求めた訴訟が、東京や青森など八都府県で起きている。五月二十七日に東京高裁で原告側敗訴の判決が出た。一審東京地裁を含め四地裁で原告側が敗訴している。東京原告団の弁護団長を務める新井章さん(79)は「人間らしい生活とは何か、繰り返し提起していくことが大切だ」と呼びかけた。
シンポには朝日訴訟の原告の朝日茂さんの訴訟を継承した朝日健二さん(75)も出席し「朝日訴訟の違憲判決が生存権確立の道しるべになってもらいたい」と話した。
<朝日訴訟> 1957年8月、岡山県の国立療養所に入院していた結核患者の朝日茂さん=当時(44)=が国を相手に提訴した行政訴訟。朝日さんに支給されていた月600円の生活保護費では、十分な栄養が得られず「国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めた憲法25条に反すると主張した。一審東京地裁は60年10月、朝日さんの主張を全面的に認め、違憲判決を出した。二審東京高裁では逆転敗訴。朝日さんは最高裁に上告後の64年2月に亡くなった。最高裁は生活保護の継承はできないとして訴訟終結を宣言した。
関連お薦めブログ:
●村野瀬玲奈さん「生存権のための闘いの原点、朝日訴訟」
●ジャイ子暮らしの手帖「後楽園にて」
「憲法は絵に描いたもちであってはならない」
「人間らしい生活とは何か、繰り返し提起していくことが大切だ」!

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2010.06.12 | | Comments(3) | Trackback(3) | ・福祉・社会保障全般Ⅱ
