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NO.1016 「年越し派遣村」が教えたもの/自己責任論と決別のとき  湯浅 誠

 どこへ行く、日本。さんのところから転載させていただきました。(赤旗電子版にはなかったので、ズルしてこちらからコピーを・・・)

    雑草 017

 いろいろなことで困っている人の相談を受けることがあります。自分から或いは助けてもらいながら相談できる人は、希望があります。相談する術を知らない人達がたくさんいます。

 私は、「私はここにいます。辛いです。きついです。助けてください」という力が人間にとって大事な生きる力なんだよ」と言います。

 湯浅さんは「溜め」という言葉を使います。
 「溜めというのは、そこからエネルギーをくみ上げていく機能を持つもので、なにかやるときの自信になるとか、それがあればやれると思えるとか、がんばれるとか、ですね。私は、当事者が失った溜めを増やすために、居場所をつくるしかないと言っています。自分も生きていていいんだと腹に落ちる場所をつくる。」と。

 知的障害を持つ仲間たちは、その生きてきた様々な社会的環境、時代によって一様ではありませんが、自分がしっくりいく居場所がなく、まるで自分で無いかのような自分と向き合って生きて来ざるを得なかった人たちがいます。下を向いて、自分から目をそらし、静かにその日を生きるしかありませんでした。
 
 いじめにあったり無視されたりバカだのチョンだのと粗末に扱われたり・・・、あまりに辛すぎると、自分を壊して逃げるしかなくなってしまいます。精神障害や人格障害を引き起こし、無意識のうちに自分を守ろうとするのです。いわゆるる二次障害です。

 私の四女は、「中学の時はいつも下を向いてた。(特別支援高等学校の)今は、下を向かなくていい。みんなが優しいし、友達も先生も好き。だから学校が毎日楽しい」と話してくれます。居場所を見つけたのです。涙が出そうになります。

そのままの自分でいい居場所
 「工房陶友」 に来た仲間たちは、居場所のなかった「社会」からここに来ることによって、自分がありのままの自分でいい「居場所」を手に入れます。そこからゆっくりゆっくり、仲間や職員との関わりを通じて、そこに肯定的に写しだされる自分に会うことによって、自分を取り戻し、笑顔を取り戻し、成長していきます。ありのままの自分を受け容れることによってしか、希望や未来を見ることはできないのだと思います。

 言い換えれば「自己責任」の呪縛から開放され、ありのままの自分を出し、「私はここにいます。辛いです。きついです。助けてください」と言うところから人生は、前を向き始めるのではないでしょうか。
それを共感的に受け容れる人間関係の社会が必用なのです。そうしてみんな、人や社会の力を借りながら生きていくのです。

「生きづらさ」と向き合う
 貧困も障害も人間としての「生きづらさ」です。
そういう障害福祉現場での実践とダブらせながら、湯浅氏のインタビューを読みました。

 私が向き合ってきた貧困と障害も、経済的貧困を土台にし、「人間らしさの貧困」として、一人ひとりの人格の上に、人生の上に陰を落としています。「派遣村」に集まった人たちは、障害のある人たちがそうであるように、決して一部の例外ではなく、この国の「私たち」であり「私の一部」なのです。


 湯浅さんは、次のように言っています。
「よく聞かれますが、社会の当事者としての怒りというか、「おれはこういう社会では生きていたくない」って、運動しているんです。『あの人たちのために何かやってあげましょう』という意識はない。」と。なんか、自分に似てるなと思います。(オラは立派じゃねえけどお)

 もし、自分が障害のある仲間たちの立場だったら・・・、上手に物言うことも知ならない彼らと向き合いながら、いつもそう考えてやってきました。・・・つもりです。こんな制度はイヤだな、こんな社会はイヤだな、変えなきゃ!と。(聖人君子じゃないから、時々は、「あ~~うっとうしい!」とも思いますが・・・笑・汗)

 自分に引き寄せて見る、考える・・・。人間のあり方、社会のあり方を考える。 

 ・・・そんな事を考えながら、是非皆さんにも読んで欲しいなと思います。
私などの論評はいらない立派な青年ですが、人間とその社会のあり方を問う示唆に富んだ内容だと思います。


 「しんぶん赤旗」2009年3月5日号・「学問文化」欄(9面)から。
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<シリーズ 現代の視点>
『反貧困』の著者 湯浅 誠さんに聞く(上)
年越し派遣村」が教えたもの/自己責任論と決別のとき


 反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さん(39)は、日本の貧困問題にどう立ち向かうかについて、貧困状態に追い込まれた人々と日々接する目から、『反貧困』(岩波書店)を著し、二月、大併次郎論壇質を受賞しています。また年末から年始にかけて、派遣労働者の「派遣切り」「雇い止め」に対応した「年越し派遣村」の村長も務めました。

        湯浅誠

 ―日比谷公園の「年越し派遣村」には五百人を超える当事者が「入村」し、社会的に注目されました。

 公的なネットは何も効いてない

 湯浅 はっきりしたのは非正規の人たちがいかに危なっかしい綱渡りをしてきたかということです。これまで仕事がたまたま続いていたから生きていたに過ぎなかった。それが「派遣切り」されると一気にホームレスに転落する、公的なセーフティーネットは何も効いてない。「派遣村」のことがわーっとメディアなどで伝えられることによって、こんな現実なんだと、社会がわかったことは大きい。

 ―村に来た人は実にさまざまだと聞いています。

 湯浅 ものすごく低い確率で偶然が偶然を呼ぶ感じでたどり着いた人がとても多い。ということは来た人と来ていない人の間に何の違いもない。来た人はラッキーだったね、とアパートに入り、来ていない人はいまだに路頭に迷っている。それはすごく理不尽なこと。ラッキーかアンラッキーかで生死が分かれる社会だし、人生がばくちのよう。そういう社会を見直す時期です。

 ―課題はありますか?

 貧困の議論をと書いてから2年

 湯浅 「派遣村」でのことが、年末年始の特別な時期に特別な現象が起こって特別な対応をしました、以上終わり、というふうに、収まってしまわないかということです。しかし、派遣社員の契約がいっせいに切れる三月にまた起こるし、三月で終わるわけではない。あの時点からどう運動を積み上げていくか、あるいはゼロに戻るのかという、今年はちょうど分かれ道だと思うし、それは私たちにとっての課題です。

 ―反貧困の旗を掲げてどれくらいたちますか?

 湯浅 二年以上になります。貧困が目に見えるようになるという点では隔世の感があります。「格差ではなく貧困の議論を」という文章を書いた二〇〇六年のころは、誰も貧困のことをいわないじゃないかという気持ちでしたが、それ以降、ものすごい量の報道がされ、学生がワーキングプアのリポートを書いたり卒業論文を書くという話を講演先で聞くようにもなりました。問題そのものが社会全体に共有されてきている。

 ―『反貧困』で、貧困に至る背景に自己責任でなく、「五重の排除」(教育課程からの排除、企業福祉からの排除、家庭福祉からの排除、公的福祉からの排除、自分自身からの排除)を指摘し、日本社会は、一度転んだらどん底まで落ちる「すべり台社会」と書いています。

 ヨーロッパとは違う野宿の原因

 湯浅 そういう認識が生まれたのは、野宿の人たちと一緒に活動してきたからです。なぜ野宿になっちゃうのか、いったいそれはどういう状態なのかを考えていったら、それが見えてきた。すべり台社会もそう。もともと日本の野宿の人たちは失業が原因です。このことはヨーロッパでホームレス支援をやっている人が日本に来ると驚く。なぜ日本では健康な男性たちが野宿しているのかと。ヨーロッパでは失業しても公的なセーフティーネットがあるから、働き盛りといわれる男性たちは失業だけが問題で野宿になってない。だけど、日本に来ると野宿になっている。しかも年齢が四十代後半から五十代の人たちだ。それは彼らにとって異様な光景なのです。その異様さは日本にいるとわからない。でもそれは説明できることです。四十代後半くらいから、もうあなたはいらないと建設現場で言われた後、六十歳を過ぎないと福祉の窓口も開かない。労働と福祉の狭間に落ち込んで野宿になってしまう。今回の「派遣切り」の被害者がストンとホームレスになるのと、まったく同じなのです。

 ―自己責任論の弊害について、貧困を生み、かつ当事者を呪縛し、問題解決を遠ざけると、本でも主張しています。

 「自分が悪い」と痛々しいほどに

 湯浅 自己責任論とはもういいかげん手を切る時期でしょう。そうしないと社会全体の地盤沈下が止まらない。99%といってもいいかもしれませんが、野宿者のみんなが、野宿になったのは自分が悪かったと言うし、私が所属するNPO法人自立生活サポートセンター「もやい」に相談に来る人たちも、食べて行けなくなったのは自分たちのせいだと。現場で対応していると、それはもう痛々しく、やりきれない思いをずうっとしている。なぜそこまで思っちゃうのか。甘やかす必要はないと言っている人も含めて、結局人を頼ってはいけない、がんばっていれば貧困にはならない、と言われてきたし育てられてきたからです。そういう今までの自分の考えと辻つまを合わせようと思ったら、当事者はそう思わざるを得ない。なので、そこはもう一回、一から人をつくり直すくらいでないと、なぜ怒らないのかと当事者に言ってみても解決しないと思います。     (つづく)


『反貧困』の著者 湯浅 誠さんに聞く(下)
年越し派遣村」が教えたもの/企業の大きな社会的責任
 ―金銭に限定せず人間関係も含めた「溜め」を増やすことが大事だといっていますね。

「生きてていい」腹に落ちる場を

 湯浅 溜めというのは、そこからエネルギーをくみ上げていく機能を持つもので、なにかやるときの自信になるとか、それがあればやれると思えるとか、がんばれるとか、ですね。私は、当事者が失った溜めを増やすために、居場所をつくるしかないと言っています。自分も生きていていいんだと腹に落ちる場所をつくる。誰かからそう言われなくても、ああ、自分も生きていていいんだ、と思う瞬間がある。それが来るのを待つか、そういう場所を用意できるか。たたかうためには、たたかわなくていい場所が必要です。本にも書きましたけど、「コーヒーポットとカップがあれば、居場所ができる」と。

 ―そのためには?

 湯浅 人の溜めをみるためには、自分の溜めを自覚するのがまず一歩です。「あの人たち」ととらえるところから一回離れないと、何のために居場所をつくるのかもわからなくなる。そのことがわからないという人も家に帰れば、愚痴を聞いてくれる妻がいるわけですね。そういう溜めがある。そのことを自覚しないと、ああ、自分はそういうなかで生かされているんだということがわからないでしょう。

 ―非正規労働者にたいする「派遣切り」「雇い止め」など企業の責任が問われています。

法律をごまかし安上がりに雇用

 湯浅 企業の責任は大きい。たとえば経営者報酬とか役員報酬などに手をつけたり、資産のうち、ここまでは売れるというふうにやっていくとか、そういう努力をしなければ、赤字転落だから派遣労働者を切って、正社員まで手をつけても仕方ないという話にまですっと行かない。今まで非正規労働者を法律をごまかした上に安く使うことで、史上最高の経常利益を上げ続け、内部留保もあるわけですから、その分は返してもらわないと辻つまが合わない。それとセーフティーネットのことです。セーフティーネットというとすぐ、政府がやるもので企業は関係ないという話になるけれど、セーフティーネットをつくるためには企業も相応の負担をしなければならない。税金を払っているからいいんだという話にこの大変な事態ではならないはず。その点、市民の方が先んじています。「派遣村」に多くの寄付が集まりましたが、その中でも出し惜しむ企業というのは何だろうか。企業の社会的な存在意義まで考えてしまいます。

 ―学生だった一九九五年に東京・渋谷の路上で野宿者の支援活動を始め、その後、生活相談や生活保護申請同行の支援活動や、生活困窮者といっしょに仕事起こしの活動もしています。

 湯浅 やりがいを感じます。野宿の問題は、私が活動を始めた九〇年代半ばのころは新しい課題だった。「これをやったらどうだろう」と提案した時に「そんなものは十年前にやったけど、だめだった」という人はいなかった。だから道のないところに道をつくるように試行錯誤し、失敗もたくさんした。そうするうちに貧困が広がってきました。この事態にどう向き合うかが、また新しい問題で、自分たちの活動の積み重ねから何が言えるか、何がやれるかを見つけながら、それを社会に訴えてきた。ちょっとでも状況が良くなるところがあれば、やっててよかったとなるし、やる価値がある活動だと思ってます。

 ―〇三年に大学院の博士課程を辞め、活動に専念します。

 湯浅 研究って一人でやるものですが、活動は仲間がいて、みんな大変な中でやっている。研究は五年、十年で考えるものですが、現場は日々動く。明日はどうするかという時に、研究があるからとなかなか言えなかった。ただムダにはなってない。今は本を読む時間もないけど、研究のノウハウというか、基礎的な訓練を受けたことは、私の溜めです。それを活動に使うのは私の役割と思う。

 ―活動の原動力は?

 こういう社会は“自分はいやだ”

 湯浅 よく聞かれますが、社会の当事者としての怒りというか、「おれはこういう社会では生きていたくない」って、運動しているんです。「あの人たちのために何かやってあげましょう」という意識はない。私がいやだと。「人のため」という意識と比べたら、その方が楽だろうと思う。

 ―『反貧困』が論壇賞を受賞しましたが。

 湯浅 私は論壇の人間ではないので気恥ずかしい。私みたいな社会運動家が論壇に首を突っ込むのと同じように、論壇の人たちが社会的なものに、どんどん首を突っ込まないとうまくないんじゃないか。「派遣切り」とかでも学者の記者会見があってもいい。若い人たちにたいして社会への働きかけが弱いとか聞きますが、そういっている人たち自身もそうだ。学者も市民としての責任を忘れないでほしい。
     (おわり)
    (三木利博)




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