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NO.486 大学で出前道場、「現場実習の心構え」について。(人間・福祉・社会を考える過去ログ三部作をぜひ読んで!)

 先日近所の大学で福祉学科3年生に、表題のテーマで話す時間があった。
実習指導室から感想文がまとめられ送られてきた。
自分の言葉が、どう届いたかを検証するために、いつも感想文をいただけるようにお願いしている。
ありがたい事で、感謝!です。

ヌード処理0004

ヤクシマアジサイ
白から薄緑に変わる。葉も細く特徴的。


 25人程の小さな講座だったが、汗かいてしまった。
話すネタは一杯経験的に詰め込んでいるのだが、今回は「話し始めれば何とかなるさ」と、組み立てをしっかりやらないままに臨んでしまった。

「こりゃまずい」と思った瞬間、汗が噴出した。
申し訳ない。

にもかかわらず、感想文を見るとおおむね好評だったようで、胸をなでおろしている。
何故か?
それは難しい専門用語も使わず、日常話での語り口がわかりやすかったからのようだ。

話したポイントは、

★自分の頭で考える。
 予め設定されて隠されているであろう「正解」探しをするな。(これは受験勉強の仕方で、考える力はつかない)現場の事実を自分の目でリアルに見て、自分の頭で考え、自分の「正解」をつくる。それは紛れもなく「自分の正解」だから自信を持っていい。ただし、それが主観的な独りよがりのものかもしれないから、検証が必要だ。その検証の過程が本当の勉強だ。それは集団論議で試される。皆で話し合う勉強を。

★「障害」を観ても、それは見えない。生きているその人を丸ごとリアルに見ること。障害の中に人が居るのではない。その人の中に障害がある。障害は、その人の部分に過ぎない。

★変革と創造の視点・・・施設や制度のために彼らがいるのではない。人間が、人間らしく生きるために施設や制度があるのだ。そのために、福祉は創造的に変革しなければならない。

★己の存在に引き寄せ、生き様に重ね合わせて、観る、考える。如何に生きるかが問われているのだ。
人間とは何か、どう生きるかを考えよう。

 えらそうに大体、以上のことが話の柱。
ネタは、この間ブログで整理してきたもの。

 特に共感的に理解してもらえたのは、「障害にとらわれて相手を見たらいかんよ。その人を丸ごと見ようとするときに、障害が理解でき、その人への理解(福祉的支援の課題も)が深まるんだよ」ということ。異口同音に殆どの人が感想文に書いてくれていた。

 これは、障害者と接する機会がなく初めて施設実習に行く学生にとっては大切なことだ。この間の実習生受け入れで、多くの学生はこの入り口でつまづき固まり、自分を出すことが出来なくなるからである。腫れ物に触るようにしたり迎合したりするところからは、「関係」は築くことが出来ないのだ。

 次に、これも多くの学生がコメントしたのは、「人間らしさと障害」について考えるために話した逸話?について。内容は、以下の過去ログそのもので、資料として全文配布した。

人間・福祉・社会を考える過去ログ三部作
       NO.258 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(1)
       NO.259 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(2)
       NO.260 重い障害者と生きた初めての人々。・・・人間らしさについて考える。(3)

 この3部作は、今日の新自由主義政策の福祉切捨てを概観し、考古学資料の人骨・重い障害を持った後期ネアンデルタール人と対話しながら、新自由主義の人間観を批判し、人間と福祉について考えたものです。
 とはいえ、学術的ではなく「浪花節的」ですが、最も自分らしい記事で、思想的原点ともクロスするものです。「大脇道場」イチオシです。お読みいただければ、涙が出るぐらい嬉しいです。

 長くなりますが、せっかくですので学生の感想文から、一部紹介します。

 「ネアンデルタール人ナンディの話を、今日はじめて知りました。私たちの先祖は、生きのこるために助け合うことを覚え、障害のあるナンディとも仲間として生きていたようです。人間とは本来優しいものだと分かって心がとても温かくなりました。」(YHさん)

 「ナンディのお話で、人間はお互いを助けていく動物だと思いました。重度の障害を持っていても40歳(今で言えば80歳)まで生きたナンディは、奇跡的に生きのこったわけではないと思います。その集団において必要な存在だから長生きできたのだと思います。たとえ狩が出来なくても、もしかしたら、狩で疲れた仲間を癒す存在だったのかもしれないし、けがした仲間を手当てしていたのかもしれません。この話を読むと、生きる意味のない人はいないと感じました。・・・何万年も前の私たちの先祖から、助け合って人間は生きてきたという事実を知ることが出来て嬉しいです。また逆に、今の社会は少し寂しいものに成りつつあると思います。人間は本来、助け合って集団の中で生きていくものだと、ナンディから学べたように思います。」(OTさん)

ネアンデルタール人が、・・・助け合って生きていくことを選んだ背景には、『人間は弱い』ということを認めたたことがあると思います。無駄な存在はいない、人は何か役割を持って生まれ、弱いと思えたことさえも力になる。障害者は生きることの困難さを私たちに教えてくれ、ありふれたものへの感謝を喚起させてくれます。この事実は、物質的な豊かさの過渡期にある我々に、人間としての感性を取り戻す可能性を教えてくれます。」(MKさん)

「・・・またナンディのお話ですが、私自身考えてみました。考えすぎて息が詰まり友達に話したところ、帰ってきた答えは『ナンディが族長の子どもだったので、食料がもらえた』でした。やはり現実的に考えてしまいがちです。しかし私自身、おいしいものを食べた際、家族や友人にも食べさせたかったりします。そういう幸せや喜びを分かち合う気持ちを、3万年前から持っていたのではないかと思います。だからこそナンディは生きられたのではないでしょうか。これが私の正解、と思いたいです。」(KMさん)

「ナンディの話がとても印象的で感動しました。ナンディが、皆がとってきた食料を一番おいしそうに嬉しそうに食べるからという話しが、とても素敵だと思いました。そしてそれが本当だったらいいなあと思いました。そうやって2,3万年前から、障害者と共生する事実があるのに、今のほうが障害を持つ人にとって生きにくい社会のように感じるのは、少し残念に感じました。」(MMさん)

 ナンディの話に限らず、全部紹介したいぐらいですが、・・・この辺で。



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2008.06.15 | | Comments(0) | Trackback(1) | ・道場日記・オッス!!

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2008.06.15 | 護憲+グループ・ごまめのブログ

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