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NO.127  「自分の感受性くらい」 茨木 のり子 によせて。

先日の金八先生で、触れられた以下の詩について、
先輩のブログ上のちょっとした討論に参加しました。
    こちらを参照・ここをクリックしてみてください!


自分の感受性くらい 茨木 のり子

ぱさぱさにかわいていく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
何もかもへたくそだったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかもの




ひとつは、これは今日、為政者が使う「自己責任」論に通じるものではないかという問題提起。
その時のコメントは、舌足らずなところもあったし、ここで改めて考えてみるのも有意義かなと思い書いています。

「 さて『感受性』ですが・・・、抽象化された詩の表現は読み方次第だなと思ってしまいました。文学的な素養がないので・・・。私は単純にいいな、心に言い聞かせておこうと言う程度の読みです。

 コメントのやり取りを見る限り、個と世界(社会、他者)を対立的に固定的に捉える傾向が見えるんですが。個は相対的に独立しつつも、基本的には世界に規定される。
じゃあ、運命論的に絶対的に規定されるのか、。

個と、その感性はただ受動的な存在なのか。


世界だって個の働きかけによって変わっていく、そういう関係ではないでしょうか。これは、その主体性の確立の問題を問う詩じゃないでしょうか。

 相対的独立性自立性を高めながら、世界に対して能動的に働きかける中でこそ、個の確立や感受性の豊かな実りと言うものはあるのではないでしょうか。

 私は、この詩の中に、そういうエールを感じます。主体性には自己責任は当然伴うものですが、『自己責任』と言う言葉は誰がどういう立場で言うかによってその持つ意味は違ってくると思います。ま、言葉と言うものはそう言うものなんで。
 支配者の言葉に飲み込まれない感性こそが今求められていると思います。

ひとつひとつのの言葉を、どういう世界観を持って語るか、生かすか。
この時代の中でも「わずかに光る尊厳」への希望をこそ、読み取る感受性がもとめられるでしょう。」


以上のように書き込みましたが、不本意なので少し説明を加えます。


「個は相対的に独立しつつも、基本的には世界に規定される。」
ここは正確に言えば
「個の意識と言うものは、その社会的な存在・現実に規定される」と言うほうがより正確な表現です。

もっと平たく言えば、私たちの思考や感性というものは、
自分の中から純粋培養されるのではなく、その起源を社会的現実に持っていると言うことです。
しかしそれは、鏡のように機械的に反映されるのではなく、一人一人のフィルターを通して映し出されると言うことです。

だから、同じものを見ても、同じ社会的な出来事にに出会っても、その考え方や感じ方は、十人十色です。
このフィルターこそが「主体性」であって、それは、「現実」の鎖を解き放ち、自由に発展するものです。

もっと正確に言えば、
「現実への働きかけ」という営みを通じてこそ、自由な発展が保障されるものだと思います。

ここに、運命論を越えて、社会を変革し発展させていく人間の可能性があると思います。

私たちの作業所運動も、障害者福祉を変えながら、自らを変えていく取り組みです。

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかもの


これは、そういう主体性への自戒と決意であり、エールであると読み取るというのが、
私のこの詩の読み方です。

私たちは、障害者作業所運動と言う困難な課題に立ち向かいながら、
一人一人が、個性的で豊かな人格を鍛えて、磨き上げていくのだと言うことをもっともっと意識する必要があると思います。

そう言う意味においても、
私の当面のテーマは、
自分自身を生きる、共に生きる」です。

偉そうにカッコつけて理屈っぽくなりましたが、
ばかもの」にならないため、自戒のために。




読んでいただきありがとうございました。
2つのお願い
1)よろしければ、一言でもコメント頂ければとても嬉しいです。
(右下Commentsをポチッとどうぞ。小さくて見にくいですが。)
2)沢山の人に読んで頂くため、ブログランキングに参加中です。
私の屁理屈解釈はともかく、「ばかもの」にならないために、「自分の感受性くらい」に
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テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学

2007.10.29 | | Comments(5) | Trackback(1) | ・道場日記・オッス!!

コメント

すばらしいコメントをありがとうございました。

友さん
すばらしいコメントをありがとうございました。
>ひとつひとつのの言葉を、どういう世界観を持って語るか、生かすか。
この時代の中でも「わずかに光る尊厳」への希望をこそ、読み取る感受性がもとめられるでしょう。

求道者友さんにふさわしいお言葉です。
「わずかに光る尊厳」への希望を持って毎日をおくりたいものです。

先輩と言われてはずかしきことのあり

2007-10-30 火 00:46:14 | URL | 大津留公彦 #ZMUMkWGc [ 編集]

自分でつかみ取る力を呼び覚ます

先日「お酒のおともに」にお越しいただきありがとうございました。
私も友人にまじめすぎると言われております。。。

茨木さんの詩はすばらしいですね。

人生はなかなかうまくいかないものですが、それを人のせいにするのではなく、自分でなんとかしろ!と喝を入れてもらっている気がしました。

自分は明日海外に赴任するのですが、上司から勧められたのがきっかけとはいえ、自分で選んだということを心に刻んで出発したいと思いました。

友さん、今後とも「お酒のおともに」をよろしくお願いします。(^_^)

2007-10-31 水 17:57:40 | URL | むろじん #- [ 編集]

カタールからアクセスします

ありがとうございます。
私もカタールから、ちょくちょく寄らせてもらいますので。

2007-11-01 木 00:18:41 | URL | むろじん #- [ 編集]

tbおおきに^^

先日はバタバタしてたもんで、無断でtbつけまして、失礼さんでごわす m(._.*)mペコッ

茨木さんの詩は、金八先生で取り上げられてから、なんだか異様にブームだが・・・
ずーっとお慕いしてきた者としては、こういう形で広まるのはフクザツな思い・・・
だけんど・・・茨木さんの精神が、これからを生きる若者にも浸透していけるなら、ええことですのう^^

茨木さんの詩は、普段着の言葉で、いちいち背中を押し、道を諭してくださいまする^^
吾のバイブルでもありまするん♪

2009-12-02 水 17:48:53 | URL | 弥々 #- [ 編集]

弥々 さんへ。

こんちわ。
こちらこそありがとうございます。
時々朗読を聴きに行きましょう。

2009-12-02 水 22:51:47 | URL | 友さん #- [ 編集]

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